第2節 国際貿易

 1.保護主義の台頭とその背景 

78年に始まる第2次オイルショックを契機に発生した世界不況が長引くに伴って顕在化した保護主義の動きは,83年以降の景気回復の下でも依然根強く,先進諸国の多くは自国産業の保護・失業問題の悪化防止を理由に,輸出自主規制(VER),天気予報等のGATTの枠外での二国間での問題解決を模索するようになり,GATTに基づく戦後の多角的自由貿易体制に対する脅威は高まりつつある。戦後ケネディー・ラウンド及び東京ラウンドを通じて関税率は大幅に低下した。東京ラウンドによりOECD主要17か国の製品に対する平均関税率は3分の1に低下したが,VER等の非関税障壁は68~83年の間に4倍に増加し,制限的貿易措置の対象分野も60年代の繊維,履物,鉄鋼等の限られた分野から,最近では自動車,家電及び工作機械等の分野にまで拡大している。このようにGATTの枠外にあるいわゆる「灰色措置」は,今や世界貿易の15%に達し,先進国で消費される製品の4分の1にまでその影響が及んでいる。 以上のごとき根強い保護主義圧力の背景には,各国の景気回復のばらつき等の循環要因のほか特定国の経常赤字の累積,労働市場の硬直性に帰因する実質労働コストの高止り(欧州),技術革新に対する各企業の受容能力の不足による対外競争力の低下,産業調整の遅れ等の構造的要因があるとの認識が一般化している。GATT・OECDを中心とする戦後の多角的自由貿易体制の維持・強化がその繁栄に不可欠である我が国にとっては憂慮すべき状況が続いている。

 

 過去1年間の保護主義的措置の代表例(84年4月~85年3月)

 セクター

 国名

 内容

 (i) 鉄鋼

 (ii) 繊維

 (iii) 自動車

 (iv) 農産物等

 (v) 家電

 (vi) 工作機械,フォークリフト・トラック等 

英,仏,伊

EC

EC

EC

鉄鋼輸入規制(事実上の関税)シーリング設定 輸入規制の強化

 (イ)(MFA)多角的繊維取極の実施に係る追加的基準(協議要請)の導入

 (ロ)迂回輸入をより厳格に取り締るべく新たな原産地規制を導入 

アジア諸国産繊維製品の間接輸入に数量制限,監視制度導入につきEC委員会の許可を得た 

日本車対米輸出に関し自主規制継続(期限85年3月)

日本車の対EC輸出に関し自主規制継続要求(85年末まで継続)

砂糖関連製品輸入規制の強化 

デンマーク製ハムVER導入

 相殺・アンチダンピング関税の適用上,産業の定義をワイン製造業者のみならずブドウ栽培業者にまで拡大(T&T.Act) 

日本からのVTR,カラーテレビ等の対EC輸出について輸出自粛要求継続 

日本からの対EC輸出について輸出自粛要求

 

 2.ガット・OECDの動き

(1)ガット 

世界経済の堅調な回復にもかかわらず,84年を通じ保護主義圧力はむしろ高まった。ガットは82年のガット閣僚会議で採択された作業計画の推進と,新ラウンドの準備促進という努力により,保護主義の防圧と,自由無差別な貿易体制の維持・強化に努力した。この活動は,11月の第40回ガット総会における作業計画の一応の取りまとめと新ラウンドの土俵に近づいた成果を見た点に集約される。

(イ)作業計画の取りまとめ

(a)セーフガード

今次総会までに包括的了解を作成することができなかったので,かかる了解作成の努力の必要性を指摘しつつ,これまでの作業においてほぼ意見の一致が見られた要素(時限性,漸減性,透明性,監視等)及び意見の一致が見られなかった要素(選択性,灰色措置等)を事実関係を中心に報告した。

(b)農産物貿易

数量制限,国家貿易,可変課徴金,補助金,防疫制度等の農産物貿易に関するすべての問題をカバーする一般的解決を得るための様々なアプローチを次期総会までに策定することとなった。

