第6節 資源エネルギー問題

1.国際石油情勢

「世界市場におけるOPECの公正なシェア確保」の決定が行われた85年12月のOPEC総会以来原油価格は軟化し86年1月下旬以降大幅に下落した。86年3月には,軽質原油スポット価格は10ドル/バーレル台前半で推移し,不透明感はその後も継続した。85年はOPECにとって創立以来最大の試練の年となった。85年の国際石油情勢における主要な動きなどは次のとおり。

(1)ネットバック取引によるサウディ・アラビアの増産

85年10月より,OPEC・非OPEC産油国の増産傾向の中にあって従来よりGSPを守りスウィングプロデューサーとしての役割を実体上担ってきたサウディ・アラビアは,原油輸出低迷を解消するため,実質的な値引きであるネットバック取引を開始した。このためサウディの原油生産量は85年第3四半期には250万B/Dまで落ち込んでいたものが,86年第1四半期には440万B/Dまで回復し,国際石油市場の供給過剰の原因となった。

(2)OPECによる「公正なシェア確保」の決定

85年12月の定例総会においてOPECは,新たに公正なシェアを確保するとの方向性を打ち出した。この決定は,近来の国際石油市場における「市場連動的」な価格形成の実態を踏まえつつ,生産量の確保を行うことを目指したものとも解されるが,この決定の後,石油価格が大幅に軟化したこともあり,OPECが今後どのように,現下の石油情勢とこの決定とを調整していくかが注目される。

(3)石油価格の大幅な下落

石油価格は86年1月以降大幅に下落し,86年3月には軽質原油スポット価格は15ドル/バーレルを割り込む水準で推移した。このような状況において開催された3月下旬のOPEC臨時総会では,非OPEC産油国(エジプト,アンゴラ,オマーン,マレイシア,シキメコ)との会合も持たれ,協調減産の方途も探られたが,各国別の生産割当てで対立したため具体的合意に至らず一旦休会することとなった。このように今後の国際石油市場の先行きは,依然不透明であり,当面4月中旬再開予定の臨時総会で何らかの合意に達し得るかどうかが注目された。

2.国際エネルギー機関(IEA)を巡る動き

85年におけるIEA活動は,同年7月の閣僚理事会開催を軸に進められた。具体的には,今後予想されるIEA域外諸国による石油製品輸出増大を背景として,石油製品貿易の現状と今後の対応に焦点が当てられた。また,86年初めから顕在化した石油価格の下落傾向についても,その影響に関する分析と対応が検討された。

(1)第10回IEA閣僚理事会は,85年7月9日パリで開催された。同会合では,中長期的には石油市場が再びタイトになるとの予想を念頭に,加盟国の従来のエネルギー政策の基本的方向を維持し,加盟国間の協力を堅持することが確認された。

議論の最大の焦点となった石油製品貿易については,石油製品が「市場の力により決定される需給関係を基本としつつ,異なるIEA加盟国の市場に行くような条件を維持・創出する」ための共通のアプローチをとることが合意された。この合意を受け,我が国では,85年12月に「特定石油製品輸入暫定措置法」が成立し,輸入円滑化のための条件整備が行われた。

86年1月以降これまで輸入されていなかったガソリン等の石油製品の輸入が開始された。

(2)一方,石油価格は,86年初めから急激かつ大幅に低下し,これが世界経済とエネルギー分野に及ぼす影響が注目を集めた。

86年4月10日に開催されたIEA理事会は,石油価格下落の影響を中心議題として取り上げ,石油市場の現状及びOECD閣僚理及び東京サミットを控えた政治日程等に鑑み,IEAとしての見解を示す必要があるとの加盟国の共通認識の下,石油市場の現状認識及び今後の対応に関する「結論」を採択・発表した。右「結論」は,石油価格下落は全体としてIEA加盟国に対しマクロ経済上の利益をもたらすが,同時に,石油価格下落のエネルギー政策に及ぼす影響に関しては以下の点を含むとし,全体としてバランスのとれたものと評価し得る。

(イ)長期的には,石油価格の下落が持続する場合,エネルギー市場の逼迫時期が早まるおそれもある。かかる長期的な懸念に対応するため,現行エネルギー政策を推進することが必要である。

