通訳の現場から  2002年の夏から約二年間、通常の仕事に加え、小泉総理大臣の英語通訳担当官を務めました。通訳の任務は、会談が滞りなく行われる上で、非常な重圧を感じるものではありますが、他方で首脳外交の「現場」に居合わせることができるという貴重な経験もできます。  食事会などの社交の場において、小泉総理大臣は通訳を使わずに英語で会話をされることも多く、そうした場合には、首脳外交の現場を間近で目撃するという贅沢を堪能することができます。最近の首脳会談や多国間の首脳会議は、特に社交行事を中心に、通訳以外の同席者を一切交えない親密な形で行われる場面も多く、そうした際には、公式の会談やマスコミを通じて見られる表情とは全く異なる首脳の表情が見られることがあります。クロフォード牧場のガレージで自慢の釣り竿を小泉総理大臣に説明するブッシュ米大統領や、私邸で御家族を小泉総理大臣に紹介する際にブレア英首相が見せた表情や笑顔などは、まさに「普通」の友人や父親が見せる表情でした。また、そうした表情を見せながらの会話では、公式会談とはまた違った言葉遣いがなされることもあります。  その一方で、そうしたうち解けた雰囲気の中でも、その時々の国際関係が反映されることがあります。多国間国際会議の際の社交の場で、大きな摩擦案件を抱えている二国間の首脳同士がたまたま鉢合わせになったときに見せる苦笑いの表情などは、実に何とも言えないものがあります。また、会議の前などに行われる立ち話においては、小泉総理大臣の周りには常に多くの各国首脳が集まっています。これはもちろん小泉総理大臣御自身の人気によるものですが、同時に日本という国の国際社会における位置づけを示しているものでもあり、一国民として非常に心強い思いをしました。  このように振り返ってみますと、通訳を務めた最大の収穫は、「歴史は人がつくる」ということを改めて痛感させられたことかもしれません。 執筆:外務省総合外交政策局安全保障政策課首席事務官 股野元貞 ▲2004年6月8日 シーアイランド・サミットの際の日米首脳会談にて