2. 日本国政府が行った主要演説等

 

(1) 第45回国連総会一般討論演説における中山外務大臣演説

(90年9月25日)

議長,並びにご列席の皆様,

 私はデマルコ閣下が第45回国連総会議長に選出されたことに対し,日本政府及び国民を代表して,心から祝意を表します。同時に,第44回総会議長ガルバ閣下の業績に対して心から敬意を表するものであります。私は,今回初めて加盟国として国連総会に参加するナミビア及びリヒテンシュタインに心からの祝福を送ります。国際平和の維持を最も重要な目的として創設された国際連合は,最近,イラクのクウェイト侵攻に対する迅速かつ適切な対応,カンボディアの和平努力等において,世界中の熱い注目と期待を集めております。私はこのような国連の平和維持・回復機能の活性化を心から歓迎するとともに,安保理及びペレス・デクエヤル事務総長以下国連関係者の弛まざる努力に対して,深甚な謝意と敬意を捧げるものであります。

 我々が1年前にこの総会議場に結集して以来,国際情勢は驚くべきスピードで大きく変化し,世界は新しい秩序を求めて歴史的な変革期に入りました。ソ連におけるペレストロイカと新思考外交,東欧における民主化と市場経済への移行,米ソ新時代の到来により,冷戦は過去のものとなり,欧州から始まった対立から対話,協調への進展が他の地域に波及し,さらには世界全体への広がりをも見せ始めました。ベルリンの壁の崩壊,ドイツの統一は,この自由,協調への大きな変革を象徴するものでありました。他方,イラクの不法なクウェイトへの侵攻により,中東湾岸地域の平和が一挙に崩れ去ってしまったことは,これらの歓迎すべき歴史的変化にもかかわらず,東西対立後の国際秩序がいかに危険と不安定要素を含むものであるかを如実に示したものでした。

 激動する国際情勢の中で,国際社会がなにを最も必要としているか,そのために国連がいかなる役割を果たし得るかを問うことこそが,平和で公正な新世界秩序の形成の成否につながる死活的な問題であります。

(平和と安定)

 イラクの侵攻に対し迅速かつ効果的な措置を一歩一歩とっている国連安保理は,国際社会全体の良心の象徴であり,国連の有用性を高める上で,大きな功績を果たしています。国連の集団安全保障は,国家は紛争を話し合いで平和的に解決することを誓い合い,その誓いを破る国が出た場合には,すべての国が結束してこれに立ち向かうというシステムであります。東西対立の時代には,このシステムは効果的に機能しているとは言えませんでしたが,今やこのシステムが花開く可能性が現実のものとなりうる新たな国際秩序の時代が到来したと言えましょう。この移行期における主要な不安定要素は,テロリズム,歴史的な領土問題や民族的背景に基く地域問題でありますが,これを未然に塞ぎ止め,除去し,解決するためには国連が中心的な役割を果たす必要があります。

(自由と民主主義)

 東欧諸国における改革や,自由選挙を通じての民主化の波は,アフリカ,アジア,中南米における民主化への大きな流れとなって,世界の変革をもたらしています。また市場経済の原理が世界のより一層多くの人々に受け入れられつつあります。この地球に生を受けたすべての人間が,住む場所の如何を問わず,基本的人権を保障され,自由に意見を表明し,自由な経済的活動を行う権利を与えられるべきであります。このように各人が豊かな可能性を十分に発揮できることは,人が人として尊重される,公正で人間性豊かな世界を実現するために極めて重要な要因であります。また,今週末開催される「子供のための世界サミット」は子供の人権の問題につき世界的関心を高める,意義ある機会であると考えます。

 国連は,公正な投票実現のための監視団を各地に派遣することにより,このような民主化の潮流に大きく貢献を行い,「銃弾ではなく投票で」のスローガンにより,一国の将来を民意によって決定するという自決の原則を唱導してきました。今後,基本的人権,経済的自由の保障のため,国連の果たす役割は益々拡大するものと信じます。

(繁栄と地球社会)

 戦後の自由世界における発展と繁栄にもかかわらず,多くの開発途上国は依然として深刻な貧困,累積債務の問題に悩んでおり,国際社会の持続的繁栄のためには開発途上国における発展を図ることが重要であります。さらに,地球環境,麻薬等人類が共同で対処すべき地球的規模の課題が続出しております。これらの諸問題は一国の努力のみではとうてい解決し得ないものであり,国連システムを通じての国際協力がかけがえのない重要性を持つに至っています。

(日本の基本的姿勢)

 第2次大戦後,我が国は平和憲法の下,専守防衛に徹し,諸外国との立場の違いは話し合いで解決することとし,平和を追求する外交を展開してきました。日本国憲法の精神は国連憲章の紛争の平和的解決という原則と同じ立場に立つものであり,それ故に,我が国は加盟以来国連を極めて重視した外交を展開してきたのであります。そして我が国は他国に脅威を与えるような軍事大国にならず,非核三原則を堅持し,紛争の当時国,そのおそれのある国向けの武器輸出は行わず,平和的手段で世界の安定に貢献していくとの堅い決意を持っています。

 我が国としては,日本にとって最もふさわしい責任を果たすとの基本姿勢に基き,アジア・太平洋地域の一国としての立場,および先進工業国の立場に立ちつつ,世界的な責任を十分認識して,世界に貢献する日本を目指し,国際社会の平和と安定のために積極的な外交をすすめる所存であります。

(平和のための協力)

 私は,昨年の総会で,我が国が世界平和のために,外交努力,国連平和維持活動に対する財政面および要員面での支援,難民への援助,紛争解決後の復興を含め,あらゆる形での協力を惜しまない旨明らかにいたしました。引き続きこのような平和のための協力を推進するとともに,国際社会が現在最も緊急に必要としている平和,安定並びに世界の民主化のために幅広い貢献を行う所存であります。

 このため,国連の集団的安全保障メカニズムがその実効性を発揮し得るように,我が国はその憲法の枠の中で可能な限りの協力を行います。イラクの侵攻に対して安保理が経済制裁決議を採択するに先立ち,我が国は独自の経済制裁を決定し,また厳格に安保理決議を履行しています。また湾岸の平和と安定の回復のための国際的な努力に対し,我が国としても積極的な貢献を行っていくとの立場から,物資,輸送,医療,資金面での協力を進めております。またこの紛争で生じた多数の被災民に対する援助の要望にも積極的に応えており,緊急かつ深刻な経済的困難に直面している周辺国に対する経済的支援を行っているところであります。我が国は,イラクが度重なる安保理決議の要請に応え,クウェイトから速やかに無条件で撤退するよう求めます。また日本人を含む多数の滞在外国人に出国を禁じている措置は,国際法上も人道上も決して容認できるものではなく,イラク政府に対し一刻も早く出国を認めるように強く要請します。またその実現のために国連事務総長が引き続き努力を行うように期待します。

 国連の行う平和維持活動は,近年活動の幅と深さを広げております。特に選挙監視の様な,文民要員の活動し得る分野が広がってきたことは,活動への参加国をさらに拡大することを可能ならしめるものであり,高く評価します。さらにカンボディア,西サハラのように,PKO活動に行政管理の任務を加えることは,国連が国際社会全体の利益を体現するとの立場から民主的な政府の樹立に参加するとの意味を持つものであります。日本は従来より新規PKO活動の立上がり経費及びPKO活動の財政的基盤を強化する目的から,PKO支援強化信託基金に自発的に拠出するなど,格段の協力を行っています。私は,他の加盟国に対し右基金への拠出をよびかけるものです。また要員派遣面では,我が国はナミビア,ニカラグァでの選挙監視活動に参加いたしました。今後とも資金,要員両面で協力を惜しまない所存です。

 海部総理は更に一歩進めて,これからの国際社会で,我が国が平和を守り,これを維持するための国連活動やまたこれを支援する国際的努力に協力していく責務をより適切に果たしていくことができるよう,現行の法制度を見直し,国際社会への貢献のため日本国憲法の枠組みの中でできる限りの責任を果たすとの観点から,例えば国連平和協力法というような新しい法律の制定を真剣に検討したいと表明しました。現在日本政府部内で鋭意検討を行っています。我が国としては,国際の平和と安定の維持・回復のために行われる国連の活動に対し積極的に協力していくことこそが平和憲法を戴く日本が国際平和のために貢献する道であると考えます。

(アジア・太平洋地域の平和と安定)

 欧州で起こった急激な変革の波はグローバルな影響をもって他の地域へと広がりを持ち始めました。中ソ関係の改善,韓ソ関係の改善,モンゴルやカムラン湾からのソ連軍の撤退開始,モンゴルの民主化等,アジア・太平洋地域にもすでに一定の変化をもたらしており,今後とも着実に影響を及ぼしていくと思われます。しかし,ソ連による我が国の北方領土占拠は未だ続いており,また,朝鮮半島における安定は未だ到来せず,カンボディア問題も包括和平の達成には未だ種々の困難な問題が残されており,またカシミールをめぐるインド・パキスタンの紛争は拡大の危険性が懸念されます。

 我が国としては,自国の安定に直接結びつくこの地域の平和と安定の強化のためには,まず域内の政治対立,地域問題の解決に全力を傾注することが必要であると考えます。この見地から,関係諸国のより一層の積極的かつ建設的対話のための外交的努力を重ねる方針であります。

(日ソ関係)

 世界的規模で対話と協調に基づく新たな関係構築に向かう好ましい動きのある現在,日ソ間で未解決の北方領土問題を解決して日ソ平和条約を締結することにより,日ソ関係の正常化,抜本的改善を実現することは,アジア・太平洋地域の平和と安定を強化し,欧州における東西関係の本質的な関係改善をグローバルに進展させる上で大きく貢献するものと確信致します。我が国としてはこのような観点から,今後ともソ連との間で対話を一層拡大・強化しつつ 日ソ関係の抜本的改善を実現すべく日ソ双方で努力する所存です。

(中国関係)

 アジア・太平洋地域の平和と安定には,対外的に開かれ,かつ安定した中国の存在が極めて重要であります。我が国は中国が改革・開放政策を引き続き推進していくことを期待しており,かかる中国の近代化努力に対して今後ともできる限り協力していく方針であります。

(カンボディア)

 長年にわたるカンボディア問題の恒久的解決には国連が関与した包括的政治解決が不可欠であります。昨年のパリ国際会議の後,政治解決に向けた努力が国際的,地域的,当事者間の種々のレベルで進められてきました。我が国も同じアジアの一員としてこの地域の最大の不安定要因の解決のため「カンボディアに関する東京会議」の開催をはじめとし,和平プロセスに積極的に参加してきました。安保理常任理事国による和平枠組み作り,ジャカルタ会合における最高国民評議会の発足と,和平のモメンタムは大きく前進しております。今後はパリ会議が早期に開催され,残された問題につき合意が成立し,カンボディアに一日も早く和平が訪れることを強く希望致します。我が国としては,国連の平和維持活動,及び和平達成後の復興への応分の協力等を検討する方針であります。

(朝鮮半島)

 朝鮮半島問題は第一義的に南北両当事者の直接対話により,平和的に解決されるべきものであります。我が国としては,本年9月,ソウルにおいて南北首相会談という歴史的な会談が実現したことを高く評価するとともに,今後,南北間の対話が更に進展することを期待しております。我が国はこのような新たな情勢も踏まえ,国際政治の均衡に配慮しつつ,日朝関係改善に積極的に努力するとともに,南北対話のための環境作りにも貢献したいと考えます。更に国連加盟問題については,我が国は,朝鮮半島統一に至る過渡期の措置として,南北の国連加盟を,緊張緩和及び国連の普遍性を高めるとの観点からも支持し,歓迎する立場を採ってきておりますが,先般の南北首相会談の結果を踏まえ,南北間で建設的な話し合いが行われることを期待します。

(南アフリカ)

 南アフリカにおいてアパルトヘイトの撤廃へ向けて,情勢の大きな進展が見られたことを高く評価するものです。特に,南ア政府とANCとの予備交渉を通じて新憲法制定のための本格的交渉を開始する道が開かれつつあることは,この問題の平和的な解決を推進していく上で大きな前進と考えております。我が国としては,南アフリカにアパルトヘイトのない自由かつ民主的な体制を樹立するための全ての南ア当事者間の努力を支援していく所存であります。

(アフガニスタン)

 アフガニスタンにおいては,いまだにアフガン人同士の戦闘が継続している事実は忘れられてはなりません。我が国としては,従来よりアフガニスタンの真の安定達成のためには,国民の総意を反映した幅広い基盤を有する政権が樹立されることが不可欠であると考えています。我が国は,国連調整官事務所を通ずる拠出を始めとして,アフガン難民の帰還支援のため,積極的な協力を行なっておりますが,アフガン人自身による問題解決の真剣な努力,米ソの交渉努力によりアフガニスタンに一日も早く平和と安定が回復し,難民の帰還が早期に実現することを願ってやみません。

(中米)

 中米問題については,我が国は,域内諸国のイニシアチブによる和平努力を一貫して支持しております。国連監視による選挙の結果,ニカラグァにおいて自由かつ公正な選挙による政権交替が行われたことを高く評価し,またエルサルヴァドルにおける停戦が国連の協力の下に実現することを強く希望しております。

(軍備管理と軍縮)

 軍備管理・軍縮に関しては,昨年以降の東西関係の改善の動きとあいまって,米ソ戦略核削減交渉及び欧州通常戦力交渉が加速され,更に東西関係全般の改善をもたらしていることは,誠に喜ばしい限りです。

