第2章 地球儀を俯瞰する外交 1 ロシア (1)ロシア情勢 ア ロシア内政 2014年3月のクリミア「併合」後、プーチン大統領は国民世論の圧倒的な支持を獲得し、ロシア経済が引き続き苦境にあった2016年も1年を通じて高い支持率を維持した。9月の国家院(下院)選挙では、政権与党である「統一ロシア」が憲法改正に必要な3分の2(300議席)を大幅に上回る343議席(450議席中)を獲得する結果となった。 イ ロシア経済 2014年後半以降、国際的な原油価格の下落や欧米諸国による経済制裁のため、ロシア経済はルーブル・株価の下落等大きな影響を受けたが、2016年、油価の上昇に伴いルーブル安に歯止めがかかり、インフレも落ち着いてきたことから、ロシア経済には下げ止まり感が見られた。2015年の成長率はマイナス2.8%であったのに対し、2016年はマイナス0.2%にとどまった。ただし、生産の改善は低調であり、消費や投資等に安定的回復の兆候は見られていない。 ウ ロシア外交 ロシアと欧米諸国は、ウクライナ情勢をめぐる制裁やシリア情勢への対応、ミサイル防衛分野などで対立してきた。2017年1月、米国でトランプ大統領が就任し、また、欧州においては、2017年にフランス、ドイツ等で選挙が予定されており、露米関係及び露欧関係の展望が注目される。 一方、中国とは、中国経済の減速によるロシア・中国間の経済案件の停滞も見られるが、引き続き緊密な関係を維持している。2012年以来毎年実施されている共同海上演習を、2016年には初めて南シナ海で実施した。2015年に成立した最新兵器の対中輸出契約も、実際の供与が始まるなど協力が深化している。国際場裏では、国連での協調、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国及び南アフリカ共和国)や上海協力機構といったロシアが重視する多国間枠組みでの連携が見られる。 また、ロシアは外交上最優先地域である独立国家共同体(CIS)諸国の経済統合を推進しているほか、2015年1月に創設したユーラシア経済同盟(ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア及びキルギス)については、中国が中央アジアで進めるシルクロード経済ベルト構想と接合させるべく調整を行っている。 中東では、2015年9月にアサド政権の要請を受けてシリアでの空爆を開始して以降、ロシアはシリア情勢において存在感を強めている。 (2)日露関係 ア アジア太平洋地域における日露関係 近年、ロシアは、極東・東シベリア地域の開発を重視し、世界経済の成長センターであるアジア太平洋地域諸国との関係強化を積極的に推進している。日露両国がアジア太平洋地域のパートナーとしての関係を発展させていくことは日本の国益のみならず、地域の平和と繁栄にも資するものである。日本とロシアは、政治、安全保障、経済、文化・人的交流など様々な分野における協力関係の進展に努めている。その一方で、日露関係の飛躍的発展への制約となっているのが北方領土問題である。政府としては、首脳及び外相間の緊密な信頼関係構築を重視しつつ、北方領土問題を解決して平和条約を締結すべく精力的に交渉に取り組んでいる。 イ 北方領土と平和条約締結交渉 北方領土問題は日露間の最大の懸案であり、北方四島は日本に帰属するというのが日本の立場である。政府は、1956年の日ソ共同宣言、1993年の東京宣言、2001年のイルクーツク声明などこれまでの諸合意及び諸文書並びに法と正義の原則に基づき、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの一貫した方針の下、ロシア政府との間で精力的な交渉を行っている(2)。 2016年には、4回の首脳会談及び3回の外相会談を始め政治対話が活発に行われた。4月の日露外相会談において、双方の歴史的解釈や法的立場に違いはあるものの、双方に受入れ可能な解決策を作成していくことを確認し、5月のソチでの日露首脳会談では、これまでの交渉の停滞を打破して突破口を開くため、今までの発想に捉われない「新しいアプローチ」で交渉を精力的に進めていくとの認識を両首脳で共有した。これに基づき、6月及び8月には外務当局間での平和条約締結交渉が行われた。9月のウラジオストクでの首脳会談では、両首脳だけで、真剣な中にも打ち解けた雰囲気の中、「新しいアプローチ」に基づく交渉を具体的に進めていくための議論が行われた。