第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交 第1節 日本と国際社会の平和と安定に向けた取組 総論 〈安全保障〉 日本を取り巻く安全保障環境は、近年、一層厳しさを増している。北朝鮮による弾道ミサイル発射、核開発や、中国による透明性を欠いた軍事力の増強、東シナ海、南シナ海等の海空域における既存の国際秩序とは相いれない独自の主張に基づく力による現状変更の試みは国際社会の懸念となっている。さらに、国際テロの拡散・多様化、サイバー攻撃等のリスクも深刻化している。 このような安全保障環境の下、もはやどの国も、一国のみで自らの安全を守ることはできない。日本の安全及び地域の平和と安定を実現するためには、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から力強い外交を推進し、平和を確保していくことが重要である。9月に成立した「平和安全法制」(P11特集参照)により国際貢献の幅が広がったことも踏まえ、日本は、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に貢献していく。 また、日米安全保障体制の下での米軍の前方展開を確保し、その抑止力を向上させていくことが、日本の平和と安全のみならず、アジア太平洋地域の平和と安定にとって不可欠である。日米両国は、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化するため、新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン。P116特集参照)及び平和安全法制の下での取組も含め、弾道ミサイル防衛、サイバー、宇宙、海洋安全保障などの幅広い分野における協力を拡大・強化している。在日米軍再編については、日米両政府として、現行の日米合意を着実に実施していくことにより、抑止力を維持しつつ、沖縄を始めとする地元の負担軽減を図っていく方針である。 日米同盟の強化に加え、アジア太平洋地域内外のパートナーとの信頼・協力関係を強化し、多層的な安全保障協力関係を築いていく必要がある。韓国、オーストラリア、欧州諸国、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、インドなどの戦略的利益を共有する各国との間でも安全保障分野における協力を促進している。 さらに、アジア太平洋地域の安全保障面での地域協力の枠組みの制度化を進めていくことも重要である。東アジア首脳会議(EAS)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)といった多国間の重層的な地域協力の枠組みや、日米韓、日米豪、日米印、日豪印等の3か国協力の枠組みを通じた連携・協力も推進している。 〈平和維持・平和構築〉 日本の安全と繁栄は、日本周辺の安全保障環境の改善のみで達成されるものではなく、国際社会の平和と安定という基盤の上に成り立っている。この考えの下、日本は世界の様々な問題の解決に積極的に取り組んでいる。特に、紛争後の地域において、紛争の再発防止や持続的な平和の実現に向けて取り組む平和構築は、日本の主要な外交課題の1つであり、日本は、平和維持、緊急人道支援、和平プロセスの促進、治安の確保、復興・開発などの一連の活動を総合的に取り組んでいる。具体的には、国連平和維持活動(PKO)や国連平和構築委員会(PBC)などへの積極的な協力、政府開発援助(ODA)を活用した現場における取組や人材育成などが挙げられる。 〈治安上の脅威〉 2015年も、テロ組織「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」によるテロは拡大した。ISILのプロパガンダに感化され、シリアやイラクへ渡航する外国人戦闘員の数が増加し、外国人戦闘員が母国に帰国しテロに関与することが問題となった。 日本は、年初のシリアにおける邦人殺害テロ事件を受けて、@テロ対策の強化、A中東の安定と繁栄に向けた外交の強化及びB過激主義を生み出さない社会の構築支援から成る外交上の包括的な取組を進めた。暴力的過激主義対策、外国人テロ戦闘員対策、テロ資金対策、国連安保理決議の遵守等で国際社会と緊密に協調したほか、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)と連携し、東南アジアや中東・北アフリカ、サブサハラ地域等で、テロ対処能力や国境管理能力の強化、法整備支援、組織犯罪捜査・訴追能力の強化等、幅広い国際協力を実施した。 〈軍縮・不拡散〉 日本は、核兵器のない世界に向けた取組を積極的に進めている。世界に核兵器使用の惨禍を訴えるのは唯一の戦争被爆国である日本の使命であり、かつ、日本の安全保障環境の改善にも資するものである。現在の国際的な核軍縮・不拡散体制の基礎である核兵器不拡散条約(NPT)の5年に1回の運用検討会議が4月から開催された。会議は最終文書を採択できずに終了したが、日本とオーストラリアが主導し、現実的かつ実践的な提案を打ち出すという方針の下に集まった非核兵器国12か国(1)から成る地域横断的なグループ「軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)」は、3回の準備委員会を含む運用検討プロセスにおいて同会議の最終文書案を含む19本の作業文書を提出し、議論に貢献した。また、8月には広島において国連軍縮会議、包括的核実験禁止条約(CTBT)賢人グループ会合が開催され、9月には国連総会において岸田外務大臣が第9回CTBT発効促進会議の共同議長を務めた。日本が1994年から毎年国連総会に提出している核兵器廃絶決議は、166か国の賛成を得て採択された。