 また,核,化学・生物兵器等の大量破壊兵器及びミサイル等のグローバルな不拡散体制をいかにして構築,維持,強化して行くかという問題が,今日一層の緊急性を帯びてきております。今般の,湾岸における事態は,まさにこの観点からの警鐘ともいえましょう。我が国の厳格な武器輸出規制政策は,国際的な平和と安全の維持に大きく貢献してきたものと信じます。通常兵器の移転の問題については,原則的に,より一層の透明性,公開性が確保されることが必要であり,かかる観点から国連総会の決議に基づく専門家による検討を通じて有益な結論が得られることを期待します。先般終了した第4回核不拡散条約(NPT)再検討会議においては,最終文書の採択にこそ至りませんでしたが,NPT体制の意義が改めて確認されたものと考えます。我が国としてもNPT体制の維持・強化に今後とも努力する決意であり,同時に締約国に対し,厳正な条約の遵守を訴えるものであります。また今次再検討会議への仏及び中国のオブザーバー参加は,本条約の普遍化のためには好ましいものであり,核兵器保有国,非保有国を問わずすべての国が一刻も早くこの条約に加入するよう強く訴えたいと思います。

 また,核実験の制限,禁止の分野において,ジュネーヴ軍縮会議が実質問題を審議するアド・ホック委員会を本年より再開したことは,米ソ間における核実験2条約の検証議定書署名と共に,特に歓迎されるものであり,来年もかかる作業が維持されることを希望します。

 化学兵器問題の根本的解決のためには,パリ会議最終宣言の精神に則り,ジュネーヴ軍縮会議における包括的禁止条約交渉の早期妥結に向けて一層の努力を傾注することが必要であります。この関連で最近米ソ両国が取ってきた一連のイニシアティヴは高く評価されるべきものであります。

 我が国としては今後とも,国連,ジュネーヴ軍縮会議を中心とし,実効的な軍備管理,軍縮の実現に向け貢献していく所存です。

(民主化の支援)

 我が国としては先進民主主義国の一員として世界の民主化の流れに積極的に貢献してまいります。我が国は基本的立場として,自主的に民主化を追求して努力していく国に対し相手国の実情に合わせ積極的に支持の手を差し延べてまいります。

 我が国としては,引き続き他の先進民主主義国と協調しつつ,東欧諸国に成立した民主主義政権を力強く支援していきたいと考えております。

 安定と繁栄の実現を通じての民主化を達成せんとの開発途上国における努力に対しては経済協力等を通じ,支持の姿勢を明らかにしていくべきであると考えます。

(自由貿易体制の維持・強化)

 世界経済のダイナミックな発展のための原動力が,市場経済原理を中心とした自由貿易体制であることは,最近のソ連におけるペレストロイカ,東欧諸国の市場経済への動きから見ても明らかです。

 また1992年に予定されているEC域内市場統合は,閉鎖的な地域主義や保護主義に陥ることなく,世界に向かって開かれたものになることが期待されています。

 私は,自由貿易体制の維持・強化は,途上国や東欧を含め,各国の永続的な発展を確保する上で不可欠との立場から,ウルグァイ・ラウンドを成功裡に妥結させ,保護主義を防圧し,21世紀に向け国際貿易秩序を再編成することが現在の我々にとって緊急の課題と考えます。ウルグァイ・ラウンドの交渉期限まで2ヶ月あまりしかなく,各国が政治的意思を結集して残された問題に取り組んでいくことが不可欠と考えます。

(開発途上国の開発)

 市場経済の導入に努める東欧諸国に対する支援の結果,開発途上国に対する援助が悪影響を受けてはなりません。これはヒューストン・サミット経済宣言でも確認された通りであります。現下の中東情勢によって,途上国,特に非産油国の経済が受けている影響を考えると,途上国支援の重要性は従来に比して増大しております。このような時期にこそ経済的困難に悩むアジア,アフリカ,ラ米の途上国の開発に対する協力の一層の必要性を認識する必要があります。

 我が国はこれまでに途上国への資金・技術フローの拡大のため,政府開発援助(ODA)を計画的に拡充してまいりました。この結果昨年のODA総額は世界最大規模となりました。また累積債務等の諸問題に悩む途上国に対し,官民のアンタイド資金による還流措置を着実に実施しております。

 サハラ以南のアフリカ諸国をはじめとするこれら諸国に対しては,一次産品市況の低迷,低成長,貿易赤字,債務の累積等の困難が益々深刻化しており,特別な配慮が必要であります。我が国は,これら諸国の経済構造改善努力への支援を強化するためのノン・プロジェクト無償資金協力およびLLDCに対する過去の円借款債務を対象とした債務救済のための無償援助を実施しております。今回開かれたパリLLDC国連会議はこれら諸国の困難と国際協力の必要性を世界に訴える意味で重要な役割を果たしました。我が国はこれら諸国への援助に今後とも手厚く配慮していく所存です。

 我が国のODA総額が昨年世界最大となるのと軌を一にして,これら援助が真に途上国の開発ニーズと合致しているか,開発プロジェクトにおいて環境破壊の問題に十分に配慮しているか,援助効果があがっているかにつきしばしば質問を受ける機会が増えています。今後益々援助効果の評価を行なうシステム,さらには,援助国と受益国の間で政策,内容についての対話の強化が望まれます。この面で国連及びUNDP等の関係機関の果たす指導的役割は重要であり,可能な措置を着実に強化していくよう提案します。

(科学技術)

 国際社会が今経験している政治的および経済的変革は,科学技術の飛躍的発展と密接に関係しているといえます。蒸気機関の発明が産業革命を引き起こし,社会構造を画期的に様変わりさせて以来,技術革新の波動は人類社会を常に発展へと導いて参りました。今や通信衛星の発展によりリアルタイムの情報交換や映像通信が可能となり,交通手段の発展により人間の移動する頻度,速度はめざましく速まりました。東欧における連鎖反応のような急速かつ激的な変革はまさに情報の瞬時における伝達が可能となったことによることが大きいと言えます。科学技術の発達は,人類の進歩をもたらす無限の可能性を提供しております。

 しかし,反面では,軍事技術の進歩は著しく,人類社会の大量破壊の可能性を増大させてきました。また,科学技術の発展を背景とした生産・消費活動の飛躍的な拡大の結果,地球温暖化,オゾン層の破壊,熱帯林の減少,酸性雨,砂漠化の進行等,地球生態系のバランスが大きく崩れつつあります。

 このような地球規模に現れる人類共通の課題に国際社会の一致した緊急行動を確保するため,世界で最も普遍的組織である国連がシステムの総力をあげて貢献すべき時期に来ています。

 我が国は従来より,深刻な産業公害の克服という経験を経て,GDP当り二酸化炭素排出量は先進国で最も低いレベルを達成する等環境問題への取組みを重視して参りました。このような我が国の持つ科学技術,経験,知識,経済力を生かして地球環境問題の国際協力に今後一層積極的に取り組む所存であります。その一環として,国連環境計画,国際熱帯木材機関等の活動を引き続き支援するとともに,1989年から1991年の3年間に3千億円を目途として環境分野における政府開発援助を拡充することとし,着実に実施しております。また,1992年の環境開発会議に向けた種々の準備作業に積極的に参加していく所存であります。オゾン層保護基金を含む途上国支援メカニズムに対しても適切な協力に努めてまいります。

 途上国支援に当たっては,技術移転が喫緊の課題であります。途上国のニーズに適合した技術に関する情報を集積し,これを研修等を通じて着実に習得を進めるための中核的機関として,UNEP地球環境保全技術センターを我が国に設置する構想について検討が行われています。我が国政府としては,UNEPの正式決定を得た上でその推進に協力したいと考えています。

 1990年代は,「自然災害軽減の10年」でもあります。提案国の我が国としては,国際的に防災意識を高揚し,自然災害の被害軽減,地球の生活環境保全のために各国の積極的協力を訴えるものであります。

(医療協力)

 科学技術の恩恵を最も切実に経験できるのは医学の分野であります。人類全てが健康的で人間性豊かな生活を享受できる社会を実現するためには,医療面での国際協力が重要であります。医学の進歩により,結核,天然痘等多くの病根が征服されました。癌,エイズについても効果的な治療法が遠くない将来発見されることが期待されます。

 チェルノブイリ事故は,科学技術の進歩が人類の生存を脅かしかねない危険性をはらんでいることを如実に示しました。本年経済社会理事会は同事故の被害者に対する二国間,多国間の協力を要請致しました。我が国は唯一の被爆国としてこの分野での経験を十分活用し,協力に取り組む所存であります。

 麻薬問題でも,その解決のために国際的協力が不可欠であり,国連の役割が特に期待される分野であります。我が国としても麻薬特総で採択された政治宣言及び世界行動計画の実施のためUNFDACへの支援を含め積極的に取り組んで参ります。その一環として,アジア・太平洋地域の協力推進のため同地域の麻薬対策会議の開催を提唱することとしております。

(国連の役割)

議長,

 大きな変革の時代を迎え,国連自身もその役割,機能が今形成されつつある新たな国際秩序に十分適応しうるものであるか真剣に検討すべきであると考えます。対話と協力の時代において,国連安保理が果たすべき平和維持・回復のための役割は,益々重要性を増しております。紛争が起こる前にその危険性につき警報を発し,緊張の水準を下げる予防外交に安保理として事務総長と共に取り組むべきであると考えます。具体的には,国際の平和と安全が脅かされようとしている事態に対して早い段階での安保理による事実調査,監視員派遣,及び事務総長による何らかの介入,紛争予防の努力等の体制を整備することが紛争の悪化を阻止する手段として特に重要であると考えます。このような見地から我が国としては,紛争予防のための必要な機能強化が可能となるよう他の加盟国とともに真剣な努力を重ねる用意があります。

 また,私は国連加盟国すべてが名実ともに同じ立場にたって新たな協力の時代を迎えて国連活動に参加すべきであると考えます。この見地から私は,憲章に残された旧敵国条項は新しい時代には不適当かつ意味のないものであるとの立場から,可及的速やかに削除されるべきものと考え,他の加盟国の理解と支持を求めるものであります。

 イラク事件を契機に,国連,特にその平和維持・回復活動の有用性につき,世界中の指導者,一般国民の目が開かれた感がいたします。日本国内においても,安保理の動きが刻々と伝えられ,事務総長の外交努力の一挙手一投足が大きく報道されております。そして平和国家日本として国連に対する平和のための協力を一層充実させるための方途につき真剣な国民的議論が進んでおります。同じ事が世界の多くの国で起こっていることでありましよう。

 国際平和と安定の達成,自由と民主主義,人権を尊重する社会の実現,持続的繁栄の達成,地球規模の問題の解決という現在の国際社会にとって急務の課題に対し,国連が果たすべき役割への期待が今以上に盛り上がりを見せたことは,国連の歴史を顧みても稀有なことでありましょう。

 20世紀の最後の10年を迎え,過ぎ去りつつあるこの世紀を回顧してみると,それは戦争と対立が長く続く世紀であったといえましょう。来るべき21世紀は平和と協力の世紀であらねばならないと考えております。

 国連を中心に各国が協力しつつ,人類共通の課題である地球環境の保護,麻薬,国際テロ,天然資源の浪費の防止について共に努力を求められる世紀となるでしょう。

 加盟以来,一貫して国連中心主義の立場をとり,国連に信頼と期待を寄せてきた我が国としては,今後とも世界の平和と安定,人間性豊かな国際社会,美しい地球のため,あらゆる努力を重ねる決意であります。

御静聴ありがとうございました。

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(2) ASEAN諸国訪問における海部内閣総理大臣政策演説

 (日本とASEAN一新時代の成熟したパートナーシップを求めて)

(91年5月3日)

1. はじめに

 御列席の皆様

 本日は,シンガポール各界を代表される方々のご出席を賜り,権威あるIPS(政策研究所),ISEAS(東南アジア研究所),SIIA(シンガポール国際問題研究所)の3研究所が共催で設けて下さったこの場で,我が国の外交に関する私の所信の一端を表明する機会を与えていただきました。心から感謝申し上げます。

 私は,昨日,新装なったチャンギ空港から市街地に向かう途中,車窓から「クリーン・アンド・グリーン」と称せられる整然として美しい街並みと活気に満ちた人々の往来に触れて,シンガポールの現在の繁栄を目の当りにした思いでありました。また,その後お会いした方々から,独立後わずか25年で経済繁栄をかち得たこの国の足取りや21世紀に向けてのASEANの明るい展望についてお話をうかがって,まさに,ゴー・チョク・トン首相が述べられたように,21世紀に東北アジア,インドシナ,ASEANを結ぶ「繁栄の三角形」が出現するとの予感を覚えます。

 私は,シンガポールと日本が,その三角形の2つの極として,この地域に一層の繁栄をもたらすための欠くべからざるパートナーであると確信します。

2. 湾岸危機が示すもの

 御列席の皆様

 ベルリンの壁の崩壊に象徴される東西対立の解消が進む中で,昨年8月,突如として勃発した湾岸危機は,世界の人々に大きな衝撃を与えました。イラクによるクウェイトの侵略は,国際社会の平和と安全を破壊し,世界が新しい国際秩序の構築を模索する中にあって,この努力を真っ向から否定するものでありました。もし国際社会がイラクの侵略行為を既成事実として許していれば,また,もし国連のもとへの結集に成功していなかったとすれば,第2,第3のイラクが我々と子孫の生活を脅かしたことでしょう。

