第2章 地球儀を俯瞰する外交 各論 1 米国 (1)米国情勢 ア 政治 2014年の中間選挙の結果を受け、共和党が連邦議会の上下両院で多数を占めることとなったため、オバマ政権は年間を通じ前年以上に厳しい政権運営を強いられることとなった。こうした中でもオバマ大統領は、行政権限を活用しつつ、引き続き政権の主要課題への取組を進めた。 2015年1月20日に行われた一般教書演説でオバマ大統領は、共和党の協力を強く求めつつ、内政分野では中間層のための経済政策を重視し、労働環境の改善、税制改革、インフラ整備や科学技術・研究開発に取り組むと述べた。また通商政策では、米国こそが地域のルールを作るべきとして、アジアから欧州にかけての新しい通商協定の実現に向け民主・共和両党に協力を要請した。外交分野では、テロ対策やイラクとレバントのイスラム国(ISIL)壊滅に向けた取組に加え、イランの核問題やウクライナ問題、キューバ政策転換への対応等を課題として挙げた。 オバマ政権の任期が残り2年となる中、7月のキューバとの外交関係再開及びイランの核問題に関する最終合意、そして10月のTPP協定の大筋合意等は、2015年の米国外交における大きな成果となった。一方で、キューバ及びイラン問題では、特に共和党から反対の声が大きく、オバマ政権が求める対キューバ経済制裁解除は議会の反対で実現していない。また、イランの核問題に関する最終合意の実効性には親イスラエル議員を中心に懸念が表明されている。さらに11月のパリでの連続テロ事件に続き、12月にカリフォルニア州サンバーナディーノ市でテロ事件が発生し、米国内の治安への国民の不安が高まる中、共和党は、オバマ政権のテロ対策、中東政策及びシリア難民の受入れ拡大に批判を展開した。 オバマ政権の主要政策である、一定条件を満たす不法移民の退去強制処分を3年間停止する行政措置及び医療保険制度改革法に関し、共和党は2014年に引き続き反対し、関連する訴訟が継続した。上下両院で共和党が多数を確保したことで政権への圧力が更に高まることとなったが、特に下院共和党の保守強硬派議員が、共和党指導部は民主党やオバマ政権に妥協的すぎると厳しくこれを指弾し反発を強めた結果、2016年度歳出予算法案の取扱いをめぐり、9月末にはベイナー下院議長が辞任を表明するなど、共和党内の分裂もあらわになった。10月末、ライアン下院歳入委員長が新たに下院議長に就任した後も、共和党とオバマ政権の対立に変化は生じず、11月6日には共和党が推進するキーストーンXLパイプライン計画にオバマ政権は計画不承認の決定を行った。 こうしたオバマ政権及び民主党と共和党との対立はあるものの、連邦政府機関の閉鎖を避けるべく強制的歳出削減措置の緩和及び債務上限引上げを規定した予算管理法や2016年度歳出予算法案など一部の法案に対しては、厳しい調整の後、超党派による協力も見られた。 2016年はオバマ政権の最終年であり、大統領選挙及び議会選挙の年でもある。このため、後世に残る成果を出すべく主要政策を推進したい政権側と政権を奪取したい共和党の対立が先鋭化し、議会審議における党派的側面がますます顕著になるものと見込まれる。 イ 経済 (ア)経済の現状 米国経済は、2009年6月を底として景気回復局面に入り、2015年も一貫して景気回復を続けた。2015年10〜12月期の実質国内総生産(GDP)(確定値)は、前期比年率0.7%増となった。また、失業率については、2009年から2011年にかけて一時9.0%を超えていたが、以降回復を続け、2015年12月には5.0%となった。米国経済は今後も回復が続くと見込まれるが、金融政策正常化の影響、原油価格下落の影響、ドル高の影響等に留意する必要がある。 (イ)経済政策 オバマ大統領は、2016年1月の一般教書演説において、経済政策に関し、財政赤字削減、雇用創出、教育や社会保障の提供、企業改革等に関する成果を述べつつ、技術・テクノロジー、気候変動・エネルギーに関する取組の重要性に言及した。特にTPP協定については、市場を開放し、労働者及び環境を保護し、アジアにおける米国のリーダーシップを前進させるため、環太平洋パートナーシップを作り上げたことに言及した。