第2節 軍縮問題
1.軍縮会議及び国連における軍縮討議
(1)軍縮会議(CD:Conference on Disarmament)
ジュネーヴの軍縮会議(84年から従来の軍縮委員会を軍縮会議と名称変更)は,具体的な軍縮措置について交渉を行う唯一の多国間交渉機関である。軍縮会議は,2月7日から4月27日まで(春会期)及び6月12日から8月31日まで(夏会期)開催され,議題として従来からの(イ)化学兵器禁止,(ロ)放射性兵器禁止,(ハ)非核兵器国の安全保障,(ニ)包括的軍縮プログラム,(ホ)核実験禁止,(ヘ)宇宙における軍備競争防止,(ト)核軍備競争停止と核軍縮,及び新たに(チ)核戦争防止の計8議題が取り上げられた。INF交渉及びSTARTという米ソ間の二つの核軍備管理・軍縮交渉が共に中断されたままとなっていた中にあって,多数国間の軍縮交渉機関としての軍縮会議の役割が一層注目されたが,審議は83年会期同様アドホック委員会(作業部会)の設置等の手続事項に偏る傾向を示し,実質的成果には乏しかった。すなわち,上記議題のうち(イ)~(ニ)の4議題についてはアドホック委員会が設置され,特に化学兵器禁止については,条約案作成を目指して活発な実質的審議が行われたものの,残る諸議題については,実質問題についての西側,東側及び非同盟諸国それぞれの立場の相違を反映して,アドホック委員会設置そのものについて合意が成立せず,本会議等で意見交換が行われたにとどまった。
このような状況下,我が国は,軍縮は,そもそも忍耐強い交渉を通じて具体的措置を積み上げていくことが唯一の方途であるとの考えに立って,機会を捉え,漸進的かつ実務的アプローチにより実質面の進展を図るよう訴えた。特に,夏会期の冒頭の6月12日,安倍外務大臣は,我が国の外務大臣としては初めて軍縮会議に出席して演説(資料編参照)を行い,具体的な問題に触れつつ,軍縮に対する我が国の基本的立場を明らかにするとともに,米ソをはじめとする世界各国が平和と軍縮のために努力を結集するよう,そして軍縮会議が軍縮推進の挺子となるよう訴えたが,これは,軍縮会議に対する我が国の極めて重要な貢献となったと言えよう。
(2)第39回国連総会
国連における軍縮問題の討議は,78年の第1回軍縮特別総会において,「総会の第一委員会は,軍縮問題及び関連する国際安全保障問題のみを取り扱う」旨決定されたことを受け,専ら第一委員会で行われている。
今次総会第一委員会では,米ソ交渉の中断に象徴される厳しい国際情勢と軍縮交渉の全般的停滞さらにはそのような状況に対する非同盟諸国の焦燥感等を反映して,西側,東側及び非同盟問の立場の相違が大きく,審議は一方的主張に偏る傾向を見せた(但し,総会終盤には,米ソ間で新たな軍備管理交渉開始の合意へ向けての模索がなされていたこともあり,東西間の相互非難はやや緩和された)。この結果,決議案は前年以上に増加し,73件の決議案が上程され,最終的に64件の軍縮関係決議が採択された(うち,核軍縮関係決議が約半数にのぼっている)。
我が国は,核実験全面禁止及び化学兵器禁止に関するそれぞれの決議案の起草及び支持取り付けに積極的に貢献したのに加え,二国間軍縮交渉(INF,START),兵器用核分裂性物質の生産停止,放射性兵器禁止及び信頼醸成措置等に関する計7件の決議の共同提案国となった。
なお,82年の第2回軍縮特別総会における我が国の提案に基づき,83年に引き続き国連軍縮フェローシップ参加者25名が来日し(9月),東京,広島,長崎を研修のため訪問した。
(3)国連軍縮委員会(UNDC:United Nations Disarmament Commission)
国連軍縮委員会は,84年5月7日から6月1日までニューヨークの国連本部において開催され,(イ)核軍縮,(ロ)信頼醸成措置のガイドライン,(ハ)軍事費削減,(ニ)軍縮と開発,函南アフリカの核能力の議題を審議した。上記のうち,核軍縮及び南アの核能力を除く議題の下では,それぞれ具体的措置を巡っての議論が行われたものの,西側,東側,非同盟各グループ間の見解の相違が大きく,国連軍縮委員会として合意された具体的措置の採択には至らなかった。
