第1章 概 観 2010年の国際情勢と日本外交の展開 1 国際社会の現状認識と2010年 (国際社会の現状と中長期的な方向性) 新しい世紀を迎えてから10年が経過した今日の国際社会を総合的に俯瞰(ふかん)した場合、冷戦の終焉(えん)と国際的な経済活動の一層の自由化により、各国の成長を実現する経済的環境が整備され、世界はこれまでにない大きな平和と繁栄を実現してきているが、このような平和と繁栄が今後も継続するかを判断するためには、現状を冷静に認識し、課題を明確にする必要がある。 現在の国際社会では、今日の平和と繁栄を実現するための基礎としてきた基本構造が変化しつつある。具体的には、多くの人口を擁し、政治的に比較的安定した新興国が、急速な経済成長を遂げた結果、経済分野のみならず国際政治全般において影響力を強化する中で、先進国の影響力が相対的に低下し、国際社会の重要課題の設定やその対処方式について国際的な議論を主導する力が分散化してきている。また、多くの国際的課題について、国際社会の議論をまとめようとしても、伝統的な先進国対開発途上国の構図を超える各国や各地域の利害が複雑に絡み合い、共通の目標と立場をまとめることが困難になってきた。 情報・資本・モノ・ヒトの国境を越えた移動が容易となった結果、国際社会における情報発信や大規模な活動の主体が、国家のみならず企業や非政府組織(NGO)などの民間団体、更には個人にまで広がるとともに、情報伝達手段の発達も相まって、国内外の政策決定過程において、非国家主体が及ぼす影響力が増大している。 このように、現在の国際社会は、全体として繁栄を享受する一方で、@新興国の台頭による国際社会のパワーバランスの変動と、Aグローバル化による多種多様な非国家主体の影響力拡大という2つの大きな変化に直面し、その基本構造が静かに、しかし着実に質的な変化を遂げつつある。 このような変化が生じる一方、新たな秩序を担保する制度は未整備である。より安定した豊かな世界を築くためには、新たな要素を取り込んだ秩序を形成することが必要であり、そのような秩序を模索する動きが政治・経済の両面で活発化すると予想される。米ソ二極構造であった冷戦が終焉して以降、一極化、多極化とも表現されてきた20年間を経て、この新しい秩序への模索が、国際社会の新しいシステムの構築につながっていくのか、まさに現在の国際社会は過渡期にある。 以下で2010年の国際情勢を振り返り、顕在化している問題や傾向を大きく3つに分類する。 (新興国の影響力拡大と国際的な合意形成の複雑化) 2010年も、新興国の影響力拡大により、様々な場面において各国の利害調整が難航し、多国間の合意形成が複雑化したり、困難となったりした事例が数多く見られた。 気候変動の分野では、11月末から12月にかけてカンクン(メキシコ)で開催された気候変動枠組条約第16回締約国会議(COP16)において、前年のCOP15で留意することとされたコペンハーゲン合意に基づき、2012年末で京都議定書のいわゆる第一約束期間が2010年末に終了した後の国際的枠組みの構築を目指して、各国が交渉を行った。同会議では、先進国のみが温室効果ガスの削減義務を負う京都議定書の下での第二約束期間の設定を求める新興国や開発途上国と、急速な経済成長を背景に温室効果ガスの排出量を増やし続ける新興国も含む全ての主要経済国が削減義務を負う新しい枠組みが必要と主張する先進国との間で意見が対立した結果、最終的には、全ての主要国が参加する公平かつ実効性のある新たな国際的な法的枠組みの基礎となり得るカンクン合意が採択されたものの、依然として各国の立場の隔たりは大きく、2011年以降の交渉の行方は不透明なままである。 また、2001年の交渉開始から9年が経過し、早期妥結が求められる世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド交渉では、これまでは開発途上国として先進国とは異なる扱いを受けてきた新興国と、急速な経済成長を続け世界貿易における主要なプレーヤーとなった新興国に対して更なる自由化を求める先進国との対立が解消されず、膠(こう)着状態が続いている。