第2章 国際経済関係
第1節 総論
1.世界経済の動向
(1)世界経済の発展と相互依存の高まり
84年は,米国経済の拡大と輸入需要の増加を通じ世界的に景気回復が波及していった年であった。この景気回復基調は第2次石油ショックが残した不況とインフレから脱脚して世界経済が安定的成長へと向かう条件を整えるものであるが,米国の高金利,欧州の厳しい雇用情勢,根強い保護主義,累積債務問題等,世界経済の前途には解決すべき困難な課題が数多く残されているのも事実である。
(イ)先進国経済
先進工業諸国では,物価安定の中で,着実な景気拡大が見られた。景気回復の推進役である米国経済は,大幅な設備投資,住宅投資の拡大,個人消費の増加から,84年は6・8%という51年以来の高成長を記録した。しかもこの間,物価は安定基調を続け,消費者物価は4.3%と,83年より僅かに上昇したものの引き続き落ちついていた。雇用情勢も改善され,失業率は83年の9.5%から7.4%へと大きく低下した。このように,経済再活性化という意味ではレーガン大統領の経済政策は大きな成果を挙げたが,他方,双子の赤字ともいわれる2,000億ドルを超える財政赤字と1,000億ドルを超える経常収支の赤字と高金利・ドル高が米国経済の先行きに懸念を持たせている側面も否めない。
欧州諸国では,緩やかながらも景気回復が持続し,物価も,英国,西独で落ちついた動きを示し,フランス,イタリアでも鎮静化傾向が見られた。しかしながら,失業率は各国とも10%前後の高水準で推移し,雇用情勢は依然として厳しい。欧州経済は回復基調にあるものの,経済再活性化政策,産業構造調整の面での課題が多く,景気回復力は総じて弱い。
(ロ)開発途上国経済
84年は先進国経済を中心とする景気回復が確かなものとなり,その効果は一部の開発途上国にも貿易を通じ波及し,同年の非産油開発途上国の実質GDPの伸び率及び経常収支赤字とも改善に向かっている。
特に,アジアを中心とする新興工業国(NICs)は,輸出指向政策に支えられて高い成長率を示した。しかしながら,途上国の経済状況には大きな跛行性が見られ,後発開発途上国の多くを抱えるアフリカ諸国は,経済的基盤が脆弱であり,干魃による影響,輸出停滞,公的債務を中心とする債務累積に苦しみ,その危機的経済状況は深刻であり,また,ラテン・アメリカ諸国にとっては,貿易収支改善等,明るい兆しが見られるものの,依然として厳しい調整努力を余儀なくされている。そのほか,開発途上国全体としても,一次産品価格の低迷,根強い保護主義圧力等の外的な諸困難に加え,自らの経済的・社会的脆弱性という問題を抱えている。
(ハ)相互依存関係
世界経済において相互依存関係が深化していく中で,今後世界経済の安定的拡大のためには,各国が国際協調精神に則した政策をとることが要請される。例えば,我が国の対開発途上国貿易について言えば,途上国は我が国の重要な貿易相手として,これら諸国の経済発展は,我が国及び国際経済全体の活性化,拡大にとり極めて重要である。
また,現在の深刻な累積債務問題を中長期的に解決するためには,単に金融問題の側面のみではなく,例えば債務国の輸出拡大の視点から貿易問題,輸出所得安定の観点から一次産品の価格安定,さらに広く開発促進という問題として捉えるべきとの認識が強くなってきている。このことからも分るように,世界経済の諸問題間の相互依存関係の深化が,強く意識されてきている。
かかる点にかんがみ,今後世界経済の健全な発展のためには,特に先進国として,インフレなき持続的成長の達成,高金利の是正,保護主義圧力の防圧,積極的な構造調整政策,及びODA等途上国への資金フローの拡充等の措置により,開発途上国の自助努力を支援していくことが重要となってきている。
(2)世界経済における日本の地位と役割
84年は,我が国がIMF8条国に移行し,OECDに加盟してから20年目に当たる年である。
この間における日本経済の発展を概観すれば,名目国民総所得は10倍に増加し,OECD加盟国全体の経済規模に占める割合も,65年の6.6%から83年には14.8%を占めるに至った。貿易についても総額で146億ドルから3,066億ドルヘ,20倍強の驚異的な拡大を果たし,世界の全貿易額に占める割合も4.5%から83年には8.1%に達した。
