第2節 国際貿易

1.保護主義の台頭とその背景

78年に始まる第2次オイルショックを契機に発生した世界不況が長引くに伴って顕在化した保護主義の動きは,83年以降の景気回復の下でも依然根強いものがある。特に最近は,自国産業の保護・失業問題の悪化防止を目的として,輸出自主規制(VER),天気予報等のガットの枠外での二国間合意による事実上の貿易制限措置をとるケースが増えてきた。これはガットに基づく戦後の多角的自由貿易体制に対する脅威である。

以上のような根強い保護主義圧力の背景には,為替レートのミスアラインメント,各国間の景気局面の相違等のマクロ経済的問題とともに,労働市場の硬直性に起因する実質労働コストの高止りなど経済社会の硬直性や,技術革新に対する各企業の受容能力の不足による対外競争力の低下,産業調整の遅れなどの構造的要因があるとの認識が一般化している。ガット,OECDを中心とする多角的自由貿易体制の維持・強化がその繁栄に不可欠である我が国としては,常にこうした保護主義に対する闘いを継続していかねばならない。

2.ガットの動き

ガットでは83年11月我が国が提唱した新ラウンド(新たな多角的貿易交渉)について,85年11月の第41回総会において準備委員会の設置及び閣僚会議の86年9月の開催が決定されたことにより,ようやく交渉開始に向けて明るい展望が開けた。また我が国との関係では同総会において,千葉一夫ジュネーヴ代表部大使が総会議長に選ばれた(任期一年)。

(1)ボン・サミット及びストックホルム閣僚会合

新ラウンドの開始についての国際的なコンセンサスの形成に向けて種々議論が行われ,先進国間ではおおむね合意が見られるに至ったものの,途上国は当初総じて慎重な態度を示した。5月のボン・サミットでは86年の交渉開始についてほとんどの主要先進国の合意が得られた。その後も我が国を始めとして途上国との調整が続けられ,6月に開催され,我が国から安倍外務大臣が出席した「国際貿易問題に関するストックホルム閣僚会議」に至る頃には途上国も次第に新ラウンドに前向きの立場を示すに至った。

(2)9月特別総会

7月に開催されたガット理事会では,ボン・サミットの合意にもある準備会合の9月開催を決定するため協議が行われたが,サービス問題の扱いを巡る意見の相違等から,合意には至らなかった。

このような状況に鑑み,各国の投票という異例の形式により9月に特別総会が開催されるに至った。同会議では途上国を含め大多数の国が新ラウンドを支持し,一部の途上国も新ラウンドのプロセスは妨害しないとの立場をとり,その結果,新ラウンドの準備過程が始まったこと,11月のガット総会で準備委員会の設立について決定する,との合意が得られ,新ラウンドの準備は一歩前進した。

(3)第41回ガット総会

特別総会の前進をうけて11月末開催された第41回ガット総会では,新ラウンド準備委員会の設置及び閣僚会議の86年9月の開催が決定され,提唱以来2年を経て,ようやく新ラウンドが軌道に乗った。

(4)新ラウンド準備委員会

86年1月より新ラウンド準備委員会が開催され,7月中旬までを目途に作業が続けられた。新ラウンド交渉の目的,交渉対象項目,交渉の方法,参加国の範囲等9月の閣僚会議を念頭において新ラウンド交渉の大枠の方向づけについて討議が続けられた。

3.新ラウンドの推進

新ラウンドの提唱国として我が国がその成功に向けて積極的なイニシアティヴをとっていくに際し,以下の諸点が特に重要と考えられる。

(1)自由無差別な多角的貿易体制の再構築を目指したガットルールの改善・強化

近年自主輸出規制等ガットの枠組の外でとられるいわゆる「灰色措置」のまん延によりガットヘの信頼性が揺ぎつつある現状に鑑み,セーフガード措置(緊急輸入制限措置)の運用改善,紛争処理手続の改善等ガットルールの改善・強化を図ることが急務である。

(2)貿易障壁の一層の軽減・撤廃

関税・非関税にわたり貿易障壁の一層の軽減・撤廃を図り,貿易の一層の自由化を目指すことが必要である。関税,農業,繊維,熱帯産品,輸入数量制限,補助金等の分野での努力がこれに当たる。

(3)途上国の貿易環境の改善

途上国の抱える大きな問題である累積債務問題の解決の一環として,途上国の輸出の拡大が必要であり,新ラウンドでは世界経済全体の安定的な拡大の見地から途上国の関心項目の対先進国市場アクセスの改善を図る必要がある。我が国としては繊維・熱帯産品等につき前向きに対応することが必要である。

(4)世界貿易の構造変化を踏まえた新分野へのガットの対応

サービス貿易の拡大等世界貿易・世界経済は新たな構造変化を示しており,ガットが十分にこれに対応していくことが必要である。具体的にはサービス貿易,不正商品を含む知的所有権,貿易関連投資等につき新たな国際的規律の確立を目指していくべきである。

(5)ガット組織の強化

ガット締約国が90か国にも達している状況に鑑み,ガットの意志決定機能及び監視機能の強化が必要である。

我が国は新ラウンド交渉にできるだけ多くの国,なかんずく途上国が参加することを希望しているが,これは,保護主義を防圧し自由貿易体制を強化していくためには途上国と先進国とを問わず一致協力していくことが不可欠であるとの考えによるものである。他方,戦後,ガットを中心とるす自由貿易体制の下で今日の経済発展を見ている我が国としては,たとえ苦痛を伴うものであっても率先して自らの市場を一層開放的なものにしていくとの基本的立場に沿って積極的に交渉の進展に寄与することが求められていると言えよう。

4.OECDの動き

OECDにおいては,82年閣僚理事会で決定された「80年代の貿易問題」(サービス貿易・ハイテク製品貿易等)の検討に加え,保護主義の巻き返し及び新ラウンドの準備の進め方が討議の中心とされた。

(イ)保護主義を巻き返すための行動(いわゆる保護主義ロールバック)

85年の閣僚理事会においては,各国が保護主義的措置撤廃のための共同行動計画を作成すべく一定期間内に漸進的に除去し得るすべての保護主義的措置を85年10月中旬までに提示することが合意された。本合意に基づき各国より提出されたロールバック措置は86年の閣僚理事会に提出されたが,このようなOECD諸国の共同行動計画の実施は,OECDへの信頼を高めるとともに,新ラウンド促進に向け,開発途上国の信頼醸成手段として有益なものである。

さらに,86年の閣僚理事会において,新規の貿易制限的措置を回避し,貿易制限措置及び貿易歪曲的措置を削減するとの決意が再確認された。

(ロ)新ラウンド

86年の閣僚理事会においては,新ラウンド開始の必要性につき先進諸国の意見が一致し,新ラウンドを支援するために最善を尽くすとの決意が確認された。

(ハ)サービス貿易

サービス貿易については,各サービスセクターに適用される一般的な概念的枠組の構築作業及び既存のOECDコード(経常貿易外取引コード等)の強化が図られている。

(ニ)南北貿易

開発途上国の一般的経済情勢分析に加え,ガット体制へのLDCの統合問題及びカウンタートレードに対する対応が検討されている。

(ホ)東西貿易

東側諸国の一般的経済情勢分析等を中心に検討が行われている。

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