第4章 国民と共にある外交 各論 1 海外における危険と日本人の安全 (1)2014年の事件・事故等と対策 近年、海外に渡航する日本人の増加に伴い、海外において日本人がテロを始めとする凶悪な事件、不測の事故に巻き込まれる危険性が高まっている(詳細については第3章第1節3.(3)「治安上の脅威に対する取組」参照)。2015年1月20日、シリアにおいて「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」によって拘束されていた2人の日本人の映像が、インターネット上に公開され、その後殺害されたとみられるテロ事件が発生した(詳細については15ページのフォーカス参照)。 テロについては、中東、アフリカ、南西アジアを中心に、ISIL、アルカイダ、タリバーンなどのイスラム過激派武装組織による治安当局などの政府施設を狙った襲撃や、公共交通機関、宗教施設、市場など人が多く集まる場所における一般市民を狙った無差別テロ、人質拘束・殺害などが相次いで発生した。また、欧米諸国においても、イスラム過激思想に影響を受けたと見られる個人によるテロも発生している。10月にはオタワ(カナダ)において、カナダ軍兵士が銃撃され死亡する事件が、また、12月にはシドニー(オーストラリア)の中心部で複数の人質を取った立てこもり事件が発生した。さらに、2015年1月にはパリ(フランス)市内において、新聞社が襲撃されるなどの連続テロ事件が発生した。 また、外国人を標的とした誘拐事件も世界各地で発生した。 犯罪被害については、日本人が犠牲となる殺害事件が、フィリピン、タイ、米国などで発生している。 日本人の人的被害があった事故としては、2月にインドネシア・バリ島沖におけるスキューバダイビング中に行方不明となった事故、3月にニューヨーク(米国)における爆発によるビルの倒壊、8月、11月に米国カリフォルニア州における交通事故、9月にブラジルにおける観光中のモーターボートに漁船が衝突する事故などが発生した。 大規模自然災害については、10月にネパール・ヒマラヤ山脈のアンナプルナ山域及びダウラギリ山域において、サイクロンの影響による吹雪・雪崩が発生した。外国人を含む多数の死傷者が出る事態となり、日本人登山者3人も死亡した。 政情不安などに起因した情勢悪化としては、日本人の深刻な被害には至らなかったものの、タイにおいては2013年秋より2014年5月まで反政府デモが継続して行われ、発砲事件等で死傷者が散発的に発生するなどの混乱が続いた。 また、ウクライナでは、3月のロシアによるクリミア自治共和国の「併合」などをめぐり、ウクライナ政府と武装勢力との対立が激化し、特に東部のドネツク州、ルハンスク州での不安定な情勢が続き、在留邦人への情報提供などを行った。 ガザ地区では、6月から7月にかけ、イスラエルとパレスチナ武装勢力との対立が激化し、イスラエルによる同地区への大規模な空爆が行われ、ガザ地区からはイスラエル領内へロケット弾が発射される事態となった。 香港においては、9月から政治制度改革をめぐり、学生・民主派団体による「セントラル占拠」運動により座り込みなどの抗議活動が行われ、これを排除しようとする警官隊との間で衝突が発生するなど、数か月にわたり混乱が続いた。 中高齢者が海外で山岳・海難事故に遭遇したり、旅行中に発病したりする事例も引き続き報告されており、特に宿泊先のホテルにおいて急病のために亡くなる事例が多発した。また、これら事故や疾病への対応において、日本国内に比べて高額の医療費や搬送費用が発生したり、不十分な医療サービスなどのために家族などがその対応に窮する事例も散見された。 感染症については、西アフリカのギニア、リベリア、シエラレオネでエボラ出血熱が流行し、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」を宣言するなど、世界的な影響が生じた。外務省は、8月8日にこれら3か国について「感染症危険情報」を、また関連する地域について随時「広域情報」や「スポット情報」を発出し、渡航者及び海外に滞在する日本人に対して、流行状況や感染防止策などの情報提供を行うとともに、渡航や滞在に関する注意喚起を行った。 また、中国などにおいて鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染例、中東地域において中東呼吸器症候群(MERS)コロナウィルスの感染例が発生したほか、デング熱やマラリアなど蚊が媒介する感染症などが引き続き世界各地で流行した。さらに、中国、インド、東南アジアなどを中心とした新興国では、引き続き大気汚染による健康被害に対する懸念が高まっている。 邦人援護件数の事件別・地域別内訳(2013年) <海外に渡航・滞在する場合の心得> このように、日本人の安全を脅かす緊急事態は世界中の様々な地域で絶え間なく発生している。海外に渡航・滞在する場合には、@現地の治安などに関する情報を海外安全ホームページや報道などを通じて事前に十分確認すること、A滞在中は緊急事態に備え、安全対策を充実させ、危険を回避する行動をとること、B緊急事態が発生した場合には最寄りの大使館・総領事館などの在外公館や留守家族などに連絡をとることなどが重要である。