第1章 2015年の国際情勢と日本外交の展開 1 情勢認識 (1)中期的な国際情勢の変化 【パワーバランスの変化】 21世紀に入り、特に中国やインドといったいわゆる新興国の存在感は増してきている。特に中国は、グローバル経済における影響力が増大する一方で、不透明な形での軍事力の拡大も指摘されている。 また、グローバル化の進展により、国際的な発言力を有するNGOや国家予算規模の収益を上げる多国籍企業などの非国家主体が国際社会においてより重要な役割を果たすようになっていると同時に、様々なテロの地域的拡散など懸念される状況が生じつつある。 米国は、軍事力や経済力のみならず、価値や文化といったソフトパワーを含めた総合的な国力において、今なお世界で主導的な地位を占めている。その一方で、新興国の台頭等によりパワーバランスの変化が生じており、また、国際秩序における強力な指導力の減退と多極化、国際課題の複雑化、さらには、力による現状変更の試みや秩序の不安定化の動きが見られる。 【脅威の多様化と複雑化】 大量破壊兵器や弾道ミサイル等の移転・拡散・性能向上に係る問題は、日本を含む国際社会全体にとって大きな脅威となっている。 国際テロの拡散・多様化や、国際テロ組織等による大量破壊兵器の取得・使用の可能性の増大は、グローバル化の負の側面であり、引き続き国際社会の重大な懸念となっている。その観点からも、大量破壊兵器の不拡散、特に核テロ阻止のための核セキュリティ強化が重要になっている。また、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を含むコミュニケーション・ツールの進歩は、国際テロ組織のイデオロギー拡散と活動範囲の拡大にも利用されている。 さらに、近年の科学技術の進歩により、サイバー空間や宇宙空間といった人類の新たな活動領域が生まれているが、これは大きな機会と共に新たなリスクや脅威も生み出しており、適用されるべき規範もいまだ確立されていない。 【地球規模の問題の深刻化】 グローバル化の進展及び国際経済活動の拡大の恩恵を受けつつ、高い経済成長を成し遂げている開発途上国がある一方で、深刻な貧困から脱出できずにいる最貧国もある。依然として1日1.9米ドル未満で生活する貧困層は世界人口の1割程度いるとのデータもある(1)。貧困は、個々の人間の自由と豊かな可能性を制限し、また社会的不公正・政情不安や暴力的過激主義の根源となっている。 地球温暖化が、自然災害の増加や被害の拡大など地球の環境に深刻な影響をもたらすことが懸念されている。また、自然災害により最も被害を受けるのは社会で脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれた人々であり、貧困撲滅と持続可能な開発の実現にとって防災の取組は不可欠である。さらには、グローバル化により国境を越える人の移動が飛躍的に増加した現在、感染症の流行・拡大による脅威は深刻さを増しており、国際的な危機管理体制の強化が課題となっている。 【グローバル化が進む世界経済】 世界経済は、グローバル化の進展とともに世界的なサプライチェーンと金融システムが発達し、相互依存がこれまで以上に強まっている。これは更なる成長の機会を生み出す一方、リーマン・ショックや欧州債務危機等に見られたように、一地域の経済ショックや油価の下落が、同時に他の地域又は世界経済全体に対して影響を及ぼしやすくしている。 また、国境を越えた経済活動を更に円滑なものとするために、ルールに基づいた経済秩序の維持・構築の必要性が一層高まっている。 (2)厳しさを増す東アジアの安全保障環境 【中国の透明性を欠いた軍事力の広範かつ急速な強化と一方的な現状変更の試み】 中国の平和的な発展は日本としても、また国際社会全体としても歓迎すべきことである。しかしながら、近年顕著に見られる軍事面での中国の一連の動向は、地域と国際社会全体の懸念を惹起(じゃっき)している。 例えば中国は透明性を欠く中で、国防費を継続的に増大させるなど軍事力を強化している。中国の国防費は1989年から連続して、前年比ほぼ二桁の伸び率を示している。また、軍の指揮命令系統下にある組織ではないものの、海警局に代表される海洋法執行機関の組織体制と装備も強化されている。 また、中国は東シナ海、南シナ海などの海空域で、既存の海洋法秩序と相いれない独自の主張に基づく行動や、一方的な現状変更の試みを活発化させている。例えば、東シナ海では、尖閣諸島周辺海域における中国公船等による領海侵入事案が2015年もそれまでと同程度のペースで続いている。さらに、2015年12月末以降は、外観上明らかに機関砲を搭載した海警船による領海侵入も繰り返し発生するようになっている。また、排他的経済水域及び大陸棚の境界画定がいまだ行われていない海域において、中国による一方的な資源開発が継続している。