第2章 第1節 2.中国・モンゴル等 (1)中国 首脳会談に臨む鳩山総理大臣(左)と胡錦濤(こきんとう)中国国家主席(9月21日、米国・ニューヨーク 写真提供:内閣広報室) イ 首脳間の対話 【ロンドン金融サミットにおける日中首脳会談】 (4月2日、於:ロンドン(英国)) 麻生太郎総理大臣は、ロンドン金融サミット出席のため訪問中のロンドン(英国)において、胡錦濤中国国家主席との間で会談を行った。両首脳は、「戦略的互恵関係」にある日中両国として、厳しい国際金融・経済情勢に関して、意思疎通を強化し、積極的に協力していくことを確認した。また、麻生総理大臣から、2008年に一致したように、タイムリーな首脳間の意思疎通を行っていきたい旨を述べた。あわせて、東シナ海の資源開発、食の安全、北朝鮮によるミサイル発射についても意見交換した。 【ASEAN関連首脳会議における日中首脳会談】 (4月11日、於:パタヤ(タイ)) 麻生総理大臣は、ASEAN関連首脳会議に出席のため訪問中のパタヤ(タイ)において、温家宝(おんかほう)中国国務院総理との間で会談を行った。4月末の麻生総理大臣の中国(北京)への訪問について、温家宝中国国務院総理から歓迎の意が表明され、この訪問が成功するよう緊密に準備を強化していくことで一致した。また、東シナ海の資源開発、食の安全について意見交換を行った。北朝鮮のミサイル発射について、両首脳は、[1]国際社会が一致して、迅速に、はっきりとしたメッセージを発出することが重要であるとの点で一致し、[2]今回の日中首脳会談での議論を踏まえ、改めて対応について検討することとし、[3]日中韓首脳会議の機会を利用して、意見交換を行うことを確認した。 【麻生総理大臣訪中】 (4月29日〜30日、於:北京) 麻生総理大臣は、温家宝中国国務院総理の招待により中国(北京)を訪問し、胡錦濤中国国家主席及び温家宝中国国務院総理とそれぞれ会談を行った。会談では、日中「戦略的互恵関係」を具体化する観点から、特に、[1]経済・ビジネス分野、[2]環境・エネルギー・気候変動問題、[3]国民交流の各分野における協力の推進で一致した。また、新型インフルエンザ問題で緊密に協力していくことを確認したほか、麻生総理大臣から、食の安全についてギョウザ事件の真相解明、東シナ海資源開発について国際約束締結交渉の早期開始に向けた温家宝中国国務院総理の指導力発揮、核軍縮について中国の協力等を求めた。北朝鮮については、六者会合において議長国である中国に重要な役割を果たしてほしい旨を述べ、中国側の引き続きの協力を求めた。また、麻生総理大臣は、北京日本文化センター、首都鋼鉄をそれぞれ視察し、「日中次世代ビジネス・リーダーとの集い」に出席し、講演を行った。 【国連総会における日中首脳会談】 (9月21日、於:ニューヨーク(米国)) 鳩山総理大臣は、国連総会等に出席するために訪問中のニューヨーク(米国)において、胡錦濤中国国家主席との間で総理大臣就任後初めてとなる日中首脳会談を行った。会談において双方は、「戦略的互恵関係」の推進で一致したほか、日中関係や地域・国際社会の問題について幅広く意見交換を行った。鳩山総理大臣から、友愛の精神(自分のみならず他人の自由と人格の尊厳をも尊重する考え方)に基づいて、対アジア外交を進めていきたい旨を発言し、信頼関係を築き、長期的には、東アジア共同体を構築していくことが重要であることについて指摘した。また、東シナ海の資源開発につき、鳩山総理大臣から東シナ海を「いさかいの海」でなく「友愛の海」にしたい旨を述べた。胡錦濤中国国家主席からは、昨年の合意は重要な進展であり、中国側としても、東シナ海を「平和・協力・友好の海」にしていきたい旨を述べた。 【日中韓サミットにおける日中首脳会談】 (10月10日、於:北京) 鳩山総理大臣は、日中韓サミットへの参加のために訪問中の北京において、温家宝中国国務院総理と会談を行った。