第2章 第6節 各論 1.中東和平 (1)中東和平概観 2008年12月27日、ハマスのロケット砲などによる攻撃の激化に対し、イスラエルはハマスが実効支配するガザ地区への大規模空爆を開始し、2009年1月3日以降、地上軍の進攻を実施した。1月18日には両者による一方的停戦が実現したが、「アナポリス中東和平国際会議」(2007年12月)以降2008年末まで断続的に行われてきたイスラエル・パレスチナ間の直接和平交渉や、2008年に再開したトルコ仲介によるイスラエル・シリア間接和平交渉は中断し、2010年1月現在もこれらは再開されていない。 停戦後のガザ地区復興に関しては、2009年3月、シャルム・エル・シェイク(エジプト)にて「ガザ復興のためのパレスチナ経済支援に関する国際会議」が開催され、各国から新規に合計44億8,000万米ドルの支援表明がなされた。しかし、ガザ地区の封鎖もあり、復興作業は円滑に進んでいない。 イスラエルでは、2月のクネセット(イスラエル国会)選挙の結果、パレスチナ側との和平に消極的な、リクードを中心とするネタニヤフ連立政権が3月末に発足した。6月、ネタニヤフ・イスラエル首相は演説の中で、将来のパレスチナ国家を厳しい条件付ながら容認することを示唆し、さらにパレスチナ自治政府(PA)が率いるパレスチナ側に対して、中東和平「ロードマップ」(注1)等過去の諸合意を前提条件としない、即時の和平交渉再開を呼びかけた。イスラエルは、10か月のヨルダン川西岸における入植地建設の凍結を決定したが、パレスチナ側は、これは東エルサレムを含んでいない不完全なものであるとし、イスラエルによる入植活動の全面凍結が交渉再開の前提であると主張した(注2)。 パレスチナ自治区では、西岸とガザ地区の分裂が依然続いている(注3)。西岸を支配するアッバースPA大統領を始めとするファタハ(パレスチナ人民解放運動)は、和平路線を推進するが、和平プロセスの停滞や統治能力不足から内政面での支持基盤が弱い。PAは、8月に、今後2年以内の「パレスチナ国家」樹立をうたう第13次パレスチナ自治政府内閣綱領を発表するなど、自立に向けた努力を行っているが、危機的な財政状況など課題は多い。一方、ガザを支配するハマスは、対イスラエル武装闘争路線を維持し、その結果イスラエルの進攻を受けており、国際社会もその路線を懸念している。このような分裂状況下で、PAは、ガザ地区での選挙実施が困難であると判断し、11月、2010年1月の予定だったPA大統領及びパレスチナ立法評議会(PLC)選挙の実施延期を発表した。 米国のオバマ政権は、政権発足直後から、北アイルランド和平にも手腕を発揮した民主党の重鎮であるミッチェル元上院議員を中東和平担当特使に任命する等、中東和平に積極的に関与する意思を示した。また、オバマ米国大統領自身が、6月のカイロ大学(エジプト)での演説において、イスラエルによる入植活動の凍結に触れるなど、中東和平実現に向け努力する意向を明確にした。オバマ政権は、ミッチェル特使の数次にわたる関係政府首脳への働きかけや、クリントン国務長官の現地訪問などの仲介努力を続けており、9月の国連総会の場では、米・イスラエル・パレスチナ三者首脳会談(於:ニューヨーク)も行われた。こうした努力の結果、2010年3月、間接交渉の開始が発表された。 (2)日本の取組 日本は、パレスチナ問題をイスラエルとパレスチナの二つの共存共栄する国家を樹立することにより解決するという二国家解決を支持しており、双方に対し、ロードマップの実施を求め、特にイスラエルに対しては、東エルサレムを含む西岸における入植地凍結を求めてきている。また、パレスチナに対し、和平路線の下での政治的統合を呼びかけてきている。さらに、「パレスチナ国家」建設を準備するために、[1]関係者への政治的働きかけ、[2]対パレスチナ支援、[3]信頼醸成促進、[4]ヨルダン川西岸における農産業団地建設の推進等に取り組んでいる。 イ 関係者への政治的働きかけ 2008年12月27日以降のイスラエルによるガザ攻撃に際しては、麻生総理大臣及び中曽根外務大臣によるイスラエル、PA等の政府要人との電話協議、中東和平担当特使の現地派遣による、現地政府要人に対する停戦に向けた働きかけなどを実施した。 また、5月の中曽根外務大臣のエジプト訪問、11月の武正外務副大臣の拡大中東・北アフリカ(BMENA)構想「未来のためのフォーラム」第6回閣僚級会合(モロッコ・マラケシュ)出席、12月の武正外務副大臣のヨルダン訪問や、11月のアブ・リブデPA国民経済庁長官及び12月のムーサ・アラブ連盟事務総長、ダルダリ・シリア経済担当副首相などの訪日の機会を利用して、和平促進のために直接働きかけを行った。このほか、中東和平担当特使も米国や欧州諸国とも意見交換を行いつつ、現地で要人への働きかけを行ってきている。 