第4節 政府開発援助(ODA) 【総論:日本の政府開発援助(ODA)を取り巻く状況とODA大綱の改定】 <政府開発援助(ODA)大綱の改定に至る経緯>  2003年8月の閣議において日本の政府開発援助(ODA)政策の基本文書であるODA大綱が11年ぶりに改定され、2003年は日本のODAにとって大きな節目となった。改定に当たっては、まず2002年12月に外務省からODA大綱の見直しが発表され、その後2003年3月の対外経済協力関係閣僚会議において基本方針が決定された後、政府原案が作成された。大綱改定の過程において最も重視したことは、国民的議論を十分に尽くすことであり、この政府原案の作成においても、有識者、実施機関、非政府組織(NGO)、経済界等との間で数多くの意見交換の場が設けられた。さらに、その後、政府原案を外務省ホームページ上で公開し、パブリック・コメントを受け付けるとともに、東京、大阪及び福岡で公聴会を開催し、これら結果を踏まえ最終案を作成し、閣議決定を行った。このようにODA大綱の改定は、過去のODA政策の立案過程と比較しても例のない形で、国民各層の意見を聴取しつつ進められた。 <ODA大綱改定の背景>  今回のODA大綱改定の背景としては、前回のODA大綱が1992年6月に閣議決定されてから11年が経過し、ODAを取り巻く国内外の情勢が大きく変化したことが挙げられる。  まず、グローバル化の進展に伴い、開発途上国の開発問題が国際社会の課題としてますます重要になった。特に、2001年9月の米国における同時多発テロ以降は、「貧困はテロの温床となりうる」との認識が国際社会で共有されるようになり、欧米諸国は相次いで大胆な開発援助の増額方針を表明した。こうした中で、「持続可能な開発」、「貧困削減」、「平和構築」等の新たな開発課題や、「人間の安全保障」等の考え方、さらには2000年の国連ミレニアム・サミットを契機に取り纏めた「ミレニアム開発目標(MDGs)」等がODAをめぐる国際的な議論の重要な柱となった。  一方、国内に目を転じてみると、厳しい経済・財政状況の下、国民からODAの戦略性、機動性、透明性、効率性の向上を求める声が一層強まった。このような事情も反映して、2003年度の政府全体のODA予算は8,578億円、対前年度比5.8%減となり、過去6年間で26.6%の削減となった(2004年度ODA予算政府案は8,169億円、対前年度比4.8%減)。さらに、NGO、ボランティア、大学、地方公共団体、経済界等、ODAの参加主体が多様化し、ODAへの幅広い国民参加が一層求められるようになった。  外務省は、2002年以来、「透明性の確保」、「効率性の向上」、「国民参加の推進」をキーワードにODA改革の具体策を強力に実施してきたが、ODA大綱の改定はそのようなODA改革の集大成として位置付けられるとともに、国際社会に対するODAに関する日本の考え方の発信にもなった。 援助形態別二国間ODA実績 DAC諸国の政府開発援助実績(2002暦年、支出純額ベース) <ODA大綱のポイント>  改定されたODA大綱のポイントは以下のとおりである。 (1)目的  旧ODA大綱では、人道的見地、国際社会の相互依存関係、環境の保全及び平和国家としての使命等を掲げるとともに、自助努力支援を基本として、開発途上国における資源配分の効率と、公正や「良い統治」の確保を図り、健全な経済発展を実現するよう努めること等を基本理念としていた。新たなODA大綱においては、これらも踏まえつつ、ODAの目的を「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資することである」とした。これは日本の外交の基本方針が日本の安全と繁栄を確保することであり、外交の一環として実施されるODAにおいても、それが日本の安全と繁栄に資するものでなければ国民の理解と支持を得ることはできないことを踏まえたものである。特に、貧困、飢餓、難民、災害などの人道的問題、環境や水などの地球的規模の問題、さらには紛争やテロといった問題が深刻化している中、日本がODAを活用してこれらの問題の解決に率先して取り組むことは、各国との友好関係や人の交流の増進、国際場裡における日本の立場の強化など、日本自身にも様々な形で利益をもたらすこと、また、資源・エネルギーを大きく海外に依存する日本の安全と繁栄にとって重要な開発途上国の安定と発展に結びつくことを述べている。 (2)「人間の安全保障」、「平和の構築」  新しいODA大綱は、基本方針の一つに「人間の安全保障の視点」を、また、重点課題の一つに「平和の構築」を掲げている。