会談では、「友愛」外交、青少年交流、ハイレベル交流、食の安全、東シナ海資源開発問題、歴史問題、気候変動問題など多岐にわたる議題について意見交換を行った。ハイレベル交流については、鳩山総理大臣から、温家宝中国国務院総理に対する公式訪日の招待を表明し、温家宝中国国務院総理からは、2010年の適切な時期に改めて日本を訪問したいとの回答があった。また、食の安全に関し、鳩山総理大臣から新たな協力枠組みとして、担当閣僚級による定期協議を含む「日中食品安全推進イニシアティブ」の創設を提唱し、温家宝中国国務院総理もこれに賛意を表明した。 首脳会談に臨む鳩山総理大臣(左)と温家宝(おんかほう)中国国務院総理(10月10日、中国・北京 写真提供:内閣広報室) 【COP15首脳級会合における日中首脳会談】 (12月18日、於:コペンハーゲン(デンマーク)) 鳩山総理大臣は、COP15への出席のために訪問中のコペンハーゲン(デンマーク)において、温家宝中国国務院総理との間で日中首脳会談を行った。会談では、日中関係に加え、気候変動問題について突っ込んだ意見交換が行われた。両首脳は、ハイレベル交流の重要性につき双方で一致し、鳩山総理大臣から、温家宝中国国務院総理の早期訪日、2010年の秋に横浜で開催予定のAPECでの胡錦濤中国国家主席の訪日を歓迎する旨を述べ、温家宝中国国務院総理からは謝意が示された。 2009年の主な日中政府間対話 1月 日中戦略対話(於:東京) 2月 曾蔭權(ドナルド・ツァン)香港行政長官訪日(於:東京) 中曽根弘文外務大臣訪中(於:北京) 3月 浜田靖一防衛大臣訪中(於:北京) 第11回日中安保対話(於:東京) 4月 ロンドン金融サミットにおける日中首脳会談(於:ロンドン(英国)) ASEAN関連首脳会議における日中首脳会談(於:パタヤ(タイ)) 麻生総理大臣訪中(於:北京) 6月 第2回日中ハイレベル経済対話(於:東京) 第2回日中ハイレベル経済対話における日中外相会談(於:東京) 日中戦略対話(於:北京) 7月 第5回日中人権対話(於:東京) ASEAN関連外相会合における日中外相会談(於:プーケット(タイ)) 9月 国連総会における日中首脳会談(於:ニューヨーク(米国)) 日中韓外相会議における日中外相会談(於:上海) 10月 日中外相会談(於:北京) 日中韓サミットにおける日中首脳会談(於:北京) 11月 楊潔ち(ようけつち))外交部長訪日(於:東京、京都) 梁光烈(りょうこうれつ)国防部長訪日(於:東京、京都、大阪、福岡、長崎) 12月 習近平(しゅうきんべい)国家副主席訪日(於:東京、福岡) COP15首脳級会合における日中首脳会談(於:コペンハーゲン(デンマーク)) 第11回日中漁業共同委員会(於:北京) 外相会談に臨む岡田外務大臣(右)と楊潔ち(ようけつち)中国外交部長(11月19日、中国・北京) ロ 活発な人的交流と相互理解の深化 [1]日中間の人的交流の現状 日本と中国の人的交流は、2008年は延べ約466万人(訪日者数延べ約121万人、訪中者数延べ約345万人)で、全体としては約46万人減少したものの、中国からの訪日者数は引き続き増加した。2009年7月からは、観光分野における日中間の人的交流促進のため、中国人への個人観光査証(ビザ)の発給が開始された。 [2]日中青少年交流 2009年は、2008年に引き続き4,000人規模の日中青少年の相互訪問を実施するため、高校生交流に加え、大学生、教員、行政、経済、農業、学術、文化芸術、メディア、科学技術、医療・衛生、環境・省エネ等の分野における青年代表の招へい・派遣を行った。一方、新型インフルエンザの影響もあり、高校生を中心に一部の交流事業が延期となったことから、相互訪問者数の総計は3,000人余となった。 