4.経済安全保障(資源・エネルギー、食料、海洋、漁業) (1)エネルギー安全保障  原油価格は数年来の高騰が2008年に入っても続き、7月には1バレル当たり147.27米ドルの過去最高値を記録した。その後、世界的な景気低迷を受け、12月には1バレル当たり30米ドル台まで下落した(いずれもWTI(注16)原油価格)。急激な価格変動の背景には、需要面・供給面の要因に加え、金融市場からの影響等がある(注17)。油価の大幅な変動は、世界経済の大きなリスク要因であり、その動向は生産国・消費国の双方にとって大きな関心事項となっている。日本は、7月のG8北海道洞爺湖サミットでこの問題を取り上げたほか、関連の国際会議や国際的取組に積極的かつ主導的に参加し、国際機関や各国と連携・協調しつつ、日本及び世界のエネルギー安全保障の強化に取り組んでいる。 ■図表■ WTI原油価格動向 イ 国際機関との連携の強化、国際協調・協力の推進  原油価格の上昇著しい4月にローマで開催された第11回国際エネルギー・フォーラム閣僚会議では、中長期的なエネルギー市場安定のための投資環境整備の重要性や石油市場の透明性の確保について議論が行われた。続いて、サウジアラビアの呼び掛けにより6月にジッダで開催された石油産消国会議では、短期的な原油増産のみならず、中長期的な供給能力の拡大に焦点が当てられ、また、原油市場と金融市場の相互作用を注視する必要性についても広く認識が共有された。この会議のフォローアップのため12月に開催されたロンドン・エネルギー会合では、金融危機と世界経済の減速がエネルギー市場に与える影響等について議論が行われた。日本はこうした産消対話フォーラムに積極的に参画し、エネルギー市場の安定化に貢献すべく努めた。 ■図表■ 世界の地域別需要の見通し  7月のG8北海道洞爺湖サミットでは、日本のイニシアティブにより、世界経済及び気候変動の文脈でエネルギー問題が大きく取り上げられた。G8サミット首脳宣言では、G8として原油価格高騰に対する強い懸念を表明しつつ、需要面・供給面の行動を国際社会に呼び掛けるとともに、商品先物市場の透明性向上に向けた協力の促進、エネルギー効率に関する国際エネルギー機関(IEA)勧告の最大限の実施等が約束された。  エネルギー・資源に関する国際規範の形成とその遵守の確保はエネルギー安全保障の強化のために重要であり、日本は引き続き積極的にこれに関与している。特に田中伸男氏が事務局長を務めるIEAは、石油供給における緊急時対応や幅広いエネルギー関連研究・調査分析等を行う重要な国際機関であり、最近では、G8からエネルギー効率指標の策定を委託されるなど、役割が大きくなっていることから、日本は更なる関係強化に努めている。  「エネルギー憲章に関する条約」は、エネルギー原料・産品の貿易の自由化、通過の促進、エネルギー関連投資の促進・保護等について規定し、法的側面から世界のエネルギー安全保障を支える重要な枠組みである。日本は、条約の最高意思決定機関であるエネルギー憲章会議の議長を務めており、ロシアやアジア地域における同条約の加盟国拡大に向け働き掛けを行うなどの取組を行っている。 ロ  安定供給の確保  エネルギー市場の安定化を実現し、日本へのエネルギー安定供給を確保するため、日本は資源・エネルギー生産国との二国間関係の強化、中東地域の安定等の環境整備に努めている(第2章第6節「中東と北アフリカ」を参照)。同時に、サハリン島沖合や東シベリア地域の石油・天然ガス開発生産に関する官民一体の取組等を通じ、エネルギー供給源の多様化の推進も図っている。さらに、日本の原油総輸入量の9割が通過する中東からの海上輸送路の安全確保のためにも、日本は沿岸各国に対し、取締り能力の向上や関係国間での情報共有を通じた協力や航行施設の整備など航行の安全のための協力を行ってきている。  また、日本の総発電量の約3分の1を占める基幹電源である原子力発電の安定供給を確保するため、日本は、原料となるウランの確保に資する二国間関係(カザフスタン等)の強化や放射性物質の円滑な海外輸送確保のための関係国対話(注18)に取り組んでいる(原子力の平和的利用については、第3章第1節9.「軍縮・不拡散」を参照)。 ■図表■ 主要各国におけるエネルギー輸入依存度 (単位:%) 全一次エネルギー 石炭 石油 天然ガス イタリア 87.5 99.9 94.6 87.6 韓国 83.7 97.7 99.6 98.7 日本 81.4 100.0 99.7 95.9 ドイツ 65.5 35.8 97.0 84.3 フランス 56.2 98.1 99.1 97.4 英国 43.0 74.8 52.6 20.8 米国 33.8 4.0 69.3 18.4 インド 27.9 13.3 76.9 25.4 カナダ 16.0 25.7 26.9 4.9 中国 10.8 1.6 50.7 1.6 ロシア 1.8 9.0 0.5 1.1 日本はエネルギーのほとんどを海外から輸入 注:一次エネルギーに含まれる原子力については、IEAの統計では国産エネルギーとして換算されている。 