第2章 地球儀を俯瞰する外交 6 中東・北アフリカ各国 (1)トルコ トルコは、欧州、中東、中央アジア及びコーカサス地域の結節点に位置する地政学上重要な地域大国であり、NATO加盟国として、EU加盟に向けた取組など、欧米重視の外交を基本としつつ、アジア・アフリカにわたる多角的な積極外交を展開している。また、1890年のエルトゥールル号事件、1985年の在テヘラン邦人救出事件等のエピソードに代表される歴史的な親日国である。 7月15日に発生したトルコ軍の一部勢力によるクーデター事件は、翌16日には失敗に終わったが、トルコ政府は同事件にはトルコにおけるイスラム運動指導者で米国亡命中のフェトフッラー・ギュレン師が関与しているとして非常事態宣言を発出し、主にギュレン系関係者とされる軍・治安当局、公務員等を対象とする処分や取締りが継続している。 外交面では、内戦が続くアサド政権下のシリアとの関係は悪化しており、また、約300万人に及ぶ世界最大の難民受入れ国としての課題に直面している。ISILとの闘いや難民問題への対応をめぐり欧米諸国や近隣諸国との緊張が高まる一方、6月には、2010年5月のパレスチナ・ガザ支援のための貨物船とイスラエル軍の衝突事案以降、関係が悪化していたイスラエルとの関係正常化に合意し、さらに6月以降には、2015年11月のロシア軍機撃墜事案により関係が悪化していたロシアとの関係正常化に取り組むなど、戦略的な外交を展開している。 日本との関係では、9月に安倍総理大臣はニューヨークにおいてエルドアン大統領と6回目となる首脳会談を実施し、首脳間の強い信頼関係及び二国間関係の更なる強化を再確認した。 日・トルコ首脳会談(9月21日、米国・ニューヨーク 写真提供:内閣広報室) (2)ヨルダン・レバノン 混乱が続く中東地域においてヨルダンは比較的安定を維持しており、過激主義対策、多数のシリア難民の受入れ、中東和平への積極的な関与など、ヨルダンが地域の平和と安定のために果たしている役割は、国際的にも高く評価されている。 2016年は、4月の核セキュリティ・サミットにおいて首脳会談が行われたほか、10月にアブドッラー2世国王が訪日するなど、首脳・閣僚級の往来が頻繁に行われており、伝統的に良好な両国の関係が一層深まっている。それぞれの会談において両首脳は、幅広い分野における二国間関係の更なる発展と中東地域の安定に向けた協力の進展のために連携していくことで一致した。 日・ヨルダン首脳会談(10月27日、東京 写真提供:内閣広報室) 日本は地域安定の要であるヨルダンを重視し、難民やホストコミュニティへの支援によるヨルダンの安定の維持と産業基盤の育成のために継続的に支援してきており、2016年も有償資金協力「金融セクター、ビジネス環境及び公的サービス改革開発政策借款」(300億円)や、無償資金協力(10億円)等の支援を行った。 レバノンは、キリスト教やイスラム教を含む18の宗教・宗派が混在するモザイク国家である。2014年5月に退任したスレイマン大統領の後任選出をめぐる各宗派・政治勢力間の対立により、約2年半にわたり大統領職の空席状態が続いたが、2016年10月にようやくアウン前自由愛国運動党首が大統領に選出された。これに伴い、12月にはハリーリ内閣が成立し、内政の安定化に向けた取組が進められている。今後の内政上の焦点は、これまでに2回延期され、2017年5月に実施予定の国会議員選挙である。 レバノンは、シリア情勢の悪化やISILの勢力拡大等、困難な諸課題に直面しているが、同国の安定は中東地域の安定と繁栄の鍵であり、日本のレバノンに対するシリア難民及びホストコミュニティへの人道支援総額は、1億2,000万米ドル以上となっている。 (3)エジプト アフリカ大陸の北東に位置し、地中海を隔てて欧州に接するエジプトは、中東・北アフリカ地域の安定に重要な役割を有する大国である。 同国では、2013年の政変後に定められた「ロードマップ」の仕上げとして、2016年1月に議会(代議院)が発足した。エルシーシ政権は、エジプトの中長期的な安定と発展のため、シナイ半島等での治安対策や経済改革に取り組むとともに、国連安保理においては、2016年から任期2年の非常任理事国を務めている。 日・エジプト関係は良好であり、ハイレベルでの交流も活発である。2月にエルシーシ大統領が訪日し、日・エジプト共同声明及び「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」を含む付属3文書(教育・電力・保健)が発表された。