第2節 技術協力
1. 概況
技術協力は,開発途上国(又は地域)の経済及び社会の開発に必要な技術の普及あるいは技術水準の向上を目的として,研修員受入れ,専門家派遣などを通じて技術移転を行う経済協力の一形態であり,人と人との接触を通じて諸国民間の相互理解と親善が深められるという特色を持つ。
政府ベースの技術協力は,1954年,我が国がコロンボ・プランに加盟したことにより開始され,現在,政府ベース技術協力の実施機関として74年に設立された国際協力事業団(JICA)を通じて主に実施されている。同事業団は主として外務省の交付金により,条約その他の国際約束に基づく事業などを実施している。そのほか国が実施している協力としては,通商産業省予算により国連工業開発機関(UNIDO:United Nations Industrial Development Organization)からの要請に基づく研修員の受入れ,セミナーの開催,文部省所管の国費留学生の受入れ,農林水産省熱帯農業研究センター及び通商産業省工業技術院が行う協力事業などがある。民間ベース技術協力には,民間団体が政府の補助金あるいは自己資金により行う研修員受入れ,技術者派遣,調査団派遣などがある83年におけるDACベースでの我が国の技術協力関係支出額(国際機関・民間も含む)は,4億5,833万ドル(1,089億円)に上り,対前年比16.6%増(円ベースでは11.3%増)となった。
我が国の技術協力実績をDACベースでの国際比較で見ると,82年の協力額ではDAC加盟17か国中第5位であり,我が国の政府ベース技術協力は着実に拡大の一途をたどっているが,ODA実績に対する技術協力実績の割合では第13位であった。我が国に対する開発途上諸国からの要請は,年々増大する一方であり,我が国としては,ODAの質的な改善を図るためにも,技術協力の質的充実に留意しつつ,量的拡充を重視し,真に相手国の経済及び社会の発展に寄与し得る協力の姿勢を貫いていく必要がある。以下,JICAの事業の概要を述べることとする。
(注)コロンボ・プランは,1950年にアジア・太平洋地域の英連邦諸国の開発につき,主として技術協力の面から取り組むことを目的として発足した国際機関である(現加盟国は,域内及び域外を合わせ26か国)。なお,82年11月に東京において第29回コロンボ・プラン協議委員会会議(同プランの最高意思決定機関で,閣僚レベル会議)が開催され,コロンボ・プランの活動状況,人造りのための技術協力,援助方式の改善等が討議された。次回協議委員会会議は84年後半にマレイシアのクアラ・ルンプールで開催される予定である。
2. 国際協力事業団(JICA:Japan Intemational Cooperation Agency)を通ずる政府ベースの協力
(1) 研修員受入れ
研修員受入事業は,開発途上諸国の中堅技術者,研究者,行政官などを当該国政府又は国際機関の要請に基づき日本に受け入れて,我が国の進んだ技術を研修する機会を与える技術協力の最も基本的な形態である。
82年度中に新規に受け入れた研修員は,4,363名(研修員受入事業による4,059名のほか,第三国研修参加者235名,開発調査事業による研修員23名及び海外移住事業による46名の移住者子弟研修員の受入れを含む)であった。これによって,我が国が54年以来JICAを通じて政府ベースで受け入れた研修員は,合計50,450名に達した。
82年度における地域別受入れの特色としては,中南米地域の占める比率が減少したのに対し,アジア,オセアニア地域の占める比率が増加していることが挙げられる。さらに,受入方式別実績では,集団研修による受入れが2,385名,個別研修による受入れが1,674名(うち国際機関からの要請に基づく受入れ147名)である。
JICAでは今後とも増加が予想される研修員受入れのために東京国際研修センターを建設中である。
他方,我が国がJICAベース技術協力の一環として実施する第三国研修は,75年タイにおいて実施されて以来着実に拡大し,83年度には14件10か国(メキシコ,タイ,チリ,シンガポール,コスタ・リカ,インドネシア,フィリピン,フィジー,マレイシア及びペルー)で実施されるに至った。第三国研修は,開発途上国が我が国の資金的,技術的協力を得て,当該国と自然的,社会的あるいは文化的環境を同じくする近隣諸国から研修員を招請し実施す