ドーハ・ラウンド交渉が進展しない中で、各国は実現可能性や実効性が高い特定の国々との間で、又は地域的な形で自由貿易協定(FTA)を通じた市場統合を進めるなどの動きが世界的に拡大し、活発化している。2010年は、日本がアジア太平洋経済協力(APEC)の議長を務める年に当たり、11月に横浜で開催された首脳会議でも、ASEAN+31、ASEAN+62、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定などの現在進行している地域的な経済連携を基礎として更に発展させるなど、アジア太平洋自由貿易圏の構築に向けて、具体的な措置をとることで一致した。 イランの核問題については、EU3+3(英国、フランス、ドイツ、米国、中国、ロシア)とイランとの協議が停滞する中、トルコとブラジルはイランに働きかけを行い、数年以内に燃料不足となることが見込まれるテヘランの研究用原子炉(TRR)への燃料供給支援に関する新提案をまとめ(いわゆるテヘラン合意)、2010年5月に米国、ロシア、フランス及び国際原子力機関(IAEA)に提示した。これにより、トルコとブラジルは、停滞していたTRRへの燃料供給支援を巡るイランとIAEA・米国・ロシア・フランスとの交渉の打開を試みた。さらに、トルコはその後もEU3+3の協議の場を提供することを提案するなど、イランの核問題に関し積極的に関与している。これは、イランとの交渉にこれまで当たってきたEU3+3とは異なる国家による動きであり、新興国がより積極的な役割を果たす意欲を持ち、具体的な行動を取った例と言える。 また、新興国を含む国際経済協力第一のフォーラムとして定例化されたG20サミットに関しては、2010年には6月にトロント(カナダ)において、11月にはソウル(韓国)においてサミットが開催され、世界経済の持続的な成長を実現するために、先進国と新興国間で政策協議を進めるなど、引き続き重要な役割を担っている。 さらに、世界的な経済・金融危機発生以降、国際金融機関の機能を強化するための改革が進められ、2010年には、国際通貨基金(IMF)でクォータ(出資割当額)の見直しについて決定に至り、G20ソウル・サミットでこの決定が確認された。このクォータ見直しにより、新興国のシェアが上昇し、世界経済における各国の相対的地位の変化が出資比率に反映された。世界銀行グループにおいても、国際復興開発銀行(IBRD)では、2010年に新興国を含む開発途上国への投票権の移転を目指した投票権改革が決定され、中国の投票権比率が、2.77%から4.42%に増加するなど、新興国を含む開発途上国全体の投票権比率は、3.13%増加し、47.19%になり、国際金融公社(IFC)においても開発途上国全体で6.07%増加し、39.48%になった。 今後も、歴史的な蓄積をよりどころとして国際政治における影響力を保持しようとする国々と、新興勢力として影響力を拡大しようとする国々との間で、様々な展開が予想される。また、今日の新興勢力も、明日には挑戦を受ける立場になる。このような状況の下で国際社会の安定を維持するために、国際社会のルールづくりや合意形成メカニズムの改革に当たり、全ての当事者の参加を得た上で長期的な展望を持つことが必要である。 (破綻国家の問題と非国家主体による脅威の拡大) 現代の国際社会が直面する2点目の大きな課題は、グローバル化の進展にも関わらず、その波に取り残された破綻国家の問題と、それに伴うテロや海賊といった非国家主体による脅威の拡大による国際情勢の不安定化である。 2010年も依然として、ソマリア、イエメンといった国々が国際社会の注目を集めた。イエメンに関しては、以前から貧困や政府の統治能力が問題視され、特に、2009年12月に発生したオランダ発米国行き旅客機の爆破未遂事件の容疑者がイエメンで訓練を受けていたことが発覚したことを契機として、国際社会の関心が高まった。その結果、2010年1月にはロンドンで「イエメンに関する国際会議」が開催され、同会議で設置が決定されたイエメン・フレンズ・プロセスの第1回閣僚会合が9月にニューヨークで開催された。