I.アジア及び大洋州
93年10月に成立したブットー政権は、大統領下院議長や主要州政府の首席大臣などの重要ポストを連立政権側で固めて順調な滑り出しを見せたが、野党による大衆を動員した倒閣運動の展開、更には首相不信任案提出の動きなどにより、政情は、必ずしも安定しているとはいえない状況になっている。
また、ブットー政権はシンド州の治安問題という懸案が依然解決していないほか、94年は、死刑廃止問題やシャリア(イスラム法)の実施を要求する住民運動等により、イスラム教勢力との摩擦を生ずる場面が多く見られた。
経済面では、93/94年度(93年度7月-94年6月)は、経済成長率(GDP)は前年度の2.3%から4%にまで回復したものの、人口増加率が約3%であることを考慮すれば引き続き低い成長にとどまった。一方、財政赤字の対GDP費は5.8%となり、前年度に比べ2%以上減少した。経常収支の赤字も大幅に改善され92/93年度の33億ドルから93/94年度は15億ドルにまで減少した。ただし、インフレ圧力が引き続き高く、93/94年度の消費者物価上昇率は11.2%と前年度の9.3%を上回った。ブットー政権は積極的な投資誘致政策を進めているほか、経済自由化政策の一環として大規模な公営企業体の民営化を進めている。
対外関係については、ブットー政権の発足により、インドとの間で対話の再開に向けての気運が高まり、94年1月、外務次官級協議が開催されたが、カシミール問題等をめぐる双方の見解の相違は大きく、協議は平行線をたどった。その後、両国の対話再開のめどは立っていない。米国との関係は、パキスタンの核開発をめぐり、90年10月、米が対パキスタン援助を停止して以来、膠着状態にあったが、94年秋合計総額65億ドルに上る投資案件が合意に到り、両国間の新たな協力関係の構築が芽生えつつある。そのほか、パキスタンは中央アジアのイスラム諸国との関係緊密化にも意を用いている。
なお、日本は、パキスタンにとって最大の二国間援助供与国であり、94年には第29次円借款として512億円の供与について署名を行った。また、日本はパキスタンの主要な貿易相手国の一つであり、93/94年度は、パキスタン側の輸入が減少したことにより、日本の出超額が前年度に比べ58%減少した。