また、TPP協定によって、中国が地域におけるルールを定めるのではなく、米国が定めることを強調し、今世紀における米国の強さを示したいのであれば、同協定を承認し、実施する手段を与えるよう議会に対して要請した。 金融政策について、米連邦準備制度理事会(FRB)は、2008年以降、3度にわたって量的緩和等を実施してきたが、2014年10月の連邦公開市場委員会(FOMC)において終了を決定し、同月末に終了した。また、2007年のサブプライムローン問題を契機に、米国では、政策金利の誘導目標の引下げが順次実施されて、政策金利の誘導目標の水準を0%から0.25%とするゼロ金利政策を2008年から7年間続けていたが、2015年12月のFOMC会合において、同水準の引上げを決定した。利上げは2006年6月以来、9年ぶりとなる。 (2)日米政治関係 日米両国は、首脳・外相を始めあらゆるレベルでの信頼関係強化と緊密な政策協調を通じて、日本の外交・安全保障の基軸である日米同盟を強化してきており、2015年には、首脳級では2回の会談と2回の電話会談、外相級では2回の会談と7回の電話会談を行った。 4月、ニューヨークにおいて、岸田外務大臣、中谷元防衛大臣、ケリー国務長官及びカーター国防長官は、日米「2+2」を開催した。変化する安全保障環境に鑑み、日米4閣僚は、日本の安全並びに国際の平和及び安全の維持に対する同盟のコミットメントを再確認し、新たな日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を発表した。 同じく4月、米国を公式訪問した安倍総理大臣はオバマ大統領と首脳会談を行った。両首脳は、日米同盟がアジア太平洋や世界の平和と繁栄に果たす役割について確認するとともに、@日米共同ビジョン声明、ANPTに関する日米共同声明及びBより繁栄し安定した世界のための日米協力に関するファクトシートを発出した。 両首脳は、首脳会談前日の「2+2」で発表された新ガイドラインの下、同盟の抑止力・対処力の一層の強化を確認するとともに、米軍再編を着実に進めていくことを確認した。また、TPP協定における日米間の交渉の前進を歓迎し、日米が交渉全体をリードし、早期妥結に導いていくことで一致した。地域情勢については、日米が中核となり、法の支配に基づく自由で開かれたアジア太平洋地域を維持・発展させ、そこに中国を取り込むよう連携していくことで一致するとともに、中国のいかなる一方的な現状変更の試みへの反対も確認した。また、北朝鮮の核・ミサイル問題に関する日米韓の連携を確認するとともに、オバマ大統領から拉致問題に関する理解と支持を得た。加えて、イランなどへの対応においても連携していくことを改めて確認した。地球規模の課題では、気候変動、感染症対策について意見交換を行った。 安倍総理大臣が日本の総理大臣として初めて行った連邦議会上下両院合同会議での演説では、かつて戦火を交えた日米が、戦後和解を果たして強固な同盟国となり、共に地域と世界の平和と繁栄に貢献してきたことを振り返り、戦後70年間にわたり日米が育んできた絆をアピールするとともに、日米同盟を「希望の同盟」とすることを訴えた。 安倍総理大臣はワシントンDCのほか、ボストン、サンフランシスコ、ロサンゼルスも訪問した。ボストンでは、ケリー国務長官私邸にて、少人数での率直な意見交換を実施したほか、ケネディ・ライブラリー訪問、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)との意見交換を行った。ワシントンDCでは、日米首脳会談、議会演説に加え、アーリントン国立墓地及び第二次大戦メモリアルを訪問し、大戦の犠牲者の方々に哀悼を捧げ、ホロコースト記念博物館で、杉原千畝が発給したビザにより命を救われた方々と面会し、歴史の悲劇を二度と繰り返さないとの決意を新たにした。サンフランシスコでは、スタンフォード大学の有識者やシリコンバレーなどの起業家、経営者が集まるシンポジウムへの参加や企業訪問を通じ、西海岸のイノベーション創出、起業、ベンチャー支援の本拠地において、それらを成長戦略の柱とする日本の姿勢を発信し、また、ブラウン・カリフォルニア州知事による総理表敬では新幹線技術のトップセールスを実施した。