それぞれの会議では、困難に直面するイエメンを国際社会が効果的に支援することの重要性が強調されるとともに、イエメン政府自身による改革の決意が示された。にも関わらず、10月には、英国とアラブ首長国連邦のそれぞれの空港において、イエメン発米国宛ての航空貨物から不審物が発見される事件が発生したことは、イエメンの統治能力向上が国際社会の重要な課題であることを再認識させた。 ソマリアでは、暫定連邦「政府」を中心とした和平推進に対し、国際社会が支援を続けているが、依然として進捗は見られず、実効的な統一政府が存在しない中、同国は海賊やテロの温床となっている。そのため、ソマリア沖・アデン湾における海賊事案の発生件数も、日本を始めとする各国が海賊対処行動を実施しているにも関わらず、2010年は前年とほぼ同数となっており、引き続き国際社会が取り組むべき重要な課題となっている。 テロに関しては、2010年に、主なものだけを挙げてもパキスタン、ロシア、イエメン、ウガンダ、ソマリア、イラクなど、破綻国家の存在が主な原因であるか否かに関わらず、世界各地で発生しており、重大な脅威となっている。 特に、近年注目すべきなのは、テロリストの活動が、アフガニスタンやパキスタンからイエメンやソマリアを越え、サハラ砂漠南縁に広がるサヘル地域などでも活発化している点である。今後も、テロの震源地が拡散することに伴い、破綻国家や脆(ぜい)弱国家と呼ばれる国々が増加する可能性がある。 開発途上国の貧困の問題については、2010年が、国連ミレニアム宣言が採択されてから10周年という節目の年であったことから、9月にミレニアム開発目標(MDGs)国連首脳会合が開催され、各目標の進捗状況を確認するとともに、MDGs達成期限の2015年に向けて国際社会が取るべき施策につき議論された。MDGsは目標や地域によって、達成状況にばらつきが生じており、特に達成に向けた進捗が遅れている保健や教育などの分野及びサブサハラ・アフリカや南アジアなどの地域に関し、2015年に向けて国際社会の取組を加速化する必要がある。 このように、テロや海賊といった非伝統的な脅威が国家の安全保障に与える影響は、グローバル化の進展によりますます増大する傾向にある。これらの温床となっている破綻国家や、イラクやアフガニスタンといった紛争後国家に加え、グローバル化の波に取り残された開発途上国が、政治的に安定し、経済的に発展するための基盤をいかにして整備するかは、引き続き国際社会が取り組むべき重要な課題であり続ける。 ミレニアム開発目標(MDGs)国連首脳会合において演説する菅総理大臣(写真提供:内閣広報室) (個人の情報アクセスや発信能力の強化が政治に及ぼす影響の増大) 最後に、現在の国際情勢における注目すべき動きは、インターネットに代表される情報通信技術が開発途上国を含めた世界各地に普及し、個人が直接に各国の政治に及ぼす影響力を増大させたことである。人々の生活の利便性は格段に向上し、多くの人々が大量の情報にアクセスすると同時に、個人がインターネットを経由して全世界に情報を発信できるようになったことが、各国の国内政治のみならず、国際政治にも大きな影響を及ぼしているという点である。2010年は、このような状況が特に顕在化した年だった。 これまでも、国によっては、国内の治安や体制の維持などを目的に、インターネットを通じたものを含め情報への個人のアクセスを制限しており、そのような制限が国際的にも批判されてきた。米国のクリントン国務長官は、2010年1月に「インターネットの自由」に関する講演を行い、現代国家においてインターネットの自由を確保することの重要性と、そのために米国が果たすべき役割について述べ、注目を集めた。その後、3月には、インターネット検索サイトを運営する米国のグーグル社が中国国内での規制を不満とし、中国からの撤退を決定し、インターネットへの規制の問題は更に国際社会の関心を集めることとなった。 