第2章 国際経済関係

第1節 総論

1.世界経済の動向

85年の世界経済を振り返ると,世界経済を主導する米国経済は,財政赤字と経常収支赤字という二つの大きな問題に根本的な解決策を見い出せない中で成長鈍化が顕在化した。欧州各国は,景気拡大基調を示したが,雇用情勢に改善は見られなかった。開発途上国経済は,金利低下という明るい材料があったものの,先進国の成長鈍化と一次産品価格の低迷に直面した。さらに,石油価格の下落は,石油消費国のインフレ抑制,金利低下,成長促進などプラスの効果を及ぼす反面,累積債務を抱える産油途上国に深刻な影響を与えるものとして,世界経済の先行きを見る上での新たな要素となった。

このような情勢の推移の中で,85年の世界経済は,各国の国際協調の面で幾つかの進展を見た。特に,85年9月のG-5合意を契機とした,為替相場の是正は大きく進展し,金利の低下,ニュー・ラウンドの進展等の成果とともに世界経済に明るい展望を与える要素となっている。

(1)先進国経済

82年末を底に拡大を続けていた米国経済は,ドル高も影響した輸入の増大が国内需要を相殺する中で,84年後半における個人消費及び住宅投資の増勢鈍化,85年に入ってからの在庫調整の進展,民間設備投資の増勢鈍化,輸出の伸び悩みを要因として,成長の鈍化を見た。この結果,85年の実質GNP成長率は2.2%と,前年の6.5%から大きく鈍化した。一方,消費者物価上昇率は3.6%と,前年の4.3%から一層低下し,インフレは労働コストの安定,生産性の上昇,石油を含む一次産品価格の低下などを要因として,80年以降鎮静化の度合いを深めた。また,雇用情勢も改善し,失業率は7.0%と,前年の7.4%から低下した。他方,懸案の財政赤字と経常収支赤字の動向を見ると,85会計年度の財政赤字幅は2,000億ドルを超えて史上最高を記録した。米議会においても財政赤字が経済成長に与える影響についての認識が強まり,85年12月,91年度までに財政収支の均衡を目指すグラム・ラドマン・ホリングス法が成立した。同法の実効性については議論があるが,財政赤字削減の動きが本格化したものとして評価される。経常収支に関しては,85年の赤字幅は既往最高の84年を上回ると見込まれ大きな問題となっている。しかしながら,経常収支赤字の主要因であったドル高の是正が進展した結果,収支改善のための環境は整いつつある。

欧州経済を見ると,84年に英国で炭鉱スト,西独で金属労組のストが発生したにもかかわらず,全体としてかなりの拡大を見せ,85年に入ってからも景気は緩やかながら着実に拡大した。景気拡大要因を見ると,84年には米国向け輸出の増大が景気の下支えであったが,85年には輸出に代って設備投資の拡大などを背景に内需中心の成長となった。しかしながら,雇用情勢は依然厳しく,85年に景気が緩やかに拡大したにもかかわらず,失業率は増加傾向を示した。84年当初10%台であったEC9か国の失業率は,85年には11%台に上昇した。欧州の厳しい雇用問題の解決には,賃金決定に見られるような労働市場の硬直性の除去が必要と考えられる。

(2)開発途上国経済

85年は,米国を中心とする主要先進国の経済成長の鈍化,一次産品市況の低迷による交易条件の悪化等,開発途上国経済を巡る外部環境が悪化する中で,諸困難を克服するための途上国の経済調整努力も所期の成果をあげることができず,84年に比べ,貿易収支,成長率の悪化が見られ,84年には改善の兆しが見られた累積債務問題も再び悪化する傾向を示した(IMF統計によれば,開発途上地域の成長率は84年の4.1%から85年には3.2%に低下)。84年に高い成長率をあげたアジアを中心とする新興工業国・地域(NICS)も輸出の伸び悩みから成長率が低下し,一次産品輸出に依存するASEAN諸国も輸出所得の減少に苦しんだ。多額の累積債務を抱える中南米諸国では,厳しい緊縮政策を中心とする経済調整努力が必ずしも成果をあげず,一部の債務国では債務返済困難の深刻化から債務返済に対する制限的な動きも見られた。また,途上国の経済状況には依然として大きな跛行性が見られ,後発開発途上国の多くを抱えるアフリカでは81年以降5年連続して1人当たり成長率がマイナスとなり,危機的経済状況を脱し得ていない。

さらに,オイル・グラットによる石油市況の軟化から,85年の産油債務国の成長率も低下した。

86年に入って起こった大幅な石油価格の下落は,非産油途上国の経常収支改善や先進国経済成長の促進,インフレ低下等による国際経済環境の改善等の途上国の経済発展にとり好ましい影響をもたらすものと考えられる一方,メキシコ等多額の債務を抱える産油国の債務返済困難を深刻化させることが懸念されている。