 私はここで,あの重大な危機に際して,アジア諸国が国情の違いはありましたが,さまざまな貢献を行ったことを想起したいと思います。ASEAN各国はいずれも国連安保理の一連の決議を支持,遵守しました。また,シンガポール,タイ,フィリピン,韓国は医療団の派遣を行いましたし,パキスタン,バングラデシュは多国籍軍に参加してたたかいました。私は,これら諸国の努力に深い敬意を表するものであります。我が国もまた,国連決議に先立って包括的経済措置を発表し,湾岸の平和を回復するための関係諸国の努力に対して総額100億ドルを上回る各種の協力を行いました。これらアジア諸国の貢献は,新しい国際秩序を構築していく上で,近年飛躍的に国力を増大してきたアジアの積極的参加が極めて重要であることを示したものと言えましょう。停戦後の今,シンガポール,インドネシア,タイ,マレイシアといったASEANをはじめとする多くのアジアの諸国が国連のイラク・クウェイト停戦監視団に参加することとなったのも,こうしたアジアの貢献の一例であります。

 他方,このいわゆる湾岸戦争のもたらした災害は,きわめて大きなものでありました。戦場となった地域住民の悲惨さは言うまでもなく,避難民の発生や経済的被害はまことに甚大であり,その影響は周辺諸国はもとより,アジアにも及びました。我が国は,中東の周辺諸国に対する20億ドル程度の経済協力,また,6000万ドルの避難民救済のための協力を行ったほか,シリア,フィリピン,スリランカに対し,湾岸危機による影響に配慮した緊急の経済協力を行ってきました。更に,ヴィエトナム,フィリピン,タイ等アジアの避難民が本国に帰還するためのお手伝いをしました。

 その後,停戦は成立したものの,イラク国内の内戦にともなう大量のクルド人避難民の発生,原油の流出,油井の爆破等による環境汚染等,戦後の状況はなお深刻であり,その解決と修復は容易なことではないと思われます。

 こうした状況下,我が国は,今般,クルド人を中心とするイラク人避難民に対し,総額1億ドルの資金協力を決定した他,環境対策等についても引き続き可能な限りの協力を行っていく方針であります。

3. 国際秩序の特徴

 御列席の皆様

 このように悲惨な事態がなぜ起こってしまったのでしようか。それには,さまざまな説明が可能と思われますが,私は基本的には,これまで東西対立の蔭に隠れていた宗教,民族,領土等に起因する各種の対立や紛争が,冷戦構造の解消にともなって表面化してきたことをその主要な原因として指摘できると思います。それは,過渡期に特有の不確実性や不安定性の現れとも言えるでありましょう。欧州における好ましい動きの端緒をつくったソ連も,その後国内の民族対立や経済的困難が混乱を引き起こし,このことは国際関係の先行きにも不安感を与えています。

 我々は,この過渡期の性格を正確に把握し,誤りない対応の道を見出すことが必要です。そこで,私は,今日の国際情勢の背後にどのような要因が存在するかというとについて簡単に触れてみたいと思います。

 まず,世界の主要国間の力関係の変化があります。冷戦構造の解消にともなって,世界は明らかに二極構造から多極構造に変わってきました。西欧と日本は,米国とともに主要な役割を果たすべき国家としてますますその重要性を高めてきております。更にアジアのNIEs,ASEAN等の新たな諸国が国際社会の重要な担い手として登場してきております。

 また,国際関係を動かす力の内容が変わってきました。湾岸危機において,国際社会の秩序維持のための最終の手段が軍事力であったことを忘れるべきではありませんが,今日、軍事力は,国際関係を動かす要因としての重要性を相対的に低下させており,経済力や科学技術力,更には社会の秩序などを含む総体的な力がこれまで以上に重要になってきています。

 加うるに,相互依存の急速な拡大の結果,環境問題や麻薬,テロリズム等さまざまな問題が一国ないし一地域だけでは解決できなくなり,広く国際社会全体の協調と連帯による解決が必要となってきました。こうした国際情勢の変化の中で,平和をより確実なものとし,繁栄を国際社会全体が享受していくためには,各国が自らの力だけに頼らず,地域的,世界的な国際協力の枠組みを強化していかねばなりません。日本はそのためにあらゆる労力を払う覚悟であります。

4. 1990年代のアジア・太平洋地域の展望と我が国の役割

 御列席の皆様

 アジアのNIEs,ASEANをはじめとするアジア・太平洋諸国がダイナミックな発展を通じて国際経済運営に大きな地歩を占めつつあることは,すでに世界の人々の認めるところとなりました。我々はこの動きを更に強めていくことが必要です。同時に我々は,経済のみならず,政治面,社会面,外交面でも,自由と民主主義を基礎としたより安定した勢力となるよう努力しなければなりません。その意味から,一時期懸念された中国が安定化の傾向を強めてきたこと,モンゴル,ネパール,バングラデシュ等の諸国で,自由や民主主義を求める動きが確かな胎動となっていること等は,明日への大きな希望を抱かせます。新たな時代に向けて,アジア・太平洋地域の平和と繁栄のため,今こそ共同の努力を強め,それぞれがもてる力と知恵とを結集し,世界に誇れる地域社会作りに逼進すべき時ではないでしょうか。

(我が国の経済的役割)

 御列席の皆様

 アジア・太平洋地域は,平和と繁栄を発展させていく上で,その条件が,欧州と大きく異なっています。そのため,平和と安定の確保や発展の道筋が欧州と異なることは当然です。我々は,我々自身のやり方でその道筋を探求していかなければなりません。

 以下,私は,アジア・太平洋地域の特徴にふれつつ,我が国がこの地域の一員として果たすべき役割について,私の所見を申し述べたいと思います。

 アジア・太平洋地域の大きな特徴の一つは,域内の多くの国が開発途上国であり,各国の最大の関心事が経済発展であり社会の安定であるということです。この地域の平和と安定にとって最も重要なことは,域内の開発途上諸国の経済発展を図り,国内の貧困と民生の不安定を除去するとともに,諸国間の相互依存関係を強化して,この地域の強靭性を高めることでありましょう。私は,この地域の国々のそのような努力に対して我が国が,今後一層積極的な役割を果たすべきことを十分に自覚しております。

 我が国は,域内諸国の貿易構造の成熟化や発展段階に即した輸入の拡大及び投資と技術移転の促進を引き続き強化します。なお,我が国からの投資や技術移転を受ける側においても,環境の整備に向けての一層の努力をこの機会にお願いしたいと思います。

 我が国の政府開発援助の最重点地域がASEANを中心とするアジア地域であることは今後とも変わりはありません。我が国は,政府開発援助を実施するに当たっては,各国の多様な開発ニーズに応じ,また貿易,投資,技術移転の果たす役割にも十分配慮し,各種の環境問題への対応も十分に念頭に置いて,総合的な経済協力を推進してまいります。なお,私は,この地域のかっての被援助国が援助国へと見事な変貌を遂げる例が現れてきたことを心から喜んでおります。

 アジア・太平洋地域の活力は,世界経済の成長を支え,開放的な自由貿易体制を維持する上で重要な役割を果たすものとならなければなりません。特に,この地域の活力の源が開放的な自由貿易体制に依拠していることに鑑みれば,ウルグァイ・ラウンドの早期かつ成功裡の終結は単に経済の分野をこえる極めて重要な意味を持つものであり,この地域の最優先課題の一つとして位置づけられるべきものでありましょう。ラウンドが失敗すれば大きな影響を受けるのがこの地域であり,我が国としてもラウンドの成功のためできる限りの努力を行う覚悟であります。更に,一昨年11月に発足したAPECは,21世紀に向けて,アジア・太平洋地域の潜在的な力を活性化させ,安定と繁栄に向けての活力あるエンジンとして既に始動しております。我が国としては,この協力の推進に積極的に取り組んでまいります。

 近年,東アジアの驚異的な経済発展を背景にして,この地域には,地域協力の一層の強化を目指す動きが見られます。この関連で,今回の訪問において,マレイシアのマハディール首相から,そのような努力の一環として,同首相の提唱にかかる東アジア経済グループ構想(EAEG)につき御説明がありました。東アジア諸国の経済がグローバルな市場における開放的な自由貿易体制を享受しつつ発展してきたことを考えれば,この地域の経済協力があくまでも保護主義の傾向を防ぎ,開かれた協力を目指すものでなければならないことは当然です。我が国としては,今後ともかかる立場を基本としつつ,この地域の経済協力のあり方について考えていきたいと思います。

 地球環境問題への国際的取組みは益々重要性を増していますが,我が国は,環境分野の国際的枠組み作りや途上国支援に果たすべき自らの役割を十分に自覚し,引き続き資金面,技術面での積極的な貢献を行います。特に,経済と環境の調和を図る「持続的開発」はアジア・太平洋地域の発展にとって極めて重要であり,我が国はこの2つの調和を目指して,環境問題にとり組む決意であります。

(我が国の政治的役割)

 御列席の皆様

 私は,国際秩序の変革期にあって,今や,我が国がアジア・太平洋地域において果たすことを期待されている国際的貢献は経済の分野のみならず,政治面においても,また大きくなってきていることを痛感します。そして,我が国が今後,より積極的な政治的役割を果たすに当たり,想起すべきは過去の歴史認識の問題であります。

 今年は,太平洋戦争の開始から50年になります。この節目に当たる年に,私は,あらためて今世紀前半の歴史を振り返り,多くのアジア・太平洋地域の人々に,耐えがたい苦しみと悲しみをもたらした我が国の行為を厳しく反省するものであります。我が国民はそのような悲劇をもたらした行動を2度と繰り返してはならないと固く決意し,戦後40数年に亘り,平和国家の理念と決意を政策に反映する努力をしてきました。日本の国際的貢献への期待が高まっている今日我が国民一人一人がアジア地域ひいては国際社会の平和と繁栄のために如何なる貢献ができるかを考えるに当たって,何よりも先ず日本国民すべてが過去の我が国の行動についての深い反省にたって,正しい歴史認識を持つことが不可欠であると信じます。私は,我が国の次代を担う若者達が学校教育や社会教育を通じて我が国の近現代にわたる歴史を正確に理解することを重視して,その面での努力を一段と強化することと致しました。

御列席の皆様

 我が国は,今申し述べた歴史の反省を十分に踏まえた上で,政治面においても,平和国家としての我が国に相応しい貢献を行いたいと考えております。

 欧州と比較した場合,アジア・太平洋地域の政治環境における際立ったいま一つの特徴はカンボディア問題,朝鮮半島における南北対立,日ソ間の北方領土問題等の未解決の紛争,対立,問題が依然として存在していることであります。これらを解決しないかぎり,この地域に真の平和と安全はもたらされません。こうした認識のもと,我が国はこれまでも,地域の紛争や対立の解決に積極的にとり組んできましたが,今後,より一層の努力を尽くしていく決意であります。

 インドシナ地域の最大の問題であるカンボディア問題は,今や,和平プロセスの最終段階に至りました。包括和平案が,カンボディア各派に示された現在,すべてのカンボディア当事者がこれを受入れるかどうかが鍵でありますが,本年に入ってからの和平への動きは停滞気味であり,日本政府としても懸念を強めております。

 その中で,ひとつの明るい兆しは,先月末,武力行使自粛アピールを対立する各派が受け入れたことです。我が国は,フランスのデュマ外相と共に,このアピールを出されたパリ会議共同議長であるインドネシアのアラタス外相の献身的努力を高く評価し,今後とも共同議長の役割に強く期待しています。

 我が国は,和平プロセスの推進のため,カンボディア当事者に対し,一連の働きかけを重ねて参りました。最近も,あらゆる機会を捉え,カンボディアのすべての派と接触を深めてきており,武力行使の自粛が実施に移された一昨日には,私自身バンコクで,カンボディア国民政府の指導者に対し,停戦の遵守を要請してきました。今こそカンボディア各派の和解へ向けての真剣な努力が死活的に重要であり,我が国としては,戦場で対峙する両派の間に政治解決への共通認識が生まれるよう,あらゆる努力を惜しみません。

 インドシナ地域は,歴史的に,諸民族・国家のダイナミックな交流の舞台でありました。私は,将来再びインドシナに平和がもたらされ,ASEANとの交流が大きく拡大された時こそ,東南アジア全体の真の平和と繁栄を永続することが可能になると確信します。将来ASEANとインドシナが,良きパートナーとして共に発展していくよう,できるかぎりの協力を行っていく考えであります。その一助として,カンボディア和平達成後,将来のカンボディア,ひいてはインドシナの復興を目的とする「カンボディア復興に関する国際会議」を,適当な時期に我が国において,開催する用意があることをここで申し上げたいと思います。

御列席の皆様

 朝鮮半島の平和的統一は日本国民の願いでもあります。韓ソ国交関係の樹立と南北朝鮮の交流の動きは,朝鮮半島の平和と安定へ向けての努力として評価されるところですが,これを一層定着させるためにも,現在中断されている南北対話が早期に再開され,実質的な進展が見られることを希望します。我が国は,本年1月に開始された朝鮮民主主義人民共和国との国交正常化交渉において,自由と民主主義という基本的価値を共有する韓国との友好関係の維持強化を前提としつつ,朝鮮半島全体の平和と安定に資するような形で,この交渉を進めていく所存であります。

 また,中国が各分野での改革・開放政策を推進し,安定的に発展していくことは,この地域の安定及び繁栄にとって極めて重要であります。我が国はそのような観点から,今後とも改革・開放政策に基づく中国の近代化努力に対して,できる限りの協力を行っていく方針であり,私自身,本年内のできるだけ早い時期に中国を訪問したいと考えています。