その後、9月の国連総会の際の日露外相会談、11月のペルーAPEC首脳会議の際の日露首脳会談、12月の岸田外務大臣の訪露を経て、12月のプーチン大統領訪日の準備が進められた。一方、択捉島及び国後島への地対艦ミサイルの配備の発表(11月)を始めとする軍事関係の施設整備や無名の岩礁等への名称付与といった動きは、北方領土問題に関する日本の立場と相いれないものであり、抗議を行った。 12月のプーチン大統領訪日時の山口における首脳会談では、両首脳だけで1時間35分にわたり、平和条約問題について率直かつ非常に突っ込んだ議論が行われた結果、この問題を解決するとの両首脳自身の真摯な決意が示された。その上で、北方四島において特別な制度の下で共同経済活動を行うための協議の開始に合意するとともに、元島民の方々による墓参などのための手続を改善することで一致した。平均年齢が既に80歳を超えた元島民の方々の切実な思いを踏まえ、これらの成果を具体化しつつ、問題の解決に向け一歩一歩着実に前進していく考えである。 日露首脳会談(12月15日、山口県長門市 写真提供:内閣広報室) 日本は、北方領土問題解決のための環境整備に資する事業にも積極的に取り組んでおり、四島交流、自由訪問及び墓参を実施している。また、北方四島を含む日露両国の隣接地域において、防災や生態系保全などの分野での協力を進めている。 また、北方四島周辺水域における日本漁船の安全な操業の確保や、禁止された流し網漁に代わる漁法でのさけ・ます類の漁獲の継続のため、ロシア側に対する働きかけ及び調整を行っている。 ウ 日露経済関係 主要な輸出品目である石油・天然ガス価格の低下やロシア経済の停滞等を受け、2016年の日露貿易額は約163億米ドルと、過去最高の2013年(約348億米ドル)から3年連続で減少した(前年比マイナス21.6%(日本側統計))。その一方で、下半期(7〜12月)には、近年減少傾向にあった自動車輸出が増加に転じるなど状況に変化も生じている。日本の対露直接投資残高は2,026億円(2014年)から2,168億円(2015年)へと増加した。5月のソチ(ロシア)における日露首脳会談で、安倍総理大臣から提示した、8項目から成る「ロシアの生活環境大国、経済・産業の革新のための協力プラン」は、プーチン大統領から高く評価され、両首脳は同プランの具体化で一致した。その後、両国からこれに関連する個別プロジェクト等に関する提案が行われ、9月の第2回東方経済フォーラム(於:ウラジオストク)の際の日露首脳会談では「協力プラン」の具体化の進捗状況が確認されるとともに、安倍総理大臣から毎年の同フォーラムでの進捗確認を提案し、プーチン大統領から歓迎された。 11月、プーチン大統領訪日時の成果作りを念頭に、両国は「『協力プラン』の具体化に関する日露ハイレベル作業部会」を設立し、優先的なプロジェクトを特定するとともに、同月、貿易経済に関する日露政府間委員会第12回会合を開催し、当局間文書の調整を加速することでも一致した。ペルーAPEC首脳会議の際の日露首脳会談では、両国が「協力プラン」の作業計画で合意したことを歓迎した。その後、両国間で更に調整を行った結果、12月のプーチン大統領訪日時には、医療、都市環境、エネルギー、産業多様化、人的交流、知財等の幅広い分野で、12件の政府・当局間文書、68件の民間企業等が行うプロジェクトに関する文書が署名されたほか、租税条約改正交渉の正式交渉入りにつき一致し、日露による査証緩和措置を公表した。両首脳は、8項目の「協力プラン」の更なる具体化を含め日露経済関係を発展させていくことでも一致した。日本としては、今後も引き続き日露関係全体を発展させていく中で、経済についても、互恵的な協力を幅広い分野で着実に推進していく考えである。また、ロシア国内6都市にある日本センターが両国企業間のビジネス・マッチングや地域間経済交流を支援しているほか、日露経済交流分野で活躍する人材の発掘・育成のため、経営関連講座や日本語講座、訪日研修などを実施しており、これまでに約8万2,000人のロシア人が受講し、そのうち約5,100人が訪日研修に参加している。 エ 様々な分野における日露間の協力 2016年も幅広い分野で外交当局間の協議を行い、日露戦略対話を始め、テロ、軍縮・不拡散、領事、サイバーなどで意見を交わした。