第2章 地球儀を俯瞰する外交 6 中東・北アフリカ各国 (1)トルコ トルコは、欧州、中東、中央アジア、コーカサス地域の結節点に位置する地政学上重要な地域大国であるとともに、2014年12月からG20議長国を務めるなど、国際社会においても、その重要性が増している。 6月に実施された選挙では、与党公正発展党(AKP)は、2002年の政権獲得以来、初めて過半数割れとなり、野党との連立協議も合意に至らず、エルドアン大統領は再選挙を決定した。11月に実施された再選挙では、AKPが再び過半数を超える317議席を獲得し、ダーヴトオール首相による新政権が発足した。 トルコは、NATO加盟国であり、欧州連合(EU)加盟に向けた取組など欧米重視の外交を基本としつつ、AKP政権は、近隣地域の安定化や関係強化を含め、アジア・アフリカにわたる多角的な積極外交を展開している。一方、近年では、特にアサド政権下のシリアとの関係は悪化しており、ISILを始めとするテロとの闘いや200万人を超える世界最大数のシリア難民受入れ国として多くの課題に直面している。また、2015年11月のロシア軍機撃墜をめぐり、ロシアとの関係も緊迫化している。 日本との関係では、2015年は、両国友好関係の起源とされるエルトゥールル号事件125周年、テヘラン邦人救出事件30周年に当たり、多くの要人往来や記念事業が実施された。首脳レベルでも、10月にエルドアン大統領が実務訪問賓客として訪日し、11月には安倍総理大臣がイスタンブールを訪問するとともにG20アンタルヤ・サミットに出席し、両国首脳間の強固な信頼関係を再確認した。 日・トルコ首脳会談(10月8日、東京 写真提供:内閣広報室) (2)ヨルダン・レバノン ヨルダンは混乱が続く中東地域の中で安定を維持しており、過激主義対策、多数のシリア難民の受入れ、中東和平への積極的な関与など、ヨルダンが地域の平和と安定のために果たしている役割は、国際的にも高く評価されている。 2015年は、1月に安倍総理大臣がヨルダンを訪問したほか、4月のアジア・アフリカ会議(於:ジャカルタ(インドネシア))及び9月の国連総会(於:ニューヨーク(米国))の際に首脳ワーキング・ランチが行われるなど、伝統的に良好な両国の関係がより一層深まっている。それぞれの会談で両首脳は、二国間関係の更なる発展と中東地域の安定に向けた協力の進展に向け連携していくことで一致した。 日本も地域安定の要であるヨルダンを重視し、難民やホストコミュニティーへの支援によるヨルダンの安定の維持と産業基盤の育成のために継続的に支援してきており、2015年も有償資金協力「財政・公的サービス改革開発政策借款」(240億円)やノン・プロジェクト無償資金協力(20億円)などの支援を行った。 レバノンは、キリスト教やイスラム教などの18の宗教・宗派が混在するモザイク国家である。各宗派・政治勢力間の対立により、2014年5月に任期が終了したスレイマン大統領の後任はいまだ選出されておらず(2015年12月現在)、現国会議員の任期も2017年6月まで再延長され、選挙の実施も目処が立っていない。 また、8月にはゴミ処理問題を発端とした数千から1万人規模のデモが首都ベイルート中心部で発生し、デモ隊と治安部隊の衝突により負傷者が発生するなど内政が混乱した。さらに、11月にベイルート南郊外で爆弾テロ事件があり、多数の死傷者が発生した。レバノンは、シリア情勢の悪化やISILの勢力拡大など、地域を揺るがしかねない重大な諸課題に直面しているが、同国の安定は中東地域の安定と繁栄の鍵であり、日本のレバノンに対するシリア難民支援等の人道支援総額は、これまでに約7,795万米ドルに上っている。 (3)エジプト アフリカ大陸の北東に位置し、地中海を隔てて欧州に接するエジプト・アラブ共和国は、中東・北アフリカ地域の安定に重要な役割を有する大国である。 同国では2013年の政変後に定められた「ロードマップ」の最終段階となる議会選挙が、2015年10月から12月にかけて実施された。 日本との関係では、1月に、安倍総理大臣がエジプトを訪問し、エルシーシ大統領、マハラブ首相と会談を行い、今後の二国間関係を深化させる包括的な共同声明を発出したほか、日・エジプト経済合同委員会の場で「中庸が最善:活力に満ち安定した中東へ−新たなページめくる日本とエジプト−」と題する政策スピーチを行った。3月にはエジプト経済開発会合、8月には新スエズ運河開通式典が開催され、いずれの会合にも日本政府を代表して薗浦外務大臣政務官が出席した。11月にはシュクリ外相が訪日し、岸田外務大臣とワーキングランチを行い、安倍総理大臣に表敬を行った。また安全保障分野での協力も深まっており、10月の第1回安全保障対話・防衛当局間協議の開催に続き、12月には河野克俊自衛隊統合幕僚長がエジプトを訪問し、ヘガージ国軍参謀長と会談を行った。 (4)マグレブ 欧州・アフリカ・中東の結節点に位置するマグレブは、歴史的、文化的、言語的共通性を有し、近年、経済分野を始め地域としての潜在性に注目が集まっている。その一方で、当該地域からISIL外国人戦闘員としてイラクやシリアに入る者も多く、イスラム過激派の台頭は深刻な問題となっている。 チュニジアでは、2月に世俗派及び穏健イスラム派による連立政権が誕生した。その結果、民主化への政治プロセスは4年越しで達成されたものの、観光客や政府関係者を狙ったテロ事件が相次いで発生しており、治安の確保が喫緊の課題となっている。 リビアでは、部族社会に根ざす勢力対立と治安の悪化が依然として深刻である。