第4節 国際通貨・金融問題
1. 国際通貨情勢
83年の外国為替市場の特徴は,ドル金利が安定的に推移したこともあって82年までのような米ドル相場の乱高下がなくなったことと,主として米国の金融政策の動向と密接に関連して引き続き米ドル高基調が継続したことである。
(1) 83年の米国の金融政策は,厳格なマネーサプライのコントロールを基本的に維持する引締策であり,また,構造的財政赤字を背景として,1年を通じ,米国金利は高水準で推移した。加えて中束情勢の緊迫化,米ソINF交渉の不調等の国際緊張の激化,さらに米国経済の順調な回復もあって,米国経常収支が悪化しているにもかかわらず,年前半は米ドル独歩高で進み,9月から10月にかけて一時下落する場面も見られたものの,その後持ち直し,1年を通して見ると欧州各国通貨に対して上昇基調をたどった。
(2) 日本円の対ドル相場は,我が国の良好なファンダメンタルズにも支えられ,82年後半の円安水準から急上昇した後,83年には,比較的落ち着いた推移を示し,年間高値と安値の差は約20円と小幅にとどまった。
(3) 一方,欧州通貨は1年を通じて米ドル・日本円に対し下落を続け,12月には,英ポンド,仏フランが史上最安値を,また独マルクが10年ぶりの安値をつけた。1年間を回顧して見ると,欧州通貨は常に東西関係の緊張に左右されたと言えよう。
(4) なお,欧州通貨制度(EMS)内では,82年2月,6月に引き続き,83年3月に加盟国間の経済パフォーマンス(特にインフレ率)の均質化を図るための通貨調整が行われた(EMS発足以来通算7度目の調整)。
2. 国際通貨基金(IMF)を巡る動き
83年には,IMFが持続的成長のための政策協調,債務問題への適切な対応など国際協調を推進する要として果たしてきた役割が高く評価された。
こうしたIMFの活動の活発化に伴いIMFの資金ポジションの強化を図るため,83年を通じ以下の措置が講じられた。
(1) 第8次増資,GABの改組・拡大の発効
第8次増資(総額611億SDR(我が国の出資割当額25億SDR)から900億SDR(同42億SDR)に拡大)が83年11月30日までに,発効要件である現行の出資割当額総額の70%以上の同意通告が行われ,各加盟国の払込み手続きの終了をもって正式に発効した。
なお同増資の発効に際し,米国では,IMF増資関連法案の議会での審議が難航した。結局,最終的には議会の承認が得られ,第8次増資に米国の同意が得られたものの,IMFの活動に関する極めて広範な規定が盛り込まれた。同法案の成立により,米国政府がIMFとの交渉など国際金融面での活動を行う際の政策自由度が大きく制約されることとなる点が指摘されている。
GABの改組・拡大(総額約64億SDR(我が国は約14億SDR)から170億SDR(同約21億SDR)に拡大)については,83年12月26日までに旧GAB参加国10か国(いわゆるG10)及びサウディ・アラビア(今回新たに準参加国として参加,拠出コミット額15億SDR)がIMFに対し同意通告を行ったため,同日をもって発効した。なお,今回スイスが84年4月10日をもって新たに正式参加国(従来は準参加国)となった。
上記のGAB改組・拡大により,IMFはGAB参加国以外の国のIMF借入れをファイナンスするためにもGAB発動を求めることが可能となった(従来はGAB参加国のIMF借入の場合に限定)。
(2) 主要通貨当局からの借入れ
第8次増資,GABの改組・拡大と並行して,IMFでは別途通貨当局から借り入れる必要があるとして,83年3月,主要先進国及びサウディ・アラビアに対し,新規資金供与を要請した。これを受け,主要先進国ではBIS総裁会議等の場で検討を重ねてきたが,12月の同会議において米国を除く主要19か国が総額30億SDRの対IMF資金供与を行うことで原則合意し,84年3月を目途に発効の運びとなった。また,サウディ・アラビアとの借入取極(総額30億SDR)も同様のスケジュールで発効の見込みである。
(3) IMF資金へのアクセス
83年9月のIMF暫定委員会で,第8次増資発効後のIMF融資の在り方,とりわけ第8次増資発効までの一時的措置として設けられた増枠融資制度の取扱いと融資限度につき検討された結果,増枠融資制度は84年についても存続するが,新たな融資限度枠を(イ)1年間にクォータ比102%,3年間にクォータ比306%,(ロ)1年間にクォータ比125%3年間にクォータ比375%と二通り設定し,加盟国の国際収支赤字の深刻度及びその調整努力に応じてそのどちらかを適用することとなった(従来の増枠融資制度の下では1年間にクォータ比150%,3年間にクォータ比450%)。
