3. 国際化と人の流れ
(1) 概要
(イ) 近年,我が国の経済力の伸長,国際的役割の増大に伴い,邦人の海外渡航も急激に増大し,その形態も多様化してきている。86年には550万人であった海外渡航者数は,87年には680万人を超え史上最高を更新した。また,海外に居住する邦人は,永住者,長期滞在者合わせて50万人を超す勢いである。今や,国民の10人に1人が旅券を持つ時代が到来している。
さらに,我が国に入国,滞在する外国人についても「200万人時代」を迎え,数の増大とともにその活動形態も多様化の一途を辿っている。
このように我が国の国際化は,「モノ」から今や「ヒト」の領域に及ぼうとしている。
「外」への国際化の象徴とも言える邦人の海外渡航・居住は,もはや限られた地域,限られた人々の問題ではなく,国民一般の重大な関心の対象となっている。こうした状況に鑑み,海外において長期に滞在する邦人が安んじて活躍できる環境を整備していくことは政府にとって重要な課題となってきており,とりわけ安全,教育,医療等の分野については,民間の自助努力のみでは自ら限界があることから,政府としても積極的な役割を果たしていきたいと考えている。
また,政府としては,世界各地に在住する邦人移住者・日系人が,我が国と受入国との国際協力,国際交流の担い手の一つとして積極的役割を有していることに着目し,かかる方向に沿った諸施策を推進する必要性を認識している。
他方,外国人受入れ問題への対応は,我が国社会の「内なる」国際化の度合いを示す重要な指標の役割を果たすと同時に,単なる国内問題の域にとどまらず,我が国とアジア諸国との関係に直接係る問題となっており,我が国の対外イメージにも影響を及ぼすとの観点からも,外交的配慮が不可決となってきている。
(ロ) このように大量の邦人が海外渡航する時代を迎えて,邦人が戦争,内乱,災害等の緊急事態に巻き込まれたり,国際テロや犯罪の被害を受けるケースが増加している。
例えば,87年4月からの1年間に,南ア航空機墜落事故,大韓航空機事件,イラン・イラク紛争における両国首都への相互ミサイル攻撃,パナマ情勢の変化,上海列車事故等,大きな事件,事故等が相次いで発生した。
外務省は,こうした事件,事故の発生に際しては,文字通り24時間体制で邦人保護のため諸般の対策に全力を挙げて取り組んでいる。
また,海外邦人の安全対策に諸般の努力を払っており,世界各国の安全情報の一般への提供や,緊急事態に備えての通信連絡網の整備に努めると共に,サミット参加国の一員として国際テロ抑止のための国際協力を推進している。
(ハ) 外務省は,我が国に入国する外国人の増加とその活動の多様化に対し,査証発給制度を通して円滑かつ的確に対応していくことに努めている。しかし最近では,防衛,公安等の従来の国益の観点に加え,高度技術流出防止,国際テロ防止,対南ア・アパルトヘイト規制等の新たな側面からの対応が必要となってきている。
(ニ) 我が国へ入国・滞在する外国人が急増する中で,いわゆる不法就労者問題を含む外国人労働者問題が,我が国が今後取り組まなければならない新たな課題として浮上してきた。
(ホ) 海外邦人にとって安全対策とともに重要な問題は,子女教育や医療問題である。外務省としては,この面で引き続き財政援助その他諸般の施策を推進しており,87年は上海,イスラマバードに日本人学校を新設した。
(へ) 海外移住審議会は,87年3月,内閣総理大臣よりの諮問を受けて,近年急速に増加しつつある我が国民の海外居住に伴って生ずる諸問題,なかんずく新たな対応策が求められている「在外邦人の安全確保」,「子女教育・医療」及び「永住移住と内外交流活発化に伴う問題」の三つの分野につき,総合的海外移住政策の観点から検討を開始した。その中で,邦人の安全確保の問題については,その緊要性に鑑み,87年9月,答申として取りまとめられ,その他の二つの問題については,88年7月一括答申された。
(2) 海外邦人安全対策
87年度中に海外において発生した邦人の安全に係る事件・事故のうち,政府として措置を講じたものは5879件7094人で,死傷者は614人を数えた。(これは,前年度に比し,件数で53%,人数で68%の大幅増である。)それらのうち,大規模な事故及び緊急事態としては,87年11月の南アフリカ航空機事故,88年3月の上海列車事故,及びイラン・イラク紛争の悪化による危険増大といった事態が挙げられる。