 同様に,ソ連のこの地域に対する対応は,この地域の諸国が等しく関心を有する重要な課題であります。我が国はソ連との間に北方4島返還の問題を抱えており,未だに平和条約を結ぶに至っておりません。先般,ゴルバチョフ大統領がソ連の首脳として初めて我が国を訪問し,私との真剣な協議の結果,歯舞,色丹,国後,択捉の北方四島が平和条約において解決されるべき領土問題の対象であることを日ソ間の文書において初めて明確に確認したことは,今後日ソ関係を新たに推進していく契機となるものであります。日ソ関係の抜本的改善は二国間関係にとって重要であるばかりでなく,アジア・太平洋地域の平和と安全にとってより長期的かつ広範な意味を持つものであります。我が国は日ソ関係の真の正常化と飛躍的発展を一日も早く実現するべく,引き続き努力していきます。私は,また,新思考外交を標傍するソ連が,カンボディア和平を巡る国際的努力や朝鮮半島情勢の改善に関し,一定の役割を果たしてきていることを歓迎します。ソ連がこのような個別の地域問題の解決に建設的な姿勢を示していくことこそ,ソ連がアジア・太平洋の責任あるパートナーとして迎え入れられる道でありましょう。

御列席の皆様

 今般の湾岸危機は,平和国家としての日本が,具体的に国際平和の維持に如何に参画するかを,国民全体に改めて真剣に考えさせる機会となりました。テレビの映像に写し出された湾岸における戦闘は,我々に自国の防衛の限度をはるかに上回る武器の輸入及び過度の武器輸出が如何なる結果をもたらしうるかを教えました。

 我が国は,平和国家として,戦後一貫して非核三原則を堅持するとともに,武器輸出についても,武器輸出三原則に基づき,20数年来極めて厳格な立場で臨んで参りました。我が国は,世界が湾岸危機の与えた教訓を学びとり,軍備管理・軍縮を一歩も二歩も前進させるよう,我が国独自の貢献を行って参ります。

 このような考え方に基づき,我が国は先般,大量破壊兵器及びミサイルの不拡散に関する国際的な枠組みの整備・強化とともに,国際武器移転に関する国連への報告制度の確立等による透明性・公開性の増大や武器輸出国による自主規制に関する枠組みの整備・強化の検討を国際社会に呼び掛けました。本5月には,我が国の提唱により,京都で国連軍縮会議が開催されますが,経済大国であり,技術大国である我が国が,平和国家として,このような努力を継続していくことの意味は,決して小さいものではないと確信しています。また,同様の観点から,先般,私は,我が国の国会において,我が国政府開発援助の実施においても被援助国の軍事支出・武器輸出入等の動向に十分配慮していくとの考え方を明らかにいたしました。

 我が国は,今次危機に際し,主に,資金協力という形で貢献を行ってきました。しかし,今日,我が国に問いかけられている問題は,こうした局面において,財政面での協力のみで国際社会全体の平和と安定のために,十分な責任を果たせるのかということであります。我が国としては,今後,「平和のための協力」の一環として,特に,人的側面での貢献を行っていく決意であり,現在,湾岸危機後の貢献策として,主に人的な協力を念頭に置きつつ,環境回復活動への支援を実施してきている他,イラク,クウェイト国境地帯へのPKOへの政務官の派遣及びイラクの大量破壊兵器の破壊に関する国連の特別委員会への専門家の参加を鋭意準備しているところであります。特にペルシャ湾北部には機雷が未だ多数残存しており,同水域における船舶の安全航行の確保が緊急の課題となっています。このような状況を踏まえ,我が国は,船舶の安全航行の確保のため,また,湾岸地域の通商の正常化と復興に貢献するため,今般,掃海艇の派遣を決定しました。この掃海艇派遣は,我が国が,国際社会において軍事的役割を果たさんとするものではなく,また,日本の基本的防衛政策の変更を意味するものではありません。国際社会による平和に向けての共同努力の中で,我が国として何がなしうるかを真剣に考えた上での決定であり,今後とも,かかる「平和のための協力」の実施に向けての努力を通じ,我が国は,国際社会における自らの責務を積極的に果たしていきたいと考えています。

 御列席の皆様

 もとより,私は,我が国のとる政策如何で,時としてアジア諸国の一部に,我が国の軍事大国化につながるのではないかとの懸念が生ずることをよく承知しております。しかし,圧倒的大多数の日本国民は,平和を愛し,戦争を心から憎んでいることを皆様に申しあげたいと思います。また,今日我が国におけるシビリアン・コントロールは確固たるものがあります。

 戦後,我が国は,平和憲法の下,専守防衛に徹し,他国に脅威を与えるような軍事大国にはならないとの基本理念に立って,日米安保体制を堅持し,節度ある防衛力の整備を図ることにより自らの安全を確保してまいりました。我が国は,歴史の反省にたって,このような平和国家の理念を堅持して参ります。

 なお,アジア・太平洋地域の平和と繁栄の問題は,米国の役割を抜きにして語ることはできません。今回の湾岸危機は,米国が,世界の平和と秩序を維持するためのグローバルな能力と意思を持ち続けることが如何に重要であるかを示しました。我々は,アジア・太平洋地域においても米国の存在が重要であり,それが,軍事面のみならず政治面においても重要な安定要因であることを銘記しなければなりません。こうした観点から,私は,アジア・太平洋地域の平和と繁栄のため,米国が活力ある太平洋国家として引き続き積極的な役割を果たすことを強く望むものであります。また,我が国が米国との間に維持している日米安保体制は,アジア・太平洋地域の平和と安定の重要な枠組みを提供しており,これを基軸とした堅固な日米協力関係の維持発展は,今日ダイナミックに展開しつつあるアジア・太平洋地域社会で,これまで以上に重要な意味を帯びるに違いありません。

5. 日本・ASEAN間の成熟したパートナーシップ

 御列席の皆様

 私はアジア・太平洋地域の特徴について,第1に,域内の多くの国の関心事は経済発展であり,社会の安定であること,第2は,依然として朝鮮半島における南北対立,カンボディア問題,日ソ間の領土問題などの未解決の紛争や対立が存在していることについて述べ,我が国としては,こうした特徴を踏まえ,この地域の長期的な安定確保に向けて政治,経済両面において積極的な貢献を行っていきたいということを述べて参りました。

 アジア・太平洋地域のもう一つの特徴は多様性でありましょう。欧州ではEC統合の動きを中心に,政治的にも経済的にも統合に向けての大きな流れがあるのに対して,この地域では,むしろ,国家や地域の政治,社会,文化,経済発展段階等の相違を基礎に,経済的な相互依存関係が追求されています。

 なかでも,ASEANはこれまで,異なった体制,異なった宗教,異なった文化の諸国が協力するという壮大な試みに勇敢に取り組み,誇るべき成果を収めてきました。ASEAN諸国は,自由経済体制の下で,創意に溢れた企業家精神と勤勉な努力により,着実に国造りを進め,経済発展の一つのモデルを示しました。

 我が国は,かねてからASEAN諸国を重視し,あらゆる分野で協力関係の構築に努力してきました。それだけにASEANの発展は私たちの誇りでもあります。そして,国際情勢の変化に伴い,これまでより,はるかに大きな力を持つようになったASEANは,いまや,自らがより高い目標に向けて協力関係をさらに深化し,多角化する時期にきていると考えています。私は,ASEANと日本は,アジア・太平洋の平和と繁栄のために何をなしうるかを真剣に問い,それに向けて,共に考え,共に努力する成熟したパートナーになりつつあると思います。

 我が国とASEANは長年の対話を積み重ねた結果,経済分野,政治分野を問わず何事でも率直に意見を言い合える間柄になりました。私は,今後さらに,あらゆる問題について忌憚のない対話ができる関係を育てて行くとともに,更なる協力関係の発展に向けて格別の努力をしてまいります。

 日本とASEANとの成熟したパートナーシップを支える基盤は,日本とASEAN諸国との間におけるあらゆるレベルでの確固たる相互信頼でありましょう。「心と心の触れ合い」の重要性が指摘されてからすでに10年余,これまで日本とASEANの間には,国民レベルの相互理解と相互信頼を推進するために多くの交流計画が実施され,大きな成果を上げてきました。もとより,双方の国民間にまだ残存する誤解や偏見を,一朝一夕にして除去できるわけではありません。私は,国民間の接触の機会が格段に増大した現在,日本・ASEAN関係に携わる一人一人が,個人と個人の触れあい,そして人間としての誠意を軸とした関係を作っていくことが一層重要になっていると信じます。日本とASEAN諸国との間の信頼をもっともっとゆるぎないものとしていくこと,それが,今日ほど重要な時はありません。

6. 結び

 御列席の皆様

 協調と協力を基調とする国際社会の潮流は,アジア・太平洋全域にわたり勢いを強めています。我々は,その潮流をより確かなものとするよう,さらに努力を続けていかなければなりません。私達が目指すべきアジア・太平洋の世界は,多様性を基礎に政治・経済・文化のあらゆる面で相互に刺激し合う創造的な世界であります。それは,外に対して開かれ,全世界に活力を与えるダイナミックな世界であります。今こそ20年余にわたり培って来た日本・ASEAN協力の真価を発揮し,このような社会の実現を目指して共に前進しようではありませんか。そして,アジア・太平洋全域において平和と繁栄が満ち溢れ,人間らしい豊かな生活が可能となるよう共に全力を尽くそうではありませんか。このための協力を通じて,我々は新しい国際秩序のあるべき姿についての,一つの道を示すことができると信じます。

 ありがとうございました。

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(3) 国連軍縮京都会議における海部内閣総理大臣演説

(91年5月27日)

 御列席の皆様,

 本日,この国連軍縮京都会議の開催にあたり,日本政府を代表して御挨拶する機会を得ましたことは,私の大きな喜びとするところであります。国連主催の軍縮会議の本邦開催を提唱した者として,この会議の開催を心からお慶び申しあげるとともに,皆様のこの会議への参加を心より歓迎致します。

1. 国際環境の変化

 ここ1,2年の間に,世界は,重大な歴史的変動,その光と影を経験してきました。それは申すまでもなく,第1に欧州を中心とする東西関係の根本的な変化であり,第2に湾岸危機の勃発であります。

 即ち,欧州においては,東欧の政治の民主化と経済の自由化が進展し,ベルリンの壁の崩壊を経て,ドイツの統一が達成され,昨年のCSCEパリ憲章において東西対立に終止符が打たれました。軍備管理・軍縮面においても,NATO・ワルシャワ条約機構諸国間において,欧州通常戦力(CFE)条約の署名が行われ,また,米ソ間においては,戦略兵器削減条約(START)の妥結に向け様々な努力がなされております。

 他方,冷戦の発想を乗り越え,対立から協調を目指す国際関係の肯定的な変化に人々が大いなる希望を抱いていた矢先に,イラクはクウェイト侵略という暴挙に出,人々の希望を打ち砕きました。幸いにして,湾岸危機への対応に当たっては,国連等の場を中心に米ソの協調関係が基本的に維持され,また多国籍軍の献身的な努力とこれを支える我が国を含む国連加盟国の一致した協力によって,事態は最終的に収拾されつつあり,中東地域における新たな安定と平和の方途が模索されています。

 私は,これらの事件を通じて,人類が歴史の大きな転換点に差しかかり,国際関係は,もはや東西や南北といった観点からのみでは把握できないとの感を益々強く抱くようになりました。同時に,これら二つの事件は,来世紀を真に平和な時代とするために,今後,我々が解決していかなければならない課題をより明確な形で示したと言えるでしよう。その一つは,軍備管理・軍縮分野の課題であり,今一つは政治分野の課題であります。

 そこで私は,先ず,20世紀の最後の10年間に世界が如何なる課題を解決すべきかとの観点に立って,軍備管理・軍縮の問題について述べたいと思います。

2. 軍備管理・軍縮への影響

 国際環境の著しい変化は,軍備管理・軍縮のあり方にも多大な影響を与えています。特に,東西冷戦後の軍備管理・軍縮のあるべき姿は,イラクのクウェイト侵略によって一層明確な形で示されたと考えます。

 湾岸危機発生の原因については,様々な角度から説明の試みがなされていますが,何れにせよ,多くの要因が複合的に作用したものであることに疑いは無く,イラクの軍事大国化にのみ問題を集約することは困難でありましょう。また,侵略を決意するのは人間であり武器でないことも勿論であります。しかしながら,侵略という行為は一定の成算がなければ実行はなし得ず,一定の勝算をもたらすのは,基本的には,彼我の軍備レベルの差であると言えましょう。その意味で,湾岸地域における軍備のレベルの著しい不均衡は大きな不安定要因となったわけですが,これはまさにイラクの膨大な軍備の蓄積によりもたらされたものであります。イラクの戦車がクウェイトを制圧するのに2日を要しませんでした。また,国連安保理決議に基づき武力行使を行った多国籍軍は,一方でイラクによる化学兵器使用の恐怖,他方でイラクの核兵器保有の可能性にも懸念を抱きながら,行動しなければなりませんでした。このようにイラクが自衛に必要な範囲を超えて膨大な軍事力を保有することができたのは,兵器やその関連技術の国際的移転乃至拡散のためでした。したがって,私は,第2,第3のイラクを登場させないためにも湾岸危機後の軍縮の第1の課題として大量破壊兵器及びミサイルの拡散,通常兵器の国際移転の問題に国際社会が一致して取り組む必要があると考えます。湾岸危機は,とかく東西関係の文脈でのみ語られることの多かった軍縮に,東西関係の発想のみでは律し切れない重要な課題があることを改めて明確にしたと言えるでしょう。