(c)熱帯産品

これまでに行われた協議を踏まえ,熱帯産品貿易の一層の自由化を目的とした「適宜交渉」にどのように進むかについて今後検討を行うこととなった。

(d)不正商品

貿易政策の専門家と商標権の専門家からなる専門家会合を設立することとなった。

(e)繊維

作業部会の活動期間を延長することとなった。

(f)サービス

総会議長が情報交換の場をガット枠内で組織することとなった。

(g)ハイテク

特に決めず,今後ガットの通常理事会で検討することとなった。

(h)そのほかにも輸入制限及びその他の非関税措置,開発途上国問題,為替変動,紛争処理等についても作業計画に従って一応の総括的報告がなされた。

(i)なお,今次総会で我が国の千葉ジュネーヴ代表部大使が85年のガット理事会議長(86年の総会議長)に選出された。

(ロ)新ラウンド

主要先進国は85年中の準備開始でほぼ足並みがそろい,途上国は依然消極的ではあるものの,今後何らかの貿易交渉の必要性を認識するに至り,新ラウンドの土俵に近づいたと評価。議長は,議長要約の中で,85年央に新ラウンド準備のために特別総会を開催すべしとの提案が幾つかの国によってなされた旨言及した。

(2)OECD

OECDにおいては,82年閣僚理事会で決定された「80年代の貿易問題」(サービス貿易・ハイテク製品貿易等)の検討に加え,84年閣僚理事会で合意された保護主義の巻き返し及び新ラウンドの準備の進め方が討議の中心とされた。

(イ)保護主義を巻き返すための行動 84年の閣僚理事会では,(a)加盟国は東京ラウンドで合意された関税引下げ措置を繰上げて実施する(フェーズ1),(86年分を85年に),(b)OECDにおいてセクター毎(自動車・鉄鋼・繊維等)の保護主義の実態調査を実施する(フェーズII)の2点が合意された。 しかしながら,我が国・EFTA諸国はフェーズ1を完全実施したが,ECは不完全にしか実施しておらず,米国に至っては全く実施していない。本年の閣僚理事会においては,各国が保護主義的措置撤廃のための共同行動計画を作成すべく一定期間内に漸進的に除去しうるすべての保護主義的措置を85年10月中旬までに提示することが合意された。

(ロ)新ラウンド ガットにおける準備の進展とともに,OECDでも新ラウンドについての検討が進み,85年の閣僚理事会ではその可能な限り早期の開始が合意された。

(ハ)その他

(a)混合借款

混合借款の透明性及び規律の強化についての検討が進み,85年の閣僚理事会では,許容可能な最低グラント・エレメント(G.E.)の25%への引上げを決定した。

(b)南北貿易

ガット体制へのLDCの統合問題及びカウンター・トレードに対する途上国の対応が検討の中心とされた。

(c)東西貿易

西側企業が東側との取引上抱える問題を主として討議が進められた。

3.新ラウンドの考え方

(1)背景

我が国は83年11月のレーガン大統領訪日の際,新たな多角的貿易交渉(新ラウンド)を提唱し,爾来,86年春の交渉開始を目指し,OECD閣僚理事会,サミット等及び二国間の会談を通じ,各国に積極的に働き掛けを行った。

(2)新ラウンドの必要性

(イ)保護主義の蔓延,ガット体制崩壊の危険性 79年に東京ラウンドが終了した後の世界経済は,第二次石油危機による世界貿易の停滞に見舞われ,米国の貿易赤字の増大,欧州の構造的失業,日本の貿易黒字拡大等により保護主義圧力の高まりは極めて危険な程度となった。ガット事務局の試算によれば,世界貿易の約4割が何らかの規制をうけていると言われる。ガット体制の形骸化を防ぎ,新たに貿易ルールを再構築することが新ラウンドの大きな役目である。

(ロ)新分野への対応 サービス貿易の拡大等経済構造の変化に対し,ガットは十分対応するとともに,21世紀に対応するガットの強化,整備に十分考慮を払う必要がある。

(ハ)途上国問題への取り組み 累積債務問題の発生,比較優位の変化等新たな状況を踏まえて途上国の貿易環境の改善を図る必要がある。

(3)我が国の対応

戦後,自由貿易体制の利益をもっとも多く享受してきた我が国は,その国際的地位の向上とともに,ガット体制の維持・強化のために積極的な寄与を行っていくべき段階にきていると言えよう。リーダー国の一つとしてほかより多くの負担を担う決意で新ラウンドの推進に努力する必要がある。

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