第5節 中南米

 

第1項 地 域 情 勢

1. 政治情勢

 最近の中南米の政治情勢を語る上で、最も重要な点は、その民主化の進展が顕著なことである。80年代以降、中南米においては、多くの国々で大統領選挙、総選挙が実施され、複数政党による選挙制度も定着した。現在、中南米地域33か国の中では、ほとんどの国が民主政権を擁している(ハイティは文民暫定政権で、近々選挙実施予定)。

 米州における民主主義強化のため、89年10月にコスタ・リカにおいて米州首脳会議が22年ぶりに開催され、米国、カナダを含む16か国の米州諸国首脳が参加した。

 民主化の進展に伴い、人権面でも改善が見られる。また、市場経済に対する認識も深まりを見せており、各国において、国営企業の民営化、貿易の自由化等、市場経済原理に基づく改革が進められている。他方、依然として深刻な累積債務問題を始めとする経済困難、それに起因する社会不安、さらに一部の国においては治安の悪化や麻薬問題といった社会問題が存在し、民主化の定着に対する脅威となっている。

 中南米諸国の外交は、従来同様に米国との良好な関係を維持する努力を行う一方で、欧州諸国との対話を重視しつつ、さらに近年、わが国を含むアジア・太平洋地域へも一層の関心を寄せるようになり、外交の多角化を指向している。この背景には、92年のEC統合及び最近の東欧における変化による欧州の影響力の増大、アジア・太平洋地域諸国の顕著な経済発展と比重の高まりがあると思われる。さらに、ソ連、東欧諸国との関係を強化しようとする努力が行われていることも、新しい傾向として注目される。

 他方、米国は90年6月にブッシュ大統領が貿易の拡大、投資の促進及び債務の削減を内容とする「中南米支援構想」を発表し、新たな関係の構築を示唆している。特に、貿易分野で米国は既にメキシコと自由貿易協定についての話合いを開始しているが、この構想では西半球全域にわたる包括的自由貿易地域の創設を長期的目標に掲げている。

 域内では、パナマ問題、中米紛争等の政治問題に関し、米州機構(OAS)、リオ・グループ(注)等の域内グループの精力的な活動が続けられている。また経済面においても種々の域内協力機関を通じ、あるいは関係諸国間において、地域協力や統合のための努力が払われている。

1988年以降実施された大統領選挙総選挙

 

2. 経済問題

 中南米諸国の累積債務は、中南米全体の輸出額の約3年分、GNPの約5割にあたり、88年末には4,275億ドルに達した。

 このような状況の中で、債務国側ではインフレの抑制、財政赤字削減、輸出促進といった構造調整を図る一方、債権国側においては、89年3月に債務削減、利払い軽減を中心とする「新債務戦略」が提案され、メキシコ、コスタ・リカ、ヴェネズエラで成果を見せている。

 89年の中南米経済は、国内総生産の伸びが88年の0.7%に対し1.1%と若干上回ったものの、インフレ率は88年の760%から1,000%へと前例のない高率となった。対外面では、貿易収支黒字額は、88年の250億ドルから、280億ドルに増加したものの、先進国での金利上昇により、対外債務の利払いは約40億ドル増加し380億ドル()となった。

 

中南米主要債務国の債務状況(88年末現在)

(出所)世銀「World Debt Tables 1989-90」

3. 社会問題

 現在、米国で不法に消費されるコカイン、マリファナ、ヘロイン等の麻薬の大部分が、コロンビア、ペルー、ボリヴィア、メキシコ等で精製、生産されている。中南米地域の麻薬生産は農村・山岳地帯の貧困、所得格差が一因と言われ、また、麻薬がらみの犯罪、テロリズム、地下経済の発達等が、中南米地域全体の政治的安定と健全な経済・社会発展に対する阻害要因となっている。

