第2章 国際経済関係

第1節 総論

1. 世界経済の動向

(1) 先進国経済

83年の先進国経済は,漸く第2次石油危機以降の長期不況から抜け出し,緩やかな景気回復の過程を歩み始めた。これは主に米国の力強い景気回復に主導されたものであり,80年以来停滞を続けた世界貿易も次第に持ち直し始めた。

しかし,回復の程度は国ごとに異なり,また雇用情勢は依然として多くの国で厳しい状況にある。これを背景として,保護主義的傾向もなお根強く残っている。

(イ) 景気及び雇用動向

83年の米国経済は,個人消費と住宅投資の拡大に続いて設備投資も盛り上がりを見せ,実質GNPの成長率は大方の予想を上回る3.4%を記録した。これに伴い失業率も着実な改善を示し,年初の10.3%から12月には8.1%にまで低下した

欧州諸国のうち,英国,西独では,内需,輸出両面からほぼ順調な回復を示し,仏,伊では,輸出増が鉱工業生産の下支え要因となった。しかし,失業率は,各国とも10%前後と,なお高水準にとどまった。

(ロ) 物価の動向

83年の米国の物価は,消費者物価上昇率が3%台となるなど,前年より一層安定した動きを示した。

欧州諸国のうち,仏,伊では,なお高水準の物価上昇が続いたが,英国,西独では比較的落ち着いた動きを示した。

(ハ) 国際収支の動向

82年に赤字に転落した米国の経常収支は,83年には更に悪化し,史上最高の約400億ドルの赤字を記録した。これは,ドル高に加え,国内景気の拡大に伴う輸入の急増,累積債務に悩む中南米諸国の輸入制限等の要因によるものである。

これに対し,全体に輸出が増加した欧州諸国のうち,仏,伊は,内需不振による輸入停滞もあり,経常収支は前年の大幅赤字からかなりの改善を示した。

(ニ) 政策の動向

各国とも,インフレを抑えつつ,景気の回復をより確かなものとするよう財政・金融政策の展開を図ったが,金融面では米国の金利の高止まりが各国の金融緩和政策の推進にとって大きな制約となり,また,財政面でもほとんどの国では大幅な財政赤字を抱え,政府支出増による景気刺激策は難しい状況が続いた。

なお,以上にみた財政赤字,高い失業率,保護貿易主義などの背景には,構造的な問題があるという認識が次第に定着してきた。具体的には,公共支出の肥大化,労働市場の硬直性,新しい技術開発や需要の動向に対応できない産業構造等の問題であるが,これらは1960年代から積み重ねられてきたものであり,今後,中長期的観点から積極的に構造調整に取り組んでいくことが必要である。

(2) 開発途上国経済

83年の開発途上国の実質経済成長率は,戦後最低と言われた前年の0.2%(IMF統計:World Economic Outlook,1984年4月)から0.8%(同上)に回復したものの,一部の諸国を除いて先進国の景気回復の影響は十分に波及せず,輸出の不振,累積債務問題等に見られるように開発途上国を取り巻く経済環境は依然厳しいものであった。貿易については金額ベースでは前年に引き続き輸出入ともマイナス成長であり,交易条件も前年より更に悪化したと見られる。

まず非産油開発途上国について見ると,アジア地域では韓国,台湾等の新興工業国・地域を中心として高い経済成長率を記録したが,中南米地域では累積債務問題を抱え厳しい緊縮政策を実施したこともありマイナスの経済成長率であった。後発開発途上国を最も多く抱えるアフリカ地域はほぼゼロに近い経済成長率しか達成できず,広範囲にわたる干魃による飢饅をはじめ,その経済的困難の深刻さが改めて浮き彫りにされた。

産油国はオイル・グラットによる石油輸出の減少から,4年連続のマイナスの経済成長率を記録した。経常収支も前年以来赤字に転じ,83年の赤字幅は162億ドル(IMF統計)に拡大した。

開発途上国は83年末で8,100億ドル(世銀統計)に上る膨大な累積債務を抱え,この結果年間1,000億ドルを超す債務返済負担に対応するため貿易収支の改善に腐心し輸入の削減に努めた結果,貿易赤字幅は大幅に縮小した。しかし,これは将来の経済開発のために必要な資本財の輸入の削減をも含むものであり,開発途上国にとって大きな犠牲を伴うものであった。

開発途上国の主要輸出品である一次産品の市況については,下落の続いた前年に比し若干の回復はあったが,実質価格ベースでは,一部産品を除くと,年初に上昇した後はほぼ横ばいにとどまった。

