第2章 地域別に見た外交 第1節 アジア・大洋州 総論 今日、多くの新興国が位置し、世界の成長のけん引役となっているアジア・大洋州地域は、世界における存在感を更に増大させている。豊かで安定したアジア・大洋州地域の実現は日本の平和と繁栄にとって不可欠である。経済面では、この地域は豊富な人材に支えられ、引き続き高い成長率を誇っている。世界の約70億人の人口のうち、米国、ロシアを除く東アジア首脳会議(EAS)参加国(1)には約33憶人が居住しており、世界全体の48.1%を占めている(2)。東南アジア諸国連合(ASEAN)、中国及びインドの名目国内総生産(GDP)の合計は、過去10年間で4.2倍に増加(3)(世界平均は2倍)しており、今後、中間層の増加により、購買力の更なる飛躍的な向上が見込まれる。また、米国、ロシアを除くEAS参加国の輸出入総額は9.3兆米ドルであり、欧州連合(EU)(10兆米ドル)に次ぐ規模である。域内輸出入総額がそのうちの51.8%を占めており(4)、域内の経済関係が非常に密接で、経済的相互依存が進んでいる。近年では、日本主導による投資を原動力に、この地域全体にまたがる緊密なサプライチェーンが成立している。この地域の力強い成長を促し、膨大なインフラ需要や巨大な中間層の購買力を取り込んでいくことは、日本に豊かさと活力をもたらすことにもなる。 アジア・大洋州地域では、このように「成長の機会」が増している一方で、安定を脅かす様々な「リスク」も増大している。地域諸国による軍事力の近代化、海洋活動の活発化と南シナ海を始めとする海洋をめぐる問題における関係国・地域間の緊張の高まり、近隣諸国が抱える領土をめぐる問題など、日本を取り巻くこの地域の安全保障環境は厳しさを増している。また、2012年には、中国、韓国など多くの国で指導者の交代が予定されている。加えて、発展途上の金融市場、環境汚染、食糧・エネルギーの逼(ひっ)迫、高齢化等、この地域が抱える課題は、地域の安定した成長を阻む要因である。 このような状況を踏まえ、日本にとってアジア太平洋地域の成長の機会を最大化し、リスクを最小化するために、地域諸国との協力を強化することが一層重要になっている。日本としては、日米同盟を外交の基軸としながら、国際法にのっとったルールを基盤とする、「開放的で多層的なネットワーク」をアジア太平洋地域の国々と共に創っていく。そのために、日中韓、日米韓、日米豪といった三国間の対話の枠組みや、日・ASEAN、EAS、ASEAN+3(5)、APEC等の枠組みを活用し地域協力を推進していく。 このような「開放的で多層的なネットワーク」には、中国の全面的な参加が不可欠である。日本にとって、中国はこれまで文化や人的交流等幅広い分野で日本と深いつながりを有してきた重要な隣国であり、近年様々な分野で国際社会における存在感を一段と増している中国との関係は、最も重要な二国間関係の一つである。また、2011年はハイレベル交流が頻繁に行われ、12月の日中首脳会談において、野田総理大臣は「日中国交正常化40周年に際する日中『戦略的互恵関係』の一層の深化に向けた6つのイニシアティブ」を表明した。 中国との間では、二国間関係のみならず、地域・グローバルな課題等の幅広い分野における協力と交流を大いに進め、大局的観点から「戦略的互恵関係」を着実に深化させていく。 モンゴルとの間では、両国の伝統的な友好関係を背景に、新たな共通外交目標である「戦略的パートナーシップ」構築の具体化を目指し、2012年の日・モンゴル外交関係樹立40周年も契機として、互恵的・相互補完的な関係の深化に向けて、双方で緊密に協力していく。 韓国は、民主主義などの基本的価値を共有する日本にとって最も重要な隣国である。日韓間では往来が頻繁に行われており、10月に野田総理大臣が韓国を訪問し、また、12月には李明博(イミョンバク)韓国大統領が訪日し、それぞれ日韓首脳会談が行われた。日本はこのようなハイレベルでの意思疎通をも通じて、未来志向で重層的な日韓関係の構築のために今後とも努力していく。 朝鮮半島においては、2010年3月の韓国哨(しょう)戒艦沈没事件、11月の延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件といった北朝鮮による挑発行為に加え、ウラン濃縮計画も明らかとなった北朝鮮の核開発に対し、重大な懸念が生じている。