軍縮・不拡散教育では、被爆者の被爆証言活動を後押しする「非核特使」制度に加え、若い世代が海外の国際会議等で被爆の実相を伝達するために創設された「ユース非核特使」制度を運用し、世代と国境を越えた取組の継承に注力している(P140コラム参照)。 地域における核拡散の問題については、イランの核問題がEU3(英仏独)+3(米中露)との間で最終合意に至った一方、北朝鮮は核・ミサイルの開発を継続し、東アジアのみならず国際社会にとって大きな脅威となっている。日本は、こうした問題に対処するために、各国と核問題や不拡散について協議を行うとともに、国際原子力機関(IAEA)の保障措置や輸出管理体制を強化する取組に貢献している。また、アジアを中心とした開発途上国に対し、不拡散分野における能力向上を支援してきており、特に、毎年開催しているアジア不拡散協議(ASTOP)には、アジア諸国を中心に17か国(2)が参加し、北朝鮮の核問題を始めとする不拡散の諸課題について意見交換を行っている。日本は、引き続き不拡散体制の強化に向けた支援を積極的に行っていく。 〈海洋・サイバー空間・宇宙〉 力ではなく、法とルールが支配する「開かれ安定した海洋」は、国際社会全体の平和と繁栄に不可欠である。この観点から、日本は、海賊対策を始め様々な取組や各国との連携を通じて公海における航行・飛行の自由や安全の確保に尽力している。特に、四方を海に囲まれた海洋国家である日本にとって、海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約:UNCLOS)が根幹を成す海洋の国際法は、海洋権益の確保や海洋に関する活動を円滑に行うために不可欠なものである。 サイバー空間については、自由、公正かつ安全なサイバー空間の創出に向け、民間企業、専門家等の幅広い関係者と協力しつつ、サイバー空間における国際的なルール作りを始めとしたサイバー安全保障に関する国際的な議論に積極的に貢献している。また、各国とサイバー分野に関する対話、協議を行い協力や信頼醸成を進めている。また、開発途上国等の能力構築のため積極的に支援を行っている。 宇宙分野では、持続的かつ安定的な宇宙空間利用に対するリスクの増大等に対応するため、国際的な規範作りや各国との宇宙に関する対話・協議の実施等に取り組むとともに、宇宙科学・探査における国際協力の促進、日本の宇宙産業の海外展開支援等に取り組んでいる。 〈国連〉 2016年は日本の国連加盟60周年の記念の年である。1956年12月18日、日本は80番目の国連加盟国となった。国連加盟は日本の国際社会への復帰を象徴する出来事であり、これにより、戦後日本の国際協調主義が本格的に始まった。戦後復興を果たした日本は、国連という多国間外交の場で、国際社会の責任ある一員として、平和国家としての歩みを確かなものとし、積極的に国際貢献を行ってきた。 国連創設から70年を経て、冷戦の終結など、国際社会を取り巻く状況は大きく変化した。国際社会は、国家間の戦争だけでなく、紛争やテロ、貧困、環境問題、感染症など、国境を越えた様々な課題に直面している。日本は国連の場を活用しながら、こうした地球規模課題の解決や世界の平和と繁栄に一層積極的に貢献していく。特に、2016年から2年間、日本は国連安全保障理事会(安保理)非常任理事国として、国際の平和と安全に関わる幅広い課題に積極的に取り組んでいく。また、国連がより効果的に国際社会の諸課題に対応できるよう、国連安保理を始めとする国連改革の推進にも引き続き努力する。 〈法の支配〉 国際社会における法の支配の確立は、国家間の関係を安定させ、紛争の平和的解決を図る上で重要であり、日本は、法の支配の強化を外交政策の柱の1つに位置付け、力による一方的な現状変更の試みに反対し、領土の保全、海洋権益や経済的利益の確保、国民の保護などに取り組んでいる。このような考えの下、安全保障や経済・社会分野及び刑事分野を始めとする様々な分野において二国間・多国間でのルール作りとその適切な実施を推進している。さらに、紛争の平和的解決や法秩序の維持を促進するため、国際司法裁判所(ICJ)、国際海洋法裁判所(ITLOS)や国際刑事裁判所(ICC)を始めとする国際司法機関の機能強化に人材面・財政面からも貢献している。そのほかにも、法整備支援や国際法関連イベントの開催を通じて、アジア諸国を始めとして、国際社会における法の支配の強化に努めている。 〈人権〉 人権や基本的自由は普遍的価値である。その保護・促進は全ての国家の基本的な責務であると同時に、国際社会全体の正当な関心事項である。これらが各国で十分に保障されることは、日本国内の平和と繁栄のみならず、国際社会に平和と安定の礎を築いていくために必要である。そのため、日本は人権分野にこれまで以上に積極的に取り組んでいる。具体的には、それぞれの国・地域の歴史的・文化的背景を踏まえた対話と協力の姿勢に基づく、世界の人権状況改善に向けた貢献や、国連など多数国間のフォーラムへの積極的参画、国際人権メカニズムとの建設的な対話の維持を行っている。 〈女性〉 2015年は、第4回世界女性会議(北京会議)開催から20年目(「北京+20」)、日本が女子差別撤廃条約を締結して30年目の節目の年であった。日本は、@女性の社会進出と能力強化、A国際保健外交戦略の推進の一環としての女性の保健医療分野の取組強化及びB平和と安全保障分野における女性の参画と保護の3分野を重点分野に位置付け、ジェンダー主流化と女性のエンパワーメントを推進している。安倍政権の下、21世紀こそ、女性の人権侵害のない世界にしていくため、日本は国内外で「女性が輝く社会」を構築するべく、国際社会の先頭に立って取組を進めていく。 1 日本、オーストラリア、カナダ、チリ、ドイツ、メキシコ、オランダ、ナイジェリア、フィリピン、ポーランド、トルコ及びドイツ 2 日本、ASEAN諸国、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、米国及びカナダ