また、海外での病気や事故被害などのため高額な医療費が求められた場合、海外旅行保険に加入していなければ、医療費などの支払いのみならず適切な医療機関での受診にも困難を来しかねない。それぞれの渡航者が十分な補償内容の海外旅行保険に加入することが非常に重要である。 (2)海外における日本人の安全対策 日本人が国際社会で活躍の幅を広げている中、日本の在外公館及び財団法人交流協会が2013年に支援し海外における日本人の援護人数は、10年前(2003年)の1万7,426人から1万9,746人へと増加した(1)。海外における日本人の安全確保のため、在外公館などにおける日本人援護体制の強化に努めているが、海外への渡航者一人ひとりが危機管理意識を持って渡航・滞在先の危険の傾向と対策を把握して行動することが必要である。 援護件数の多い在外公館上位20公館(2013年) 順位 在外公館名 件数 1 在タイ日本国大使館 1,216件 2 在上海日本国総領事館(中国) 1,116件 3 在フランス日本国大使館 829件 4 在フィリピン日本国大使館 770件 5 在英国日本国大使館 682件 6 在ニューヨーク日本国総領事館(米国) 663件 7 在ロサンゼルス日本国総領事館(米国) 655件 8 在バルセロナ日本国総領事館(スペイン) 410件 9 在大韓民国日本国大使館 358件 10 在中華人民共和国日本国大使館 342件 11 在香港日本国総領事館(中国) 333件 12 在ホノルル日本国総領事館(米国) 305件 13 在サンフランシスコ日本国総領事館(米国) 303件 14 在イタリア日本国大使館 275件 15 在広州日本国総領事館(中国) 248件 16 在ホーチミン日本国総領事館(ベトナム) 240件 17 在ハガッニャ日本国総領事館(米国) 226件 18 在シアトル日本国総領事館(米国) 223件 19 在チェンマイ日本国総領事館(タイ) 221件 20 在バンクーバー日本国総領事館(カナダ) 213件 このため、外務省は海外における日本人の安全のための情報を提供する海外安全ホームページの内容の充実を図るとともに、より使いやすいホームページとなるよう機能面やデザイン面で、改修を行っている。 海外安全ホームページ(http://www.anzen.mofa.go.jp/) 外務省の領事サービスセンターは、海外での安全に関する相談に応じている。また、海外での日本人の活動にきめ細かに対応できるよう、総合的な安全対策を取りまとめた「海外安全虎の巻」やテロ・誘拐・脅迫など想定される事案ごとに対策を記したパンフレットを配布している。これらのパンフレットは、海外安全ホームページからもダウンロードして入手できる。 「渡航情報」の体系及び概要 外務省は、2013年に発生したアルジェリアにおける日本人等に対するテロ事件を教訓として、海外に在住する日本人及び海外の日本企業の安全確保策の強化に取り組んでいる。その一環として、2014年7月1日から外務省海外旅行登録「たびレジ」の運用を開始した。「たびレジ」は、在留届提出義務の対象とされていない海外滞在期間が3か月未満の短期渡航者(海外旅行者・出張者など)に旅行日程、滞在先、連絡先などを登録してもらうことにより、滞在先の最新の渡航情報や緊急事態発生時の緊急連絡を登録者に提供することを目的としている。さらに、緊急事態発生時に日本人の迅速な安否確認を行う手段の1つとして、携帯電話のショート・メッセージ・サービス(SMS)(2)の利用も一部開始するなど、海外の日本人の安全を図るための連絡手段の重層的・補完的な構築を目指している。 外務省海外旅行登録「たびレジ」 在アルジェリア邦人に対するテロ事件を受けて設置された政府検証委員会の検証報告書や有識者懇談会の報告書などにおいては、官民連携の強化について提言が示された。この提言への具体策の1つとして、民間企業安全対策担当者の危機管理に関する知識や能力の向上を図る目的で、外務省は関係省庁と共催で、10月に「海外安全対策に係る官民集中セミナー」のフォローアップのための会合を開催した。また、海外進出企業などに向けて危機管理対策などの情報を提供するため、大阪(3月)、名古屋(7月)、仙台(12月)において、「官民安全対策セミナー」を開催した。このほか、緊急事態対応時における官民の連携をより一層効果的なものとするため、6月及び9月にテロ・誘拐などへの対応に関する実地訓練に官民合同で参加した。さらに、海外で活躍する民間企業・団体と外務省との間で情報・意見交換を行い、共通に関心を有する課題について協議し、検討を行うため、「海外安全官民連絡協議会」も定期的に開催している。 在外公館においても、現地日本人組織や民間代表者などとの間で「安全対策連絡協議会」を定期的に開催し、安全対策に関する意見交換や情報共有を強化している。また、中東、アフリカ、中南米、アジア地域において、海外に滞在する日本人を対象に、安全対策・危機管理に関する啓発を図るための「在外危機管理セミナー」を計20か所で開催した。 1 海外日本人援護統計は、日本の在外公館及び財団法人交流協会が、海外において事件・事故、犯罪加害、犯罪被害、災害など何らかのトラブルに遭遇した日本人に対し行った援護の件数及び人数を年ごとにとりまとめたものであり、1986年に集計を開始した。 2 携帯電話やPHS同士で短いテキストによるメッセージを送受信するサービス