第2章 地球儀を俯瞰する外交 2 シリア (1)シリアの現状 2011年に始まったシリア危機は、2016年になっても沈静化する兆しを見せず、2016年末時点で、死者25万人以上、難民約480万人、国内避難民650万人が発生するなど、今世紀最悪の人道危機とも言われる状況が生じている。シリア国内では、シリア政府軍、いわゆる穏健な反体制派、ISILやヌスラ戦線等のイスラム過激派勢力及びクルド勢力による四つ巴(どもえ)の衝突が継続している。 こうした中、ロシアの空爆等による支援を受けているシリア政府軍が、シリア危機の初期から反体制派の拠点となっていた北部の最大都市アレッポに対する攻勢を強め、12月15日にはアレッポのほぼ全域を制圧した。一方で、シリア全土における支配を軍事的に回復するにはほど遠く、12月11日にはISILにパルミラを再占拠されるなど、不安定な情勢が続いている。 シリア全図 2016年中には何度か停戦の実施が試みられた。2月及び9月に米国・ロシア間で、敵対行為の停止に関する合意が成立し、一時的に戦闘が沈静化したが、合意違反などで再び戦闘が激化した。また、12月30日にロシア及びトルコが仲介した停戦合意が発効したが、この停戦が紛争当事者に遵守されるか、その後の政治プロセスにつなげていくことができるかについては予断を許さない。 ISILとの闘いについては、米国等によるシリア領域内のISIL等に対する空爆が継続しているほか、イラクにおけるモースル解放作戦が進行している。また、8月から、トルコ軍が自由シリア軍と共にシリア北部に進行し、11月からシリアのクルド人民兵部隊であるクルド人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が、ISILが首都と称するシリア東部ラッカの奪還に向けた作戦を開始したことなどから、ISILは徐々に勢力を減退し、シリアにおいても支配地域を減少させつつあるが、情勢は依然混沌(こんとん)としている。 (2)政治プロセスと国際社会の試み シリア政府と反体制派の協議であるシリア内対話(Intra-Syrian talks)が1月に国連を介した間接的な形で開始された。戦闘の激化などで、2月に一時中断された後、3月及び4月にも実施されたが、その後、進展なく再び中断した。シリア危機の政治的解決にはシリア政府と反体制派の協議が欠かせないことから、引き続き国際社会を含め、シリア内対話の再開に向けた調整が行われている。 国際社会の取組としては、国際シリア支援グループ(ISSG:International Syria Support Group)の活動が挙げられる。2015年10月に、米・ロシア・サウジアラビア・トルコ外相会談の拡大外相級会合として、関係国・機関によるISSG会合が開催され、2016年にもこの枠組みが継承された。2月のISSG閣僚級会合(於:ミュンヘン)では、被包囲地域等に対する人道アクセス、シリア全土での敵対行為停止の方途、人道タスクフォース及び停戦タスクフォースの設置等に関する声明が発出されたほか、日本、オーストラリア及びオランダのISSG参加が承認された。日本は、5月のISSG閣僚級会合(於:ウィーン)に初参加し(シリア問題担当大使が出席)、9月のISSG閣僚級会合(於:ニューヨーク)には、岸田外務大臣が参加した。 国連においては、10月8日、ロシア提案及びフランス・スペイン提案の国連安保理決議案が否決されるなど、国連安保理理事国の足並みの乱れが見られたが、12月19日には、アレッポの文民保護に関する国連安保理決議第2328号、同21日には人道支援に関する国連安保理決議第2332号が採択された。また、12月9日にはアレッポの停戦・人道支援に関する国連総会決議、同21日には、責任追及に関する国連総会決議が賛成多数で採択された。さらに、12月31日には、ロシア及びトルコによるシリア停戦合意を歓迎する国連安保理決議第2336号が全会一致で採択された。 (3)日本の取組 日本は、一貫してシリア危機の軍事的解決はあり得ず、政治的解決が不可欠であるとの立場を採っている。同時に、継続的な支援を通じて人道状況の悪化に歯止めをかけることも重要であると考えている。そのため日本は、シリア情勢が悪化して以降、人道支援のために2016年末までに16.6億米ドル以上のシリア及び周辺国に対する支援を実施してきた。また、2016年から国連安保理非常任理事国となったことから、日本は国連安保理における議論に積極的に貢献したほか、議長国としてG7伊勢志摩サミットにおいて議論をリードした。このほか、関係当事者に対し、人道アクセスの確保や停戦の実施等について働きかけを継続してきた。引き続き、日本の強みである人道支援を中心に、その他の国連安保理理事国を始めとする国際社会と緊密に連携しながら、シリア情勢の改善及び安定のために取り組んでいく考えである。 シリア情勢に関する国連安保理ハイレベル会合に出席する安倍総理大臣 (9月21日、米国・ニューヨーク 写真提供:内閣広報室)