第2章 より安全で繁栄した人間的世界を求めて

 

第1節 概観

 

 冷戦の終結は、国際政治におけるイデオロギーの役割を低減させ、また、国際社会の中での軍事力の相対的重要性を低め、経済力、科学技術力の持つ重要性を高めた。世界経済の相互依存関係もますます深化してきている。今や自由・民主主義、市場経済は、社会主義、中央計画経済に対立するイデオロギーではなく、国際社会が冷戦後の諸課題に協調して対応していくにあたっての基礎となる普遍的価値である。日本が議長国をつとめた7月の東京サミットでは、こうした普遍的価値に基づき、広範な分野における国際協力を増進し、より安全で人間的な世界を創り出すために共に努力する決意が表明されたが、この考え方は、新たな世界の構築のしるべとして示されたものである。

 このような世界の構造的変化の中で、国際社会は、新たな平和と繁栄の枠組みの構築を目指し、平和と安全の確保という政治面、繁栄の確保と拡大という経済面、そして環境問題、人口問題といった地球的規模の側面で様々な努力を進めている。こうした新たな枠組みの構築にはなお相当の時間が必要であり、国際社会は試行錯誤の中にあるが、これまでの努力の中で朧げながらもその方向性は徐々に浮かび上がりつつある。国連を時代にふさわしく改革しその機能を強化していくこと、対ロシア支援、中東和平支援において成果をあげた先進民主主義諸国を中心とした多数国間協調を一層推進していくこと、さらに欧州、北米、アジア太平洋の各地域における地域協力を進めていくことなどは、こうした国際

東京サミット首脳個別会合

的な協調体制の骨格を形作っていこう。また、今後は、国際協調のそれぞれの動きを各々整合させ、有機的に関連させて進めていくことが一層重要となってくる。

 あらゆる分野での相互依存関係が深まっている今日、世界的な平和と繁栄の確保は、日本自身の平和と繁栄にとっても不可欠である。欧州連合(EU)、米国に次ぐ経済力を有する日本は、今や単に経済面にとどまらず、政治面、地球的規模の問題をも含む国際社会のあらゆる分野における基本的な問題に大きな影響力を持つ存在になっている。特に、国際環境自体が変動期にある中、日本としては、国際的枠組みを所与としてその中で適応していくのではなく、他の主要国とも協力しつつ、新たな国際的枠組みのあり方に方向性を与えその構築に参画する能動的で創造力豊かな外交を行っていくことが必要である。また、人類普遍の価値としての自由・民主主義、市場経済を確固たるものとすべく国際協力が進みつつある一方で、民族、宗教などに根ざした紛争、対立も目立つ中、こうした二つの大きな流れが相反した形で進んでいかないためにもアジアの先進民主主義国としての日本の役割は一層重要となってこよう。

 こうした増大する国際社会の日本に対する期待に対し、日本国内の意識が必ずしもこれに追いついていない面も見られるが、その一方で、湾岸危機、カンボディアに対する協力を契機に、他国を侵略しない、ないしは軍事大国化しないという意味での平和主義のみならず、世界全体における平和と繁栄を確保するために、より能動的に貢献するという平和主義の考え方が国内的に徐々に定着しつつあることは注目される。

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1. 多数国間協調の重要性

 

 現在の国際社会では、湾岸危機への対応に端的にあらわれたように米国を含むどの国も一国だけで国際的な諸問題を解決したり、国際社会の平和と繁栄を確保することはできない。また、世界経済の持続的成長の回復、環境問題といった「地球的規模」の問題、さらには不拡散体制の強化といった国際社会が直面している課題への対応は、いずれも多数国間の協力なしには行い得ない反面、ただ一つの主要国が国際的な取組に協力しないことによって、これを阻害し得る。このような状況の中で平和と繁栄を維持・促進していくためには、主要国を中心とした多数国間の協調を確保することが従前にも増して重要である。

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(1) 国際連合の機能強化

 世界の平和と繁栄に向け国連に対する期待はかつてないほど大きくなっており、このことは、93年の安全保障理事会の公式会合開催数が、過去最高であった92年の133回を大きく上回り、171回に達していることにも示されている。しかしながら、現在の国連の実力はこうした国際社会の期待に応えるに十分とは言えない。そうした、いわば現実と理想のギャップを埋めて、国連を時代にふさわしい存在に改革し、強化していくことが国際社会全体の課題である。

国連総会で演説する細川総理大臣

 戦後一貫して国連中心主義を外交の柱の一つとしてきた日本は、国連による平和維持活動などの世界の平和と安全の確立に向けた努力に人的側面、財政面など様々な貢献を行っていくと同時に、国連の機能強化に向けた改革に主体的に取り組んでいくことが求められている。