 第2に指摘したいのは,このような潮流の変化にも拘らず,東西間の軍備管理・軍縮交渉の進捗の重要性は決して減じていないということであります。湾岸危機の発生から終結に至るまで,米ソの協調関係が基本的に維持されたことは注目すべきことであり,国際的な危機に際して,安定した東西関係の果す役割が広く認識されました。一連の軍備管理・軍縮交渉が,近年の米ソ間や東西欧州間の関係改善の言わば触媒の役割を果してきたことを想う時,湾岸危機後の世界にあっても,START交渉の早期妥結やCFE条約の誠実な実施を始めとする東西間の軍備管理・軍縮プロセスが歩みを止めてはならないことは,いくら強調してもし過ぎることはありません。

 第3に指摘したいのは,軍備管理・軍縮は,元来全世界が等しく取り組むべきグローバルな課題であり,一部の国々の問題ではないということであります。自衛に必要な範囲を越え過度な軍備の蓄積を行おうとする国の存在は,大量破壊兵器の拡散等の危険を増大させています。しかし,兵器の需要国の行動のみを非難すれば問題が解決するものでなく,兵器や関連技術の供給国の問題意識も問われなければなりません。このような意味で,湾岸危機は,私達の眼に,軍縮に関する「責任の連鎖」を今一度明らかにしたともいえましょう。

3. ポスト湾岸危機の軍備管理・軍縮の具体的内容

 私は,このような論点を念頭に置いて,湾岸危機後の軍備管理・軍縮政策を次の2分野に特に重点を置いて推進していく考えであります。

 第1は,核,化学・生物兵器といった大量破壊兵器及びミサイルの拡散防止の徹底であります。

 このうち,核兵器については,我が国は,唯一の被爆国として核の惨禍が2度と繰り返されるような事態があってはならないとの観点から,核兵器の究極的廃絶を目指し,その一環として,段階的に核実験を禁止することを提案し,その実現に向けさまざまな努力を行っておりますが,これとともに,核兵器国の数をこれ以上増やさないため,核不拡散条約(NPT)体制の強化が図られなければなりません。NPTの締結を果たしていない国がなお存することに加え,近年,NPT締約国の中にも,NPT上の当然の義務の履行を怠る国や核兵器開発に係る疑惑が囁かれる国があるなどNPT体制は必ずしも万全なものとは言えません。

 NPTの普遍化を図るとの観点から,私自身,各国の安全保障上の環境や核兵器観が多様であることに由来する反発や批判を覚悟の上で,NPT非締約国の首脳に対し,NPT締結を一再ならず訴えてきました。それは,NPTが,国際の平和と安全を維持する上で,不可欠な役割を果たしていることを確信しているからであります。我が国としては,NPTを締結し,原子力の平和利用に徹してきた経験に基づき,NPT非締約国に対する働きかけを粘り強く続けていく考えであります。

 NPTの遵守を確保するとの観点からは,国際原子力機関(IAEA)による保障措置制度の役割が重要であり,不拡散体制の核心を成す同制度がこれまであげて来た成果を高く評価するものであります。湾岸危機を契機に,この制度の一層の改善を図る必要性が広く認識されるようになっていますが,我が国としても,IAEAの保障措置の効果的,且つ効率的な実施を確保するための技術的,制度的な改善に取り組むべきであると考えます。このような観点から,我が国としては,保障措置の有効性を一層向上させるため,第1に特別査察の活用を図ることを検討すべきであると考えます。第2に,限られたIAEAの資源を最大限に活用するため,査察の頻度を再検討し,よりきめ細かな設定を行う等の柔軟な運用を図るべきであると考えます。かかる考えに立った具体的提案を,今後,IAEA等の場において提案したいと考えています。

 更に,NPTの締約国でありながら,NPTに規定されたIAEAとの間の保障措置協定の締結義務を誠実に履行していない国が存在することは,誠に遺憾なことといわざるを得ません。かかる明白な義務の不履行は,締約国間の相互信頼関係を阻害し,NPTの権威の失墜につながる問題であり,我が国としてその早急な是正を求めるものであります。

 1995年には,NPTの将来を決する重要な会議が開催されます。我が国としては,NPTの普遍化・機能強化を図った上で,95年の会議においては,NPTを来たるべき21世紀に引渡すことを決定すべきであると考えます。

 化学兵器の不拡散のためには,何よりも先ずその廃絶を目指した化学兵器包括禁止条約交渉の早期妥結が必要であります。この関連で,条約交渉に政治的モメンタムを与えることを目的として,ジュネーヴ軍縮会議の閣僚会議を開催すべきとのいくつかの国のイニシアティヴは,有意義なものであり,最近のエヴァンス豪外相の提案は傾聴に値するものであります。このようなイニシアティヴを現実のものとするためには,政治的決断により問題が解決される前提条件を創り出していくこと,即ち各国間の立場の隔たりの大きい重要な論点につき,事前に選択肢を一定限度に絞り込むまで交渉を煮詰めることが必要であります。先般ブッシュ米大統領が表明された米国の化学兵器に関する新しい立場は,化学兵器禁止条約交渉に転機をもたらし得るものであり,これを踏まえ,ジュネーヴ軍縮会議で真剣に妥協点を見出す努力を行わなければなりません。我が国としても,交渉中の重要な問題について,年内に突破口が見出されるよう努力を惜しまない所存であります。

 湾岸危機において,イラクによる化学兵器使用の現実の脅威が存在したことにより,国際社会は,化学兵器の禁止の必要性をより強く認識するようになりました。ジュネーヴの条約交渉者はかかる国際世論を汲み取り,使命感を新たに交渉促進に逼進すべきであります。化学兵器禁止条約の締結は,近年二国間や地域的な軍縮努力に比べ具体的な成果の乏しい多国間の軍縮として大きな成果となるものであり,また,多国間軍縮の進展を求めていた国々を一層勇気付けるものともなりましょう。化学兵器禁止条約の早期締結を国際社会の総意として実現すべきであると考えます。

 また,我が国は,化学兵器の原材料等の輸出規制のためのいわゆるオーストラリア・グループの活動に積極的に参加してきているところであります。化学兵器の不拡散に果たしてきた同グループの役割の重要性に鑑み,今後ともその活動の強化に貢献して参ります。

 ミサイルは,大量破壊兵器が有する攻撃能力を最大限に発揮させるものであり,大量破壊兵器と同様,その不拡散の必要性が強く認識されているものであります。イラクにより発射されたスカッド・ミサイルが近隣諸国に与えた恐怖は,我々の記憶に新しいところです。

 このような事態を踏まえ,本年3月,我が国は,いわゆるミサイル関連技術輸出規制(MTCR)の東京会合を主催しました。この会合において,ミサイル関連の機材・技術に関する輸出規制を更に強化していく重要性が再確認されるとともに,我が国のイニシアティヴに基づき,全世界の国に対しミサイル関連機材・技術等の輸出規制のガイドラインを採用するよう訴える共同アピールが採択されましたことは,時宜を得たものであったと考えます。我が国としては,ミサイル拡散防止のために積極的に努力していくとの見地から,引き続きミサイル技術保有国に対し,厳格な輸出管理を実施するよう働きがけていく考えであります。

 湾岸地域における正式停戦をもたらした国連安保理決議は,イラクの保有する大量破壊兵器,ミサイルの破壊及びそのための特別委員会の設置等を定めております。我が国は湾岸地域からこのような兵器の脅威を除去する国際的努力に貢献するとの観点から,この委員会に化学兵器の専門家を参加せしめているところであり,今後ともその活動に対する協力を惜しまない所存であります。私は,今後,大量破壊兵器及びミサイルの不拡散が徹底され,湾岸危機で国際社会が経験したこれら兵器の使用の脅威が二度と繰り返されず,また,このような委員会の設置が再び必要となることのないよう努力していく考えであります。

 湾岸危機の経験を踏まえて取り組むべき第2の課題は,通常兵器の国際移転問題であり,それに対する対応のあり方につき,今こそ真剣に議論を深める必要があります。

 通常兵器の移転の問題は,古くて新しい問題であり,その規制を巡り試行錯誤が繰り返されてきました。この問題については,国際社会において各国の意見の隔たりが大きいことを先ず率直に認めざるを得ません。意見の差異をもたらしている根本の理由は,主権国家が並存し,軍事力による抑止と均衡が安定の基礎となっている現在の世界において,自衛は国連憲章51条も認める主権国家の権利であり,その範囲内で必要な兵器の調達は容認される行為であるということであります。

 我が国としては,通常兵器の国際移転問題がかくも複雑な課題であることを念頭に置いた上で,この問題に対し,以下の方向で取り組んで参ります。

 第1に,通常兵器の輸出入に関する透明性・公開性の増大への貢献を取組みの第1歩にしたいと考えます。兵器輸出入に関するデータが必ずしも明確でないことは,国家間の不信を増幅させる一要因となるのみではありません。このようなデータの明確化は,諸国間の信頼の醸成に寄与するとともに,本件につき実りある討議を行う際の基礎になるものであります。この意味で,現在,通常兵器の国際移転の透明性の増大につき国連専門家グループが検討作業を行っておりますことは,極めて意義深いものと考えます。我が国は,この専門家グループの検討作業に,委員の派遣等を通じ,積極的に参画しておりますが,本年秋の国連総会に報告書が提出された暁には,その内容を踏まえ,兵器の移転に関する透明性・公開性の増大を目指す総会決議案の提案等の形で,我が国の考え方を訴えていく所存であります。具体的には,兵器輸出入に関するデータの国連への報告制度がその手段として検討されるべきであります。我が国としては,国連への報告制度の確立に向けての作業の具体化に協力するとともに,将来,兵器の輸出入データの処理等のために国連軍縮局のデータベース・システムの整備・拡充が必要となる場合には,応分の協力を検討する用意があります。

 第2に,通常兵器の輸出については,各国が自主規制の枠組みの整備・強化を検討することが肝要であると考えており,私自身,主要な武器輸出国の首脳に対し,この旨直接訴えてきました。特に,自衛に必要な範囲を超えて軍備を蓄積し,地域の軍事的なバランスを壊す国の出現を許すような兵器の供給は慎むべきであります。自主規制にとどまらず兵器輸出の国際的な規制を行うべきとの考え方も存することは承知しておりますが,先程述べた輸入国の自衛の問題に加えて,兵器輸出の規制が長期的に兵器生産能力の拡散につながりかねないとの懸念があることにも鑑み,各国による自主規制の強化の検討から始めることが現実的かつ妥当ではないでしょうか。重要なことは,他国が通常兵器輸出の自主規制を強化した機に乗じて自国の兵器輸出を拡大しようとする国の出現を防ぐため,出来るだけ多くの国に自制を求める,そのような地道な環境整備の努力であると考えます。

 以上述べてまいりました通常兵器の国際移転問題について,国際の平和と安定のために大きな責任を担う安保理常任理事国の果す役割は極めて重要です。また,武器輸出三原則に基づき,20数年来武器輸出に対し極めて厳格な立場で臨んできた我が国も喜んでその一翼を担う所存であります。

 兵器の輸入国,就中,開発途上国にとっては,自国の安全保障に必要な範囲を越えて過大な兵器の購入を続けることは,当該国の経済社会開発を阻害する重荷となるおそれがあります。もとより,経済開発の戦略は各国が独自に判断するものであり,原則として,他国が容喙すべきものではありません。しかしながら,湾岸情勢の一連の動きの中で,開発途上国の軍備のあり方,軍備管理・軍縮に関する国際的努力の一層の推進の必要性が内外において注目を集めるに至りました。このような事態を受け,我が国は,経済協力の実施に当たり,人道と相互依存を基本理念として堅持し,また,援助対象国の安全保障上の状況に配慮しながら,当該国の軍事支出の動向,大量破壊兵器等の開発・製造等の動向,武器輸出入の動向等に十分な注意を払うとの基本的考え方を,先般,私自ら明らかにしました。私は,我が国のこのような立場の表明が,国際的な軍縮努力に対する開発途上国の一層の積極的な参加の契機になることを期待するものであります。

 大量破壊兵器等の拡散や通常兵器の国際移転の問題を含む軍備管理・軍縮の数多くの課題に対する我が国の積極的姿勢を訴えることを目的として,6月6日,中山外務大臣をジュネーヴ軍縮会議に出席せしめることといたしました。この機会を通じ,我が国と各国との軍縮分野での協力関係が一層深まることを期待しております。

4. 軍縮に伴うコストへの対応

 軍備管理・軍縮問題への対応について,これまでは軍備の削減の是非,その検証のあり方等に各国の関心が集中しておりました。しかしながら,国際社会の軍備管理・軍縮に対する期待が従前にも増して深まりつつある現在,その実施を円滑に進めるため,軍縮に伴うコストへの対応についても幅広い検討が行われるべきでありましょう。

 私は,軍縮の推進に伴う様々なコストの内,特に環境面のコストにこれまで以上に敏感にならざるを得ないと感じております。核兵器や化学,生物兵器は廃棄の過程においても,有害物質を環境に漏洩させる危険を残すものであり,その管理が極めて困難であります。したがって,これら兵器の破壊には細心の注意が払われることが必要であります。

 なお,戦争と環境の破壊の問題については,これまでも様々な議論が行われてきました。今回の湾岸危機においては,ペルシャ湾への原油の流出や油井の炎上等環境と生態系に深刻な影響を及ぼす許しがたい暴挙がイラクにより行われました。これらの環境破壊については,その回復を図るため,地球社会の一員として,我が国も調査団及び流出原油回収のための専門家チームの派遣,オイルフェンス,油吸着剤,オイル・スキマー等防除資機材の提供,油回収船の供与,関係国際機関への支援等積極的に協力を行ってきております。