また、12月、習近平国家副主席が来日した際、鳩山総理大臣から、これまでの毎年4,000人規模の交流に加え、今後、毎年700名規模で中国の次世代を担うメディア、研究者等の青年を招へいすることを提案し、青少年交流を一層充実させることで一致した。 中国四川高校生訪日団歓迎レセプションの様子(8月24日、東京 写真提供:(財)日中友好会館) [3]各分野における交流 a 安全保障分野での交流 日本と中国は、安全保障分野の交流強化を図ることで一致しており、3月、東京において約2年8か月ぶりに第11回日中安全保障対話を行うとともに、3月に浜田靖一防衛大臣、7月に赤星慶治海上幕僚長が中国を訪問した。11月には、中国海軍練習艦「鄭和(ていわ)」が訪日するとともに、同月、梁光烈国防部長が訪日した。 b 人権対話 2008年に引き続いて、7月に日中人権対話を開催し、「両国の人権分野における政策と実践」や「国連における人権分野での協力」について意見交換を行うとともに、次回対話の実施についても一致した。 c 日中歴史共同研究 戦後60年を含めた二千年余の日中交流史について、両国の有識者間で忌憚(きたん)のない議論を重ね、歴史に対する客観的認識を深めることで相互理解を増進することを目的に、2006年12月以来計3回、全体会合が実施された。12月の第4回全体会合(最終会合)において、それまでの共同研究の総括を行い、研究成果である報告書及びその日中両国語への翻訳を段階的に発表することとなった。なお、2008年5月の胡錦濤中国国家主席訪日時に、両国首脳は歴史共同研究の果たす役割を高く評価し、今後も継続していくことで一致している。 d 新日中友好21世紀委員会 本委員会は、21世紀における日中関係を一層発展させていくため、日中双方の有識者が、政治、文化、科学技術等の幅広い分野に関して議論し、両国政府首脳に提言・報告を行う委員会であり、1984年以来、約5年ごとに委員を入れ替えて行われてきた。11月に東京で開催された日中外相会談において、日中双方の委員リストを交換し、新しいメンバーによる委員会が発足した(日本側座長は、西室泰三東京証券取引所グループ取締役会長・東芝相談役。中国側座長は、唐家せん(とうかせん)前国務委員)。 e 中国からの招へい 日中関係の更なる発展のため、青年、高校生等次世代を担う青少年の招へいのほか、中国の中央及び地方政府の指導者、中国の政・経・官・学等の各界において一定の影響力を有する者、次世代の指導者等の各種招へいを行い、中央から地方、各種分野との幅広い関係構築・強化に努めている。2009年は特に汪洋(おうよう)広東省党委書記や強衛(きょうえい)青海省党委書記、香港政府職員等の招へいを実施し、日本の各界との率直な意見交換や視察を通じて、良好な関係の構築と日本理解を促進した。 ハ 日中経済関係の進展 日中間の貿易・投資等の経済関係は、大きく発展している。2009年の香港を除く日中貿易額は、21兆6,715億円となり、3年連続で日米貿易額を上回った。また、中国側統計によれば、2009年の日本からの対中直接投資は41億米ドルとなっている。 6月には、東京において、第2回 日中ハイレベル経済対話が開催され、中国側からは、王岐山(おうきざん)国務院副総理を団長とし、楊潔ち外交部長、張平(ちょうへい)国家発展改革委員会主任、陳徳銘(ちんとくめい)商務部長等の関係閣僚が訪日し、世界金融情勢、貿易・投資、環境・エネルギー、地域・国際経済問題についてハイレベルで意見交換を行った。 ニ 個別の分野における事案 [1]東シナ海資源開発問題 日中両政府は、2008年6月18日、東シナ海を「平和・協力・友好の海」とするとの首脳間における共通認識を具体化する第一歩として、双方の法的立場を損なわないことを前提に[1]東シナ海の北部における共同開発、[2]白樺(しらかば)(中国名:「春暁(しゅんぎょう)」)の現有の油ガス田における開発への日本法人の参加を主な内容とする日中両国間の合意を発表した。