また,輸出所得変動補償融資及び緩衝在庫融資に関する融資限定枠も変更された。
(4) SDRの配分
84年4月の暫定委員会で,83年9月の暫定委員会に引き続き現在の第4基本期間におけるSDRの配分問題が再び検討されたが,結論は得られず,理事会が検討を続けることとなった。
(5) IMF資金の利用状況
83年のIMF資金の急激な増加は世界貿易の縮小や開発途上国の債務問題及び国際収支ポジションの悪化によるものである。83年のIMF資金の引出しは126億SDRを記録した(82年は74億SDR)。83年末までに発効したスタンド・バイ取極は33件(82年は25件),拡大信用取極は10件(同6件)で,総額229億SDR(同141億SDR),引出し残高(同77億SDR)は124億SDRであった。
83年のIMF加盟国による資金引出し126億SDRはすべて開発途上国向けであり,そのうち75%は各国の調整計画を支援すべく,厳しいコンディショナリティーの下で引き出されている。
3. 累積債務問題
開発途上国の累積債務問題は83年も依然として深刻な状況が続いた。82年8月に発生したメキシコの債務危機以降,83年にかけて中南米諸国は,いわゆる「ラテン・リスク」ということで国際金融市場からの資金調達が困難となり次々と債務返済困難に陥った。さらに83年4月には,アフリカのナイジェリア,10月にはアジアでフィリピンと,大型債務国の債務返済困難が表面化した。貸し手から見た公的債務の繰延べ交渉であるパリ・クラブは83年だけでも15か国について行われた。また,83年中に債権者グループと債務支払いに関する再交渉を行った国は約35か国にのぼった。
83年末の開発途上国全体の累積債務総額は短期債務を含めると約8,100億ドルに達した(世銀統計)。83年は短期債務の流入が減少し,また債務の長期化が図られた結果,全体の構成に占める短期債務のシェアは減少した。また,82年下期には米国の金利が急速に低下し,83年における利払い負担は開発途上国全体で前年比約100億ドル程度軽減した模様である。83年の累積債務問題の管理は米国を中心とした先進国の景気回復の進行と,この金利の低下によって助けられるところがあった。なお,為替レートのドル高はドル建債務が大部分を占める中進国の場合には債務支払いの負担増加となったが,他方譲許的資金が大部分を占める低所得国の場合は,ドル建債務のシェアは相対的に小さく債務支払い負担の軽減となったと考えられる。
資金フローについては,特に民間銀行からの貸出しが慎重化し,いわゆる「自発的貸出し」が減少したことが特筆される。この民間銀行からの資金フローは欠くことのできないものであり,この減少を穴埋めする役割を果たしたのは,結局,主としてIMFの融資であった。IMFはその融資に際して,債務国と,国際収支困難の解決に資するため国内信用の抑制,財政赤字の削減などのコンディショナリティーを付した経済調整計画を策定するが,このコンディショナリティー達成ができず融資が停止されたケースの一つは,83年2月ブラジルがIMFから50億SDRの融資の承認を得たが,合意したコンディショナリティーを達成できず,5月には右融資の第2回分の引出しが認められない事態となったケースがある。この結果,ブラジルはIMFに新経済調整計画を提出し,融資の再交渉を行い11月に融資再開の承認を得た。問題の解決のため最も必要とされるのは,開発途上国自身の自助努力による経済調整であり,そのためには,IMFのコンディショナリティーの果たす役割は重要である。他方かかる経済調整が債務国の政治的・社会的不安につながらないような形で実現されることが肝要である点にも留意する必要がある。
累積債務問題の解決には流動性,すなわち資金フローの確保,IMF・世銀の支持,債権国・債務国の国際協調等が重要であることはもちろんであるが,債務の返済を可能ならしめるには債務国の輸出拡大が必要である。83年にブラジル,メキシコをはじめとする債務国はその調整計画による大幅な貿易黒字を実現したが,これは輸出の拡大によるより専ら輸入の大幅な削減によるものであった。
84年3月末には,83年10月以来支払いが滞っていたアルゼンティンによる民間銀行への未払い利息に関し,極めて深刻な事態となることが懸念されたが,メキシコ,ブラジル,ヴェネズエラ及びコロンビアによる同国に対する融資協力が急速決定され危機が回避された。
累積債務問題は関係者の適切な対応により当面小康状態にあるとは言え,依然として深刻な問題であることに変わりなく,関係者は長期的視点を踏まえ引き続き真剣な取組が必要とされている。