その一方で、11月にはインターネット上の内部告発サイトであるウィキリークスが、多数の米国の外交公電をインターネット上に公開するという事件が発生し、米国を始めとする関係国は対応に追われた。中には、アフガニスタンにおける各国部隊の活動に関連した軍事機密も含まれており、公にすることにより人命を左右する恐れのある情報も瞬時に全世界に公開されるという問題点が明らかになった。 さらに、12月には、チュニジアにおいて当局への抗議のために一人の青年が焼身自殺したことを契機として、チュニジア全土で民主化を求める反政府運動が展開され、2011年1月にベン・アリ大統領が亡命することとなった。また、この流れがエジプトにも波及し、大規模デモが行われ、ムバラク大統領が辞任する事態となった。その際には、インターネット上のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)によって、多数の市民が連携し、デモや集会を行うことが格段に容易となったことが大きな役割を果たしたと言われている。 インターネットの普及に代表される情報通信技術の飛躍的な発達以前から、現代においては、民主主義や自由といった価値の重要性や、そのような価値を実現するための努力に対しては国際的な支持が得られることが、情報統制が敷かれている国の多くでも広く知られていた。それだけに、多くの国々で、国民の政治参加に対する著しい制限や格差が存在することに対して強い不満が存在するのに対し、政権側は、言論や政治活動の自由を制限することにより、政権に対する抗議活動を抑えてきた。 しかし、チュニジアやエジプトの事例は、情報通信技術の発達が、それまでは可能だった抗議活動の阻止を困難にしていることを明らかにした。SNSが、多くの地域で多数の国民が連携して抗議活動に参加しているという事実を即時に知ることを可能にし、根強く存在していた政権による統制に対する国民の恐怖心を薄め、国民を行動に駆り立てたのである。国民の政治参加を長期にわたり制限することは困難であるということが、露呈したと言える。 チュニジア・エジプトに端を発する反政府運動は、その後、他の中東・北アフリカ諸国にも波及しており、その際にもSNSが大きな役割を果たしていると言われている。今後は、これらの国々においては、いかにして民主的で安定した国づくりを平和的に実現していくかが重要な課題になると考えられる。 この他、近年、政府機関や社会インフラを狙ったサイバー攻撃の事例が増加している。主なものでは、2007年4月のエストニア政府・金融・通信インフラに対するDDoS攻撃3や、2009年7月の米国政府及び韓国政府関連ウェブサイトに対するDDoS攻撃があり、最近も、2011年3月に韓国政府ウェブサイトへのDDoS攻撃が報告されている。 このように、2010年はインターネットを始めとする情報通信技術が、国際政治に大きな影響を与える事例が発生した年であった。大きな可能性を秘めたこの技術がもたらす政治・経済・社会の変容に、人類はいかに対応するのか。例えば、インターネットの発達により大きな情報収集・発信力を持った個人と国家の関係はどのようにあるべきか。また、近年増加しているサイバー攻撃にどのように対応するのか。コミュニケーション手段の革新が、社会秩序の在り方やその構築方法について根本的な問いを投げかけている。現時点において結論を出すことは困難だが、これは国際社会が今後取り組む必要のある重要な課題であると言えよう。 2 日本の国益の追求と積極的な外交の展開 (日本を取り巻く安全保障環境) 日本を取り巻く東アジア地域は、他の地域と比較すると、非伝統的な脅威のみならず、依然として伝統的な脅威が存在している。2010年は、東アジアの安全保障環境が厳しく、この地域に不確実性や不安定性が存在することが明らかとなった1年だと言え る。 朝鮮半島においては、北朝鮮が、3月に韓国哨(しょう)戒艦沈没事件を引き起こし、11月には六者会合共同声明や国連安全保障理事会(安保理)決議に違反するウラン濃縮計画の存在を公表し、さらに、韓国延坪島(ヨンピョンド)を砲撃するなど、挑発行為を繰り返している。