るものであり,開発途上国間の技術協力を促進するとともに参加研修員にとっては,より母国のニーズに合った研修を受けられるという利点がある。
81年1月,鈴木総理大臣はASEAN諸国を歴訪した際,「ASEAN人造りプロジェクト構想」を明らかにしたが,この構想に基づき,ASEAN各国に設置される「人造り」のためのセンターとの関連で,沖縄にも「人造り」のための「沖縄国際センター」を建設中である。同センターは,JICAの附属機関として設置され,その主要な事業は,ASEAN向けの研修,ASEANとの人的交流,ASEAN各国に設置されるセンターに対する技術情報等の提供及び各センター間の連携の役割を果たすことである。
(2) 専門家派遣
開発途上国の要請に応じて主として相手国の政府,政府関係機関,試験研究機関,事業所,学校及び指導訓練機関などにおいて,企画立案,調査研究,指導,普及活動,助言などの業務を通じて相手国の人々に技術移転を行うため各種分野に専門家を派遣し,技術協力を行う専門家派遣事業は,研修員受入事業と並び,言わば車の両輪をなす最も基本的な技術協力の形態である83年度中に政府ベースでJICAを通じて新規に派遣した専門家は,計6,458名であった。これによって,我が国が開発途上諸国への専門家派遣を開始した54年以来,政府ベースで派遣した専門家の累計は,総計48,128名に達した。
このうち,開発途上国政府若しくは国際機関の要請に基づいて個別に派遣した専門家の累計は8,236名(83年度645名)である。その中で国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP),東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC),アジア工科大学(AIT)などの国際機関へ派遣した専門家は,累計830名(83年度66名)である。
また,83年度においても,82年度に引き続き専門家の生活環境の整備,専門家のための健康相談巡回指導チーム派遣(83年7月・9月及び84年2月実施)等により派遣専門家の福利厚生の増進に努めた。
なお,我が国の技術協力の拡充強化と効率的実施に関する国内外からの要請にこたえ,技術協力の根幹をなすとも言える技術協力専門家の養成確保及びこれら専門家の現地活動の強化を図るため,JICAの組織として,83年10月に国際協力総合研修所を設立した。
(3) 機材供与
機材供与事業は,派遣専門家,帰国研修員,青年海外協力隊員が技術の指導,普及,移転を行うに当たり必要とされる機材を開発途上国の要請に基づき供与する事業である。言わば「人」を通じての技術協力に,機材という「物」を有機的に組み合わせて,その効果を高めようとするものである。
なお,この機材供与事業は,専門家の携行機材,あるいは,後述のプロジェクト方式技術協力に伴う機材などの供与とは別のものであり,通常「単独機材供与」と呼ばれている。
83年度に供与した機材は,約束額ベースで48件,総額12億9,919万円であった。82年度までの累計総額は,支出純額ベースで77億5,593万円であり,地域配分は,アジア・大洋州50.6%,中近東11.6%,アフリカ11.7%,中南米24.1%,その他2.0%となっている。さらに82年度から単独機材供与事業の一環として,我が国の協力をより一層効果的なものとするため,従来我が国の経済・技術協力の対象案件となりにくかった金額的に1,000万円以下の機材供与を総額1億円の枠内で実施しており,83年度には15件(アジア・大洋州地域8件,中近東・アフリカ地域4件,中南米地域3件)の供与を行った。
(4) 開発調査
JICAによる開発調査は,開発途上国などの要請を受けて,当該国の経済,社会開発上有効と認められる公共的な開発計画に関して実施されるものである。したがって,その分野も農業開発,道路・港湾の建設,通信網整備,電源開発,資源開発,産業近代化など多岐にわたっている。
83年度は,外務省予算による開発調査については新規及び継続分を合わせて200件,131億円に上る調査を実施した。これを地域別に見ると,アジア地域112件,中近東地域24件,アフリカ地域31件,中南米地域27件,オセアニア地域6件となっている(具体的案件については資料編参照)。
