第3節 人間の安全保障の推進に向けた地球規模の諸課題への取組 1 人間の安全保障の推進 【人間の安全保障】  グローバル化の進展によって、今までにない勢いで人・モノ・カネ・情報が国境を越えて移動し、人々に互いに影響を与える時代になった。しかしながら、その負の側面として、エイズ(HIV/AIDS)や重症急性呼吸器症候群(SARS)に見られる感染症の流行、環境汚染、麻薬犯罪、テロ等の国際化・深刻化といったものがある。さらには、ある国で起きた金融危機が一夜にして世界中に伝播し、社会の弱者が深刻な影響を受けるのもその一例であろう。また、冷戦後、国家間の戦争に代わって国内・地域紛争が多発し、人々は難民として国外へ流出するばかりでなく、国境地帯や国内に溢れて国内避難民となっている。国と国とが面で重なりあう今日の世界では国家の安全保障、即ち国境線を守ることのみによって、国民の生命・財産を十全に守れるわけではない。このため、人間一人一人に焦点をあて、国家による保護に加え、各国、国際機関、非政府組織(NGO)、市民社会が協力して、人々に対する脅威を取り除き、人々が自らの力で生きていけるよう、人々や社会の能力強化を図っていこうとする考え方が生まれてきた。これが、「人間の安全保障」である。 人間の安全保障 <人間の安全保障委員会報告書の採択>  日本は、「人間の安全保障」の視点を重視しつつ外交を推進しており、その一環として、人間の安全保障委員会(緒方貞子前国連難民高等弁務官及びアマルティア・セン・ケンブリッジ大学トリニティカレッジ学長が共同議長)の設立を提唱し、その活動を支援してきた。同委員会は、紛争、開発、経済的安定、保健衛生、教育等、広範な分野の問題を包括的に検討することにより、「人間の安全保障」の概念の整理とそれを実践につなげる方途につき討議した。約2年間の議論を経て報告書がまとめられ、2月に小泉総理大臣に報告された後、5月1日、アナン国連事務総長に提出された。  報告書の提出後、そのフォローアップと、人間の安全保障基金に対する助言を目的として、人間の安全保障諮問委員会が設置され、9月に第1回会合が開催された。 人間の安全保障委員会と委員会報告書 <日本の取組>  日本はさらに、「人間の安全保障」が従来の安全保障概念を補完するものとして定着し、委員会最終報告書の提言を踏まえた取組が実践されるよう活動している。  8月、約10年ぶりに改訂されたODA大綱では、「人間の安全保障」の視点を重視することがその基本方針に盛り込まれたほか、2003年度には、従来の草の根無償資金協力を、人間の安全保障の考え方をより強く反映させた「草の根・人間の安全保障無償資金協力」として発展的に改組し約150億円を計上した。  人間の安全保障基金は、1999年以来日本政府が拠出して国連事務局に設置し、国連関係機関の援助プロジェクトに資金を供与してきたものであるが、日本は2003年度には約30億円を拠出した。さらに、人間の安全保障委員会の提言がより効果的に基金の事業によって実現されるようにガイドラインの改訂を行った。具体的には、プロジェクトの実施に際しては、複数の国際機関やNGOが参画し、相互に連関するより広い地域・分野を視野に入れることや、紛争から平和への移行期にある人々の能力を強化し、人道支援と開発支援の統合を図ること等に配慮することが新たに盛り込まれている。これに従って、今後、スリランカ、アフガニスタン等の復興支援を積極的に支援していく予定である。  2003年は、国際舞台の様々な場で「人間の安全保障」の考え方が取り上げられた年でもあった。6月のエビアン・サミット議長総括をはじめ、10月のアフリカ開発会議(TICAD)10周年宣言、第11回アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議首脳宣言、12月の日・ASEAN東京宣言等の中で「人間の安全保障」の考え方に基づいて各国が協力し、開発・環境・国際犯罪等、地球的規模の諸課題の解決に努力することが合意された。また、2003年8月の日・ポーランド首脳会談の共同声明でも言及されるなど、多くの二国間会談・協議において「人間の安全保障」の考え方の重要性が認識された。