VI.アフリカ

 92年10月の包括和平協定締結を受けて同年12月末開始された国連モザンビーク活動(ONUMOZ)の下、約2年間に及んだモザンビーク和平プロセスは、94年10月末の総選挙、12月の新大統領の就任及び新内閣の組閣をもって完結し、同年末までにはONUMOZに参加した日本を含む20数か国からの要員も大半が帰国した。
 和平プロセスは、政府・反政府組織モザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)間の根強い相互不信等もあり、大幅な遅延を来していたが、93年10月のガーリ国連事務総長のモザンビーク訪問を契機に、政府・RENAMO間に新たなタイムスケジュールが合意されて以降は、兵士の動員解除、新国防軍の創設、総選挙準備あるいは人道支援(難民帰還支援等)の各分野において具体的な進展を見るに至った。和平プロセスの最重要課題の一つであった兵士の動員解除は、8月下旬両軍あわせて約88,000人にのぼる兵士の動員解除が事実上終了した。新国防軍は、総選挙前に約12,000名が編成された。
 総選挙については、4月に選挙投票日を10月27日及び28日とする旨の大統領令が公布された。次いで約615万人の有権者登録、12人の大統領選立候補、14政党から合計約2,500名に上る議会議員選立候補がなされた。投票は、日本からの15名を含む総勢約2,200名からなる国際監視要員の監視の下に行われ、投票率は約90%に達した。11月に公表された投票の結果、現職のチサノ大統領が再選され、議員選についても与党モザンビーク開放戦線(FRELIMO)党が過半数の議席を獲得し、新内閣が組閣された。
 約17年間の内戦は約170万人の国外難民と約400万に上る国内避難民を発生させたが、UNHCRを中心とした支援により、94年末には約150万人の国外難民が本国に帰還した。
 経済面では、内戦からの復興過程にあるが、94年は、難民の帰還による食糧不足が予想されるなど、課題は多い。国際社会は、これに対して各種財政支援に積極的に取り組んだ。
 日本との関係では、日本は93年5月以降、3次にわたり延べ約150名のPKO要員をONUMOZへ派遣し、派遣部隊の活動振りに対し関係者より高い評価を受けた。また、1月の東外務政務次官、9月及び12月(日本からの特派大使として大統領就任式参列)の玉澤防衛庁長官などの関係者が相次いで訪問し、両国間の相互理解が深まった。

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