 この点、新政権発足後最初の外国訪問先として国連を選んだ細川総理大臣は、9月、国連総会での一般討論演説の中で、新政権の改革努力の推進と国連に対する人的・財政的な貢献を果たしていく姿勢を訴え、国際社会が直面する四つの重要課題、すなわち軍縮・不拡散、紛争の予防と平和的解決、経済開発、地球規模問題への取組に関し意見を述べた。そして新たな時代の要請に応えるべく、国連が取り組むべき三つの改革、平和維持活動の機能強化、安保理改組、行財政改革に言及した上、我が国が改革された国連においてなし得る限りの責任を果たしていく用意がある旨述べた。

 また、ブトロス=ガーリ事務総長は、93年2月に公賓として訪日したのに加え、同年12月に再び訪日し、政府首脳と意見交換を行った。国連事

日米欧の主要国首脳及びエリツィン露大統領が一堂に会した「G7+1」

務総長が1年のうち2度も訪日するのは異例のことであるが、これは、国連の主要な加盟国である日本との関係を強化したいとの事務総長の日本重視の考えの表れであろう。

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(2) 日米欧協力

 日米欧の先進民主主義諸国は、自由・民主主義、市場経済という価値を共有し、世界のGNPの約7割を占めるとともに、世界先端の科学技術を有している。それゆえ、世界全体の平和と繁栄を維持・促進していくため、特にこれら諸国の責任と役割は重大である。また、日本がこうした世界の諸課題に取り組んでいく上で、これら諸国との協力協調は不可欠である。経済面においては、世界経済の持続的成長の確保、対露支援、ウルグァイ・ラウンドの終結などに端的に見られるように日米欧の密接な協力なしには、世界が直面する諸問題に有効に対処することは困難であり、また、政治面においても、平和維持、不拡散などの分野で日米欧の政策協調の果たす役割が一層重要になってきている。

 こうした政治、経済両面にわたる日米欧の責任と役割の高まりを背景に、サミット、経済協力開発機構(OECD)などの場における政策協調は、新たな国際協調体制を構築していく上で重要な役割を担っている。

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2. 地域協力の動き

 

 以上のような多数国間での協調の動きとともに、政治、経済の両面にわたって地域的な協力を目指す動きも活発化している。

 こうした動きが最も顕著に見られるのが欧州である。欧州における地域協力は、EU、NATO、CSCEなど政治、安全保障、経済の各面にわたり種々の制度的枠組みを作りその中で重層的な協力を行っているという意味で、他の地域に比し際だった特色を有している。

 北米では、93年に米国、カナダ、メキシコで物・サービスの貿易のみならず、投資、環境、労働などの分野を対象とした北米自由貿易協定(NAFTA)が発効した。

 アジア太平洋地域においても、欧州、北米とは異なり制度的な枠組みこそないものの、地域協力の動きは着実に進展している。特に、目覚ましい経済発展を背景にアジア太平洋経済協力(APEC)が注目を集めた。国内経済再建のためにこの地域の経済活力を重視する米国のクリントン政権はこの強化に積極的であり、11月のAPEC経済非公式首脳会議の開催にイニシアティヴをとった。APECは緩い形の協力体であり、その活動もようやく軌道に乗り始めたばかりである。しかし、今後のアジア太平洋地域の潜在的経済成長力に鑑みれば、その影響力は今後増大していくものと思われる。また、この地域においては、従来は経済協力、直接投資の活発化を通じた垂直的地域協力といった側面が強かったが、最近はインドシナ開発に向けての日、ASEAN諸国の協力など、水平的な協力関係も進展している。さらに、政治面においても、93年7月、アジア太平洋地域の安全保障問題に関する多国間協議の場としてASEAN拡大外相会議のメンバー国・機関に加え、中国、ロシア、ヴィエトナム、ラオス、パプア・ニューギニアも参加する「ASEAN地域フォーラム」の創設が合意された。

 こうした地域協力を今後の国際協調の枠組みの中でどのように位置づけて、如何なる役割を担わせるべきかは未だ模索の段階であり、これからの課題である。こうした地域協力の動きは、それぞれの地理的・歴史的背景の下、国際的課題に取り組んでいく上で、その地域の特性を生かした形で有益な役割を果たし得よう。しかし、一方で、地域協力の動きが地域外の国々との関係を阻害するものとなってはならない。その意味からは、今後地域協力を進めていく上で、それぞれの地域間の協力関係を如何に構築していくか、また、そうした地域協力を国連、GATTといった世界的なシステムと整合性を確保しつつ如何に取り進めていくことが極めて重要である。

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