(2)重症急性呼吸器症候群(SARS)  現在知られている重症急性呼吸器症候群(SARS)の最初の症例は、2002年11月に中国広東省で確認されたが、この症例はしばらく後までSARSと特定されなかった。その後、2003年2月中旬以降、ベトナムや香港を中心に急速に感染が拡がり始め、カナダにおいても感染が見られることとなった。感染による死者数が急増する中で、感染源、感染ルート、治療法などが不明のまま、次第に台湾、シンガポール、フィリピン、モンゴルといったアジア諸国・地域を中心に拡大していき、4月2日には、世界保健機関(WHO)がSARS感染者が特に多く報告されていた中国・広東省及び香港への渡航自粛を勧告、続いて23日には北京市と山西省(中国)及びトロント(カナダ)への渡航自粛勧告を行う事態に至った。そうした中で、5月10日、中国政府はSARSを法定伝染病に指定した。6月に入ってSARSの猛威は衰えを見せ、7月5日、WHOはSARSについて「世界規模の感染拡大は明確な抑制方向に向かいつつある」と発表し、事実上、SARS感染の拡大の収束を宣言した。その後、2004年1月になって、再び中国においてSARS感染者が確認されるなど、予断の許されない状況が続いている。 世界におけるSARS発生状況(2002年11月〜2003年7月)  SARS感染の拡大の余波は国際経済にも波及し、4月から6月頃にかけて特に中国、香港の観光業、航空業、小売業等サービス産業に相当の影響を与えた。また、経済の先行き不透明感を高めるリスク要因ともなり、ビジネスにも少なからぬ影響を与えた。世界銀行は、SARSの影響もあり、日本を除く東アジア地域の2003年経済成長率を2002年11月時点の5.5%を2003年4月時点で5.0%に下方修正した(このうちSARS要因はマイナス0.3%とされている)。  SARS感染の収束後、アジア経済はSARSの打撃から急速に回復し、夏以降にはほとんど影響は見られなくなったが、短期間で世界中に拡散し多数の死者を出したSARSはグローバル化の負の側面を象徴する新たな脅威の出現と受け止められた。  日本国内においてはSARS患者の発生は見られなかったが、アジアをはじめとする国際社会全体への脅威として日本はSARSへの対応にイニシアティブを発揮してきた。5月〜6月にかけて行われたG8外相会合及び首脳会合やアジア太平洋経済協力(APEC)貿易担当大臣会合及び保健大臣会合等においても積極的に問題提起を行い、SARS対策には各国ごとのみならず地域間の協力及びグローバルな取組が不可欠であり、各国政府だけでなく医療・研究機関、専門家の間の協力及びWHOと地域枠内の間の協力を通じて、空白地域のない切れ目のない協力体制を整備することが急務であることを確認した。また、世界経済への影響を最小限にすべく、正確な情報の伝達・普及を通じて、経済活動に対する必要以上の規制を及ぼさないよう配慮することにも意見の一致を見た。  また、在留日本人支援の観点からも、日本は、感染拡大に対応してSARS関連情報を外務省や在外公館のホームぺージを通じて逐次提供し、4月には2回にわたって予防方法を説明するために香港と広州に医療関係者を派遣、5月にはトロントに感染症の専門家を派遣する等の努力を行った。  また、国際的な貢献として、日本は、WHOとの協力の下、積極的にSARS対策に協力してきた。中国、モンゴル、東南アジア諸国(ベトナム、インドネシア、フィリピン、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー)に対して、総額約20億円の支援を行った。特にベトナムに対しては早い段階で国際緊急援助隊を派遣するなど早期制圧に貢献しベトナム政府より謝意の表明を受けた。また、被害が特に深刻な中国に対しては、SARS対策として防護スーツやX線機材等のための緊急無償資金協力や物資供与及び国際緊急援助隊の派遣等の形で総額約17億6,000万円相当の支援を行い、5月31日にサンクトペテルブルクで行われた日中首脳会談において、胡錦濤(こきんとう)国家主席より小泉総理大臣に対して感謝の意が伝えられるなど中国政府より高い評価を得た。東南アジア6か国及びモンゴルについては、個人防護装備、検査機材、医薬品等約1億8,000万円相当(輸送費込み)の医療器材を供与した。また、台湾に対しても医療器材の供与及び医療専門家チームの派遣を行った。  さらに、グローバルな取組として、WHOによる国際監視警戒体制の強化及びワクチン開発等の研究推進のための国際ネットワーク強化が必要との考えから、これまで、中国を含む東アジア地域の感染国・感染地域における中長期的なSARS対策策定・実施、啓蒙活動支援等のために、WHOと連携しつつ、世銀・アジア開発銀行を通じて最大600万ドルの支援を行った。加えて、5月19日から開催されたWHO総会においては、SARS対策に関する決議案に、感染症監視・緊急対応に関する世界感染症対策ネットワーク(注)強化等の日本の関心事項を盛り込むとともに、共同提案国として決議案の案文調整にイニシアティブを発揮し、全会一致での採択を実現する上で関係国への働きかけや仲介など積極的に貢献した。 (注)国際的に重要な感染症発生に迅速に対応するため、既存の各国医療・研究機関等の人的、技術的な資源を国際的にプールし、WHOの調整の下に感染症の監視、緊急対応等について協力するグローバルな医療・研究機関間のネットワーク。今次、SARSの発生に際してもWHO主導で、このネットワークの下に緊急対策、病原体の特定、感染経路等を含めたSARSウイルスの実態解明、診断法の開発のための研究協力ネットワークが3月17日に立ち上げられ、13(当初11)の医療・研究機関の参加の下に情報交換、研究協力が進められている。