外務省としては,海外における邦人の生命,身体,財産を保護するとの観点から,それらに際し,次のような対策を講じた。
(イ) 南ア航空機事故
87年11月28日,邦人47名を含む159名を乗せた南ア航空機がモーリシャス付近で墜落した事故に際し,外務省は,親族関係者141名への緊急旅券発給,近隣公館からの館員の現地急派,身元確認のための法歯学専門家の派遣等を行った。また,6か国からの委員8名より成る事故調査委員会に我が国委員も参加し,事故原因の調査を継続している。
(ロ) 上海列車事故
88年3月24日,上海近郊において,高知学芸高校修学旅行団の一行193名が乗車した列車が別の列車と正面衝突し,28名(重傷者で日本で治療中死亡した1名を含む)が死亡,36名が重軽傷を負った。
この事故に際し,外務省は,外務本省及び現地各々に対策本部を設置,政務次官の派遣,在中国大使館より大使以下13名の急派,緊急医療の医師団派遣,負傷者の本邦搬送等の措置をとった。
(ハ) イラン・イラク紛争
88年2月27日以来,イラン,イラク双方の首都に対するミサイル相互攻撃が継続し,在留邦人の安全にとり危険が高まる中で,外務省としては,在イラン及びイラクの日本大使館を通じ,在留邦人に対し注意を喚起し,緊急対策会議を開催して,状況説明,郊外への一時避難指導等の措置を講じた。さらに本省においても,情報不足による進出企業本社サイドでの混乱を防ぐため,情勢説明会を開催,その後も現地情勢につき逐次各社に連絡を行った。
(3) 外国人労働者問題
外国人労働者問題は87年来国内で大きな関心を集めており,我が国が取り組まなければならない新しい課題である。
(イ) 現行の枠組みと国内ニーズの多様化現在,我が国における外国人の就労に関する枠組みは,(a)入管法の下での在留資格制度と,(b)従来の閣議了解による雇用政策によっていはんちゆ与るが,在留資格上限られた範躊(商用,教授,興行,技術提供,熟練労働)を除いては原則として禁止されている。
しかしながら,近年の「外国人社員」の増加に見られるように,我が国企業・経済活動の海外進出,我が国社会のいわゆる「国際化」を反映して,日本人では代替,充足できない技能,技術者については,現行の枠内で運用上かなり弾力的に認める傾向にある。
(ロ) 不法就労の増大と問題の発生
アジアの一部の諸国の若年女性が観光目的等で入国し,そのまま資格外活動・不法就労する,いわゆるジャパユキさん現象は昭和50年代末より見られたが,特に,ここ1,2年不法就労者の数は急増している。実数は推定で5万人程度と言われているが,87年にはその摘発者数は対前年比3割強の1.1万人にのぼり,5年前の6倍近くに達した。また,その内訳では,男性の不法就労者の著しい増加が特徴的となっている。この外,日本語学校での就学,研修等が,一部で我が国で禁止されている単純労働の隠れミノになっているとの指摘もある。
不法就労の実態は,ブローカーの暗躍,劣悪な雇用条件,その結果人権侵害等にも結びついており,対外的にも対日イメージの低下等につながり,放置しえない問題となっている。
(ハ) 問題の背景―アジアとの格差
このような不法就労者の急増の背景には,我が国の目覚ましい経済力の伸長と円高の定着に加えて,内外にわたる構造的な要因が存在する。特に,一方で我が国国内でのニーズ(吸引力)があり,他方,アジア域内諸国との間には大幅な経済的格差が存在し,また,これらの諸国の中には出稼ぎ労働者の送り出し国も少なくない等,この地域特有の事情(プッシュ要因)がある。
87年12月,ASEAN首脳会議に出席の竹下総理に対してアキノ比大統領よりは,受け入れ検討の要請がなされたが,比の外にも我が国に対する潜在的な期待は大きい。
(ニ) 外国人労働問題をめぐる議論
本問題をめぐってマスコミの報道が頻繁に行われる等,国内各界での議論が88年に入って活発に展開されている。特に,財界,労働界,学界等で各種の研究,提言がなされたが,問題の性質が多岐にわたるため,単純労働者の受け入れをめぐる議論は未だ収劔を見ていない。
また,87年来実施された法務省,経済企画庁等の世論調査では,概ね総論では賛成,各論では今一つ慎重との基調がうかがえるが,国民世論の動向も注目される。