 89年9月、米国のブッシュ大統領は、国際協力を含む国家麻薬撲滅戦略を発表した。10月にはペルーでコロンビア、ペルー、ボリヴィアによる3か国麻薬サミット、90年2月にはコロンビアで米国を加えた4か国によるカルタヘナ麻薬サミット、4月にはメキシコでOAS麻薬閣僚会議が開催され、麻薬問題に対する中南米諸国の真剣な取組みが示された。2月の「カルタヘナ宣言」では、生産国と消費国双方の責任を確認し、経済体質改善と取締りとの並行的実施の必要性につき合意するとともに、91年の世界会議開催を呼び掛けた。

 中南米地域における環境問題に対する関心も大きな高まりを見せているが、特に、焼き畑農業、地域開発等に起因するアマゾン地域の森林消失は最大の問題となっている。これについては、ブラジル政府が、89年4月に「我々の自然計画」を発表し、同地域の自然保護に努力している一方、アマゾン協力条約やUNDP等の国際的な枠組みの下での協力も進められている。他方、最近、アマゾン流域での金採掘に伴う水銀の流出が健康被害を惹起しているのではないかとの懸念も表明されている。

 中南米では都市公害も問題であり、特に、メキシコ・シティー及びサンティアゴの大気汚染が深刻である。その原因は盆地状の地形、車両の増加、工場排煙等である。メキシコ政府は「メキシコ首都圏大気汚染対策統合計画」を発表し、対策強化に努めている。

 なおリオ・グループの外相会合や、同グループとEC諸国との閣僚会合等の国際的な場においても、環境問題は重要なテーマとなっている。

4. 地域統合の動き

 中南米地域における地域統合、特に経済統合の動きは、80年代に入り、累積債務問題及び経済困難が深刻化するにつれて停滞した。しかし、最近になり、欧州統合、米加自由貿易協定等の動きを背景に、再び中南米地域において、地域的(リージョナル)、準地域的(サブ・リージョナル)な協力や統合の機運が醸成されつつある。

 89年10月の第3回リオ・グループ首脳会議では、民主主義の重要性等と並んで地域統合についても言及した「イカ宣言」が採択された。中米紛争、パナマ問題という中南米の主要な政治問題がとりあえず一段落した現在、地域統合がリオ・グループの主要な関心事項となってくるものと予想される。他方、アンデス・グループや、アルゼンティン、ブラジルを中心とするラ・プラタ川流域諸国における準地域的な統合の動きも活発化している。

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第2項 主要国情勢

1. ブ ラ ジ ル

 89年12月、大統領選挙(決選投票)が実施され、中道右派のコロール候補(国家再建党)が当選し、90年3月、コロール政権が発足した。

 89年の経済は、国内総生産の成長率が3.6%であったが、インフレ率は1,765%に高騰した。コロール大統領は政権発足と同時に、インフレ抑制、公共赤字削減を主目的とした新経済政策(「コロール・プラン」)を施行し、預金凍結等による流動性抑制、物価・賃金凍結(その後、解除)、公社民営化、増税等による財政健全化、行政改革、輸入自由化等の措置を実施した。同プランは、インフレ抑制の面では一応成果を収めているが、他方において経済低迷、失業率増大等の問題が生じている。

 累積債務問題では、89年7月より利払いが停止されているが、90年7月末よりIMF等との債務交渉が漸次再開されている。

 外交面では、コロール政権は米国、日本、ECとの関係緊密化を優先的課題の一つとして位置づけた。特に、わが国については、投資、技術移転、通商の拡大・協力を期待している。

2. メ キ シ コ

 88年12月に就任したサリーナス大統領は、内政・経済面で堅実かつ果敢な政策を推進してきている。

 内政面では、法治主義の徹底、行政腐敗の払拭、選挙法改正、麻薬取締強化及び首都圏大気汚染対策等に積極的に取り組んでいる。

 経済面では、最大の懸案たる債務問題で、民間銀行団との間で債務削減を含む救済策につき90年2月に最終調印した(「新債務戦略」適用第1号)。他方、国内経済再建のため、外資規制の緩和、公営企業の民営化及びインフレなき成長のための諸政策等を推進した結果、89年のインフレ率は19.7%と大幅に低下、実質GDP成長率も2.9%を達成し、国内経済は漸次回復傾向にある。

