第4節 産業・科学技術の発達と国際協力
(1) わが国の置かれた立場
わが国は明治以来、欧米諸国からの技術導入に努めるとともに、自らも積極的な研究・開発努力を行った結果、現在では世界有数の科学技術を蓄積した国として世界の科学技術の進歩・発展をリードする立場にある。このようなわが国に対する諸外国からの期待や協力要請は急速に増大しており、それにいかに応えていくかが重要な外交課題となっている。具体的には研究機関の間の情報交換、人的交流の拡大(特にわが国研究機関による外国人研究者の受入れ)、及び共同研究を一層進めることが重要である。これらはいずれも多額の資金的裏付けを必要とする。88年、わが国は3つの新たな研究者招聘計画を相次いで発足させ、各国の高い評価を受けた。さらに世界的な基準において真に優れた研究機関や研究計画を育成し、発展させることが望まれるが、そのため研究施設の改善のみならず、研究体制・研究環境、さらには研究者の生活環境の改善等を一層進めることが期待されている。また、巨額の設備投資を必要とする研究施設の建設につき国際的な役割分担を図っていく必要もあろう。
現在、わが国の研究開発費は、民間研究機関の比率が8割であり、米国では5割、西独では4割となっている。したがって、諸外国のわが国に対する期待も、とかくわが国の民間の研究機関の方に向けられがちであるが、政府機関の研究予算を拡大することにより、基礎研究の充実を図ることが今日大きな課題となっている。
(2) 産業・科学技術の発展と外交
科学技術が主要先進国において国力の重要な構成要素となりつつあるとき、わが国が科学技術政策を推進する際には、国際関係との関連を十分考慮することが不可欠であり、科学技術の及ぼす影響を総合的かつ的確にとらえて外交を積極的に展開していく必要がある。世界の科学技術の発展のためには、協力と並んで健全な競争も極めて重要である。ただし、競争が行き過ぎ、それが健全な域を越えて先端科学技術の移転規制、知的所有権の必要以上の強化といった、いわゆるテクノ・ナショナリズムに陥ることを戒めるべきである。
一方、軍用、民生用の境界が不分明になってきている状況を踏まえ、東側諸国との科学技術分野の協力関係においては、従来民生技術とされていたものについても、安全保障上の観点からの輸出規制のあり方について明確な方向づけが望まれる。
(1) 科学技術一般
88年6月には、産業界と学界の大きな注目を集めた日米科学技術協力協定が、半年間にわたる交渉の結果、締結された。同年10月にはイタリアとの間で科学技術協力協定が締結され、89年3月に東京で開かれた第1回合同委員会では57のプロジェクトが合意された。カナダとの間では、日加科学協力の今後のあり方に関する共同研究が両国の学識経験者(日本側:岡本道雄科学技術会議議員ほか、加側:ケニー・ウォーレス・カナダ科学会議議長ほか)の間で行われ、89年7月、両国首脳に対し報告書が提出された。
ECとの間では、89年2月に、科学技術分野で初めての協定である日本・EC核融合協力協定が締結された。
(2) 多数国間の科学技術協力
(イ) 生命科学と人間の会議
83年に中曽根総理大臣(当時)が提唱した「生命科学と人間の会議」の第6回会議が89年5月、ブラッセルで開催され、環境問題に対する世界の関心の高まりを反映して環境倫理について討議が行われた。
(ロ) ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム
ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムは、生体機能(頭脳の学習・記憶機能等)の解明を目指すプロジェクトで、わが国が87年のヴェネチア・サミットで提案したものである。88年のトロント・サミットの経済宣言を受けて、わが国は同プロジェクトの具体的実施のための提案を行い、89年7月、西ベルリンで開催された政府間会合において、実施のための枠組みについて、サミット参加国及びECの間で合意が得られた。
(ハ) OECDにおける議論
従来から、OECDでは科学技術工業局を中心に、科学技術問題の検討を行ってきている。最近では、これまで個別的に行われてきた科学技術関連問題に対し、その複雑かつ多岐にわたる経済・社会面への影響を一層的確に分析するため、包括的アプローチが必要との認識が定着し、OECD全体で取り上げるべき課題として技術・経済プログラム(TEP)が実施されている。同プログラムの一環として、90年春には、わが国で技術と国際化をテーマにシンポジウムが開催されることとなっている。