2.国際協調

(1)主要国首脳会議

(イ)ボン・サミット

(i) 第11回主要国首脳会議は85年5月2日から4日にかけ,西独ボンのパレ・シャウムブルク(旧首相官邸)を主会場として開催され,日本,米国,フランス,西独,英国,イタリア,カナダの7か国首脳とEC委員会委員長が出席した。本サミットでは「ボン経済宣言」,「第2次大戦終戦40周年に際しての政治宣言」が採択,発表されたが,両宣言の主な内容は次のとおり。

(ii) ボン経済宣言

(a)「インフレなき成長及び雇用の拡大の維持」のための方途として節度ある財政金融政策の実施,市場機能の活性化等が合意された。このような共通の原則を基礎として,各国別の努力内容が規定された。

(b)開発途上国との関係では途上国の健全な成長のための世界貿易拡大,金利低下,開かれた市場,ODA(政府開発援助)を始めとする資金フローの拡充等の重要性につき合意された。また既存の国際機関の役割,資金基盤等の強化,アフリカ問題への取組みなども討議された。

(c)貿易の分野では保護主義の防圧に向け強い姿勢を打ち出すとともに,新ラウンドに関し,「我々のほとんどは右(新ラウンド交渉開始)は1986年中であるべきと考える」旨明記された。

(d)通貨問題については国際通貨制度の機能改善が肝要とされ,そのための具体的作業について述べられた。その他,環境問題,科学技術協力について各々合意が見られた。

(iii) 「第2次大戦終戦40周年に際しての政治宣言」

サミット7か国が過去における不幸な対立を乗り越えて,自由と民主主義という共通の価値に基づいて強く結ばれ,世界の平和と安定に向けて相互の協力を一層強化することの必要性が確認された。

(ロ)東京サミット

(i) 第12回主要国首脳会議は86年5月4日から6日まで東京赤坂迎賓館を主会場として開催され,ボン・サミットに参加した首脳に加え,EC理事会議長国代表としてルッベルス=オランダ首相が参加した。アジアで7年振りに開かれた本サミットでは,東京経済宣言のほか,「より良き未来を期して」と題する東京宣言,「国際テロリズムに関する声明」,「原子力事故の諸影響に関する声明」を発出した。

(ii) 今次サミットの特徴としては以下の諸点が挙げられる。

(a)ボン・サミット以降世界経済の実体面,国際協調の双方で改善が見られ,サミット諸国の経済拡大が4年目に入った中で開催された本サミットでは,東京宣言や経済宣言を通じ,サミット諸国がこれまで培ってきた協力の精神を更に強化し,現在世界が直面する政治,経済,さらに社会的課題を克服し,明るい未来を構築しようとの明確な決意が表明された。我が国は議長国として,参加国首脳の自由率直な意見交換を通じ,実りある成果が得られるよう最大限の努力を行った。

(b)今次サミットが7年振りにアジアで開かれるサミットであることの意義を踏まえ,開発途上国の期待にもできる限り応えるよう努力した。特にサミットを前にしアジア諸国から寄せられた期待と要望を踏まえて,我が方よりアジア地域の安定と進歩への貢献の必要性等を訴え,各国首脳の理解を得た。

(c)最近大きな問題となっている国際テロの問題,また会議直前に発生したソ連原発事故等の動きを反映して経済以外の問題の比重が相対的に高まったが,諸宣言を通じて西側主要先進国の対応の協調が図られたことは大きな意義を有する。

(iii) 東京サミットで採択された諸宣言の概要は次のとおり。

(a)「東京経済宣言」

(あ)インフレなき経済成長の推進,雇用と生産的な投資のための市場志向型誘因の強化,国際貿易・投資制度の開放,為替レートの安定性の向上を目的とした先進工業国間の政策協調につき合意。このため7か国蔵相会議(G-7)の創設,各国の経済政策についての多角的監視の強化を図る。

(い)先進国,途上国双方が経済活動のすべての分野での効果的な構造調整政策を実施すべきことにつき合意。

(う)途上国との関係では,債務戦略強化,IDA第8次増資につき合意。保護主義防圧,途上国産品への一層の市場開放,一次産品対策等の重要性を再確認。

(え)86年9月の閣僚会議において新ラウンドの発足につき決定的な前進が図られるよう努力する旨表明。

(お)構造的な農産物生産余剰のもたらす影響につき,OECDの今後の作業を全面的に支持する旨表明。

(b)「東京宣言」

「より良き未来を期して」と題された本宣言では,欧州とアジアの文明に源を発し,自由・民主主義という価値観を共有する北米,西欧,日本のサミット諸国首脳が一致して,より安全で,より豊かで,自由かつ平和な世界のために協力することの重要性を強調した。