5. 包括的アプローチの必要性

 大量破壊兵器等の不拡散及び通常兵器の国際移転への対応をはじめとする軍備管理・軍縮が有効に実施され,その遵守を長期的に確保するためには,関係各地域に存在する国家間の相互不振の除去,政治問題の解決が同時に追求される必要があります。通常兵器の輸出入を通じるものを含め,軍事力の保持とそれによる対峙は,政治的対立や緊張が緩和,解決の方向に向かわない限り,根本的に低下しないことを忘れてはなりません。このような観点に立って,湾岸危機の舞台となった中東地域及び我が国の位置するアジア・太平洋地域における政治的な問題の解決の重要性につき述べてみたいと考えます。

 クウェイト開放後の中東地域にあって,地域の真の平和と安定を考える場合に避けて通れない問題は,パレスチナ問題を含む,中東和平プロセスの問題であります。この問題においても,私は,関係者の全てが地域の恒久的な平和の達成という共通の目標の下に,互いの不信感,意見の違いを乗り越えて,問題の解決のための具体的な成果を共同で生み出す真撃な努力を行うべきであると信じます。

 この問題に関し,米国のベーカー国務長官が域内当事国の間での「平和会議」開催の構想を打ち出し,関係国を精力的に回るなどその調整に努めてこられたところですが,我が国としても,国連安保理決議242,338に基づき,中東の公正,永続的,かつ包括的な和平が達成されるべきであるとの立場から,この米国の努力を積極的に支持するものであります。

 我が国は,和平達成のための方途について,これまでも関係当事者との間で政治対話を深めてきたところでありますが,今後ともこれらを通じ,我が国の立場がら,相互信頼を通じた平和達成について関係者の理解を求めて参ります。この度の中山外務大臣のエジプト,イスラエルへの訪問もかかる意図に出たものでありますが,現在の和平達成のための好機を逃さず,小異を捨て歩み寄るべきことを,私のメッセージとして,関係当事者に伝えさせる所存であります。

 アジア・太平洋地域においては,日ソ間の北方領土問題,朝鮮半島における南北対立,カンボディア問題などの未解決の紛争,対立が依然として存在しております。我が国としては,国際情勢の好ましい変化をこの地域にも及ぼし,対立と分断が永遠に除去されるような国際環境の構築を目指し,積極的な外交を展開しているところです。特に,この地域の複雑な地政学的要因や,軍事的対立状況を勘案すれば,軍備管理・軍縮を云々する以前の問題として,主要国間の関係の発展を妨げている政治的な相互不信を除去する外交的な努力が何にも増して不可欠な前提であります。そのためには,二国間乃至関係国間の相互信頼構築のための様々な努力の積み重ねが必要であり,これらが結実して初めて将来のアジア地域における安全保障環境にも好ましい影響がもたらされ,地域独自のプロセスの構築も可能となるでありましょう。

 先般のソ連のゴルバチョフ大統領の訪日の際も,アジア・太平洋地域において,相互信頼関係を強化し,同地域の平和と繁栄の問題を含む広範な対話と交流を強化していく必要があることを再度確認いたしたところであります。日ソ関係の抜本的な改善は,二国間関係にとって重要であるばかりでなく,アジア・太平洋地域の平和と繁栄の問題にとり長期的かつ広範な意味を持つでありましょう。

 更に,この地域における冷戦構造を乗り越えるためには,南北朝鮮の対話と交流による半島の分断の克服に向けての一層の努力が重要であり,我が国としても,南北対話の環境醸成のため,引き続き出来る限りの貢献を行って参ります。目下行われております日朝国交正常化交渉も,このような観点から,朝鮮半島の緊張緩和,平和及び安定に資する形で,韓国等関係諸国とも緊密に連絡をとりながら,進めていく考えであります。

 また,中国が各分野で改革・開放政策を推進し,安定的に発展していくことは,この地域の安定にとり極めて重要であり,我が国としても,中国のこのような方向を基本的に支持し,改革が後戻りすることのないようできる限りの協力を行っていく方針であります。

 更に,カンボディア問題についても,昨年の東京会議の開催をはじめ,包括的和平の早期達成のため,カンボディア各派の対話と和解を促すべく,あらゆる努力を行ってまいりました。また,和平達成の暁には「カンボディア復興に関する国際会議」を我が国において開催することを,先般私がASEAN諸国を歴訪した際,シンガポールにおける政策演説で提唱したところであります。このように,アジアにおける対立と紛争を克服するための地道な政治努力の積み重ねが結実した暁には,協力と協調の潮流をアジア・太平洋全域にわたり確かなものとすることが出来ると確信致します。

6. 結び

 言うまでもなく,軍備管理・軍縮は戦争と平和の問題,安全保障の問題の一側面を扱うものに過ぎません。私自身,この演説において,国家間の政治問題の解決など包括的なアプローチの必要性を指摘したところであります。しかし,武器は破壊や暴力の象徴であり,平和を望む人々が連綿として武器の削減,即ち軍縮を,平和を実現する手段として希求して来たことも自然なことでありましょう。冷戦と湾岸危機が終短、に向いつつある現在,軍縮に対する人々の期待は益々高まっています。世界の多くの国から軍備管理・軍縮に関する各界の叡智が集まった京都会議が,このような人々の期待を現実の政策に転換する方途を発見する機会になることを強く祈念して,私の演説を終えたいと思います。

 ありがとうございました。

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(4) ジュネーヴ軍縮会議における中山外務大臣演説

(91年6月6日)

議長,

 本日、この伝統ある軍縮会議に出席する機会を得ましたことは,私の大きな喜びとするところであります。

 私は,日本国政府を代表して,この機会に,先ず,議長閣下の卓越した識見と豊富な経験に基づく優れた指導の下,ここに御列席の皆様が,軍縮の実現という国際社会の重要かつ困難な課題に日々取り組んでおられることに,衷心より敬意を表したいと思います。

議長,

 私は,この軍縮会議に出席する時,7年前の同じ6月,私の尊敬する政治家であり外交の大先輩でもあった当時の安倍外務大臣が,この会議に日本の外務大臣として初めて出席し演説を行われたことを想起せざるを得ません。

 私がこのように申し上げる第1の理由は,先般惜しむらくも逝去された安倍元大臣と私とは,軍備管理・軍縮問題についての認識と信念において深く一致していたからであります。私は,1989年8月に現職に就任して以来,激変する世界情勢の渦中で日本国外交の舵取りをし,諸外国を歴訪し数多くの指導者との間で人類が歩むべき今後の道について話し合って参りました。その中で,私は,世界平和と軍備管理・軍縮への貢献を我が国外交の枢要な柱の一つとして推進するとともに,その重要性を益々深く実感しながら,是非とも一度この会議に出席する機会を持ち,皆様と意見を分かち合いたいと念願して来たのであります。

 その第2の理由は,1984年という過去と現在との2つの時点を対比する時,一方において,国際関係が今日までの7年間に,当時の誰もが想像もし得なかったほどの大きな変貌を遂げた事実が鮮明になるとともに,他方において,当時も今日も世界の諸国民にとり平和と軍縮の問題が焦眉の課題であるという共通の現実が確認できるからであります。そして,この両方の事実を踏まえれば,今後の軍備管理・軍縮の課題が明確になって来るからであります。

 国際関係について見ますと,当時は東西関係,米ソ関係の緊張を中心に厳しい状況にあり,これが軍備管理・軍縮面にも反映して挫折感と焦燥感,深刻な憂慮が歴然と存在しておりました。しかし,申しあげるまでもなく,その後80年代後半に入り,ゴルバチョフ大統領登場後のソ連の変化を一つの要因として生起し始めた東西関係の変化は,特に最近一,両年において劇的に加速化し,東欧の自由化・民主化,鉄のカーテンの象徴たるベルリンの壁の崩壊からドイツ統一,パリ憲章の採択へとつながり,正に歴史的な変革を遂げて来たのでありました。また,このような新たな国際情勢の中で発生した湾岸危機では,米ソ協調の下で国連を中心とする国際社会が侵略国に対して一致団結して対処し,その成功の事例が示され,国際政治における新たな時代の始まりを予感させることとなりました。

 勿論,歴史の変革期においては,従来の枠組みが崩れ,或いは新旧双方の力が複雑に作用し合い,不安定性,不確実性,不透明性が大きな要素を占めるという普遍的な真理は,残念ながら現在にも当てはまっております。軍備管理・軍縮分野においては,東西政治関係の変化の結実ともいうべき欧州通常戦力(CFE)条約が,署名後,今般の米ソ外相会談での打開までの半年間,幾つかの重要な問題をめぐって紛糾し批准が遅れてきたことは事実であり,また,米ソ戦略兵器削減交渉(START)も最終局面にさしかかりながら合意の見通しが定かでない状況であります。更に,湾岸危機は,従来ある程度の対応が行われながらもそれが不十分であった大量破壊兵器やミサイルの不拡散問題や,従来様々な角度から議論されながらも具体的対応が採られて来なかった通常兵器の国際移転問題への緊急かつ真剣な取組みの必要性を,世界の人々の前に明確に示す結果となりました。これに加えて,一地域での軍縮に関連して起こり得る他地域への兵器移転と,これが他地域の安全保障に与える影響の問題,或いは,化学兵器の廃棄がら生ずる環境の問題等,軍備管理・軍縮の実施に付随して生じる様々な問題も,解決すべき重要な課題として浮がび上がって来ております。

 かくして,現在は,まさに国際関係の大局的変化という過渡期にあり,これに伴って促進された軍備管理・軍縮面での成果を不可逆なものとし,これを一層推進するとともに,過去に積み残されてきた種々の課題を新たな光の下で解決するために,不断,不屈の努力を必要とする時期であるといえましょう。

議長,

 このような時期であるが故にこそ,この軍縮会議が果たすべき役割が従前にも増して重大であり,ここに寄せられている世界の期待が極めて高いことを改めて指摘したいと思います。

 確かに,当地においては,60年代から70年代にかけて実り多い成果を上げながらも,近年において作成され成立した軍縮条約が存在しないという事実を想起する必要は有りましょう。しかし,この間に,厳密かつ複雑な検証制度を伴う化学兵器禁止条約の策定という画期的な事業が,粘り強く取り組まれており,今や最終段階にさしかかりつつあることも事実であります。東西冷戦の影響による交渉の停滞も最早過去のものとなりつつある今日、新たな成果に向けて前進することが可能かつ不可欠な時期が到来したといえるでしょう。そして途上国も参加する多国間軍縮の成果は,近年達成された2国間軍縮や地域的軍縮の成果に勝るとも劣らぬものとなり,軍縮の在り方や進展度をめぐる先進国と途上国との間の認識のギャップを埋めるよすがともなりましょう。このような意味において,現在,正にこの会議の真価が問われる時期が訪れているといえるのであります。

議長,

 そこで,私は,先ず,軍縮会議の役割に深く関わる大量破壊兵器の問題について述べたいと思います。

 この時と場所を考える時,第一に取り上げるべきは,勿論,只今触れました化学兵器の問題でありましょう。

 ジュネーヴ議定書により化学兵器の使用が禁止されて以来60年以上,また当地において化学兵器の問題が取り上げられて以来20年以上の年月を経て,この非人道的な兵器の廃絶に関する交渉は,漸く最終的な局面にさしかかりつつあると言えます。このような時期に発生した湾岸危機において,イラクが投げかけた化学兵器使用の脅威は,この条約の早期締結に対する国際社会の願望をかつてないほど高めました。湾岸危機が与えたモメンタムが失われないうちに,長きに亘っているこの交渉を一刻も早く妥結に導くことが必要であり,今後とも皆様がそのために全力を挙げて取り組まれるよう期待するものであります。その意味で,先般,ブッシュ大統領が,この交渉に関する米国の新たな積極的立場を表明されたことは,化学兵器の全地球的な廃絶へ向けての勇気ある決断として,我が国としても大いに歓迎するものであります。

 また,条約交渉に政治的な弾みを与えることを目的として,軍縮会議の閣僚レベル会合を開催すべしとする幾つかの国の提案は,残された重要問題の解決に突破口を作り交渉の進展を図る上で,基本的に有意義なものと考えます。但し,このような閣僚レベル会合が所期の成果を上げるためには,政治的な解決を必要とする問題点が事前に絞り込まれ,政治的決断により一定の結論を見い出すための素地が整うことが重要であります。私は,各国の軍縮問題の第一人者である皆様が周到な準備作業を進められ,閣僚による作業が一致して求められるのであれば,喜んで会合に参加し,真剣な努力を行う所存であります。

 これに関連して,私は,皆様の努力がある程度進展した段階において,その過程を更に一歩押し進め,閣僚レベル会合の見通しを立てるために,本国からの代表者による高級事務レベル会合を,年内にも当地で開催することを提案したいと思います。

 勿論,如何なるレベルの会合が開催されるにせよ,いずれの国にとっても100パーセント満足の出来る条約を作成することは困難であり,非現実的と言わざるを得ません。この提案に際し,私は,各国が条約の究極目的を十分に認識し,最大限の妥協の精神を示すことが,交渉の早期妥結のために不可欠であることを改めて指摘したいと思います。

 この交渉の局面打開に向けた以上の如き新たな動きと呼応して,今後,交渉に参加している各国政府は,検証・査察制度の効果的,合理的な実施をはじめ,条約の円滑な国内的実施を確保するため,国民に対し条約への理解と協力を求めるとともに,そのための実証的検討作業を推進して行くことが重要と考えます。このような見地から,我が国としては,本年度の然るべき時期に,条約の規制対象となる化学物質を取り扱う国内の施設に対し,改めて試験的な査察を実施することを検討しており,これらによって得られる経験と知見を活用し,信頼性のある検証・査察制度の構築に寄与して参りたいと考えます。