また,海外開発計画調査及び資源開発協力基礎調査(通商産業省予算)については,それぞれ69件,総額30億円の調査及び22件,総額22億円の調査を実施した。
(5) プロジェクト方式技術協力
プロジェクト方式技術協力とは,専門家の派遣,研修員の受入れ及び機材供与の3要素を有機的に組み合わせて,5年程度の協力期間にわたり一つのプロジェクトとして計画的に実施される技術協力である,通常,活動の拠点となるセンター,病院,研究所などにおいて農林水産業,鉱工業,電気・通信,建設・運輸保健医療,家族計画などの各分野における専門技術者を養成し,これらの技術者を通じて開発途上国に対する技術の移転・定着を図っている。
81年1月に鈴木総理大臣がASEAN5か国を歴訪した際,協力の意図表明を行った「ASEAN人造りプロジェクト」は,本方式によりASEAN各国で技術協力が行われており,83年中に本格的な協力段階に入った。
プロジェクト方式技術協力は,センター協力,保健・医療協力,人口・家族計画協力,農林業協力,産業開発協力の5事業に区分され,各々以下のとおりの事業活動を行っている。
(イ) センター協力
開発途上国の技術訓練センターなどを拠点として,各種技術分野における人材の養成・訓練を行う。典型的な協力内容は,一般的な職業訓練(機械,電気,自動車,板金溶接等)とインフラ・鉱工業分野(電気・通信,運輸・建設,鉱工業等)での技能者養成及び研究開発プロジェクトに大別され,開発途上国の「国造り」の必要性に応じ多様な協力を実施している。
83年度には,50億1,830万円の予算規模をもって,18か国38件(ASEAN人造りプロジェクト5件を含む)の協力を行った。
(ロ) 保健・医療協力
開発途上国国民の健康の維持増進を図り,社会福祉の向上に寄与することを目的として,途上国で必要とされる医師,看護婦などの医療部門の人材養成・訓練を行う。協力内容は,ウイルス,細菌学,内科,外科,眼科など基礎・臨床医学の研究,特定疾病(結核,熱帯病,がん等)の抑制対策,地域保健対策(住民の健康・医療サービス向上,公衆衛生改善,保健婦の養成など地域住民に直結した協力)に大別される。
83年度には,37億6,900万円の予算規模をもって,27か国34件の協力を行った。このほか,地理的関係などから,我が国の医学,医療について認識の余り深くない中近東,アフリカ,中南米諸国に対し,我が国トップ・レベルの医学者,大学教授を派遣し,学術講演などを通じ我が国の医学,医療を紹介するなどの事業を行っている。
また,タイにおけるカンボディア難民救済のため,我が国は,79年12月以来保健・医療協力の一環として,難民救済医療チームをタイ・カンボディア国境に派遣し,緊急医療活動を実施した。
さらに,開発途上国において地震等の災害が発生した場合に,緊急に医療チームを派遣し,現地で救急医療活動を行うべく国際緊急医療体制を82年8月に発足させたが,83年中には本制度登録者に対し研修を実施する等制度の整備が行われた。本制度は事前に医師・看護婦等本制度の趣旨に賛同する有志を登録し,緊急事態発生の際には被災国に急派の上,人命救助に当たろうとするものである。
(ハ) 人口・家族計画協力
この分野では,83年度において,7億7,500万円の予算規模をもって,人口増加に悩むアジアの5か国を対象に協力を行った。本分野の協力は,母子保健などに統合した地域住民指向型のものであり,広報普及活動,視聴覚教育活動,普及員の養成など様々な活動を通じ,開発途上国の人口問題に寄与しようというものである,
(ニ) 農林業協力
開発途上国の産業構造の中で農業の占める比重は極めて高く,また,国民の過半は農業従事者であり,その多くが貧困に悩んでいる。したがって,農業開発への協力は,開発途上国の経済・社会開発上の最重要施策となっている。
プロジェクト方式技術協力の対応としては,農業生産性向上のための技術の移転・普及に重点を置いて実施しており,内容も農業・食糧増産,養蚕,畜産,林業,水産など多岐にわたっている。
83年度には,67億3,446万円の予算規模をもって,18か国43件の協力を行った。
(ホ) 産業開発協力
この分野は開発途上国の地場産業を主な対象として,特定産業の開発・育成・振興のための計画作りから人材の養成,技術の研究・開発にまで及ぶ総合的・多角的な協力を行う事業である。かかる協力を通じ開発途上国の中小規模工業などの育成・振興にも貢献している。83年度には,14億2,400万円の予算規模をもって,13か国18件の協力を行った。