2.主要軍縮問題
(1)核実験全面禁止(CTB:Comprehensive Nuclear Test Ban)
(イ)軍縮会議においては,82年及び83年会期で設置されていた核実験禁止の「検証と遵守」を検討するアドホック委員会(作業部会)が,同委員会の付託事項を巡る見解の相違から設置されないままに終わった。すなわち,検証問題の検討を打ち切り,核実験全面禁止条約案の交渉を直ちに開始すべきであるとの東側及び一部非同盟諸国の主張に対し,「検証と遵守」について十分審議を尽くすべきであるとの西側諸国の主張が対立し,結局,アドホック委員会の付託事項改訂について合意が得られなかったものである。
このような状況の下で,我が国は,6月12日の安倍外務大臣の軍縮会議における演説で,核実験禁止に至るステップ・バイ・ステップ方式を提案した。これは膠着状態に陥っている核実験全面禁止の検討に弾みを与える目的で,一足飛びの核実験全面禁止が実現出来ないのであれば,次善の策として,現在多国間で検証可能な地下核実験の規模を「敷居」とし,まずこれを超える規模の地下核実験を禁止し,さらに多国間検証能力を向上させ,「敷居」を引き下げていくことにより,究極的には「敷居」をゼロにする,すなわち,核実験全面禁止を達成する,という提案である。本提案は,核実験全面禁止へ向けての審議を活発化するための具体的貢献として各国の注目を集めた。
(ロ)第39回国連総会においては,我が国は豪州等と共同し,軍縮会議に対し,アドホック委員会を設置し本件に関する条約交渉のために,禁止の範囲のみならず,検証・遵守問題をも含んだ実質的作業を直ちに再開することを要請する決議案を提出し,同決議案は賛成多数(反対ゼロ)で採択された。
(2)核不拡散問題
(イ)我が国は,国際の平和と安全にとっての重要な枠組みのひとつとして,核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持・強化を重視し,NPTへの普遍的加盟の達成のため,未加盟国の加盟促進を呼び掛けてきた。85年3月現在,NPTの締約国数は122か国となっている。
(ロ)85年秋にNPTの第3回再検討会議が開催され,核不拡散,核軍縮,原子力平和利用等の側面について検討が行われる予定である。84年においては,軍縮会議のメンバー国及び国際原子力機関(IAEA)の理事国となっているNPT加盟国を中心に再検討会議のための準備委員会が設置され,4月に第1回,10月に第2回の準備委員会会合が行われた。第1回準備委会合では,我が国の今井軍縮代表部大使が議長を務めた。
(3)化学兵器禁止問題
(イ)84年の軍縮会議では,化学兵器禁止条約に盛り込まれるべき主要な問題点,特に定義,化学物質の禁止の範囲及び検証問題等に関する審議が継続され,交渉は活発化した。かかる活発化の背景としては,イラン・イラク紛争において化学兵器が実際に使用されたことが国連の専門家により報告されたこと(3月),ソ連が化学兵器廃棄施設における査察員の常駐を受け入れる用意がある旨示唆した提案を行ったこと(2月),及び,ブッシュ米副大統領が化学兵器禁止に関する米国の包括的条約案を軍縮会議に提出したこと(4月)等が挙げられよう。
(ロ)ソ連は,上記の米条約案について非現実的であるとして反対しているが,そもそも,化学兵器禁止問題は,多くの法律的,技術的な問題を含んでおり,特に,平和目的の化学産業との関係,検証措置等困難な問題が残されている。我が国としては,今後ともこれらの問題の解決のために積極的に貢献していくとともに,軍縮会議において早期に化学兵器禁止条約の作成が行われるよう努力していく所存である。
3.新たな米ソ軍備管理交渉