「人間の安全保障」とは、人間の生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、人々の豊かな可能性を実現するために、人間中心の視点を重視する取組を統合し強化しようとする考え方であるが、ODA政策立案段階から実施に至るまで、あらゆる段階において日本が重視する考え方として、基本方針の一つに位置付けられた。日本としては人間の安全保障委員会の取組をはじめとして理念の普及への支援に力を入れており、2003年5月に同委員会報告書がアナン国連事務総長に提出されたことも踏まえ、さらに、その現場での実現のため、国連に設置した「人間の安全保障基金」や2003年度から従来の草の根無償に人間の安全保障の考え方をより強く反映した「草の根・人間の安全保障無償」を活用して、「人間の安全保障」の実現に資する具体的なプロジェクトを支援している。具体的には、人々の保護(プロテクション)と能力強化(エンパワーメント)を目的とした、教育、保健医療、環境、ジェンダー、平和の定着と国造り等の分野における具体的プロジェクトを支援している。  さらに、冷戦後の国際社会において、民族・宗教・歴史等に根ざす対立が政治的、経済的な思惑とも絡み顕在化し、地域・国内紛争が多発するようになったことを踏まえ、紛争の予防や紛争下の緊急人道支援、紛争の終結促進、終結後の平和の定着や国造りにおけるODAの役割を重視して「平和の構築」を重点課題の一つとして掲げた。この分野におけるODAの積極的活用については、2002年12月に発表された国際平和協力懇談会(官房長官の下の私的懇談会)の報告書においても提言されている。日本はこれまでカンボジア、コソボ、東ティモール、アフガニスタン、スリランカ等において、難民・国内避難民支援、地雷対策支援、元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)支援、基礎生活基盤の復旧支援、政治・経済・社会的制度の構築支援等、平和の定着と国造りのために必要なニーズに応えるべく、積極的にODAを活用してきている。2003年はこれらに加え、イラクが平和構築分野のODAの積極的活用の重要な舞台となったが、これは日本が今後もこのような取組を重視していくことを示している。 ODA大綱の概要 <たゆまぬODA改革>  新しいODA大綱では、外務省が2002年から積極的に進めてきたODA改革の成果が包括的に盛り込まれている。まず、政府の中でODAを実施する府省が13にわたることから、新しいODA大綱は、関係府省間における連携強化を謳うとともに、政府と国際協力機構(JICA)及び国際協力銀行(JBIC)といったODAの実施機関との連携強化にも言及している。また、開発途上国の開発政策や援助需要により合致した支援を行うためにも、開発途上国との政策協議や開発途上国における日本大使館を中心とした現地機能を強化することとしている。この現地体制の強化は国際的な援助コミュニティの趨勢となっており、日本としても今回新たに大綱に記すものである。これらの体制面の改革を通じて、政府全体として一体性と一貫性のあるODAの実施を目指すこととしている。  この他にも内外の援助関係者との連携、国民参加の拡大として、外務省として最近特に強化を図っているNGOとの連携をはじめ、国民各層のODAへの参加を可能とするボランティア活動への協力や、ODAに関心を持ち、またその担い手となり得る層を厚くするため広報・情報公開や開発教育を推進することが謳われている。また税金を原資とするODAの透明性を確保し、援助効果を高めるとの観点から、評価の充実、適正な手続の確保、不正・腐敗の防止等にも言及されている。具体的な施策としては、第三者評価・監査の強化、援助プロジェクトが被援助国において環境面や社会面に配慮することを定めたJICA、JBICの環境・社会配慮確認のためのガイドラインの適用、円借款の候補案件リスト(ロング・リスト)の策定・公表、無償資金協力実施適正会議の開催を通じた無償資金協力の適正な実施と透明性の向上等が挙げられる。 外務省とNGOとのパートナーシップ <結語>  2004年に日本のODAは開始50周年を迎える。これまで日本はアジアにおいて最初の先進国となった経験を活かし、ODAにより経済社会基盤整備や人材育成、制度構築への支援を積極的に行い、その結果、東アジア諸国をはじめとする開発途上国の経済社会の発展に大きく貢献してきた。これからはそうした成果に誇りを持ちつつも、改定されたODA大綱に従い、日本の新たなODAを創っていくことが求められていると言える。