これに加え、2015年11月には、中国海軍情報収集艦が尖閣諸島南方の接続水域の外側で反復航行する事案も確認された。南シナ海では、中国による大規模かつ急速な埋立て、拠点構築及びその軍事目的での利用等、現状を変更し緊張を高める一方的な行動、さらにはその既成事実化の試みが一段と進められており、日本を含む多くの国から懸念が表明されている。また、南シナ海をめぐるフィリピンと中国との間の紛争に関し、フィリピンが開始した海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約:UNCLOS)に基づく仲裁手続について、2015年10月に仲裁裁判所は、一部の申立てについて管轄権を認める決定を下し、11月に本案口頭手続を行ったが、中国は引き続き仲裁手続に応じていない。 南シナ海をめぐる問題は、資源やエネルギーの多くを海上輸送に依存し、南シナ海における航行及び上空飛行の自由並びにシーレーンの安全確保を重視する日本にとっても、重要な関心事項である。開かれた自由で平和な海を守るため、国際社会が連携していくことが求められている(2-1-2(1)、2-1-6及び3-1-3(4)参照)。 【北朝鮮の不透明な動向】 北朝鮮は核開発と経済建設を同時に進める「並進路線」を掲げており、2016年1月に国際社会の制止を無視して4回目となる核実験を、2月には弾道ミサイルの発射を強行した。国連安全保障理事会(国連安保理)決議に明白に違反した北朝鮮の核・ミサイル開発の継続は、日本の安全に対する直接的かつ重大な脅威であり、北東アジア及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものである。 (3)深刻化する暴力的過激主義と国際テロ 中東や北アフリカ等の政情が不安定で統治が脆弱(ぜいじゃく)な地域を拠点にして、国際的なテロ組織が活動を活発化させている。特にイスラム過激派の武装勢力である「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」は、2015年1月及び11月のパリにおけるテロ事件など拠点地域以外での多数の一般市民を巻き添えにするテロ事件や、2015年初めには日本人も犠牲になった外国人人質の殺害事件等を引き起こしている。ISILは、宗教的なイデオロギーを利用して国境や国民国家の存在を否定して、インターネット等を通じたプロパガンダにより他地域からも戦闘員を勧誘するなど、国際秩序に対する深刻な脅威となっている。また、ISILの活動によって多数の難民・国内避難民が発生しており、深刻な人道危機が発生している。 (4)対応を迫られるグローバル・イシュー 【難民問題】 現在、世界では紛争や迫害により居住地を追われた難民や国内避難民の数は約6,000万人にも上るといわれ(2)、その数はここ数年大きく増え続けている。中東・アフリカの政情が不安定な地域が難民・国内避難民の主要な発生地域となっており、特に2015年夏以降の欧州への難民流入は、国際社会の喫緊の課題となっている。 【感染症の拡大】 2014年以降西アフリカにおいて流行が拡大したエボラ出血熱は、最も感染が拡大したギニア、リベリア及びシエラレオネの3か国を含む全ての流行国について終息が宣言されたが、開発途上国の保健体制、日本を含む国際社会の危機管理体制、日本人が海外で罹患(りかん)した際の体制等の改善の必要性を浮き彫りにした。また、2015年には中東地域を中心に流行している中東呼吸器症候群(MERS)コロナウィルスによる感染例が隣国韓国でも確認されたほか(韓国政府は2015年末に終息を宣言)、同年5月以降、蚊媒介感染症の1つで、妊婦が感染した場合に胎児の小頭症等への関連が指摘されているジカウイルス感染症が、ブラジルを始めとする中南米地域を中心に流行している。 【気候変動問題の深刻化】 2015年には、南米のペルー沿岸の広い範囲で海面温度が高くなるエルニーニョ現象が大規模に発生し、また、東アフリカで干ばつ・洪水や東南アジアで森林火災が発生するなど気候変動問題の深刻化と国際社会の対応の必要性が改めて認識された。 (5)日本を取り巻く国際経済のリスクと機会 【減速する中国経済と新興国経済】 2015年は、日本経済とも密接な結び付きを持つ中国経済の減速が見られ、6月以降の中国株式市場での株価下落は日本を含む世界の株式市場に動揺をもたらした。資源輸出に依存している新興国の経済にも、資源価格の下落等を要因とする低迷が見られる。 【アジア太平洋地域の成長】 日本を取り巻くアジア太平洋地域は、中長期的に見れば、人口増加や旺盛なインフラ需要など今後も相対的に高い経済成長が見込まれる地域であり、日本はこの地域の成長を取り込んでいくことが期待される。 1 世界銀行ホームページ 2 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ホームページ