このように、朝鮮半島情勢は依然として緊迫しており、北朝鮮の動向は日本を含む地域全体にとって重大な不安定要因となっている。 また、急速な経済成長を遂げる中国は、平和的発展を強調して世界と地域のため重要な役割を果たしつつある一方で、透明性を欠いた国防力の強化や海洋活動の活発化は、地域・国際社会の懸念事項となっている。 上述のような国際情勢認識及び東アジアの安全保障環境を踏まえ、以下では、日本政府が2010年にどのように外交を展開したかを、@日米同盟の深化とアジア太平洋諸国とのネットワークの強化、A経済外交の推進、Bグローバルな課題への取組と国際的なルールづくりへの貢献の3点に大別して説明する。 (日米同盟の深化とアジア太平洋諸国とのネットワークの強化) 日本を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増している中、盤石な安全保障体制を築くことは日本の平和と繁栄にとって必要不可欠である。そのため、日本は、日本自身の防衛力を強化するとともに、日米同盟を外交・安全保障の基軸とし、その深化・発展に努めている。日米両国政府は、現行の日米安全保障条約の締結50周年に当たる2010年に、日米同盟を今後30年、50年と持続可能なものに深化させていくための協議プロセスを開始し、2011年前半の総理大臣訪米の機会に、21世紀の日米同盟のビジョンを共同声明のような形で示すことを目指して議論を深めている。 また、日本政府は、自らの防衛力を充実させるために、12月に、新たな防衛大綱を策定し、防衛力の存在による抑止力の確保を基本とした従来の「基盤的防衛力構想」に代わり、防衛力の運用に焦点を当てた「動的防衛力」という概念を打ち出し、東アジアの戦略環境の変化に応じて、柔軟な態勢の構築を目指すこととした。 中国との間では、尖閣(せんかく)諸島周辺領海内での中国漁船衝突事件をきっかけに、一時緊張が高まったが、2010年11月の日中首脳会談以来、日中関係は改善の軌道に戻りつつある。アジア太平洋地域の平和と繁栄、経済分野での協力関係の進展を含め、大局的観点から「戦略的互恵関係」を深めていく。 さらに、豊かで安定し、開かれたアジア太平洋地域を実現するために、既に成熟した民主主義などの基本的価値を共有する韓国、オーストラリアのみならず、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、インドといったアジア太平洋諸国とのネットワークを強化したり、米露両国の2011年からの参加が正式に決定された東アジア首脳会議(EAS)、アジア太平洋経済協力(APEC)、ASEAN地域フォーラム(ARF)といった地域的枠組みを開かれた形で活用し、重層的な協力関係を構築していく考えである。 前原誠司外務大臣は、2011年1月の米国訪問時に、ワシントン市内のシンクタンクで「アジア太平洋に新しい地平線を拓(ひら)く」と題する演説を行い、このような考え方を表明するとともに、覇権の下ではなく、協調を通じたアジア太平洋地域の発展に向けて、日米両国が協力して新しい秩序の形成を主導していくべきであると強調した。 戦略国際問題研究所(CSIS)で演説する前原外務大臣(右)(2011年1月6日、米国・ワシントン) (経済外交の推進) 今日の国際社会では、新興国を中心に、経済・金融危機後も高い経済成長が実現している。これらの国・地域では、今後も引き続き経済成長が見込まれており、こうした成長の活力を世界経済の活性化につなげることが重要である。また、新興国におけるインフラ需要などは日本経済にとっても大きな機会となり得、日本社会が直面する諸課題を克服していくためにも、経済外交を戦略的に展開することが日本にとって急務である。このような認識から、前原外務大臣の力強いリーダーシップの下で経済外交を推進してきた。具体的には、@自由な貿易体制の推進、A資源・エネルギー・食料の安定供給確保、Bインフラの海外展開、C観光立国の推進、Dジャパン・ブランドの発信を五本柱として重視している(詳細は、第3章第3節「経済外交」参照)。 (グローバルな課題への取組と国際的なルールづくりへの貢献) 最後に、開発途上国の開発や、核軍縮・不拡散、気候変動といった、一国では解決できない地球規模の課題への取組についても、国連、G20、G8といったフォーラムを含む国際的な場において、主体的かつ積極的な外交を展開した。 まず、開発の分野では、政府開発援助(ODA)に関し、厳しい財政事情の中で、ODAに対する国民の理解と支持を得るための見直しを行うことにより、ODAをより戦略的・効果的に実施することを目指し、2010年の初めから6月にかけてODAの在り方についての検討を行い、ODAを日本を含む世界の共同利益を追求するための手段と位置付けた。続いて、9月のMDGs国連首脳会合においては、菅直人総理大臣が、MDGsの達成状況が遅れている保健分野及び教育分野において、2011年からの5年間で、それぞれ50億米ドル、35億米ドルの支援を行うことを内容とする「菅コミットメント」を打ち出した。 また、核軍縮・不拡散の分野では、2010年5月の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議の成果を受けた国際的な議論を主導するため、9月の国連総会の際に、日本はオーストラリアと、核軍縮・不拡散に関する外相会合を共催し、核軍縮・不拡散に対する志を共有し、かつ、立場の近い10か国で地域横断的なグループを形成するとともに、「核リスクの低い世界」に向けた現実的取組を進める決意を表明する外相共同声明を発表した。 さらに、環境問題に関しても、2010年に国際社会の先頭に立って主体的な外交を展開し、ルールづくりに貢献した。具体的には、日本は、気候変動と密接な関係にある森林保全の分野において、5月にノルウェーで開催された「気候と森林に関するオスロ会議」において設立につき一致した「REDD+(開発途上国における森林減少・劣化に由来する排出の削減など)パートナーシップ」の2010年末までの共同議長国に選出され、10月には名古屋で開催された「森林保全と気候変動に関する閣僚級会合」の共同議長をパプアニューギニアと共に務めるなど、リーダーシップを発揮した。生物多様性の分野においても、日本は10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の議長国を務め、2週間にわたる交渉の末、2011年以降の新しい戦略計画である「愛知目標」や遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)に関する「名古屋議定書」が採択されるなど、日本のリーダーシップにより歴史的とも言える成果を上げることができた。 (積極的な外交の展開) 日本の国内総生産(GDP)が世界第2位から第3位になったことなどを理由に、日本の国際的地位や影響力が低下したとの指摘もなされている。また、これまでの日本経済の低迷もあり、日本人の意識が内向きになり、海外や国際関係に対する国民の関心が薄れる傾向があることも事実である。 しかし、国際情勢の変化が、自動的に日本に不利な影響を及ぼすわけではない。例えば、中国は、日本の最大の貿易相手国であり、その経済発展が国際社会と協調しつつ行われるならば、日本にとって好機になるものである。大きな変化に直面している時代であるからこそ、国際協調を通じて国益を確保し、より一層増進するために、外交が果たすべき役割は大きい。特に、過渡期にある国際社会においては、目標を明確に定め、日本が自ら国際社会の先頭に立って積極的かつ主体的な外交を展開し、自らの国益を追求することが求められている。中長期的視点に立って現状を的確に分析し、将来への見通しを持って今日すべきことを着実に実行する、そのような外交政策がこれまでにも増して必要なのである。 1 東南アジア諸国連合+日本、中国、韓国 2 東南アジア諸国連合+日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド 3 Distributed Denial of Service 大量のデータを情報システムに送信することにより、情報システムの機能を停止させる行為。