第2項 不拡散体制
冷戦終結に伴い不拡散体制の強化は国際の平和と安全のための最大の課題の一つとなっている。旧ソ連諸国等においては、厳しい経済状況を背景に核兵器の着実な廃棄の見通しが立っていないのに加え、外貨獲得のための武器輸出、大量破壊兵器関連物質、科学者の流出等のおそれは依然大きい。また、冷戦の終結に伴う新たな地域紛争の発生、危険性の増大はこれらの地域における兵器需要を高めている。
93年は、こうした不拡散体制の強化に向けて様々な動きが見られた。不拡散体制の中核をなす核不拡散条約(NPT)については、イスラエル、インド、パキスタン、ウクライナ等未締結国の参加を促進し、その普遍性を高めるとともに、核兵器国側の核軍縮努力、さらには95年に再検討・延長会議を迎えるNPTを無期限延長して、核不拡散体制の安定化を図っていくことが重要であり、東京サミットでもそれが確認されている。また、米国、ロシア、英国、フランスが核実験モラトリアムを継続する中、8月ジュネーヴ国連軍縮会議は核実験禁止特別委員会に対して全面核実験禁止条約(CTBT)を交渉する権限を付与するなど、全面核実験禁止条約に向けた動きも本格化している。
さらに、ロンドン・ガイドラインを中心に原子力関連品目の輸出規制体制、国際原子力機関(IAEA)の保障措置体制も一層整備、強化されている。また、1月には化学兵器の廃絶に向け広汎な検証制度を含む化学兵器禁止条約が署名された。それとともに、そうした化学・生物兵器等の大量破壊兵器、汎用品、さらにはその運搬手段たるミサイル関連技術の輸出規制の強化に向けても種々の進展があった。その関連で、これまで旧東側諸国への武器関連技術の流出を規制していた対共産圏輸出規制委員会(ココム)を94年3月までに撤廃することとなり、新たな懸念国を念頭に置いて、ココムに代わる新たな輸出規制の枠組みを設立するべく検討が重ねられている。また、旧ソ連に対しては核兵器の廃棄の促進、大量破壊兵器関連の科学者に平和目的のプロジェクトを提供する国際科学技術センターの設立等に対し国際社会の支援が行われている。
2. 不拡散体制をめぐる諸問題
不拡散体制強化のための国際的な努力が継続されている中で、こうした努力に挑戦する動きもある。
北朝鮮による核兵器開発疑惑もそのような動きの一つである。北朝鮮は、85年にNPTに加入し、92年4月に国際原子力機関(IAEA)との間で保障措置協定を締結した。しかし、その後のIAEAの特定査察(注)の過程で北朝鮮の申告したプルトニウム、放射性廃棄物、使用済み燃料の照射記録の特徴が相互に一致しないことが判明し、北朝鮮に未申告のプルトニウムが存在する可能性が排除されないという事態が生じた。これを受け、93年2月IAEAは、保障措置協定に基づき、北朝鮮に対して放射性廃棄物貯蔵施設と目される2か所の未申告施設へのアクセス等を求める「特別査察」を要求、これに対し、北朝鮮は、米国による「核の脅威」とIAEAの「不公正性」等が自国の至高の利益を危うくするとして、3月NPTからの脱退を決定し、6月には脱退が発効しかねない事態が生じた。
国際社会はこれに対して、IAEA、国連安保理、東京サミットといった場で、北朝鮮にNPT脱退の再考やIAEA保障措置協定の遵守を要請した。こうした動きの中で行われた米朝協議の結果、北朝鮮は、6月(第1回米朝協議)には必要と考える間はNPT脱退の発効を中断する旨を、7月(第2回米朝協議)には保障措置上の問題につきIAEAと協議し、核問題等につき協議するため南北対話を行う用意がある旨を表明した。
第2回米朝協議においては、2か月以内に再度協議を行う旨合意がなされていたが、その後、北朝鮮はIAEAとの協議及び南北対話に対して誠意ある対応を見せず、さらには、申告済みの7施設に対する通常の査察(上記の特別査察とは区別されるもの)に対しても消極的姿勢を示すに至った。このような状況の下で、第3回米朝協議は予定通りには開催されず、米国は打開策を見いだすべく北朝鮮と非公式に接触を続けた。米国をはじめとする関係国及びIAEAの粘り強い努力もあり、94年2月中旬、北朝鮮は上記7施設に関しIAEAの要求する査察を受け入れる旨通告するに至った。但し、根本的な問題の解決には、北朝鮮が上記査察の実施とともに、韓国との真剣な対話を開始することにより、第3回米朝協議が開催され、さらには特別査察の受入れ、南北非核化共同宣言の実施を通じ、北朝鮮が核兵器開発をめぐる国際社会の疑惑を払拭することが重要である。そのために北朝鮮が今後とも前向きな措置をとることが期待されるが、今後の北朝鮮側の対応には、なお予断を許さないものがある。
この問題は、特に北東アジアの安全保障に関わる重大な問題であり、日本は、米国、韓国等の関係国と緊密な連携を保ちつつ、あらゆる外交努力を傾けている。
ウクライナは、92年5月のリスボン合意により戦略核兵器の撤廃と非核保有国としてのNPT加入に一度は同意したものの、その後、安全保障上のロシアの脅威等を理由とする議会の反対により第1次戦略兵器削減条約(START I)批准、NPT加入を拒否した。これに対し、国際社会、特にG7各国は東京サミットの場等で種々の呼びかけを行っている。93年11月ウクライナ議会は核兵器国よりの安全の保障など多くの条件を付してSTART Iを批准する旨決定した。94年1月に米、ロシア、ウクライナ3か国の大統領がモスクワでウクライナに配備されている旧ソ連の核兵器の全面廃棄に関する声明に署名した。この声明を受け、議会は2月にSTART I批准を承認する決議を採択し、問題解決に向けて進展が見られた。ウクライナには、核弾頭約1,500発、大陸間弾道ミサイル176基があると言われており、これらの数は、世界第3位のものである。これは、英国、フランス、中国の合計を上回っている。ウクライナがSTART I批准、非核兵器国としてのNPT加入を通じ、核軍縮、不拡散の国際体制に組み込まれることは、国際の平和と安定に不可欠であるとの認識の下、日本を始め各国による働きかけが続けられている。
そのほか、米国、ロシア等の核実験のモラトリアムが継続している中で、10月に行われた中国の核実験は、全面核実験禁止条約に向けて高まっている国際社会の気運に水を差しかねないという意味で大きな波紋を呼んだ。
このように、不拡散問題をめぐる国際情勢は不安定なものとなっており、また、この問題は、東西冷戦下の戦略兵器削減交渉等のように超大国のみで解決できるものではない。その取組にあたっては、武器、大量破壊兵器関連物資等の輸出、輸入の両側面での国際的なきめの細かな協調、協力が不可欠である。また、これらの問題は不拡散体制自体の枠にとどまらず、他の問題とも密接に関連している。例えば、北朝鮮の核兵器開発疑惑については、北朝鮮の国内政治体制や南北朝鮮統一問題等と関連しており、また、ウクライナについてはロシアとの関係や国内の民主化、市場経済化プロセスの進展にも影響されている。こうした問題に対処するにあたって、国際社会にはこれまでにも増して一層、広い視野で様々な側面に配慮した対応が求められている。