第2節 わが国の安全保障
最近、東西間の対話の進展、中ソ関係の正常化など、わが国の安全保障にとって注目すべき国際情勢上の変化が見受けられる。他方、現実の国際社会において平和と安定は依然として力の均衡により維持されている。安全保障とはこの現実の国際社会の中で、国外からの脅威や侵略を抑止または排除して国家の独立と繁栄を維持し、国民の生命・自由・財産を守ることであり、安全保障の確保に万全を期すことは外交の最も重要な課題である。
1. アジア・太平洋地域(注)における安全保障面での特色
(1) アジア・太平洋地域の戦略環境の特色
わが国を含むアジア・太平洋地域の戦略環境は、欧州と比較すれば以下の特色を有しており、欧州におけるような東西バランスの概念は単純にあてはまらない。
(イ) 欧州では東西の軍事力が陸上において対峙しているのに対し、アジア・太平洋地域では主として海域をはさんで対峙している。そのため、海軍力及びこれを支援する空軍力が抑止にとって重要な役割を果たしている。
(ロ) 欧州では自由民主主義諸国と社会主義諸国がNATO対ワルシャワ条約機構という集団的防衛体制の下に対峙しているのに対し、アジア・太平洋地域では、米ソとの二国間の安全保障関係が中心であり、政治・経済体制、イデオロギー、歴史などの面において様々な特色をもつ国々が存在している。
(ハ) アジア・太平洋地域においては、米ソいずれの陣営にも属さない中国の動きがこの地域の戦略環境に重大な影響を与えている。
(2) 北西太平洋の戦略的重要性の増大
さらに、この地域の安全保障を考える上で、グローバルな観点から、北西太平洋の戦略的重要性がいかに増大したかを認識する必要がある。
70年代初頭、ソ連は北西太平洋に初めて潜水艦発射弾道ミサイル戦力を配備したが、最初のヤンキーI級SSBN(弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)が搭載しているミサイル(SS-N-6)の射程はこの海域から米本土を攻撃するには十分ではなかった。しかし、北西太平洋の戦略環境は、70年代末、ソ連がデルタIII級SSBNを配備したことにより大きく変化した。デルタIII級はSS-N-18弾道ミサイルを搭
かかる戦略環境下におけるソ連の戦略上の基本は、第一に北西太平洋に配備したSSBNを防護することにあると考えられ、そのために、SSBNの展開海域であるオホーツク海、日本海北部を聖域化すること、第二にはこの地域における海軍力を中心とする米軍のプレゼンスを弱体化することと推定される。
(3) わが国の地政学的・戦略的重要性の増大
わが国は、北西太平洋においてソ連の海軍力が外洋に出て作戦を行う際に通峡しなければならない海峡を周辺に有することから、もとより地政学的かつ戦略的に重要な位置を占めているが、このような北西太平洋の戦略環境の変化に伴い、その地政学的・戦略的重要性はますます増大している。
(1) ソ連の動き
(イ) ソ連は現在、ペレストロイカ推進に必要な、良好な国際環境づくりにはげむとともに、軍事力については、軍事目的を効率的に達成する上で必要十分な程度のものへと再構築するプロセスを真剣に進めつつあるとみられる。近年、ソ連が米国、中国、西欧との関係改善に努め、軍備管理・軍縮提案を行い、さらには、軍事費削減に言及しているのはかかる方針に基づくものと解することができる。
(ロ) ソ連はまた、近年、その軍事ドクトリンは「防衛的」であり、軍事力は「合理的かつ十分な範囲に制限」する旨の発言を行っている。ソ連の軍事政策自体が本質的に変化したと断定できるような具体的証拠を見出すことは未だ困難であるが、その軍事態勢については一部変化の兆候が見られる。外国駐留軍の撤退を含む軍備削減提案を行い、すでにその一部を実行していること、また、ソ連領土周辺における軍事活動を一部縮小させつつあるのはその一例である。
(ハ) しかし、極東における軍事態勢をみると、ソ連は1960年代中頃以降、極東ソ連軍を一貫して増強した結果、この地域に膨大な軍事力の蓄積を有するに至っている。極東ソ連軍は現在、全ソ連軍の1/3~1/4に相当し、太平洋艦隊はソ連の保有する4つの艦隊中最大である。また近年、アクラ級攻撃型原潜、ソブレメンヌイ級、ウダロイ級ミサイル駆逐艦等を太平洋に配備し、航空兵力についてもMIG-31,MIG-29,Su-27等の第4世代航空機を配備する等、海・空戦力の近代化を継続している。今後、極東ソ連軍が量的には多少減少することがあるとしても、巡航ミサイル搭