また、日露の専門家により、アフガニスタンや中央アジアの麻薬対策官対象の実践的訓練を実施した。 安全保障分野では、11月に谷内正太郎国家安全保障局長とパトルシェフ安全保障会議書記が会談した。また、防衛交流については、実務レベルの各種協議や日露捜索・救難共同訓練を継続的に実施することで相互理解を促進し、偶発事故の防止に努めた。さらに、ロシア国境警備局の警備艇が訪日し、海上保安庁との合同訓練が行われた。 人的・文化交流の分野では、日露青年交流事業の枠組みで「日露青年フォーラム」を始めとする様々なテーマの青年交流や、ロシア各地での日本文化紹介事業が活発に実施された。また、12月のプーチン大統領訪日の際に、日露間における人的交流の拡大策の1つとして、「ロシアにおける日本年」及び「日本におけるロシア年」の2018年開催、青年交流の大幅な拡大等について一致した。 日露青年フォーラム2016(12月2日、広島県 写真提供:日露青年交流センター) プーチン大統領の訪日 1.訪日の概要 12月15日から16日まで、プーチン大統領が11年ぶりに訪日し、安倍総理大臣の地元である山口県及び東京を訪問しました。15日には、山口県長門市の風光明媚(めいび)な自然が広がる山あいの温泉宿に宿泊し、落ち着いた静かな雰囲気の中で、平和条約締結問題を含む、日露関係の幅広い分野についてじっくりと会談しました。16日は東京に移動し、総理官邸においてビジネス関係者も交えた首脳会談を行うとともに、共同記者会見を行いました。その後、経団連会館における日露ビジネス対話に出席した後、講道館を訪問しました。 2.ハイライト (1)両首脳2人だけの会談(テタテ会談) 今回の訪日で両首脳は山口で5時間、東京で1時間、合計6時間にわたって首脳会談を行いました。特に、通訳のみを交えた両首脳二人だけの会談は、これまでで最も長い1時間35分にわたり行われ、両首脳は平和条約の問題について膝を突き合わせて議論しました。その結果、両首脳は、北方四島において特別な制度の下で共同経済活動を行うための協議の開始に合意するとともに、元島民の方々による墓参などのための手続を改善することで一致しました。また、会談では、安倍総理大臣からプーチン大統領に対して、元島民の方々が書いたロシア語の手紙が直接手渡されました。 握手を交わす両首脳(12月15日、山口県長門市 写真提供:内閣広報室) (2)共同記者会見 16日、首相官邸で行われた共同記者会見において、安倍総理大臣は「戦後71年を経てもなお、日本とロシアの間には平和条約がない。この異常な状態に私たちの世代で、私たちの手で終止符を打たなければならない。」と述べ、また、プーチン大統領は「もし誰かが、我々が関心を有しているのは経済関係の構築だけであり、平和条約を後回しにすると考えるのであれば、それは違う。自分の考えでは、最も重要なのは平和条約の締結である。」と述べました。このように、両首脳は、記者会見の中でも、平和条約問題を解決に向けた自らの決意を示しました。 日露共同記者会見(12月16日、東京 写真提供:内閣広報室) (3)夕食会 山口県滞在中の15日の夜、約2時間にわたり夕食会が開催されました。夕食会では、地元山口県の山海の食材をふんだんに使用した料理や、地酒が振る舞われ、ノーネクタイで和やかな雰囲気の中、会談が行われました。また、日露関係の原点である1855年の日魯通好条約の調印に係る日露友好の歴史的な場面を描いた日本画「プチャーチン来航図」の複製画が安倍総理大臣からプーチン大統領へ贈呈されました。 (4)講道館 16日、訪日時の最後の行事として、両首脳は講道館を訪問しました。プーチン大統領は講道館六段、国際柔道連盟八段の段位を持つ柔道家として知られ、尊敬する人物として講道館の創始者である嘉納治五郎氏を挙げています。講道館では、ロサンゼルス五輪柔道無差別級の金メダリストである山下泰裕氏から説明を受けながら、古式柔道の演武を鑑賞しました。 講道館を訪問する両首脳(12月16日、東京 写真提供:内閣広報室) 2 かつて、ソビエト連邦(ソ連)が領土問題の存在自体を否定し続けるという状況の下で、1972年10月に大平正芳外務大臣から国際司法裁判所への北方領土問題の付託を提案したが、ソ連のグロムイコ外相がこれを拒絶した。現在は、ロシア側は日本との間で二国間の交渉を通じて平和条約を締結する必要性を認めており、日本として交渉を通じた問題解決に取り組んでいる。