これに対し、日本は、米国、韓国を始めとする関係国と連携し、北朝鮮が六者会合共同声明や国連安全保障理事会(安保理)決議に従って、非核化などに向けた具体的な行動をとるよう強く求めており、今後もこれを継続していく方針である。また、2011年12月の金正日(キムジョンイル)国防委員長の死去を受けて、この事態が朝鮮半島の平和と安定に悪影響を与えないよう動向を注視し、関係国と緊密に連携して対応していく方針である。拉致問題については、日本は北朝鮮に対し、2008年8月の日朝実務者協議において合意された拉致問題に関する全面的な調査を開始するよう繰り返し要求している。日本は引き続き拉致問題を含む諸懸案の包括的解決に向け、関係国と緊密に連携していく。 また、安全保障環境が厳しさを増す中、この地域における米国のプレゼンスはますます重要となっている。米国は、2011年、EASに初めて正式参加したほか、オーストラリアにおける米国海兵隊のローテーション展開を発表するなど、この地域への関与を強化している。日本は、日米同盟を堅持し、更なる深化・発展に努めつつ、米国と連携して、引き続き、アジア太平洋地域の安定と繁栄の確保に貢献していく。 日本は、ASEANの対話国(6)として、ASEANとの間で長い友好関係の歴史を有しているが、地域協力の中心となるASEAN全体との関係に加え、ASEAN各国との関係強化に努めている。その中でも、2011年にASEAN議長国を務め、ASEANで唯一のG20メンバーでもあるインドネシアは、ASEANの中核として、アジア・大洋州地域においてますます重要な役割を果たしている。インドネシアは、日本にとっても資源の供給元・市場・投資先として重要あり、緊密な経済的互恵関係にあるが、近年では、地域の民主化支援や防災、気候変動といった分野で二国間の枠組みを超えて連携するなど、インドネシアとの間で地域・国際社会の諸課題に共に取り組む戦略的パートナーとしての関係を深化させてきている。 また、ミャンマーについては、3月に民政移管後、多くの政治犯の釈放、少数民族武装勢力との停戦合意の実現等、民主化・国民和解に向けた前向きな動きが見られた。日本としては、ミャンマー政府が民主化及び国民和解の更なる進展に向けて、今後一層前向きな措置をとることを働きかけるとともに、ミャンマーの改革努力を支援する観点から、人的交流・経済協力・経済・文化交流の4分野における協力を強化していく方針である。 約16億の巨大な域内人口を擁し、地政学的要衝に位置する南アジア地域は、多くの国が高い経済成長を続け、国際場裏においてもますます重要な存在となっている。日本としては域内国との経済関係を更に強化し、国民和解や民主化の定着などの各国自身の取組への協力等を継続していく。特に12月に野田総理大臣が訪問し、年次首脳会談を行ったインドは、新興国として国際社会での発言力を強めてきており、今後とも両国の「戦略的グローバル・パートナーシップ」を更に深化させ、幅広い分野で協力を強化していく。テロ対策の重要国であるパキスタンに対しては、地域、ひいては国際社会全体の平和と安定のために、同国自身の前向きな取組を促しつつ、経済面を中心に協力を継続していく。 オーストラリアとニュージーランドは、アジア・大洋州地域において日本と基本的価値を共有する重要なパートナーである。オーストラリアとの間では、貿易・投資を始めとする経済関係のみならず、安全保障の面でも国際社会の平和と安定のために共に取り組む戦略的パートナーシップを強化している。ニュージーランドとの間では、2月に発生したニュージーランド南島地震の際には、日本は緊急援助隊を派遣するとともに、緊急無償資金協力を行った。 太平洋島嶼(しょ)国は、親日的な国が多く、国際社会での協力や水産資源の供給の面で、日本にとって重要なパートナーである。2012年5月に沖縄県で開催される第6回太平洋・島サミットに向けて、2011年は様々な準備が行われた。 以上のような二国間の協力強化に加え、「開放的で多層的なネットワーク」を創るためには、様々な多国間協力や地域協力の枠組みを活用することも重要である。 日本は、中国、韓国との間で日中韓協力を推進している。5月に日本が主催した第4回日中韓サミットでは、三首脳による被災地訪問が実現した。