(6) 開発協力
(イ) 開発投融資
(a) 開発投融資の意義
JICAによる開発投融資は,我が国の民間企業等が開発途上地域などで行う経済協力に対する財政支援制度である。それは,政府ベースと民間ベースの経済協力の連携の強化及び資金協力と技術協力の結び付きの強化を図るものであり,投融資対象事業が相手国の経済,社会の発展と民生の安定向上に資することを目的としている。
(b) 投融資業務の内容
JICAの投融資は,開発途上地域などの社会の開発並びに農林業及び鉱工業の開発に資する次の事業であって,日本輸出入銀行あるいは海外経済協力基金からの貸付けなどを受けることが困難と認められる事業を対象として,他の政府関係機関に比し相当緩和した条件の資金を供与するものである。
(i) 関連施設の整備
開発事業に付随して必要となる関連施設であって,周辺地域の開発に貢献する施設の整備事業,例えば,道路,橋梁,港湾施設,上下水道,市場,学校,病院,公民館,教会,訓練所などである。
(ii) 試験的事業
開発事業のうち試験的に行われるものであって,技術の改良又は開発と一体として行わなければ,その達成が困難な事業である。
資金供給の態様は,関連施設の整備の場合は貸付け及び債務保証,試験的事業は貸付け,債務保証及び出資である。
(c) 投融資事業の実績
83年度の投融資額は,関連施設の整備,試験的事業合わせて総額20億円となった。
(ロ) 開発協力調査及び開発協力技術指導
JICAの発足の意義の一つは,資金協力と技術協力の連携であり,前述の開発投融資の対象となる事業に対し必要な調査及び技術指導(専門家派遣及び研修員受入れ)を行っている。すなわち,投融資対象となる事業が相手国の経済発展,地域開発,民生の安定などにどの程度資するか,あるいは,当該事業が採算に乗り得るかどうかなどの必要な調査を行うとともに,開発途上地域で実施している開発事業で民間企業が自力で対処し得ない技術的問題に対し必要な技術の指導を行っている。83年度は,23件の調査を実施するとともに,28人の専門家の派遣並びに22人の研修員を受け入れた。
(7) 青年海外協力隊(JOCV:Japan Overseas Cooperation
Volunteers)派遣
青年海外協力隊派遣事業は,我が国の開発途上国に対する技術協力の一環として開発途上国からの要請に基づき,技術を身につけた青年を派遣し,相
手国の人々と生活を共にしながら,相手国の社会的・経済的発展に協力し,もってこれら諸国と我が国との親善関係を深めることを目的として,65年から開始された。
協力隊員の派遣は,我が国政府と相手国政府との間での派遣に関する基本取極に基づいて行われている。84年4月末現在,派遣取極締結国は,34か国となっている(うちカンボディア,ラオス,エル・サルヴァドル,インド及びウガンダの5か国には,現在は隊員を派遣していない)。
83年度においては,5月にニジェールとの間に派遣取極が締結され,本年6月から隊員の派遣が始まる予定であるが,83年度には28か国に518名の隊員が派遣された。これにより65年以来83年度末までに派遣された隊員数の累計は33か国4,921名(うち女性隊員826名)となった。なお,84年3月末現在派遣中の隊員数は1,055名(うち女性隊員203名)である。
(8) ASEAN青年招聘
ASEAN青年招聘事業は,83年5月,中曽根総理大臣がASEAN諸国を歴訪した際提唱された「21世紀のための友情計画」に基づき,ASEAN各国の青年を5か年にわたり合計3,750名を我が国に招聘するものである。
84年度はASEAN諸国から合計約750名の青年を1か月間招聘し,研修並びに我が国青年との交流を行う予定である。
3. 国際協力事業団以外の協力
技術協力は,広範な国民的理解と支持を得て進められることが望ましいとの見地から,外務省は,民間団体及び地方公共団体の技術協力事業の助成を行っている。
83年度に外務省が補助金を交付し助成した団体は,日本国際医療団,家族計画国際協力財団,オイスカ産業開発協力団,国際看護交流協会である。
また,71年以降,外務省の補助金交付を受けて(補助率4分の3),地方公共団体が研修員受入事業を行っており,83年度には37道府県が計275名の研修員を受け入れた。