 次に,この条約の普遍性の確保について一言付言したいと思います。その確保については,残念ながら万能薬的な措置はなく,各国が化学兵器を地上から廃絶するとの政治的なコミットメントに基づき,自発的に条約に加入する必要があります。その意味では,この条約への加入が自国の安全保障の増進に資するものであると,全ての国が納得できるような条約を作成することが重要であり,他方,それでも加入しない国については,外交的説得を続けるとともに,条約外に留まることのコストの大きさを認識させる他はないでありましょう。我々は,そのような条約の策定に向けて広く叡智を結集して行かねばなりません。

 以上述べて参りましたとおり,我が国は,この条約の早期締結を希求しており,既に国連総会第1委員会において条約の原署名国となる旨を表明しました。私は,未だこのような意図を表明していない交渉参加国が同様の宣言を行うことを期待すると同時に,条約交渉の基礎を堅固ならしめ,化学兵器廃絶への信頼を醸成するため,全ての化学兵器保有国が早急にその保有につき宣言することを期待したいと思います。

 なお,以上との関連で,我が国を含む各国の専門家からなる国連特別委員会が進めるイラクの化学・生物兵器の廃棄は,画期的な事業であり,化学兵器禁止条約の下で行われることとなる将来の化学兵器の廃棄にとって貴重な経験となると期待されます。これは,環境に与える悪影響の防止を含め,技術面,或いは資金面で克服すべき課題の多い困難な事業でありますが,我が国としてもその遂行のために応分の協力を惜しまない考えであります。

議長,

 次に私は,湾岸危機を通じその拡散の危険性が改めて強く認識された核兵器の問題についても触れないわけには参りません。これは,我が国が,唯一の被爆国として,核兵器の不拡散や究極的廃絶を極めて重視しているからでもあります。

 核兵器については,多数国間軍縮の最大の成果の一つである核不拡散条約(NPT)体制の強化,特に未締約国の締結促進と締約国による条約義務遵守の徹底が,益々緊要となって来ております。第1の点については,我が国も従来から,核兵器国,非核兵器国を問わず,未締約国に対し種々の機会をとらえ強く訴えて来たところであります。これに関連して,今週始め,フランスがNPTの署名を原則的に決定した旨発表したことを歓迎し高く評価するとともに,これが他の未締約国によるNPTの早期締結に繋がることを強く期待するものであります。第2の点については,我が国は,湾岸危機の教訓を踏まえ,その一つの方途として,国際原子力機関(IAEA)の保障措置制度の整備・強化が重要との観点から,その有効性を向上させるための具体案を,今後IAEA等の場において提案したいと考えております。また,NPT締約国でありながら,IAEA保障措置協定を未締結の国に対しては,その締結を強く働きかけております。更に,両方の点に関連して,我が国は,4月上旬,核兵器をはじめとする大量破壊兵器及びミサイルの不拡散努力を強化するとの立場から,政府開発援助の実施にあたっては,被援助国におけるこれら兵器の開発,製造等の動向に留意することを決定し,その旨を発表致しました。

 また,我が国は,既に140カ国を越える多数の国が参加し,世界の平和と安定に寄与してきたNPT体制の重要性に鑑み,その1995年以降の長期延長を強く支持するものであります。同時に,この条約について指摘される核兵器国と非核兵器国の間の「差別」の問題については,東西対立の緩和にもかかわらず,世界の平和と安定が依然として核を含む軍事力による抑止と均衡に依拠しているとの冷厳な現実に鑑み,核兵器国がなお一層真撃な核軍縮を推進することにより,徐々に解消されていく必要があると考えます。

 次に,核軍縮の一側面としての包括的核実験禁止問題については,その実現とNPT延長とをリンクさせる主張が昨年の第4回NPT再検討会議等の場においてなされましたが,考慮されるべきは,包括的核実験禁止問題のみに限らず,核軍縮全体の進捗状況でありましょう。この関連で,私は,INF条約の完全履行を高く評価するとともに,STARTの早期妥結とその後の新たな米ソ核軍縮交渉への継続発展を強く希望するものであります。米ソ核実験制限交渉の次の段階への前進もこれに劣らず重要であり,また,米ソ、以外の3核兵器国も核軍縮に真撃に取り組むことを期待したいと思います。また,包括的核実験禁止に向けての方途としては,1984年に安倍大臣がこの場で提案したステップ・バイ・ステップ方式が最も現実的な選択であり,これを核軍縮全体の進展の中で進めていくことが我が国の一貫した主張であります。

 この関連で,我が国を含む関係国の努力が効を奏し,この会議において7年振りに設置されたアド・ホック委員会で,昨年7月から核実験禁止に関する実質審議が再開されたことを高く評価したいと思います。昨年,我が国の堂ノ脇大使がこの委員会の議長を務めたのに引き続き,本年もインドのチャダ大使を議長として掘り下げた活発な討議が続けられているとのことでありますが,核兵器国と非核兵器国とのこのような対話を通じて共通の認識が深められ,包括的核実験禁止という最終目標に近づくために何が実行可能であるがにつき具体的に審議されることを期待したいと思います。

 なお,核実験禁止の地震学的検証制度の確立のためにこの会議の下に設置された地震専門家会合には,我が国も地震観測,及び地震関連技術を誇る有数の国のーつとして,長年積極的に参画し応分の貢献を行ってきております。私は,その作業を高く評価し,核実験の国際的探知網の設置に向けて,本年重要な段階を迎える世界地震データ交換システムの第2次大規模実験の成功に期待するとともに,この会合が取り組むべき今後の新たな課題についても十分な考慮が払われるべき旨指摘したいと思います。

議長,

 先週,我が国の古都京都において,「冷戦及び湾岸戦争後の国際システムと多国間軍縮への挑戦」との主題の下に国連軍縮会議が開催され,閣僚やここに御列席の一部の大使をはじめ,内外の多数の方々を集めて活発な討議が行われました。海部総理が,このような会議の日本開催を提唱し自ら出席して演説したのは,湾岸危機を通じて只今述べたような大量破壊兵器の不拡散問題,更には通常兵器の国際移転問題の重要性が改めて認識されたからであります。言い換えれば,東西対立が緩和され,かってのように地域紛争が直ちに東西対立に結びつかなくなるに従い,地域紛争の多発化の危険性が逆に高まってきているともいえる状況の下で,兵器の拡散,移転問題への対処が紛争予防上極めて重要であると再確認されたからでありました。私は,京都会議が,この軍縮会議或いは国連等の場において,軍備管理・軍縮を審議する上での大きな刺激剤となったものと確信しております。

議長,

 そこで,私は,京都会議でも重要なテーマとなった通常兵器の国際移転問題に触れたいと思います。

 我が国は,今年3月,「中東の諸問題に関する当面の施策」を発表し,その中で,通常兵器の移転問題に関し,第1に透明性・公開性の増大に向けて,国連への報告制度の確立等,国連を中心とする基準・ルール作りに貢献すること,第2に通常兵器の輸出国が自国の自主規制の枠組みの整備・強化を検討するよう呼び掛けることを明らかに致しました。前者は,通常兵器の移転の状況についての透明性・公開性を高めることにより,自衛に必要な範囲を越えて危険な兵器集中が行われつつある場合に,国際社会に早期に警鐘を鳴らすような仕組みが必要であるとの認識に基づくものであり,地域紛争防止のための情報面での措置であり,信頼醸成措置或いは広義の軍備管理の問題であるといえましょう。また,後者は,ある地域における軍事バランスを壊し紛争を誘発する一因となるような通常兵器の過度の集中を,主として通常兵器供給サイドの自制により防止することが必要であるとの認識に基づくものであり,地域紛争防止のための実態面での措置として,軍備管理の問題であるといえましょう。

 通常兵器移転の透明性の増大に関しては,御承知のとおり1988年コロンビア等が提案して国連総会で採択された決議に従い,専門家グループが設置され検討が進められております。我が国の専門家もこれに参画しており,検討作業の結果が今秋の国連総会に提出される予定であります。我が国としては,先に言及しました「当面の施策」の中で示し,また,京都会議において海部総理が明言したとおり,透明性の増大については,この専門家グループの検討結果をも踏まえつつ,通常兵器の移転に関する国連への報告制度の確立等,国連でのルール作りに貢献すべく,今秋の総会への関連決議案の提出を行う考えであります。この関連で,先般ニューヨークで開かれた国連軍縮委員会でもこの問題が議論され,英国が国連における兵器移転のデータの登録制度の確立について有益な提案を行ったと承知しており,同じ考えを持つ国々が集まってこのような決議を共同提案することが有意義でありましょう。また,将来,兵器移転データの処理等のために国連軍縮局のデータベース・システムの整備・強化が必要となる場合には,応分の協力を検討する用意が有ります。

 また,通常兵器の輸出問題については,私自身,機会を捉え主要な輸出国の外相等に対し自主規制の問題を提起して参りました。大量破壊兵器に比べて国際社会における見解の乖離が大きい通常兵器の移転問題については,輸出国側による自主規制の強化の検討から始めることが最も現実的であると考えるからであります。

 この関連で,先週ブッシュ大統領が,中東地域への武器移転の規制につき,5主要武器供給国間の共通ガイドラインと協議システムの確立に向けて,新たなイニシアティヴを発表されたことは,この困難な問題への勇敢な挑戦として,極めて高く評価したいと思います。5カ国によるその早急な具体化を期待するとともに,今後これが,その他の主要な武器輸出国の参加を得て,対象地域もグローバル化する方向で強化されることが重要と考えます。武器輸出3原則に基づき極めて厳格に対応してきた我が国としても,今後ともこのような目標に向けての国際的努力に対し貢献を惜しまない所存であります。

 通常兵器の移転問題について,最後に指摘しておきたいことは,地域における政治的対立,紛争の解決の重要性であります。改めて指摘するまでもなく,戦後はじめての通常戦力軍縮といえる欧州通常戦力(CFE)条約の成立を可能としたのは,東西間の政治的対立構造の抜本的変化でありました。諸国家は政治的対立の反映として軍事力を保持し対抗し合っているわけであり,CFE条約は,より根底にある政治的対立が解消される度合いに応じて軍事的対立のレベルの低下が可能であることを実証的に示したのであります。即ち,通常兵器の移転問題を含め,地域における軍備管理・軍縮を本質的に促進するためには,何よりも政治的対立の解消が不可欠ということであります。その解消により,通常兵器輸入国におけるその輸入促進要因が大幅に低下するのであります。確かに,現在の国際社会においては,通常兵器の移転問題は,各国の自衛と密接に関連していること,或いは通常兵器自体が既に相当に拡散しており,また,その生産能力の拡散傾向も見られること等の関連で,極めて難しい問題であり,これへの対応において一定の限界があることは認めざるを得ません。それ故にこそ,私は,医学の徒としての経験にも照らし,このような状況に対しては,対症療法と根治療法の双方を併用すること,即ち,通常兵器移転の透明性の増大や輸出の自主規制といった対症療法と,政治的対立の解消のための外交努力といった,所謂「体質改善」のための根治療法の双方を推進していくことが必須であると考える次第です。我が国は,各国と共に,今後ともこのような両面の努力を継続していく所存であります。

議長,

 以上,私は,最近の世界情勢の変化を踏まえ,軍備管理・軍縮分野において緊急の対応を要する諸問題につき,我が国の立場を述べて参りました。現在,世界は東西冷戦後の新しい国際秩序の模索という重要な時期にさしかかっております。人類の悠久の願望であった自由かつ創造的で繁栄に満ちた社会を保障する,平和で安定した国際秩序を如何にして構築していくかは,2度の世界大戦を経験した20世紀の我々全てが直面する重大な課題であり試練であると言えましょう。現在,我々は,未だ光と影の交差する変革期にあるわけですが,ある意味で,このような国際秩序に向けての着実な鼓動を聞き始めていると言えるのではないでしょうか。眼前の21世紀が人類にとり新たな千年期,或いは二千年期の第1章であることに思いを致す時,私は,後世の多数の子孫の前に負っている責任の重大さに戦慄を覚えざるをえないのであります。我々は,今日この場において改めてこのような歴史的視野と責任感を確認しつつ,来世紀までの残る10年間という再び訪れることのない貴重な時期に,我々に課された軍備管理・軍縮の崇高な課題の達成に向けて,不断,不屈の努力を続ける必要があるのではないでしょうか。私は,今後とも皆様と共同してこのような努力を続けて参る所存であります。

 御静聴,ありがとうございました。

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(5) ASEAN拡大外相会議・全体会議における中山外務大臣ステートメント

(91年7月22日)

1. はじめに

 アブドラ外務大臣閣下,

 御列席の皆様

 昨年に続き,本会議に出席できたことを心より喜んでおります。本会議を主催されたマレイシア政府及びお招き頂いたASEANの同僚に対し,深甚なる謝意を表したいと思います。

 ASEAN拡大外相会議は,78年の発足以来,その重要性をますます高めてきております。当初はASEANの経済発展を通じて,地域全体の強靭性を高めることが協議の中心課題でありましたが,近年は,より幅の広い問題,特に政治問題についての議論がこの場で活発に行われるようになってきております。このことは10年以上に及ぶ対話の積み重ねによって,ASEAN拡大外相会議参加国の間の対話がより成熟したものとなったこと,更には,参加各国が,時代の変化,国際情勢の変化に主体的に対応していこうとの意欲を有していることを反映したものと言えましょう。