(1)既に総説第2章(「1984年の世界の主な動き」)で述べた通り,1983年末のソ連による中距離核戦力(INF)交渉及び戦略兵器削減交渉(START)の一方的中断後ちょうど一年を経て,米ソ両国は,新たな軍備管理交渉の開始に合意した。すなわち,1984年11月22日,米ソ両国は,「両国は,核兵器及び宇宙兵器に関する全ての領域の問題について相互に受諾可能な合意を達成する目的で新たな交渉に入ることに合意した。」旨の同時発表を行った。そしてこの合意に基き,1985年1月7・8日に行われた米ソ外相会談の結果,新たな米ソ交渉の対象と目的について,要旨次のような共同声明が発表された。
(イ)今後の交渉の対象が宇宙兵器及び核兵器に関する問題の総体となることで合意した。
(ロ)これらの問題は,相互の関連の中で考慮し解決することとする。
(ハ)交渉の目的は,宇宙での軍備競争の防止・地球上での軍備競争の停止,核兵器の制限と削減,戦略的安定の強化を目指した効果的取り決めの作成である。
(ニ)交渉は3グループに分かれた双方の代表団によって進められる。
(注:この3グループとは,それぞれ戦略核兵器,中距離核兵器及び宇宙兵器に関するグループである。)
その後,交渉は外交ルートを通じてなされた合意に従い,3月12日からジュネーヴにおいて開始されており,85年6月現在その第2ラウンドが行われている。
(2)我が国としては,この米ソ間の新たな軍備管理交渉の開始を歓迎し,早期に実質的な進展が図られることを強く期待している。しかし,交渉の見通しは,必ずしも楽観的な期待を抱き得る状況にはなく,実際,現在までのところ何ら顕著な進展はない。米ソの基本的立場には大きな隔りが存在している。
例えば,戦略核及び中距離核についての交渉グループにおいては,それぞれ従来のSTART及びINF交渉の中断時点での米ソの立場が今次交渉での出発点となっている。中距離核の分野をみれば,米INFの西欧配備は,そもそもソ連のSS-20の配備・増強によって生じた軍事バランスの回復を図ろうとするものであるが,ソ連は,基本的に米INF配備を阻止したいとの立場を維持しており,従ってSS-20と英仏の核とのバランスを図ろうとしているほか,欧州でのみ解決を図れば良い問題であるとしてアジアのSS-20を対象とすることは拒否している。また,戦略核の分野では,米国が安定を高めるような戦略核の大幅な削減を呼び掛け,米ソ双方の戦力構成の非対称性を考慮した上でのトレード・オフ(交換規制)の考え方を提示しているのに対し,ソ連は,自国の戦略戦力の優位を固定化すべく戦略兵器の凍結を提案するのみで,具体的な話し合いに応じる姿勢を見せていないと言われる。
更に,宇宙兵器についての交渉グループにおいては,米国が攻撃兵器と防御兵器の関係についての米国の基本的考え方を説明し,また,ABM条約の風化防止を主張するとともに,米国のSDI(戦略防衛構想)研究はABM条約に違反するものではないとしているのに対し,ソ連は,米国のSDI研究の阻止を目的とし,自らの定義に基く「宇宙打撃兵器」の研究,開発,実験,配備の包括的禁止を提案している。
上記のとおり,交渉に臨む米ソの立場には基本的隔りがあるが,加えて,米国は3つの交渉グループのうち,ひとつでも進展があれば,合意作成可能との立場であるのに対し,ソ連は合意作成のためには3グループすべてで進展が必要,特に,宇宙について進展がない限り他の2分野の進展も有り得ない,との立場をとっており,今後の交渉は困難かつ相当に息の長いものとなることが予想される。
ソ連は,交渉の全期間中における宇宙兵器のモラトリアムと戦略兵器の凍結,また,中距離核につき米INFミサイルの欧州配備とソ連の対抗措置の同時凍結を提案し,更に,85年11月までのSS-20配備のモラトリアムを表明しているが,かかる一連の「凍結」提案は,平和攻勢や西側離間の狙いを持ったものであり,ソ連は今後このような宣伝活動を活発化させることが予想される。
我が国は,従来より交渉の節目毎に米国から緊密な連絡を受けてきているところである。我が国としては,過大な期待を抱くことは慎みつつ,辛抱強くかつ冷静に交渉の成り行きを見守るとともに,引き続き自由民主主義諸国の連帯と結束を堅持し,交渉の進展に向けての米国の努力を積極的に支持していくことが肝要である。