ロサンゼルスでは、日系人部隊記念碑献花、全米日系人博物館視察等を通じ、日系米国人との関係を強化するとともに、日米経済フォーラムでは、対米・対日双方向の更なる投資促進を呼び掛けた。 8月、岸田外務大臣は、マレーシアでのASEAN関連外相会議の機会に、ケリー国務長官と会談を行った。会談当日は70年前に広島に原爆が投下された日であり、両外相は、「核兵器のない世界」に向けて協力していくことを確認した。TPP協定について、岸田外務大臣から、交渉を漂流させないため、今こそ米国のリーダーシップが必要であると述べ、双方は、早期の合意に向け、引き続き協力していくことで一致した。また、岸田外務大臣より、2016年は日本がG7サミットの議長国であり、外相会合を広島で開催するので歓待したいと述べたのに対し、ケリー長官は、訪問を楽しみにしていると述べた。 日米外相会談におけるケリー国務長官と岸田外務大臣(8月6日、マレーシア・クアラルンプール) 9月、国連総会出席のためニューヨークを訪問した安倍総理大臣は、バイデン副大統領による表敬を受けた。安倍総理大臣から、平和安全法制により、日本の平和はより確かなものになると述べ、今後も地域や国際社会の平和と安定のために日米で一層緊密に連携して取り組んでいきたいと述べたところ、バイデン副大統領から、安倍総理大臣が日米同盟強化に向けた努力を続けていることに感謝するとの発言があった。双方は、習近平(しゅうきんぺい)中国国家主席の訪米等、最近の米中間、日中間の動きなどについて意見交換を行い、海洋をめぐる問題を含む様々な課題に日米両国で連携していくことで一致した。安倍総理大臣から、北朝鮮に対して、挑発行動の自制、国連安保理決議や六者会合共同声明の遵守を求めるべきであると述べ、双方は日米韓の連携の重要性を改めて確認した。ロシアに関して、安倍総理大臣から、前日の日・ロシア首脳会談に触れつつ、ウクライナ情勢の改善やシリア情勢に建設的役割を果たすようロシアに求めたことを紹介し、バイデン副大統領から、そうした日本の対応を歓迎するとの発言があった。 11月、安倍総理大臣は、フィリピンでのAPECの機会に、オバマ大統領と首脳会談を行った。安倍総理大臣は、日本の「積極的平和主義」と米国の「リバランス政策」を連携させ、盤石な日米同盟を地域と国際社会の平和と安定、繁栄のために有効活用していきたい、日米協力を更に進める上で、自由・民主主義・法の支配等の基本的価値を共有する国々と連携し、日米同盟を基軸とする平和と繁栄のためのネットワークをアジア太平洋地域において共に作っていきたいと述べ、オバマ大統領から支持を得た。また、安倍総理大臣から、普天間移設は辺野古が唯一の解決策であり、断固たる決意で進めると述べつつ、米軍の安定的駐留のためにも沖縄の負担軽減に共に取り組みたいと述べたのに対し、オバマ大統領は、米国としても沖縄の負担軽減のための努力に協力していくと述べた。南シナ海について、安倍総理大臣から、米軍の「航行の自由」作戦を支持すると述べた上で、自衛隊の活動については、情勢が日本の安全保障に与える影響を注視しつつ検討を行うとの従来の立場を説明するとともに、政府開発援助(ODA)、自衛隊による能力構築支援、防衛装備協力等の支援を組み合わせ、関係各国を支援していくこと、現状を変更し、緊張を高める一方的行為全てに反対であることに言及した。このほか、TPP協定、中国、韓国、北朝鮮、シリア危機への対応について意見交換を行い、気候変動、サイバー、世界健康安全保障アジェンダ、核セキュリティ・サミットなど、国際場裏における協力についても、日米で緊密に連携していくことで一致した。 (3)日米経済関係 世界第3位と第1位の経済大国である日米両国が経済分野において緊密に協力していくことは、日米両国の経済活性化のみならず、日米同盟の更なる強化や世界経済全体の発展のために不可欠である。2015年4月の安倍総理大臣訪米の機会に発出した「より繁栄し安定した世界のための日米協力に関するファクトシート」においても、エネルギー、インフラ、テクノロジー及び地球規模課題を始めとする様々な分野において協働していくことを日米間で確認した。 