出典:IEA Energy Balances of OECD Countries 2008, IEA Energy Balances of Non-OECD Countries 2008 ■図表■ 日本の石油輸入 ハ エネルギー効率改善を通じた需要の抑制  エネルギー効率の重要性は特に2003年のG8エビアン・サミット以降、重要な国際的課題として様々な場で取り上げられてきている。近年では、気候変動問題への対応の一つとして、エネルギー効率改善を通じたエネルギー需要抑制が各国の優先事項となっている。特に、急激な経済成長に伴いエネルギー需要が増大している中国、インド等の新興経済国ではエネルギー効率改善の余地が大きいことから、日本は、世界で最もエネルギー効率の高い国の一つとして、APEC首脳会議やEAS等の枠組みを通じて、これらの国との協力を積極的に推し進め、日本の知見を共有してきた。さらに、G8サミット・プロセスの一つとして、 2007年のG8ハイリゲンダム・サミットで決定した対話プロセスにおいて、新興経済国とエネルギー効率について対話を続けている。さらに、G8北海道洞爺湖サミットでは、6月のG8+中・印・韓エネルギー大臣会合で合意された「国際省エネ協力パートナーシップ(IPEEC)」に対するG8首脳の支持が表明され、現在、日本が主導する形で、その設立に向けた準備が進んでいる。 ■図表■ 同じ経済活動を行うのに必要とするエネルギー投入量の比較(2008年) (2)海洋に関する外交政策本部の設置  2008年には、世界的な食料価格高騰とこれに伴う飢餓・栄養失調の拡大や暴動の発生が大きな国際問題となった。また、食料不安に苦しむ開発途上国の人々の窮状を緩和し、ミレニアム開発目標の達成に貢献することは日本の責務である。日本は食料供給の約6割(カロリーベース)を海外に依存する世界最大の食料純輸入国であり、食料安全保障の強化は外交政策の基本的目標の一つである。こうした観点から、日本は、7月のG8北海道洞爺湖サミットでこの問題を取り上げ、G8首脳声明をまとめるなど、国際社会の取組を主導すべく積極的な外交を展開した。 イ 食料価格高騰と世界の食料安全保障   主要穀物の国際価格は、人口増加や経済発展により世界全体の需要が着実に増加している中で、主要生産国での不作、バイオ燃料に対する需要の増大、原油価格高騰、投機的資金の流入、一部の農産物輸出国による輸出規制等により、2008年に入って相次いで史上最高値を更新した。  これに対し、4月に福田総理大臣は、G8議長としてこの問題をG8北海道洞爺湖サミットで取り上げ、力強いメッセージを打ち出す決意を示す書簡を、国連事務総長及び世界銀行総裁宛てに発出した。これに引き続き、5月の第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)では、アフリカにおけるコメ生産の今後10年での倍増に向けた協力を含む食料・農業分野の対アフリカ支援策を発表した。さらに、福田総理大臣は、6 月の国連食糧農業機関(FAO)主催「世界の食料安全保障に関するハイレベル会合」に出席し、この問題に対する日本の考え方と追加的支援策を表明した。  7月のG8北海道洞爺湖サミットでは、「世界の食料安全保障に関するG8首脳声明」が発出された。ここでは、緊急人道支援の拡充、輸出規制の撤廃、農業分野の支援・投資の増加、第二世代バイオ燃料の開発と商業化の推進、「仮想」食料備蓄システムに関する検討のほか、食料危機の再発防止を目指す「農業・食料安全保障に関するグローバル・パートナーシップ」の実現に向けた協力やG8農業大臣会合の開催等が約束された。また、これらの約束の実施を監視するG8専門家会合が設置されることとなった。  夏以降、食料価格は下落に転じたが、依然として過去と比較して高水準で推移している。こうした中、麻生総理大臣は、9月に開催された「食料危機・気候変動に関する国連事務総長主催夕食会」に出席し、農業分野の技術開発における日本の経験を紹介しつつ、食料問題に対する日本の関与を改めて強調した。11月には東京で第1回G8「世界の食料安全保障」専門家会合が開催され、「農業・食料安全保障に関するグローバル・パートナーシップ」(GPAFS)の立ち上げに向けた検討等が行われた。さらに、2009年1月にマドリードで開催されたスペイン・国連主催の「食料安全保障に関するハイレベル会合」には御法川外務大臣政務官等が出席し、GPAFSの立ち上げに向けた協議プロセスの開始等を決定した。  日本は、ほかにも、2008年1月以降、総額15億2,000万米ドルの食料・農業関連支援を実施・表明し(12月現在)、コミットした緊急支援の過半を既に実施した。食料問題に関する日本のリーダーシップは、国際社会で高く評価されており、12月の国連事務総長主催「世界食料安全保障に関するハイレベル・タスク・フォース会合」に際する声明でも、G8議長国として日本が果たした役割について特に言及があった。 