 そうしたことを背景にして,本会議は,アジア・太平洋地域の安定と発展に関する最も重要な対話の場としての意義をもつに至ったと考えております。今回,韓国が新たにこの会議に参加することとなったことも,その意味で誠に時宜にかなったものであり,歓迎したいと思います。

 本日は,このような状況を踏まえて,アジア・太平洋地域の平和と安定に係る問題についての認識を中心に,私の考え方を述べたいと思います。

2. アジア・太平洋地域における平和と安定

 議長及び御出席の皆様

 アジア・太平洋地域の平和と安定を考えるに当たり,政治・経済・軍事のすべての面を総合して考えることが重要であることは言うまでもありません。しかし,何といっても,この地域の多くの国の安定のために最も重要な課題は経済発展であります。開発途上段階にある国の多いこの地域では,経済開発を進めることが,域内諸国の政治的・社会的強靭性を高め,地域の安定を高める上で,不可欠の重要性をもっております。この地域の問題の多くは,その根底に民生の不安定を孕んでおり,したがって,経済発展を通じて,民生の安定と向上を図ることが,対立・紛争の回避,緊張の緩和に資する所以であります。

 喜ぶべきことに,この地域では,昨今,域内各国の経済面の躍進が特に顕著であります。そして,ASEAN諸国は,それぞれの経済発展を通じて国内の政治的な安定性を高めつつ,お互いの協力を通じて,東南アジア,更には,アジア・太平洋地域の重要な安定要因となりつつあります。これに加えて,APECの活動もこの地域の一層の安定と発展に寄与することが期待されます。我が国としては,このような認識に立って,今後ともアジア諸国との間の経済面を中心とする協力の拡大に最大限の努力を行ってまいる方針であります。

 他方,東西間の冷戦は終わり,欧州を中心に緊張緩和が進展しつつあるとはいうものの,安全保障面の問題を無視することはできません。湾岸危機はこのことを端的に示しております。更に,先進国サミットでも指摘されたことでありますが,ソ連の新思考外交も,アジア・太平洋地域ではまだヨーロッパにおけるほどに顕著には発揮されておりません。

 この関連で,まず,強調しなくてはならないことは,米国の存在がこの地域にとって不可欠の安定要因となっているということであります。その重要性は,今日のような国際政治の変化のときにあって益々高まっていると考えます。その意味において,我が国はこの度米比間の基地交渉について円満な妥結が得られたことを歓迎するものであります。私は日本,韓国,フィリピンに駐留する米軍の存在は,今後ともそれぞれの国の安全保障のためのみならず,アジア・太平洋地域全体の平和と安定に資するものと確信しております。

 日本は,日米安全保障条約の下で,米軍に140か所を上廻る施設・区域を提供し,また,在日米軍の駐留を支援するために,毎年30億ドルを上廻る経費負担を行っております。しかも,この経費負担は,1995年までには,米軍人,軍属の給与を除く在日米軍経費の約7割を負担するまでになることとなっております。

 ソ連のこの地域における軍事的プレゼンスについては,モンゴル,カムラン湾や中ソ国境からの一定の兵力削減等の望ましい動きがある一方で,極東地域では,依然軍事力の質的向上が続いております。日本としては,ソ連が欧州において東西関係の劇的な変化をもたらした新思考外交をアジア・太平洋地域にも適用し,この地域の一層の安定と繁栄のために貢献することを心から願っております。

 この関連で,私は,戦後のソ連の拡張主義の残滓である北方領土問題を解決することが,ソ連の新思考外交がグローバルに適用されるに至ったか否かを判断する試金石と考えております。その意味で,日本政府としても,4月の日ソ首脳会談において,北方領土問題を解決して,平和条約を締結するための作業を加速化することと,多面的な日ソ関係を拡充するということについて合意が成立したことを喜んでおり,今後ソ連側の理解と協力を求めつつ,日ソ関係の飛躍的発展の為に努力する方針であります。

 中国が,この地域の安定と安全保障にとって,極めて重要な存在であることは言うまでもありません。近年,中国は改革・開放政策を掲げていますが,その進展は中国の安定のみならず,この地域の安定にもつながると考えます。日本は,かかる観点から,この改革・開放政策の進展を支援するために,できる限りの協力を行ってきているところであります。

 また,御承知のとおり,先般の湾岸危機は,大量破壊兵器の不拡散問題や通常兵器の国際移転の規制の問題の重要性を改めて認識させることになり,今回の先進国サミットにおいても,この問題が政治面の重要課題の一つとなった次第であります。その関連で,中国が,5主要武器供給国パリ会合に参加したことは,歓迎すべきことであり,この分野における中国の一層の努力を慫慂したいと思います。

議長及び御列席の皆様

 この地域の平和と安定を確保していくためには,カンボディア問題や朝鮮半島問題といった地域的な紛争や対立を解決していくことも求められております。

 カンボディア問題に関しては,12年に及ぶ長い対立の歴史を経て,ようやくカンボディア人当事者間で問題解決へ向け,現実的な対話を進めようとの気運が生まれつつあることを心から歓迎したいと思います。パタヤに始まる最近の重要な進展は,シハヌーク殿下がカンボディアの指導者として積極的にイニシアティヴを発揮し,これにカンボディア各派が互譲の精神で柔軟に応じたことの賜物であります。私は,この最終局面において,全ての関係国が,新たに最高国民評議会の議長に就任したシハヌーク殿下を一層強力に支援していくことが包括解決実現に向け極めて重要であると考えます。また,我が国は,この問題についてのASEANの立場を強く支持するものであります。

 一方で,私は,昨年には新体制下のラオスを,また本年6月にはヴィエトナムを日本の外務大臣として初めて公式に訪問致しましたが,両国が各々経済開放化推進に向けて努力を重ねていることを好感をもって受けとめました。先般,海部総理が,シンガポールでの政策演説でも強調したように,日本としては,ASEANとインドシナ諸国との間の相互交流の強化を通じ,インドシナ諸国をアジア・太平洋におけるダイナミックな経済発展の中に組み入れていく機が熟し始めていると考えております。そのためにも,カンボディアが国連の適切な関与を得て,一刻も早く平和と安定を取り戻すことが先決であり,私としてもその実現に向け,パリ会議共同議長として,卓越した政治手腕を発揮されたアラタス外相はじめ関係各位とも緊密な協力の上,あらゆる努力を惜しまぬ所存であります。

 朝鮮半島において一層の緊張緩和を進めることも,アジア・太平洋地域の安定のために不可欠の重要性をもっております。その見地から,南北両朝鮮の国連加盟が実現する見通しとなり,また,南北首相会談が再開の見通しとなったことは誠に喜ばしいことであります。日本としては,南北対話の進展,ひいては南北の平和的統一に向けた動きを支援するとともに,関係諸国とも密接に協力しつつ,朝鮮半島の緊張緩和のために,できるかぎりの努力を行っていく方針であります。

 北朝鮮の核兵器開発に関する疑念については,それが,我が国にとっての安全保障上の問題であるのみならず,アジア・太平洋地域全体,ひいては,世界の安全保障に関わる問題であると認識しております。北朝鮮が核不拡散条約(NPT)上の義務である国際原子力機関(IAEA)との保障措置協定の締結・履行を早期に行うよう求めてきましたが,最近,北朝鮮がIAEAとの間で同協定の案文に合意したことは,一歩前進であると評価しております。私としては,北朝鮮が更に,このIAEAとの保障措置協定の締結及びその完全な履行を行うよう,我々が一致して働きかけていくことが必要であると考えます。また,この度,日朝国交正常化交渉第4回会談が8月下旬に北京で開催されることとなりましたが,日本としては,引き続き,朝鮮半島の平和と安定に資するような形で,誠意をもって交渉を進めていく所存であります。

議長及び御列席の皆様

 以上,アジア・太平洋地域の平和と安定にかかる重要な問題についての認識を述べましたが,我が国は,こうした状況を踏まえて,日米安保体制を堅持するとともに,専守防衛に徹し,軍事大国にならないとの基本方針のもとで,必要最小限の防衛力を漸進的に整理してまいりました。近年,日本の防衛費の数字の上での大きさが一部の国の懸念を招いているようでありますが,日本は,例えば,攻撃型空母や長距離戦略爆撃機を保有しないこととするなど実際の兵力編成や兵器体系の整備に当たっても,専守防衛に徹する姿勢を貫いていることに注目願いたいと思います。シーレーン防衛も1,000海里までとしていることは御承知のとおりであります。また,今日我が国におけるシビリアン・コントロールは確固たるものがあります。そして,こうした日本の安全保障政策は,今後とも変わりません。

 他方,近年には,我が国の国際的地位の高まりもあり,我が国がその地位と国力に相応しい責任と役割を,財政支援の面においてのみならず,人的な参加の面においても,より積極的に果たすことが国の内外から求められております。湾岸危機後に我が国が,平時における国際的な役割の一環として,掃海艇をペルシャ湾に派遣することとしたのもそのためであります。また,我が国は湾岸危機後の国際協力のために,ペルシャ湾の流出原油の回収,海水淡水化施設の保全,大気汚染対策等の目的のために,国際緊急援助隊を含む5チーム延べ57人の専門家を現地に派遣いたしました。現在は,大気及び海洋汚染予測に関わる専門家を派遣中であります。また,クルド難民の救援についても,イランとトルコに合計6チームの医者と看護婦からなる国際緊急援助隊を派遣いたしました。我が国は,現在国連のPKOに協力するための法制面の整備を行おうとしておりますが,これもまた,国際社会における責任分担に応えるための国内的な準備を整えるためであります。

 日本は,従来より総合的安全保障という考え方に立って,日米安保体制の円滑な運用の確保,自衛力の整備と外交努力の3つの分野における努力によって,国の安全保障を確保することとしてまいりました。そして,日本周辺の地域的安定を確保するために,米軍の存在を確保するための対米支援と域内諸国の安定と発展を促進するための経済協力を重視してきたわけであります。

 その間,地域的安定を確保するための外交努力の分野において,政治的な役割をより積極的に果たすことが,もう一つの大きな柱として,近年その重要性を高めてきたことは,御承知のとおりであります。カンボディア問題についての東京会議の開催をはじめとする一連の外交努力は,その端的な例であります。

 他方で,アジア・太平洋地域における日本の政治的役割が拡大するにつれて,それが何処まで拡大するのかとか,日本の果たす役割が軍事的分野にまで広がっていくのかといった不安や懸念がこの地域の国々の間に生まれ始めていることも事実であります。それだけに,そうした日本の外交政策の方向や目的についてのアジア諸国の不安や懸念の表明に耳を傾け,それに対して,日本の考えを率直に説明する機会を常に持っていることが,日本にとっても,アジア諸国にとってもますます重要になってきたと私は認識致しております。我が国が,この「お互いに安心感を高めることを目的とする政治対話」とでも呼ぶべきプロセスに進んで参加していくことが,日本が,今後,アジア・太平洋地域において,政治的な役割を果たしていくために不可欠な外交活動であると私は考えております。

議長及び御列席の皆様

 我が国は,かねがね,アジア・太平洋地域の地政学的条件と戦略環境は,欧州と大きく異なっており,したがって,アジア・太平洋地域の安定のためにCSCEのようなヨーロッパで発展してきたプロセスや仕組みを適用することは不適当であると主張してきました。

 これからのアジア・太平洋地域に必要なことは,何よりもまず,現在存在している様々な国際協力の仕組みや対話の場を総合的かつ重層的に活用して,この地域の長期的な安定を確保していくことだと考えます。

 そのような既存の仕組みや場として,先ず第1に,この地域の安定にとって最も重要な経済協力の分野については,ASEAN,ASEAN拡大外相会議,APEC,PECC等の場があります。

 また第2に,紛争や対立を解決するための外交努力の分野においても,カンボディアについては,その包括的解決に向けた関係国の取組み,また,朝鮮半島については,南北対話を中心とする国際協力の枠組みが次第に出来上がりつつあります。

 そして第3に,安全保障の分野では,この地域に存在する日米安全保障体制をはじめとする様々な取極や協力関係が,今日のような変化の時における安定要因になっていると考えます。

 これらの経済協力,外交,安全保障の3つの分野における協力の仕組みや枠組みに加えなければならないことがあるとすれば,それはまずこの地域の友好国が,お互いの共通の関心事項について,率直な意見交換を行う政治対話の場であると考えます。先に触れました日本の外交政策の将来の方向についての不安や懸念の問題はこうした政治対話の対象とすることも有意義だと私は考えます。

 一昨日のASEAN外相会議の共同コミュニケは,ASEAN拡大外相会議を地域の平和と安全保障の問題を議論するに適当な枠組みの一つとして挙げていますが,私も全く同様の考えであります。この場で行われる友好国がお互いの安心感を高めるための対話は,相互の協力関係の政治的基盤を強めるためのものであります。その意味において,こうした政治対話は,軍事的な緊張を緩和するために行う信頼醸成措置とはおのずから性格を異にするものであると考えます。

 かかる認識の下で,私は,このASEAN拡大外相会議をお互いに安心感を高めるための政治対話の場として活用することは有意義かつ時宜を得たものと思います。そして,そのような政治対話をより効果的にするために,例えば,この会議の下に,高級事務レベル協議の場を設置し,そこでの検討の結果を本会議にフィードバックさせるのも一案かと考えています。参加各国の皆様にご検討頂ければ幸甚です。

3. 結語

 以上,アジア・太平洋地域の平和と安定の問題を中心に,私の考え方を述べました。最後に,ASEAN諸国とそのパートナーが種々の協議の場,特にこの会議の場を通じて,共通の政策目標の達成のために一層の協調を行なうことの重要性を強調して,私の発言を終わります。

ありがとうございました。

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