8月には、滝沢外務大臣政務官、9月には薗浦外務副大臣がエジプトを訪問した。さらに、9月には杭州(こうしゅう)(中国)でのG20サミットの機会に首脳会談が実施された。 日・エジプト首脳会談(2月29日、東京 写真提供:内閣広報室) (4)リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ 欧州・アフリカ・中東の結節点であるマグレブ地域は、歴史的、文化的、言語的共通性を有し、近年、地域としての潜在性が注目されている。その一方で、当該地域から外国人戦闘員としてイラクやシリアに渡る者も多く、リビア情勢の動向もあり、治安の安定が重要課題となっている。 リビアでは、部族社会に根ざす対立と治安の悪化が依然として深刻であり、西(トリポリ)と東(トブルク)の勢力のほか、国連を中心とした仲介努力により実現した政治合意に基づく統一政府の3勢力が併存している。統一政府は3月に首都に入ったが、東部勢力から成る議会の承認をいまだ得られていない。12月には同政府を支持する民兵組織がISIL主要拠点を制圧したが、他の過激派武装組織の動きは活発化しており、治安情勢は依然不安定である。国内及び周辺地域の安定のためにも、同政府が議会承認され、法的正統性を持った統一政府となることが期待される。 政治的民主化を達成したチュニジアでは、地域間経済格差の解消などの経済改革が課題となっている。3月のリビア国境地域における治安部隊への襲撃事件以降、治安情勢は落ち着いているが、リビア情勢の影響もあり、治安の確保は引き続き重要課題となっている。 アルジェリアやモロッコでは、安定した政権運営が続いている。両国は、リビアやマリ国内の対立の仲介にも尽力する等、地域の平和と安定に貢献している。また、1月には、モロッコのアフリカ連合(AU)への再加盟が承認された。マグレブ地域統合を始めとする今後の動向が注目される。 (5)湾岸諸国(イエメンを含む。) (ア)湾岸6か国(アラブ首長国連邦、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、バーレーン) 地域の安定勢力である湾岸諸国は、日本にとって、エネルギー安全保障等における重要なパートナーである。5月のジャービル・クウェート首長、9月のムハンマド・サウジアラビア副皇太子の訪日を筆頭に各国との間で活発な要人往来が行われた。 日・クウェート首脳会談においてジャービル首相と握手する安倍総理大臣(5月12日、東京 写真提供:内閣広報室) ムハンマド・サウジアラビア副皇太子と会談する安倍総理大臣(9月1日、東京 写真提供:内閣広報室) 中東地域が多くの課題に直面する中、2016年にはサウジアラビア及び幾つかのアラブ諸国によるイランとの国交断絶、イエメン和平協議の停滞や市民の犠牲の拡大等が発生した。 湾岸諸国は、2014年夏以降の国際油価の低迷による歳入減を受けて財政政策の見直しを迫られており、長期的には、石油依存からの脱却や民間セクターの育成といった長期的目標に向けて、社会経済インフラの整備、産業多角化、人材育成等が重要課題に位置付けられている。2016年4月にはサウジアラビアにおいて石油依存体質から脱却し、包括的発展を実現するための基本方針「サウジ・ビジョン2030」が発表された。日本は、各国との間で各種協定の締結等を通じて双方のビジネス・投資環境の向上に取り組むとともに、エネルギー分野を超えた幅広い分野で「包括的パートナーシップ」の強化を引き続き目指している。 (イ)イエメン イエメンでは、2015年以降、サウジアラビア等連合軍の支援を受けた政府軍と、武装勢力のホーシー派を始めとした反政府勢力との間での戦闘が継続している。2016年4月には停戦が実現し、4月から8月にかけてクウェートにおいて和平協議が行われたものの、合意には至らないまま終了し、その後戦闘が激化した。現在、国連・米国・英国・湾岸協力理事会(GCC)諸国等による和平に向けた仲介努力が続いている。 紛争の長期化、戦闘激化に伴い、人道状況は非常に深刻化している。これを受け、日本は、9月の国連総会でのイエメン人道状況会合において新たな食糧支援の実施を表明するなど、イエメンの人道危機克服のための支援を継続しており、イエメン政府及び国際社会から高く評価されている。