国内は、対立する西(トリポリ)と東(トブルク)の勢力が双方に政府を樹立し、全国家的な統一権力の空白下で、ISILも活動している。12月には、1年以上にわたる国連を中心とした国際社会による仲介努力の下、統一政府樹立に向けた政治合意の文書が署名された。国内のみならず周辺地域の安定のためにも、国際社会の支援を得ながら全政治勢力が一枚岩となった政府への移行が期待される。 憲法改正を始めとする諸改革に着手しているアルジェリアや堅調な経済成長を続けるモロッコでは、安定した政権運営が続いている。両国は、国連とも協力しつつリビアやマリ国内の対立の仲介にも尽力するなど、地域の平和と安定に貢献している。 (5)湾岸諸国(イエメンを含む。) ア 湾岸6カ国(アラブ首長国連邦、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、バーレーン) 中東地域が多くの安全保障上の課題に直面する中、地域の穏健な安定勢力を標榜する湾岸諸国は、暴力的過激主義への対抗と穏健思想の推進のために相互の結束を強めている。日本にとってこれら諸国は、エネルギー安全保障及び対中東外交の観点から重要なパートナーに位置付けられる。2015年2月のタミーム・カタール首長の訪日を筆頭に、各国との間で活発な要人往来が行われた。 これら諸国では、2014年夏以降の国際油価の低迷による歳入減を受けて財政政策の見直しを迫られているが、長期的には、石油依存からの脱却や民間セクターの育成に向けて、社会経済インフラの整備、産業多角化、人材育成などが、引き続き重要課題に位置付けられている。日本は、各国との間で各種協定の締結等を通じて双方のビジネス・投資環境の向上に取り組むとともに、エネルギー分野を超えた幅広い分野で「包括的パートナーシップ」の強化を引き続き目指している。また、2015年は日本サウジアラビアの外交関係樹立60周年に当たり、双方で記念行事が実施された。 イ イエメン イエメンでは、1月以降、シーア派系武装勢力ホーシー派が首都サヌア、続いて南部の主要都市アデンに進出し、ハーディ大統領は国外退避を余儀なくされた。イエメン政府は、サウジアラビア率いるアラブ連合軍からの軍事支援を受け、9月までにアデンを含む南部5県を奪還し、ハーディ大統領もアデンに帰還した。12月には、国連仲介の下、和平協議が行われた。 紛争激化に伴う人道状況の悪化を受け、日本は5月に難民・国内避難民への緊急支援を実施したほか、9月の国連総会でのイエメン人道状況会合で新規食糧支援を表明するなど、イエメンの人道危機克服のための支援を継続した。また、8月には、サッカーフ情報相が訪日した。 シリア難民問題と日本の取組 チグリス・ユーフラテス川からナイル川にかけて広がる肥沃な三日月地帯地域に位置するシリアは、古代オリエントの時代からの農業国であり、シルクロードの中継都市として栄えたパルミラの遺跡等の世界文化遺産を有する、長い歴史と文化を誇る国でもあります。 2011年3月、そのシリアに暮らす人々を危機が襲いました。それ以降、激しい戦闘によりシリア国内では25万人以上ともいわれる人々が命を落とし、660万人以上の方々が国内避難民となり、また、周辺国には430万人以上の方々が難民として流出し(2015年12月現在、国連統計)、歯止めがかからない状況が続いています。シリア難民は、難民キャンプで生活している人々もいる一方で、多くは難民キャンプ外で暮らしており、それぞれの避難先で厳しい生活を強いられています。 シリア危機が長期化する中で、大量の難民が流入しているシリア周辺国(右上図参照)の難民受入れ能力も限界に達しており、難民と受入れコミュニティとの軋轢(あつれき)等の問題も発生しています。また、2015年には、欧州諸国に流入する難民・移民が爆発的に増加しましたが、その多くがシリアからの難民とされています。 シリア難民・国内避難民等の状況 2015年9月、国連総会において安倍総理大臣は、シリア、イラクの難民・国内避難民向けの支援として、2015年は約8億1,000万米ドルの支援を実施し、レバノンにおいて新たな支援の一部として、人道支援と開発支援の連携を促進させるとともに、難民・移民の移動ルート上にあるにもかかわらず、EUのセーフティネットを享受できないセルビア、マケドニア等のEU周辺国に対する約250万米ドルの人道支援を実施することを表明しました(その後、11月にもEU周辺国に対する約270万ドルの追加的な支援を表明)。シリア危機が継続する限り、国際社会は、シリア難民・国内避難民や難民を受け入れている国々に対する支援を継続する必要があります。同時に、シリア難民問題の真の解決にはシリア危機を政治的に解決することが不可欠です。それには一定の時間を要することが見込まれますが、長引く危機のために十分に教育を受けることができないシリア難民が増加する中で、将来危機が終結し難民がシリアに帰還した際に国の再建が可能となるよう、教育・職業訓練等の支援を通じて人材を育成しておくことが重要です。特に若い人々への教育は、彼らが過激主義に染まるのを防ぐことにも資するものです。日本は、問題の根源まで考えて状況を改善するという考えの下で、将来難民がシリアに帰還し、再びシリアを豊かな歴史と大地の恵みに彩られた国に再建できるよう、保健・衛生、食料支援といった緊急に必要な支援に加えて、教育・職業訓練を始めとするシリアの将来を見据えた支援を引き続き実施していきます。 ヨルダンの難民登録センター