合意実施のための国際約束締結交渉の開始を働きかけているが、引き続き合意実施に向けて中国側と意思疎通を図っていく考えである。 [2]食の安全 中国から多くの食品を輸入している日本にとって、2007年12月に発生した中国製冷凍ギョウザ事件に見られるように、中国製食品の安全性は国民の生命と健康にかかわる重大な問題である。こうした認識の下、政府は日中首脳会談や外相会談といったハイレベルの機会をとらえて、中国側に事件の早期の真相究明と食の安全確保への真摯しな取組を申し入れている。 10月に北京で開催された日中首脳会談では、鳩山総理大臣から、食品の安全性を確保するための新たなハイレベルの協力枠組みとして、担当閣僚級による定期協議を含む「日中食品安全推進イニシアティブ」を提唱した。温家宝中国国務院総理もこれに賛意を表明し、同協力枠組みの構築のため、当局間での協議を進めている。 [3]遺棄化学兵器問題(注1) 吉林省ハルバ嶺(れい)地区(注2)ほか中国各地の旧日本軍の遺棄化学兵器を早期に廃棄するため、現在、日中共同で作業が進められている。現在、移動式処理設備による最初の廃棄事業を南京にて行うための準備等を行っているが、今後とも化学兵器禁止条約(CWC)の義務を履行するために、日中共同で対処していく。 日中経済関係 中国の経済発展 ホ 中国情勢 [1]内政(経済を含む) a 中国経済の現状 2009年の中国のGDP(名目額)は、33兆5,353億元、実質成長率は8.7%となった(中国国家統計局発表速報値)。世界経済・金融危機の影響により、2年連続の一けた成長となったものの、政府の積極的な財政支出と金融緩和が功を奏し、固定資産投資を中心に内需が堅調に回復したことから、中国政府の目標(8%前後の成長)を達成した。貿易黒字は前年比33.6%減の1,961億米ドルとなったものの、外貨準備は2兆3,992億米ドルと過去最高となっている。 b 胡錦濤政権の基本方針 3月の第11期全国人民代表大会第2回会議(注3)における政府活動報告において、温家宝中国国務院総理は、世界経済・金融危機への直面という背景の下、生産・供給の過剰、一部企業の経営難、雇用情勢の深刻化、財政収入の減少等が生じたと述べつつ、2009年は「新世紀に入って以来、中国の経済発展にとって最も困難な1年となる」と指摘し、「安定した比較的速い経済発展の維持」を最重要任務として強調した。このほか、「民衆の切実な利益にかかわる問題」として雇用創出について言及し、そのためにあらゆる方策を講じると表明した。 10月の第17期中央委員会第4回全体会議(四中全会)(注4)のコミュニケは党建設に重点を置いたものであり、「中国共産党がなければ新中国はない」として、建国以来60年間における共産党指導の正統性を確認している。一方で、「党が直面している様々な試練は、長期的、複雑かつ厳しいものであり、厳格な党運営の任務は過去のいかなる時期よりも重く切迫している」として、共産党の統治に対して厳しい認識を示している。また、党内選挙制度や党内民主的政策決定メカニズムなどの「党内民主」、反腐敗闘争の重大政治任務としての位置付け、社会の安定と調和の維持のための民族工作についても言及した。なお、四中全会においては、人事に関する発表はなかった。 c 社会的安定性の確保 2009年は中華人民共和国建国60周年に当たり、社会的安定の確保が最優先事項に位置付けられた一年であったが、2008年3月のチベットにおける抗議活動に続き、2009年7月にも新疆(しんきょう)ウイグル自治区において大規模な抗議活動が発生し、多くの死傷者が出た(注5)。中国政府は、重要視する中国建国60周年祝賀行事の円滑な実施に向け、新疆(しんきょう)社会の安定性維持のための政策を相次いで実施するなど、社会治安維持の強化を行った。このほか、公務員の腐敗などに絡む集団暴動の多発や大学生の就職難など、市民生活に直接影響を及ぼす社会経済問題が存在している。 [2]中国の対外関係 a 外交関係 中国は、持続的な経済発展を維持し、総合国力を向上させるためには、平和で安定した国際環境が必要であるとの基本認識の下、引き続き全方位外交を展開している。米国との安定的な関係を模索しつつ、東南アジア、ロシア、インドなど近隣諸国に対し、世界の「多極化」を志向した積極的な外交を行っており、従来の大国間外交に加え、中東、アフリカ、中南米に対しても資源・エネルギーなどを目的とした活発な外交を展開している。また、日中韓サミット、APEC、ASEAN+3(日本・中国・韓国)などの地域間協力枠組みにも積極的に参加し、金融サミット、上海協力機構(SCO)、六者会合等でもイニシアティブの発揮を試みるなど、地域やグローバルな問題への取組を含め多国間外交を活発化させている。さらに、対外イメージの向上を目指したパブリック・ディプロマシーにも力を入れている。 米中間では、オバマ政権発足後も要人往来や対話等が引き続き活発化している。2月にクリントン米国国務長官が訪中、3月に楊潔ち外交部長が訪米し、7月には、これまでの米中経済対話を更に発展させ、クリントン米国国務長官、ガイトナー米国財務長官、戴秉国(たいへいこく)国務委員、王岐山国務院副総理を共同議長とする、第1回米中戦略・経済対話をワシントンで開催した。11月、オバマ米国大統領が初めて中国を訪問し、胡錦濤中国国家主席らと会談、米中共同声明を発表した。同声明には、胡錦濤中国国家主席の2010年訪米、第2回米中戦略・経済対話を2010年夏開催、次回人権対話の2010年2月末までの開催について明記されているほか、経済協力や地域・地球規模の課題、気候変動など多岐の分野にわたり言及されている。一方で、中国の対米貿易黒字、人民元改革、知的財産権保護等の経済問題は、両国間の懸案として浮上している。また、3月に発表された米国防省の「中国の軍事力に関する年次報告書」は、引き続き中国軍事力の近代化への懸念を表明している。 b 軍事・安保情勢 中国は、海空戦力・戦略ミサイルを中心に軍事力の近代化を進めるとともに、国防費については、21年連続で前年執行額比10%以上の伸び(2010年3月公表額)を示しており、その細部の内訳や近代化について不透明な部分があることが指摘されている。2年に1度の国防白書の発表等は一定の評価ができるものの、日本を含む地域・国際社会の懸念を払拭(ふっしょく)するに足るものではない。日本は、梁光烈国防部長の訪日(11月)等の累次の機会を通じ、より一層の透明性向上を中国に対して求めている。 (2)台湾 2008年5月の馬英九(ばえいきゅう)政権発足以降、2009年も両岸間では頻繁な接触が行われ、様々な合意がなされた。4月に南京、12月に台中でそれぞれ両岸実務協議窓口機関(中国:海峡両岸関係協会、台湾:海峡交流基金会)のトップ会談が行われ、直行便の定期便化・増便、犯罪取締りと司法協力、金融協力(4月)、農産品の検査・検疫、漁船乗組員の労務、工業品の計量・検査・認証(12月)の各分野において合意文書に署名した。また、「両岸経済協力枠組取決め(ECFA)」については、次回トップ会談(2010年上半期を予定)で議題とすることとなった。 5月には、世界保健機関(WHO)の第62回総会に台湾が「中華台北」としてオブザーバー参加をした。台湾による国連機関の会合への参加は、1971年に国連を脱退して以降初めてのことである。 台湾内部においては、8月、台湾南部で大規模な台風被害が発生した。700名を超える死者・行方不明者が出たことに対する政治的責任を取り、9月に内閣が総辞職した。経済面では、世界経済・金融危機の発生を受け、第1四半期には戦後最悪のマイナス成長(-9.06%、前年同期比)を記録したが、その後は徐々に回復しており、通年では1.87%(速報値)のマイナスに留まった。 日本との関係については、1972年の日中共同声明に従い、非政府間の実務関係として維持されている。