このように,今や我が国は,相互依存関係を深めている世界経済の重要な一翼を担うに至っており,その経済的地位の上昇に見合った認識と行動をせざるを得ない状況に置かれている。すなわち,我が国経済の発展が余りにも急速であったことを踏まえ,国民各層が,我が国の置かれている現実の国際環境を見据えつつ,従来の発想と行動様式の是非を見直すべき時期に至っている。
活力ある世界経済の安定的な発展は,我が国国民の安全と繁栄の途でもある。かかる観点より・我が国は国民各層に至るまで,その行動が世界経済に与える影響を考慮しつつ,主体的な行動により,我が国の経済的地位に相応した国際的責務を負わなければならない段階に達している。
先に見たように,現在,世界経済はインフレなき持続的成長への足掛かりをつかみつつある一方,多くの解決すべき困難を抱えている。また,84年に350億ドルに達した我が国の大幅な経常収支黒字は,貿易不均衡是正に当たっての我が国の主体的な行動を求める声を高めている。
我が国の課題は,こうした厳しい国際経済情勢を認識し,自由貿易体制の維持・強化に向け率先して努力するとともに,調和ある対外経済関係の形成と世界経済活性化への積極的貢献を行うことである。
すなわち,第一の課題は,大胆な発想に基づく我が国市場の一層のアクセス改善と製品輸入の拡大,新たな多角的貿易交渉開始に向けての積極的貢献,金融の国際化とそれに併行する自由化である。
第二の課題は,国民生活の安定と豊かさを求める内需中心の経済成長の達成である。行財政改革の理念に沿いつつ,国民の求めている心の豊かさを充足することが,調和ある対外経済関係を形成しつつ国民生活の健全な発展を図る方途である。
第三の課題は,我が国の持つ経済力を産業技術協力,投資交流,政府開発援助の積極的,かつ能動的な展開を図ることにより,世界経済の活性化に結びつけることである。
我が国がその経済力を有効に活用し,世界経済の繁栄と安定に主体的な役割を果たすことが,今や世界経済の健全な発展のために不可欠なものとなっており,このために積極的な貢献を行っていくことが必要である。
(3)構造問題
第2次石油ショック以降の深刻な不況に悩んだ世界経済は,83年頃から次第に回復の兆しを見せ,84年以降は順調な回復過程をたどってきた。にもかかわらず,欧州等における失業問題は一向に改善されず,保護主義の圧力も依然根強く残っている。また,先進国経済は一様に巨額の財政赤字を抱え,政府の役割が真剣に問い直されるようになった。
こうした状況において,世界経済が直面する諸問題を解決するためには単に景気動向のみならず,その背後にある構造問題にメスを入れることが必要との考え方が急速に高まってきた。
構造問題の中心的な論点として通常取り上げられるのは,財政の硬直性,産業構造の硬直性及び労働市場の硬直性の3点である。すなわち,社会保障等の分野で不可避的に財政負担が増加する一方,低成長時代に入って大幅な税収の伸びが期待し得ない状況にあって,巨額の赤字を抱える財政が適正な役割を果たし得なくなっていること,産業構造の調整が円滑に行われず,競争力を失った産業が温存される一方で成長産業に十分な資源配分がなされないこと,あるいは,賃金の硬直性,労働力のモビリティーの欠如,適切な技能訓練機会の欠如等により労働市場が円滑に機能せず,雇用機会の創出が妨げられていることといった状況を,いかに根本的に解決していくかが問題となっている。言いかえれば,経済の種々の硬直性を打破し,いかにして変化に柔軟に適応しうる体質をつくっていくかが,先進国経済が現在共通に直面する課題であると考えられる。
OHCDは,従来よりPAP(積極的調整政策)の検討により構造調整の問題に取組んできたが,84年2月に開催された閣僚レベルによる「長期経済問題に関する政府間会議」において構造問題に全面的に光をあてた。ここにおける問題意識は,同年のOECD閣僚理事会で再確認され,さらに続くロンドン・サミットでも回復が本格化しつつある現在をおいて「痛み」を伴う構造調整を進めうる時期はないとの首脳間の一致した認識が得られた。
さらに,85年のOECD閣僚理事会及びボン・サミットにおいても,各国がそれぞれ抱える構造問題を解決するための具体的政策分野が協議された。