 外交面では、対米協調と太平洋経済圏への接近を主眼とした活発な首脳外交を展開しており、わが国との関連では、89年9月の海部総理大臣の訪墨を受け、90年6月、サリーナス大統領がわが国を訪問した。

 なお、90年6月、米墨両国は自由貿易協定締結の予備交渉開始につき合意しており、今後の動きが注目される。

3. アルゼンティン

 メネム新政権は、国際協調路線と自由開放経済政策を打ち出すとともに、国営企業民営化等の構造調整を推進し、国民の支持を得つつある。国内政治面では、従来強力な政治力を誇ってきた労働組合が分裂したこと(89年10月)、及び人権裁判等で有罪判決を受けた軍人に対する赦免が行われたこと(89年10月)が注目される。

 経済面では89年末以降、インフレが再燃したが、90年3月以降小康状態となった。ただし深刻な不況からは脱していない。対外債務問題については、IMFとの協調を維持しつつ、民間銀行団との交渉を行っている。

 外交面では、89年9月、メネム大統領が訪米し、同大統領の政策に対する米国の支持を取り付けた。また、同国は、英国との間で、フォークランド(マルビーナス)諸島の主権問題を棚上げして、82年の同諸島をめぐる紛争以来断絶していた国交を再開し(90年2月)、これをてこにECとの関係強化を図り、4月にアルゼンティン・EC協力協定に署名した。

4. ペ ル ー

 ペルーは、近年、極度の経済悪化(注)、極左テロ・グループ「センデロ・ルミノーソ」等によるテロ活動等、極めて困難な経済・社会情勢にある。このような状況の中で、90年6月、大統領選挙の決選投票が行われ(第1次選挙は4月に実施済み)、日系二世のフジモリ候補(中道)が、「誠実、勤勉、テクノロジー」をスローガンに、大都市勤労者層及び地方の農民層を中心とする支持を得て、バルガス・リョサ候補(中道右派)に大差をつけて勝利した。

 フジモリ大統領は、7月28日の就任に先立ち、6月、ニュー・ヨークでIMF、世銀、米州開発銀行(IDB)幹部と会談し、国際金融社会に復帰し国際協調の下で国内経済再建を図る意向を表明した。また、同大統領は、引き続き7月初めにわが国を訪問し、海部総理大臣を始め、わが国政府要人と意見交換を行った。

5. パ ナ マ

 ノリエガ国防軍最高司令官と米国との間の対立が続いていたところ、89年5月の大統領選挙が無効とされ、9月には民意を反映しない形でロドリゲス暫定政権が発足した。このため米国・パナマ関係は一層悪化し、パナマは国際的にも孤立化した。その後、10月の国防軍将校による反乱事件を経て、12月に至り、パナマ民権議会による対米戦争状態宣言及び米軍将校殺害事件等を契機として、米国は自国民保護のためパナマに武力行使を行い、5月の大統領選挙で優位を伝えられていたエンダラ氏が大統領就任を宣言した。90年1月、ノリエガ司令官は米側に投降し、ノリエガ体制は崩壊した。その後、投入された米軍は2月に撤退し、また、パナマ国内でも軍隊の廃止等を内容とする憲法改正に伴う国民投票の実施により現政権の信任が問われる手続きが整う見通しとなっている。エンダラ政権の最大の課題は、疲弊した経済の再建であり、今後の諸外国による援助の動きが注目される。