ロ 日本への食料安定供給のための外交的取組  日本の食料安全保障を強化するためには、世界全体の食料安全保障の強化に向けた取組に加え、外交的手段を通じて日本への食料安定供給を図ることが重要である。こうした観点から、日本は、主要食料生産国との関係強化やFAO等の国際機関の活用に加え、二国間投資協定や投資章を含む経済連携協定による日本の民間企業の海外への農業投資支援や、輸出規制に関する規律の強化等の貿易環境整備といった様々な施策を有機的に連携させ、供給の一層の安定を図る取組を進めている。 (3)海洋(大陸棚)  国土面積が小さく天然資源の乏しい島国日本にとって、海洋の生物資源や周辺海域の大陸棚・深海底に埋蔵される海底資源は、経済的な観点から重要である。  日本は、海洋における権益を確保するため、国連海洋法条約(注19)に基づき200海里を超える大陸棚の限界を設定すべく、国連海洋法条約の関連条文の解釈及び大陸棚限界委員会(CLCS)がこれまでに行った勧告について検討を行うとともに、周辺海域の海底地形・地質調査を進めてきた。これら検討・調査の結果、2008年10月31日、総理大臣を本部長とする総合海洋政策本部会合は、現在日本が国連海洋法条約に従って大陸棚の延長を申請する対象海域について決定を行い、11月12日にCLCSに対し200海里を超える大陸棚の延長申請を行った。この日本の申請は2009年3月からCLCSにより審査されることになっている。 (4)漁業(マグロ・捕鯨問題等)  世界の漁業資源の約半分は満限(過剰漁獲の一歩手前)に利用されており、約4分の1は過剰漁獲若しくは枯渇状態にある(注20)ことから、漁業資源の悪化に対する懸念が広まりつつある。日本は世界有数の漁業国、水産物の消費国として、国際的な場においても、海洋生物資源の適切な保存管理及びその持続可能な利用のための協力に積極的な役割を果たしている。  近年、特にマグロ類については、海域や種類によっては資源量の減少が顕著になりつつある中で、日本は南半球におけるミナミマグロや大西洋におけるクロマグロ及び太平洋におけるメバチなどの適正な保存管理に積極的に協力している。また、各地域漁業管理機関においては、違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び過剰漁獲能力への対策として、ポジティブリストや寄港国措置など、資源の保存管理のためのルールが定められている。さらに、日本は新しい国際的枠組みの設立に向けた関係国との協議に積極的に参加している。  捕鯨については、近年国際捕鯨委員会(IWC)が鯨の持続可能な利用支持国と反捕鯨国との対立により有効に機能しない状況となっている。そうした中で、2008年6月にサンティアゴ(チリ)にて行われた第60回IWC年次会合においては、IWCの将来についての議論が集中的に行われ、加盟国は包括的な妥協による解決を目指すことについて一致し、IWC(注21)の将来に関する小作業グループが設置された。日本は、科学的根拠に基づき、保護すべき鯨種は適切に保護しつつ鯨類資源の持続可能な利用を図るべきとの立場である。今後も、IWC加盟国やIWCの未加盟国に対し、日本の立場への一層の理解と支持を積極的に求め、また、IWCの正常化に向けて引き続き取り組んでいく方針である。 ■注釈■ (注16)WTI:ニューヨーク商業取引市場の石油指標銘柄であるウエスト・テキサス・インターミディエートの略。北海ブレント、ドバイと共に世界的な指標原油の一つ。 (注17)需要面では中国、インド等の新興経済国、中東等の非OECD諸国を中心とする世界的な需要増加、供給面ではOPEC 諸国の生産余力の低下、資源開発への投資不足、米国を中心とする精製能力不足、石油産業における人材不足による供給力低下、また、金融市場からの影響としてサブプライムローン問題を契機とする投機・投資資金の商品市場への流入等が要因として挙げられる。 (注18)日本は、国際原子力機関(IAEA)の協力による輸送国と沿岸国との非公式会合の実施や沿岸国要人招へいによる日本の原子力政策に対する理解の増進などを積極的に行っている。 (注19)海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)では、沿岸国の領海を越えて200海里までの区域の海底等をその大陸棚と定めるとともに、大陸縁辺部が200海里を超えて延びている場合には、海底の地形・地質等が一定の条件を満たせば、沿岸国は200海里を超える大陸棚を設定できるとしている(1海里は1,852m)。 (注20)FAO“The State of World Fisheries and Aquaculture 2006”32ページを参照。 (注21)現在、IWCでは、持続可能な利用支持国と反捕鯨国が対立したままで、両者の間に建設的な話合いが行われず、したがって、IWCとして実質的な議論や決定が何もなされていない状態にある。IWCの目的は、鯨類資源の適当な保存と利用(鯨類産業の秩序ある発展)であり、本来の目的を果たせるよう両者が歩み寄りを示すべきというのが日本の考え方である。