日本にとって台湾は緊密な経済関係を有する重要な地域であり、第4位の貿易相手となっている。人的往来の面では、6月から日台双方でワーキングホリデー制度が開始された。また、2010年10月以降の羽田−松山(台湾)路線開設も合意された。2009年の日本から台湾への訪問者数は約100万人、台湾から日本への訪問者数は約102万人となった。 (3)モンゴル 日・モンゴル外相会談に臨む岡田外務大臣(左)とザンダンシャタル・モンゴル外交・貿易大臣(12月17日、東京) 5月の大統領選挙で、民主党推薦のエルベグドルジ候補(元首相)が人民革命党推薦のエンフバヤル候補(現職)を破り、民主化20周年の節目で当時のリーダーが国家元首に就任するという象徴的な結果となった。一方、2008年9月に就任したバヤル・モンゴル首相は、健康上の理由で任期を3年残して10月に辞任、新首相に指名された人民革命党のバトボルド外交・貿易大臣が民主党との大連立を維持した内閣を発足させた。 2009年のモンゴル経済は、世界経済・金融危機の影響を受けた金融・財政部門への不安から始まったが、3月に開かれたドナー会合で国際通貨基金(IMF)等の国際機関や、日本が財政支援を表明したことにより、危機的な状況は回避された。また、10月には、2003年から6年越しの交渉が続いていた、南ゴビ地域のオヨー・トルゴイ鉱床(金・銅)の開発をめぐるモンゴル政府と外国企業との投資契約がまとまり、モンゴル経済浮揚の切り札である鉱物資源の大規模開発が本格的に始動することとなった。 二国間関係では、モンゴル側との間でハイレベルの意思疎通を積極的に継続し、双方の信頼関係の更なる強化が図られた。4月のバトボルド外交・貿易大臣訪日に続いて、7月にバヤル・モンゴル首相が政権発足後初めて訪日し、首脳会談において2007年に策定された「今後10年間の日本・モンゴル基本行動計画」の着実な実施を評価するとともに、関係当局間で「原子力エネルギー及びウラン開発に関する協力覚書」への署名が行われた。また、バヤル政権を実質的に継承したバトボルド内閣発足後の12月には、ザンダンシャタル新外交・貿易大臣が就任後初の外遊として訪日し、岡田外務大臣との外相会談において、EPAの官民合同研究の立ち上げに向け、両国の経済的便益を確認するための政府間の実務レベル協議を行うことで一致した。 日・モンゴル首脳会談に臨む麻生総理大臣(右)とバヤル・モンゴル首相(7月16日、東京 写真提供:内閣広報室) (注1) 中国国内に遺棄された旧日本軍の化学兵器の処理問題。1997年に発効したCWCに基づき、日本は遺棄化学兵器廃棄のために、すべての必要な資金、技術、専門家、施設その他の資源を提供し、中国はこれに対し適切な協力を行うことになった。日中両国は、1999年に署名された「中国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書」の枠組みの下、同遺棄化学兵器廃棄のため、現地調査や発掘・回収作業を共同で実施するとともに、専門的・技術的な諸事項について、両国の政府関係者や専門家が協議を重ねてきている。 (注2) 遺棄化学兵器は、北は黒龍江省から南は広東省まで広い範囲で存在が確認されているが、吉林省敦化市ハルバ嶺地区には30〜40万発が埋没していると推定されている。なお、中国国内の各地でこれまでに約4万7,000発の遺棄化学兵器が発掘・回収されている。 (注3) 日本の国会にほぼ相当する中国の最高権力機関。現在の任期は5年で、年1回3月頃に全体会議が開催される。 (注4) 5年に1回開催される中国共産党の全国代表大会で選出された中央委員の全体会議。概おおむね年1回、秋頃に開催される。 (注5) 新疆ウイグル自治区のウルムチ市内において、ウイグル族を中心としたデモが当局や漢族との衝突にまで発展し、その過程で多くの死傷者が出たとされる。