(ニ) 宇宙関係
わが国は、85年5月以来、有人宇宙基地計画の予備設計作業に、欧州宇宙機関(ESA)及びカナダとともに参加してきた。86年6月以降、さらに詳細設計・開発及び運用・利用段階の協力のための政府間協定に関する協議が、宇宙基地計画参加国間(米、日、欧州諸国、加)で鋭意行われた。その結果、88年9月、ワシントンにおいて宇宙基地協力協定が署名された(第114回通常国会において承認)。
欧州との関係では、89年5月に第14回日本・ESA行政官会議が東京で開催された。
88年の第43回国連総会では、国連宇宙空間平和利用委員会第31会期(6月)の報告書を承認し「宇宙空間の平和利用に関する国際協力」と題する決議(43/56)が採択された。
(ホ) 南極関係
88年6月2日、ウェリントンで20か国の南極条約協議国により「南極鉱物資源活動規制条約」が採択され、同年11月25日より1年間、署名のために開放された。
(3) 原子力の平和利用
(イ) 原子力の平和利用に関する国際協力
86年4月のソ連のチェルノブイリ原発事故の結果、原子力安全の重要性と安全性の向上のための国際協力の必要性が再確認され、88年においても、原子力の安全性向上及び原子力事故対策に関連する各種の事業(注)が国際原子力機関(IAEA)及び経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)を中心として推進された。
また、環境問題に対する国際的な関心が高まる中で、二酸化炭素を排出しないという原子力発電の特長が、特に地球温暖化問題との関連で取り上げられるようになり、89年5月に開催された国際エネルギー機関(IEA)閣僚理事会や7月のアルシュ・サミットにおいて、原子力が環境問題において果たし得る役割に注目すべき旨言及された。
(ロ) わが国の原子力開発利用に関する国際的環境整備
89年5月現在、わが国の原子力発電設備容量は37基、約2,887万KWであり、米、仏、ソ連に次ぎ世界第4位となっている。
エネルギー資源の乏しいわが国にとって、自立的な核燃料サイクルを確立し、核燃料の自給自足性を高めることは、エネルギーの安定供給のためにも極めて重要であるが、このような観点から、わが国は、原子力発電所から発生する使用済燃料から再利用可能なプルトニウム等を回収する方針を立て、回収のための作業(再処理)を英、仏にも委託している。このため、わが国としては、英、仏からプルトニウムを円滑に持ち帰る必要があるが、プルトニウムの国際輸送には、核不拡散の観点からも、十分な配慮が必要であり、88年7月に発効した日米原子力協定は、このようなプルトニウムの国際輸送について一定の規定を設け、一定のガイドラインに沿った航空輸送を包括同意の対象とした。
また、88年10月、同協定の一部が修正され、一定のガイドラインに沿った海上輸送も包括同意の対象となった。これにより、わが国は、プルトニウムの国際輸送に関し、より幅広い選択肢を確保することとなった。
また、核物質を不法な取得や使用などの脅威から防護するための国際協力の枠組みを設けた核物質防護条約が、米、ソ等21か国の締結を受けて87年2月に発効し、わが国も88年10月に加入した。
(ハ) 対途上国原子力協力
開発途上国に対する原子力協力について、わが国は、従来よりIAEAの技術協力基金に対し米ソに次ぐ拠出を行うとともに、IAEAの「アジア原子力地域協力協定(RCA)」に基づく協力、特に開発途上国の重要課題である工業、医療問題等の解決に資するため、アイソトープ・放射線利用、医学・生物学利用プロジェクトを中心に技術、資金面から積極的な協力を行い、主導的役割を果たしている。また、同時に国際協力事業団(JICA)による政府ベース技術協力を通じて、アイソトープ・放射線の利用を中心に、研修員の受入れ、専門家の派遣等についても積極的な協力活動を行ってきている。原子力先進国たるわが国としては、今後とも安全性確保、核不拡散等に配慮しつつ、相手国の真のニーズを踏まえた協力を進めていくことが重要である。
(注) | 原子力安全基準の改訂、事故時の通報条約、援助条約実施のための環境整備、原子力損害の民事責任に関するウィーン条約とパリ条約の調和作業等。 |