TPP協定交渉については、日米が交渉を主導して、10月に大筋合意を実現、2016年2月に署名された。TPP協定は、アジア太平洋地域の経済的繁栄のみならず安全保障にも資するなど、戦略的意義を持つものであり、早期発効に向け、引き続き日米で連携していく。 エネルギー分野では、日本を始めとする各国からの要望・働き掛けもあり、12月、米国で原則禁止されてきた米国産原油の輸出を40年ぶりに解禁する内容を含む法案が成立し、今後米国からの原油輸入の可能性も含め、エネルギー供給源の一層の多様化が期待できる。また、2014年に立ち上げた日米エネルギー戦略対話については、2015年9月、第2回対話を東京で開催し、日本側から外務省、経済産業省資源エネルギー庁及び防衛省の関係者らが、米国側から国務省及びエネルギー省の関係者らが出席し、現下のエネルギー情勢を踏まえ、エネルギー安全保障、日米エネルギー協力等のテーマについて有意義な議論を行った。2016年にも米国からのLNG輸入が開始予定の中、日米間のエネルギー協力の機運が盛り上がっている。 インフラ分野では、日本企業が関連する米国の高速鉄道計画について、官民一体となった取組を実施している。11月のフォックス運輸長官の訪日時には、日米鉄道協力会議の立上げに合意し、この分野での日米協力が本格化する見通しである。カリフォルニア高速鉄道計画については、4月に訪米した安倍総理大臣が、ブラウン・カリフォルニア州知事に対し、新幹線技術のトップセールスを実施した。また、北東回廊における超電導リニア技術の導入構想については、6月に訪日したホーガン・メリーランド州知事及び11月に訪日したフォックス運輸長官に対し、超電導リニアへの試乗や安倍総理大臣らからのトップセールスを通じ、同技術導入の意義をアピールした。11月にはワシントンDC−ボルティモア間への超電導リニア技術導入に関する連邦補助金2,780万米ドルのメリーランド州による活用が承認された。民間プロジェクトであるテキサス高速鉄道計画に対しては、11月に海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が約49億円の出資を表明した。引き続き日本の高速鉄道技術導入に向けた取組を継続していくとともに、日本が推進する「質の高いインフラ投資」の実現に当たっても、米国と緊密に連携していく。 投資・観光については、9月、ニューヨークを訪問した安倍総理大臣は、北米金融関係者との対話イベントに出席し、アベノミクスの第二ステージ等について、国内外に影響力の大きい北米金融関係者に対して直接説明し、対日投資を始めとした日米経済関係の強化を発信した。また、日本貿易振興機構(JETRO)主催の対日投資セミナーで米国企業に対し、対日投資を呼びかけるとともに、日本政府観光局(JNTO)主催の観光セミナーでは、より多くの旅行者が日本を訪れるよう、訪日プロモーションを行った。 テクノロジー分野では、インターネットエコノミー、ライフサイエンス、ロボット、宇宙等の科学技術分野における日米協力に加え、ベンチャー企業支援、イノベーション創出でも日米協力を強化している。4月の安倍総理大臣訪米時には、シリコンバレーと日本の起業家をつなぎ、シリコンバレーの人脈・ノウハウを日本国内のベンチャー支援、イノベーション創出に生かすことを目指す「シリコンバレーと日本の架け橋プロジェクト」を発表した。そのほか、環境・気候変動、グローバルヘルス、サイバーなどの地球規模課題の分野でも日米で連携していく。 また、経団連による訪米ミッション(6月)や第47回日本・米国中西部会日米合同会議(9月)、第39回日本・米国南東部会日米合同会議(11月)及び第52回日米財界人会議(12月)への協力を通じ、日米間の民間レベルの連携強化の取組を支援した。その中でも中西部会に際しては、中山泰秀外務副大臣が開会式に出席し、歓迎挨拶において、日本と米国の各州との関係を州別のアプローチで強化し、オールジャパンで日米関係を盛り上げていくとの方針を表明した。 日米投資関係 米貿易赤字に占める対日比率の低下