【主要分野の概観】 <農業>  日本は、農業の多面的機能や食料安全保障などの非貿易的関心事項に配慮した形で、市場志向型の農業貿易体制を確立できるよう、市場アクセス(注8)、国内助成(注9)、輸出競争(注10)の3分野を中心にバランスのとれた成果を目指して交渉に臨んでいる。  2003年8月の米とEUの合意について、日本、スイス、ノルウェー等からは、市場アクセス分野の目標の突出した高さ、関税の上限設定、関税割当の拡大等について反対が表明された。また、インドやブラジル等の開発途上国は、この合意は米・EU双方に都合のよい規律であるとし、先進国には更なる市場アクセスの改善、国内助成の更なる大幅削減、輸出補助金の撤廃を求めつつ、開発途上国には非常に緩やかな市場アクセスの改善や補助金の規律とするよう主張した。カンクン閣僚会議においては、日本はスイス、ノルウェー等と関税の上限設定や関税割当拡大への反対、非貿易的関心事項への配慮を骨子とする提案を行ったが、米・EUと開発途上国との間で歩み寄りが見られないまま、会議は終了した。開発途上国は、交渉全体を動かすためには農業分野での進展が必要との認識である。 (注8)関税の引き下げ・撤廃や関税割当の拡大・新設の交渉。関税引き下げ方式については、UR方式(全品目平均引き下げ率と品目ごとの最低引き下げ率を設定し削減する方式)とスイス方式(数式により関税を一定水準以下に引き下げる方式)がある。 (注9)農業国内補助金等の削減・撤廃の交渉。開発途上国は、農産品を輸出している先進国の補助金の大幅削減を強く主張している。 (注10)輸出補助金や輸出信用など、輸出を奨励する補助金の削減・撤廃や制度の規律強化に関する交渉。開発途上国はすべての形態の輸出補助金の撤廃を強く主張。 <非農産品市場アクセス交渉>  本交渉分野は、農産品以外の鉱工業製品や林水産品の関税・非関税障壁をいかに軽減していくかが対象である。現在、関税削減方式(フォーミュラ)(注11)、分野別アプローチ(注12)、開発途上国配慮の三点に関し、より「野心的な」成果を目指す先進国及び一部開発途上国と、途上国配慮を重視する開発途上国との間で意見が対立している。具体的には、フォーミュラについて先進国等が関税格差の是正等、より大幅な削減を求めているのに対し、開発途上国は開発の観点等から、各国の関税水準や事情を反映できる方式として、開発途上国に対する十分な配慮がなされるべきであるとしている。また、追加的に分野別アプローチによって特定の分野における関税を全廃・調和するとの試みについては、先進国等はすべての加盟国が義務的に参加すべきであるとしているのに対し、開発途上国は任意参加を主張している。開発途上国はさらに十分途上国配慮が行われるべきであり、税収の関税依存度が高い点も留意されるべきであるとしている。 (注11)原則としてすべての加盟国のすべての品目に対し適用される関税の引き下げ方式。一般的に数式の形がとられる。 (注12)ある特定品目分野に対してとられる関税引き下げ方式。特定分野の関税を無税にする関税撤廃や、一定の水準にそろえるハーモナイゼーションなどの方法がある。 <サービス>  サービス貿易の自由化交渉においては、2003年3月に各国の自主的自由化措置の取扱い、9月には後発開発途上国への配慮につき、それぞれサービス貿易理事会で決定が行われるなど自由化交渉のための環境整備がさらに進展した。そのような中、ドーハ閣僚会議での決定を受けて、各加盟国は3月末以降、それぞれ最初の自由化提案(初期オファー)を提出してきたが、2003年末現在、提出国は加盟148か国・地域のうち39か国・地域にとどまっている(日本はドーハ宣言の定める期限内の同年3月末日に提出)。カンクン閣僚会議以降は、2003年末に向けラウンド交渉全体の推進力が低下する中でサービス交渉も減速した。 <その他の課題>  ドーハ開発アジェンダでは農業、非農産品市場アクセス、サービスのほか、アンチ・ダンピング(AD)や補助金に関するルール交渉、環境、TRIPS(注13)、紛争解決システム(DSU)の改正交渉、実施等が交渉対象となっている。このうちTRIPSに関しては、カンクン閣僚会議直前の8月に開発途上国への医薬品アクセスについての合意がなされた。また、投資、競争、貿易円滑化、政府調達透明性の4つのシンガポール・イシューの取扱いも引き続き焦点となっている。 (注13)TRIPS協定という表現は、協定の名称である“Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights”(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)の頭文字に由来する。知的所有権の保護の最低の水準を定めることに加えて、権利行使の手続、紛争解決手続についても規定している。 <WTOの下での紛争解決制度>  WTOの紛争解決制度は、GATT時代に比べ、加盟国によって積極的に利用されており、1995年1月のWTO設立以来、2004年2月末までに307件(協議要請件数)の紛争案件がWTO紛争解決制度に持ち込まれている(1948年〜1994年のGATTの下での件数は314件)。  WTOの中立かつ公正な紛争解決制度は、多角的自由貿易体制に安定性と予見性を与える柱として機能しており、日本も積極的にこの制度を利用してきている。例えば、日本、欧州共同体(EC)、韓国等11か国・地域が共同で申立てを行っている「米国のバード修正条項」(注14)に関し、2003年1月に申立国・地域の主張を認める上級委員会報告が発出され、同月、当該修正条項のWTO協定違反が確定した。また、日本、EC、韓国等8か国・地域が共同で申立てを行った「米国の鉄鋼セーフガード措置」についても上級委員会報告において申立国・地域による主張が認められ、2003年12月当該セーフガード措置のWTO協定違反が確定し、米国は当該セーフガード措置を撤廃した。さらに、日本が申立てを行った「米国の表面処理鋼板サンセット・レビュー」(注15)については、上級委員会で日本の主張の一部が認められた。なお、米国が日本に対して申立てを行った「日本の検疫措置(リンゴ火傷病)」については、米国の主張を認める上級委員会報告が発出された。 (注14)バード修正条項とは、ダンピング防止税及び相殺関税により米国が得た税収を、ダンピング又は補助金訴訟を支持した国内業者に対して分配することを義務づける米国国内法(2000年10月成立)。 (注15)ウルグアイ・ラウンド交渉の結果、アンチ・ダンピング措置は、レビュー手続において継続性の必要性が認められない限り、原則5年間で失効(サンセット)することがアンチ・ダンピング協定に明記されたにもかかわらず、米国において徹底されていないという問題。