5.西欧地域

(1)明治維新以来,対米,対中関係と並んで,我が国外交の基本的な柱の一つであった対西欧外交は,第二次世界大戦終了後,暫くの間中断を余儀なくされた。その後,我が国と西欧諸国との外交関係は,1952年4月のサン・フランシスコ平和条約の発効に伴い再開されたが,当分の間は,我が国の外交政策の重点は対米関係に置かれ,対西欧外交には大きな進展はみられなかった。

(2)60年代を通じ,日欧関係は経済関係を中心に徐々に緊密化していった。60年代前半には,日英通商航海条約,日仏通商協定署名が行われたほか,英,仏,独,伊の主要西欧諸国との間で定期外相協議が創設された。また,64年には我が国のOECD加盟が認められ,また,我が国がIMF8条国に移行したが,これらは我が国が先進国として欧米諸国の仲間入りをした画期的な出来事と言えよう。

(3)このように,60年代から70年代にかけて,日欧関係は経済問題を中心として緊密化していったが,71年9月に行われた天皇皇后両陛下の欧州御訪問は,終戦後の日欧関係再構築の一つの象徴と言える。

70年代には,我が国の経済力の発展を背景として,日欧間の経済摩擦問題が表面化する一方,72年のヒース英首相,73年のアンドレオッティ伊首相等の西欧主要国首脳の来日,また,73年の田中総理及び大平外相の訪欧にみられる如く首脳レベルにおける日欧間の対話は,著しく進展した。75年から始まった主要国首脳会議(サミット)への我が国の参加は,我が国が西側先進諸国の一員としての地歩を固めたという意味で特筆に値すると言えよう。

(4)我が国と西欧諸国との関係は,70年代末に至るまでは,友好関係にあったものの,国際政治上の問題につき協力して対処する関係にはなかった。

しかし,我が国の国力が伸長する一方で,79年のアフガニスタン問題,80年以降のポーランド問題,また,70年代末から80年代にかけてのソ連のSS-20の増強等日欧が共に直面する国際政治問題への対応を巡って相互に協力しあう必要性が増大するに伴って,日欧間の政治対話を強化する気運が日欧双方において高まった。

(5)我が国と西欧諸国は,米国をはじめとする他の先進民主主義諸国とともに自由と民主主義,市場経済という基本的価値観を共有しており,現下の厳しい国際情勢の下で,今日,世界の平和と繁栄に多大な責任を有している。

このような認識は,日欧間の交流が緊密化してきていることを背景に日欧双方で深まってきており,日欧協力,とりわけ政治協力推進の気運は近年著しく高まっている。

中曽根内閣成立後間もない83年1月,安倍外務大臣は就任後初の外遊先として欧州を選び,我が国が西欧諸国との関係を重視しているとの認識を行動をもって示した。このような認識を背景に,その後我が国とEC議長国との外相レベルの政治協議が創設されたが,これは日欧間の緊密な意見交換の場として活用されて来ており,第3回協議は84年5月にパリで,第4回協議は9月にニューヨークでそれぞれフランス及びアイルランドを議長国として開催された。このような協議の制度化は,日欧政治対話の大きな前進として注目される。

このような交流緊密化と協力推進の気運は,我が国とEC諸国との関係にとどまらず他の西欧諸国との間でも顕著に高まっている。北欧を例にとれば,これまでの経済・貿易を中心とする関係に加え,近年は北欧各国との要人往来が盛んとなっており,オーラフ=ノールウェー国王(83年),コイヴィスト=フィンランド大統領(85年立寄り),グスタフ=スウェーデン国王(85年3月)等が来日し,我が国よりも85年には皇太子・同妃両殿下が北欧諸国を訪問され(6月),安倍外務大臣がフィンランドを我が国外務大臣として初めて,またノールウェー(4月)及びスウェーデン(6月)をそれぞれ約20年振りに訪問し,政治対話・協力を含めた関係緊密化の気運が著しく高められている。

(6)83年6月に開催されたウィリアムズバーグ・サミットの政治声明において,我が国は欧米諸国と共にサミット参加国の安全は不可分であり,グローバルな観点から取組まなければならないとの認識を明らかにした。このことは,我が国が西側全体の安全保障に共通の認識と立場を示したものとして欧州諸国からも高く評価され,その後の日欧協力関係を推進する上で重要な要素となった。

その後,84年6月のロンドン・サミットでは「民主主義の諸価値に関する宣言」が採択され,自由及び民主主義の重要性が強調され,更に,85年5月のボン・サミットでは,「第二次大戦終戦40周年に際しての政治宣言」が発出された。そこでは,サミット参加国が過去の対立を乗り越え,今や自由と民主主義という共通の基本的価値観の下に,世界の平和と安定の維持のため,将来に向けて協力していく姿勢が打ち出されているが,これは,我が国にとっても戦後国際政治の一時期を画する大きな意義を有するものである。

(7)また,経済面においても西欧諸国と我が国は,自由貿易体制の維持・強化に共通の利益を見出しており,OECD,サミットをはじめとする種々の場で保護主義防圧を目指して努力を重ねてきている。日欧間に大幅な貿易不均衡が存し,また欧州のいずれの国も多くの失業者を抱えていることもあって,貿易問題を巡って,依然日欧間には緊張要因があり,時として欧州側に保護主義的動きが顕在化することがある。

しかし,欧州諸国においては,日欧関係の重要性につき認識が深まっており,また,80年代に入ってからの日欧政治協力強化の気運を反映して,それまで貿易不均衡をめぐって緊迫した局面もみられた日欧経済関係には,漸く改善と発展を図る動きが見られた。特に,日・EC委閣僚会議の第1回会合が開催され,日・EC聞の雰囲気はそれまでの「対立・摩擦」から「対話・協力」へと改善した。更に,双方の貿易拡大の方途を探るための協議の場として日・EC貿易拡大委員会が設置され,本年2月末第1回会合が開催された。

このような経済面での協力の拡充,対話の場の増加は,経済問題の協議にとり重要な意義を有しているが,我が国としては,貿易不均衡問題に関連して各種の改善措置をとることが求められている。

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