11月2〜3日にかけて開催された、拡大中東・北アフリカ構想(BMENA)「未来のためのフォーラム」第6回閣僚級会合に出席した武正外務副大臣(前列左)(モロッコ・マラケシュ) ロ 対パレスチナ支援 日本は、1993年以降、2009年末までに総額10億米ドル以上の対パレスチナ支援を実施している。イスラエルによる空爆の際は、悪化したガザ地区の人道状況に対応するため、日本は直ちに国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、国連児童基金(UNICEF(ユニセフ))及びWFPを通じた計1,000万米ドルの緊急人道支援を実施した。あわせて、毛布等の物資協力(100万米ドル相当)も実施した。 3月に開催された「ガザ復興のためのパレスチナ経済支援に関する国際会議」では、日本は当面2億米ドルの支援を表明した。この一環として、7月にはUNRWA及びWFP経由の食糧支援、並びにユニセフ経由のパレスチナ人児童の「感染症対策計画」の実施を決定した(合計1,000万米ドル相当)。また、このほかにも、国際機関経由や12月のPAに対する15億円のノン・プロジェクト無償資金協力の実施などの形で、様々な支援を行っている。 9月に国連本部で開催されたUNRWA60周年ハイレベル会合には岡田外務大臣が演説し、[1]イスラエル・パレスチナ双方への働きかけ、[2]対パレスチナ支援、[3]信頼醸成支援の3本の柱を中心に、中東和平実現に向けた努力を続ける旨、表明した。 また、日本は、将来のイスラエル・パレスチナの共存共栄に向けた中長期的取組として2006年に提唱した、「平和と繁栄の回廊」構想を推進している。現在、パレスチナ経済自立化に寄与することを狙いとした、「ジェリコ農産業団地建設計画」が進められている。9月には「農産業団地予定地−ジェリコ市内新野菜市場間道路」の修復工事が始まったほか、10月には農産業団地の土地造成を決定した。地域協力を通じてパレスチナ支援を進める本構想には、各国から高い期待が示されている。 ハ 信頼醸成促進 日本は、2月の中東若手外交官等招へい、10月のイスラエル・パレスチナ合同青年招へい等を通じ、和平実現に向けた共通認識及び、相互信頼を形成することを目的として、信頼醸成促進に努力をしている。また、地方自治体レベルでも、「世界連邦宣言自治体全国協議会」事務局である京都府綾部市等が、2003年以降実施しているイスラエル・パレスチナの青少年を招いた交流を、2009年は石川県金沢市で実施した。 「平和と繁栄の回廊ジェリコ農産業団地」構想について 日本のパレスチナ支援 (3)シリア・レバノン情勢 レバノンでは、6月に総選挙が実施され、反シリア・親欧米派が過半数を獲得した。スレイマン・レバノン大統領は、反シリア・親欧米派のハリーリ議員を新首相に指名、組閣のための調整は難航したが、11月に挙国一致内閣が成立した。 シリアは、米国との関係改善に取り組んでおり、ミッチェル特使が6月、7月の2度にわたりシリアを訪問し、バッシャール・アル・アサド・シリア大統領と会談したほか、多くの議会関係者がシリアを訪問している。日本との関係では、1月にミクダード・シリア副外相が訪日し、中曽根外務大臣と会談を行った。また、12月には、ダルダリ・シリア経済担当副首相が、第1回 日本・アラブ経済フォーラムの開催に合わせて訪日し、平野博文官房長官及び岡田外務大臣と会談を行った。 シリア・レバノン関係については、4月に相互に大使を派遣し、12月にハリーリ・レバノン首相がシリアを訪問し、首脳会談を実施するなど、関係改善に進展が見られた。 岡田外務大臣(左)とダルダリ・シリア経済担当副首相との会談(12月8日、東京) (注1)二国家平和共存構想(イスラエルと平和裏に共存するパレスチナ独立国家の樹立を通じてパレスチナ問題を解決する構想。2002年、ブッシュ米国大統領が発表)を実現するために、2003年、米国、EU、ロシア及び国連の四者(カルテット)が発表した、イスラエル・パレスチナ側双方が実施すべき義務を行程表の形で整理した文書。2003年6月までにイスラエル・パレスチナ側双方が受け入れた。 (注2)中東和平「ロードマップ」の第一段階においては、2001年3月(シャロン政権)以降に建設された入植地撤去、自然増を含むすべての入植活動凍結をイスラエル側の実施すべき義務の一つとして規定。しかし、ネタニヤフ・イスラエル首相は、 6月の演説の中で、自然増についてはその義務を受け入れないことを表明した。日本を含む国際社会は、これらイスラエルの入植活動について、自然増も含め凍結すべきとの立場である。なお、11月、ネタニヤフ首相は、西岸における入植地建設を10か月間凍結する旨発表した(ただし、現在建設中の住宅、公共施設などの建設は継続し、エルサレムにおける建設は制限せず、東エルサレムは凍結の対象外となっている)。 (注3)エジプトの仲介により、パレスチナ諸派間の「国民対話」の取組がなされている。