 なお、わが国は1月、エンダラ政権を承認した。

6. キューバ

 89年7月、麻薬密輸容疑で逮捕されたオチョア将軍が銃殺刑に処されたが、この事件は、多数の内務官僚及び軍人の更迭へと発展した。

 外交面では、ソ連・東欧情勢の変化の中で孤立化傾向を強めている。対ソ関係では、ソ連のペレストロイカを批判し、マルクス・レーニン主義への忠誠を繰り返し表明している。対米関係では、89年12月の米国のパナマに対する武力行使、90年3月の米国のキューバ向けのテレビ試験放送開始などが原因となって依然厳しい対立状況が続いている。

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第3項 わが国との関係

1.全  般

 4億人の人口と豊かな天然資源を有する中南米諸国とわが国とは、伝統的に友好関係にある。これは、国連その他の国際機関、会議における中南米諸国のわが国に対する高い支持率にも現れている。

 中南米諸国のわが国に対する期待と関心は、ますます高まっており、多くの閣僚級の要人の訪日等、政府間の交流のみならず、経済ミッションの派遣・受入れ等、経済分野における人的交流も進展している。わが国としては、このような期待と関心に対し誠意をもって応えていくことが肝要である。

 このような状況を背景として、89年9月には、ニュー・ヨークにおいてリオ・グループ諸国外相と中山外務大臣との初めての会談が実施され、中米和平、パナマ情勢、累積債務問題等、同地域の様々な問題について討議が行われ、今後も対話を継続・強化していくことが合意された。

 中南米諸国における民主化の進展と人権状況の改善は、わが国にとっても喜ばしいことである。しかし、中南米諸国は依然として幾多の不安定要因を抱えており、わが国としては今後とも、民主化定着に不可欠なこれら諸国の経済・社会開発を促進すべく、各種の協力を積極的に行っていくことが重要となっている。

 わが国は資金還流計画を通じて中南米諸国に対し約55億8,000万ドル(90年4月末現在)の資金協力を行った。わが国としては、今後とも同地域の経済情勢に留意しつつ、同計画の円滑な実行に努力する必要がある。

 環境問題の解決に資するため、ブラジル、メキシコ、チリ等において、造林等の林業面での協力を行っているほか、環境調査団の派遣等、協力促進を図ってきている。90年6月のサリーナス・メキシコ大統領の訪日の際には、同国の環境問題解決のため円借款による協力を約束した。

2. 日系人の活躍

 中南米地域には、130万人とも言われる日系人が在住している。その勤勉さゆえに日系人の地位の向上は著しく、ペルーではフジモリ候補が世界で初めて日系人として大統領に選出され、就任前の7月に訪日した。90年6月には、チリで初めての日系人閣僚であるオミナミ経済大臣が、外務省賓客として訪日した。

 他方、わが国における労働力不足と中南米諸国における経済の不安定が、日系人のわが国への出稼ぎを生み出している。これにより、現地の日系人社会の空洞化がもたらされる等の指摘も一部にあるが、他方、このような形で日系人がわが国の文化、社会に接することの意義も認められるところである。

3. 経 済 関 係

 中南米諸国とわが国との経済関係は増大傾向にある。89年のわが国と中南米諸国との貿易は、わが国の輸入が88億7,000万ドル(前年比6.7%増)、輸出が93億8,000万ドル(前年比0.9%増)であった。また、わが国の対中南米直接投資は、89年3月末現在の累計で369億ドルであった。

 最近では、中南米諸国は、貿易の拡大のみならず、投資の促進を通じた自国経済の活性化のため、わが国からの協力・投資に大きな関心を寄せている。わが国としても、経済交流の活発化を図るため種々の方策を実施しており、官民を問わず様々な交流の機会が持たれている。

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(注)

リオ・グループ86年12月、コンタドーラ・グループ諸国(メキシコ、ヴェネズエラ、パナマ、コロンビア)とコンタドーラ支援グループ諸国(ブラジル、アルゼンティン、ペルー、ウルグアイ)とで結成された常設の協議機構。パナマは現在資格停止中。

(注)

出所は国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会資料。

(注)

89年のインフレ率は2,775%、経済成長率はマイナス10%。