(ロ)エネルギー政策の諸目的は,エネルギー市場条件の長期的安定等を最も良く導き得る実体上のエネルギー需給のより良き均衡を達成することにある。

(ハ)現下の石油市場状況は備蓄積増しの好機である。

3.太平洋エネルギー協力

(1)太平洋地域の今後の経済発展とそれに伴い必要とされるエネルギーをいかに確保するか,また,それに対し域内諸国(地域)はいかなる協力ができるか。「アジア・太平洋の時代」と言われる21世紀に向けてこうした問題を検討するため,86年3月31日から2日間「太平洋エネルギー協力会議」が東京で開催された。同会議には議長として向坂国際エネルギーフォーラム議長,スピーカーとしてスブロト=インドネシア鉱業エネルギー大臣ほか内外の産学官各界のエネルギー問題の権威が参加し,率直な意見交換が行われた。その結果同地域において,今後技術,資本の面における協力が重要であるとの点で意見の一致が見られ,具体的協力分野として,「第2次電力ドライブ計画」「太平洋コールフロー構想」等が提唱された。

(2)さらに,太平洋経済協力会議(PECC)の枠組の下で,86年7月の第1回鉱産物・エネルギーフォーラムの開催(ジャカルタ)に向けて,準備作業が続けられた。

4.エネルギー協議

(1)現在,エネルギー需給は基本的に緩和基調にあるが,国際エネルギー機関等によれば,将来的に需給の逼迫化が予想されており,需給緩和期にこそ,関係諸国間と密接な意思疎通を図ることは重要と考えられる。

(2)このような観点から85年度においても,国際エネルギー機関等を通じた多国間の協議に加え,種々の二国間エネルギー協議が行われた。日米間では,エネルギー作業部会が2度開催され,協議を継続した。また86年1月には,第2回日・インドネシア・エネルギー合同委員会(東京)及び,第2回日・豪高級事務レベルエネルギー協議(キャンベラ)が行われた。

(3)一方,湾岸諸国については,86年1月に,東京において湾岸協力理事会(GCC)との間で意見交換の機会がもたれた。

5.エネルギー以外の資源問題

(1)一次産品問題

多くの開発途上国の経済は一次産品の輸出に大なり小なり依存しており,特に,低所得国ほど特定の1,2の産品の輸出に依存する度合が高い。こうした点から一次産品の安定的な国際取引を確保することは開発途上国にとって死活的重要性を有すると同時に,相互依存性の高まっている世界経済全体にとっても重要な問題である。かかる観点から我が国は従来より関連商品協定の交渉及び運営に積極的に参加してきている。

85年は,国際商品協定の運用にとっては困難な年であった。すなわち,世界経済の景気回復が鈍化し,産品によっては構造的な需要減退が見られた中で,84年より下落傾向にあった一次産品価格は85年に入ってからも全体として低迷を続けた。かかる環境下で,特に国際すず理事会においては緩衝在庫による買い支えを続けてきたが,85年10月に至りその財政は破綻し,その後のすず価格低落の発端となった。その他の非鉄金属価格も金以外は下落し,農産品価格も過剰基調を反映して全般に低迷した。すず理事会と同様に緩衝在庫制度を有する国際天然ゴム理事会においても買い介入が続けられたが,価格は85年を通じて低迷した。他方,コーヒーは世界最大の生産国であるブラジルの早ばつもあり,市況の急騰が見られたほか,砂糖,ココア価格も85年後半には上昇した。

(2)商品協定の動向

国際すず理事会においては,1956年の第1次協定発足以来,緩衝在庫等によりすず価格の安定を図ってきたところ,近年の供給過剰傾向の下で高値が維持されたことなどにより,85年10月,理事会の財政は破綻,以後緩衝在庫操作及びロンドン金属取引所におけるすず取引きは停止された。かかる事態の打開策につき同理事会及び関係者間で鋭意検討が行われたが合意に至らなかった。

国際天然ゴム理事会では,84年末以来の市況の低迷に対し緩衝在庫の買入れを行うとともに,85年8月の特別理事会では基準価格の3%引下げを決定した。同年4月下旬には第1回の新協定交渉会議が開催された。

国際コーヒー協定に基づく輸出割当ては,価格高騰のため86年2月19日に停止した。

現行の国際ココア協定は,86年9月末で失効するため,84年5月以来4回にわたり交渉会議が開催されたが,産・消の主張の乖離から交渉は難航した。

国際砂糖理事会では,経済条項のない現行協定が86年末に失効するため,新協定の作成に向けて85年末からまず主要輸出国による話合いが進められた。

国際小麦理事会では,世界の小麦需給事情の検討や各国の国内政策に関する情報交換を行ったほか,86年3月には新小麦貿易規約を採択した。

国際ジュート理事会では研究開発に関する事業の具体化が着々と進行した。

国際熱帯木材協定は,85年4月1日に暫定発効し,同年6月と11月に理事会を開催したが,本部所在地と事務局長等につき決定を見るに至っていない。我が国は本部誘致に立候補した。

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