(c)「国際テロリズムに関する声明」

最近の国家支援を含む国際テロの頻発に対して,サミット首脳は従来にも増して大きな関心をもって意見交換を行い,断固として国際テロと戦うという強い決意を表明するとともに,その防止のための国際協力を強化することに合意した。またサミット諸国は,テロ支援国家,特にリビアに対し,自国の判断と責任において国際テロを防止,抑圧するための措置をとる決意を表明した。

(d)「原子力事故に関する声明」

会議の直前にソ連原発事故が発生し,国境を越えた被害の深刻さに世界各国が重大な懸念を抱いている中で,本声明が発出された。原子力が現在も,また適確な管理の下で将来も重要なエネルギー源であり続けるとの認識を共有する一方,原子力の安全確保が,各原子力利用国の国際責任であることを強調した。さらに今回事故の教訓を生かし,国際原子力機関(IAEA)において,安全性,相互緊急援助及び事故関連情報交換に関する国際協力を強化することに合意した。

(2)経済協力開発機構(OECD)

OECDは自由主義経済を標ぼうする24の先進国を加盟国とする機関で,経済,社会の広い分野における西側先進国間の協調の促進を目的とする。設立条約に掲げられた3大目的,(i)経済成長,(ii)途上国に対する援助,(iii)自由かつ多角的な貿易の拡大にそれぞれ対応する経済政策委,開発援助委,貿易委をはじめ,新たな問題を扱う環境委,情報・コンピューター・通信政策委等数十に及ぶ委員会が常時活動し,年1回開催される閣僚理事会で年間の活動の総覧が行われる。先進国の閣僚が一堂に会して主要経済問題について討議を行う閣僚理事会は,開催時期が先進国サミットの直前に当たることが近年の例であることから,そこでの議論はサミットでの議論に重要な影響を与える結果となっている。

85年の第24回閣僚理事会は4月11~12日に,「途上国の調整と前進のための協調」,「貿易面を中心としたゲームのルールの強化」,「80年代央のOECD経済」の三つを議題として開催された。そこではOECD経済の景気回復の反面,米国の財政赤字,高金利,ドル高,経常収支の不均衡等種々の不均衡が存在すること,及び景気上昇にもかかわらず欧州諸国等において雇用情勢の改善が見られないことへの懸念が表明された。かかる状況に鑑み,インフレなき持続的成長と雇用拡大を達成するべく各国が協調行動をとることが合意され,その際の優先分野としては米国が財政赤字の除去及び保護主義圧力への抵抗,我が国が金融市場の規制緩和,対内・対外投資の促進,市場アクセスの一層の促進及び輸入増加の奨励等を通じての黒字削減,欧州その他の諸国は経済の適応力及び成長の雇用創出力の強化,財政赤字の削減,実質需要の増加等であることが示された。

新ラウンドの開始時期は84年に続いて大きな争点となったが,「できる限り早期に開始」することに合意するとともに幾つかの国が86年開始を希望する旨がコミュニケに明記された。また,保護主義防圧のため,各国が既存の貿易制限措置のうち,一定期間内に漸進的に除去し得る措置をすべてOECDに提出し,86年の閣僚理事会に報告することが合意された。

86年の第25回閣僚理事会は4月17,18日の両日「世界経済の成長の原動力を強める」との基本テーマの下,「経済政策と構造政策」,「途上国との関係」及び「貿易及び貿易政策」について討議が行われた。参加各国閣僚はいずれも,種々の不均衡が持続的成長を脅かしている中で,昨年後半から好材料(インフレの抑制,為替レート不均衡の是正,金利の低下,石油価格の下落による成長率の押上げ)が見え始めたことから,世界経済には明るい展望が開けつつあること,しかし依然として財政赤字,失業,経常収支の不均衡等解決に時間を要する課題があるため,これらを冷静に分析し,マクロ経済政策運営等の面での国際協調を一層推し進めることによって中長期的な持続的成長を達成すべきであり,また,それが可能であること,で意見の一致を見た。

また,今年は全体を通じ構造調整問題が取り上げられ,南北を問わず,また先進国の中でも欧州に限らずすべての国において解決すべき構造問題があること,また,それらは相互に密接に関連していることが強調された。このためグローバルな構造調整の必要性についての認識が各国間に高まった。これは我が国の最近の政策努力にも沿ったもので有意義であった。

各国が世界経済の現状を正しく把握し,かつ協調の重要性を相互に再認識しつつ,問題を前向き,建設的に解決していくとの姿勢をとったことは東京サミットを控えた日本にとって好ましい結果になったと言えよう。

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