日本の震災からの復興に向けて協力していく姿勢を示しつつ、東日本大震災を受けて、特に原子力安全・防災・再生可能エネルギー等の推進に関する協力強化など、幅広い分野で三国間の協力関係を強化していくことで一致した。 日本は、統合の進むASEANが地域協力の中心となることが、東アジア全体の安定と繁栄のために極めて重要であるとの考えの下、地域協力における日・ASEAN関係を重視している。東日本大震災を受け4月に日・ASEAN特別外相会議が開催されたことは、ASEANと日本との強い連帯と共同体意識の一層の深まりを示す、歴史的な意味を持つ会議となった。また、国際社会におけるASEANの経済的・政治的存在感の高まりや、日本とアジア経済の結びつきの深化等を踏まえ、11月の日・ASEAN首脳会議において、日・ASEAN関係を規定する「バリ宣言」及び同宣言の実施のための「行動計画」が採択された。これにより日本とASEANとの友好協力関係の一層の強化が図られるとともに、2015年のASEAN共同体構築がより積極的に後押しされることになる。 11月に開催された第6回EASには、本年から米国及びロシアが新たに加わった。日本は、EASをこれまでの実務分野の協力に加え、政治・安全保障分野の取組の強化を通じて地域の共通理念や基本的なルールを確認し、具体的協力につなげる首脳主導のフォーラムとして発展させるとの方針で臨んだ。会議では、特にアジア太平洋を連結する公共財である海洋に関して国際法の重要性を確認するとともに、日本の提案を踏まえ、海洋について協力・対話を進めることで理解を得ることができた。 同月に開催された第3回日本・メコン地域諸国首脳会議では、日・メコン協力が実質的に進展しているとの認識を共有し、日・メコン協力の枠組みを通じて更に協力を促進していくことを再確認した。また、官民連携の重要性や、環境・気候変動、母子保健・感染症、食料安全保障・食の安全性における支援の重要性についても認識を共有した。さらに、メコン地域、特にタイを中心に発生した大洪水に対し支援を行うとともに、メコン地域における防災のための協力を一層強化する必要性を再確認した。 ASEAN共同体形成の観点からは、メコン開発と同様、ビンプ・東ASEAN成長地域(BIMP-EAGA)(7)などの東南アジア諸国による地域間格差是正の取組も重要であり、日本はBIMP-EAGAとの間で、観光、水産及び人材育成の分野で招へい・派遣事業を行っている。 また、2008年からインドネシアが主催しているバリ民主主義フォーラムは、年々参加国が増え、地域の民主化を促進する重要な国際フォーラムとなっている。日本はこうしたインドネシアの取組を支持するとともに、民主化を経験したインドネシアの経験を共有するためのエジプト民主化支援セミナーの開催支援などを通じて貢献している。 さらに、南アジア地域協力連合(SAARC)との間でも域内の連結性強化や、人的交流を促進していく。 東日本大震災に際しては、地理的に近く、文化的・歴史的にも関係が深いアジア・大洋州地域から、連帯と励ましの言葉が寄せられ、救援物資や義援金が届けられた。これらの国々に恩返しをする意味でも、日本は地域の秩序とルールづくりに主体的な役割を果たし、地域の平和と安定、繁栄に貢献していくこととしている。 1 ASEAN(加盟国:インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア)、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド 2 IMF Direction of Trade Statistics July 2011 3 世界銀行 4 IMF Direction of Trade Statistics July 2011 5 ASEANと日本、中国、韓国による地域協力の枠組み。 6 ASEANは、広範な分野にわたって恒常的な協力関係を有する対話国との間で地域情勢や重要な協力分野等について意見交換を行っている。ASEAN対話国は、9か国(日本、米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、韓国、インド、中国、ロシア)・1地域(EU)。 7 ブルネイ(B)、インドネシア(I)、マレーシア(M)、フィリピン(P)が、開発の遅れた島嶼部の発展のために進める取組。