(ニ) ソ連は、また、この地域に関する各種の軍備管理・軍縮提案を行っており、ソ連のこのような動きは今後一層強くなり、また、広範にわたるものとなってくることが予想されるが、これに対してはソ連の真の狙
(2) 米国の動き
米国のブッシュ政権は、厳しい財政難に直面しており、国防費削減の中で、国防力近代化の優先度を定めるにあたってより厳しい選択を迫られている。
アジア・太平洋地域については、同政権はレーガン政権に引き続き、その重要性、特に、日本との同盟関係の重要性を認識しつつ、同地域が直面する安全保障上の課題-インドシナ半島、朝鮮半島や中国、ミャンマー(旧ビルマ)における諸情勢及びソ連のアジアへの関心-に対応している。
米国の基本的な戦略方針は、同盟諸国と連帯しつつ、柔軟反応戦略と前方展開戦略によってソ連の脅威・侵略を阻止し、米国とその同盟諸国の安全を確保することにあり、アジア・太平洋地域においても、前方展開態勢により抑止を確保している。
(3) その他のアジア・太平洋地域諸国家の動き
アジア・太平洋地域における諸国家は各々、国家価値や脅威に対する見方が異なることもあり、例えばソ連の各種提案に対する対応にもばらつきが見受けられる。ソ連のアジア・太平洋地域における外交努力は今までのところ、必ずしも成功しているとはいえないが、ソ連のこのような動きは今後一層活発化していくものと予想される。この地域の平和と安定にとって米国の抑止力と緊密な日米安全保障関係は重要な役割を果たしており、アジア・太平洋地域における諸国家がそれぞれに有する利益と関心にも十分留意しつつ西側としての安全保障を確保していく必要がある。
わが国の安全保障政策は、現実の脅威や侵略を未然に防止する手段としての外交努力と脅威や侵略を抑止又は排除する手段としての日米安保体制及び防衛力の整備の3本柱で構成されている。わが国は現在、前項に記述したような諸情勢の中でその安全保障政策を以下のとおり進めているところである。
第一に、わが国の安全を確保するためには、より安定した国際環境を構築するための積極的な外交努力が重要である。これは、基本的には、わが国を取り巻く諸外国の意図、動きを正確に把握し、わが国として的確な外交的対応を行っていくことであり、紛争の未然防止、東西対話推進のための西側の一員としての積極的貢献、軍備管理・軍縮への貢献等がこれに含まれよう。経済、経済協力、科学技術、文化交流等広範な分野において、積極的に貢献していくことも重要である。
なお、米国において、議会を中心にわが国を含む同盟国に対し、世界の平和と繁栄のためにバードン・シェアリング(負担の分かち合い)を求める声が広く存在する。わが国としては、同盟国が世界の平和と繁栄のために貢献する方法は画一的ではなく、単に防衛分野に限らず様々の分野において、各々の立場から各々の責任を果たしていくことが重要と考えている。
わが国としては、世界の平和及び繁栄に貢献するため、増大した国力にふさわしい役割を自ら積極的に果たすことは当然の責任と考えており、まさに「世界に貢献する日本」として、平和のための協力、ODAの拡充、国際文化交流の強化からなる「国際協力構想」の推進を通じ、わが国の国際的責務を積極的に果たさんとしているところである。
第二に、わが国は、今日の国際社会の平和と安定が基本的には力の均衡と抑止の上に成り立っているとの冷厳な事実を踏まえ、必要最小限の自衛力を整備するとともに米国との安全保障体制によってわが国の安全を確保している。わが国としては、日米安全保障体制の信頼性を維持・強化するため、最大限の努力を行う必要がある。このような観点から、わが国は、在日米軍の駐留を円滑かつ効果的にするための諸施策、日米防衛協力のための指針に基づく研究の推進、日米共同訓練、対米武器技術供与等の安全保障・防衛面での日米協力を推進している。
第三に、わが国の平和と安全を守る上において、日米安全保障体制の堅持と並んで、自らの防衛力を整備することは重要な前提である。わが国は平和憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本理念に従い、文民統制、非核三原則を堅持しつつ、節度ある有効な防衛力の整備に努めてきており、今後ともこのような努力を続ける必要がある。そして、わが国防衛力の整備は、日米安全保障体制と相まって、結果的に自由民主主義諸国全体の安全保障の維持に寄与し、アジアひいては世界の平和と安定にも貢献している。
(注) | ここでアジア・太平洋地域とは、北東アジア地域、東南アジア地域、太洋州地域を含む西太平洋全域を指す。 |