いずれにしろ開発途上国経済の回復のためには先進国における持続的成長が極めて重要である。

2. 国際協調

(1) 主要国首脳会議

(イ) 第9回主要国首脳会議(ウィリアムズバーグ・サミット)は,83年5月28日から30日にかけ,米国のヴァージニア州ウィリアムズバーグで開催され,日本,米国,フランス,西独,英国,イタリア,カナダの7か国首脳とEC委員会委員長が出席した。サミットでは「経済回復に関するウィリアムズバーグ宣言」と「ウィリアムズバーグにおけるステートメント(政治声明)」が採択された。また,首脳間の自由な意見交換を確保したいとのレーガン米大統領の強い意向もあり,予め議題を固定しない,宣言を事前に詰めておかない等の工夫がなされたほか,首脳のみの討議がサミット史上初めて行われた。

また,この首脳のみの討議において,議長役であるレーガン大統領から指名を受けた中曽根総理大臣が冒頭発言を行い,その発言がその後の討議の基調となったばかりでなく,宣言にも多く反映されることとなったが,これをはじめとして,中曽根総理大臣,安倍外務大臣,竹下大蔵大臣等日本代表団は同サミットの成功に多大な貢献を行った。

(ロ) このサミットを取り巻く経済情勢は,米国,日本,西独,英国を中心とするインフレの鎮静化と景気回復の動きに加え,石油価格の下落等過去3回のサミットに比して明るい要素が増えていた。そのため「インフレなき持続的成長」を達成するために参加国間でいかにしてその政策方向につき合意を得,西側市場経済の今後に明るい展望を開くかが最大の課題となった。

また,米・ソ間の軍備管理交渉,特にINF(中距離核戦力)交渉が重大な段階を迎えつつあった時だけに,西側各国の国民の間にも世界の平和と軍縮に対する関心の高まりが見られ,この問題に関する西側主要国の結束を図ることが望ましい状況であった。

(ハ) このような背景の下に開催されたウィリアムズバーグ・サミットは,首脳間の忌憚のない意見交換を通じ次のような特筆すべき成果を収めた。

(i)  「インフレなき持続的成長」を達成することの重要性,そのための各国の協力と西側の連帯・協調の強化につき首脳間で合意が得られ,その結果,世界経済に明るい展望を示すことができた。

(ii)  INF交渉を中心とする軍備管理・軍縮問題について西側主要国の一致した基本的立場を明確にすることができた。

(iii)  したがって,経済・政治両面で,自由と民主主義,市場経済の価値観を共有する西側主要国が,その協調と結束の強化を世界に対し示し得た。

(ニ) 「経済回復に関するウィリアムズバーグ宣言」と「ウィリアムズバーグにおけるステートメント」の概要は次のとおりである。

(i) 「経済回復に関するウィリアムズバーグ宣言」

(a) マクロ経済

低いインフレ率,金利の低下,生産的投資の増大,雇用機会(特に若年層)の増加をもたらすような適切な金融・財政政策を推進する。

(b) 通貨

各国の経済情勢の調和と為替相場の安定のため,ヴェルサイユ・サミットで合意された多角的監視を強化する。蔵相レベルで国際通貨制度改善のための条件を明確にする作業を行い,その際,国際通貨会議が果たし得る役割を検討する。

(c) 貿易

保護主義防圧の重要性を再確認し,景気の回復とともに保護主義的措置を撤廃する。また,ガット,OECDでの作業を推進し,特に,ガットにおいて新たな自由化交渉ラウンドに向けて努力する。

(d) 累積債務

債務国側の努力,十分な民間及び公的融資,より開かれた市場並びに世界的経済回復に基づく戦略に合意する。IMF(国際通貨基金),GAB(一般借入れ取極)の資金の拡充について早期の承認が得られるよう努力する。

(e)南北問題

二国間及び多国間の援助資金の流れに特に配慮する。第6回UNCTAD(国連貿易開発会議)に理解と協調をもって参加する。

(f)科学技術

ヴェルサイユ・サミットで設置された「技術,成長及び雇用に関する作業部会」の報告書に賛意をもって留意し,同報告書の18プロジェクトについて国際協力を進めていく。

(g)エネルギー

石油価格の下落にもかかわらず,エネルギーの節約,代替エネルギー源の開発,石油輸出国と輸入国との接触の維持及びその改善等に努める。

(h)東西経済関係

安全保障上の利益に合致したものであるべきとの認識に立ち,これまでに諸機関で行ってきた作業を評価し,今後も作業を継続する。

(i)  環境・健康等

環境保全,天然資源の有効利用,健康に関する研究につき協力を強化していく。

(ii)  「ウィリアムズバーグにおけるステートメント」

(a) サミット参加国は,民主主義の基盤となっている自由と正義を守るべく,平和を確保するために十分な軍事力を維持する。同時に,真剣な軍備管理交渉を通じ軍備のより低い水準の達成に努力する。

(b) 平和の探求と意味のある軍備削減という目的のために,ソ連に対し,サミット参加国と共に努力するよう呼び掛ける。

(c) サミット参加国の安全は不可分であり,世界全体の観点から取り組まなければならない。

(2) 経済協力開発機構(OECD)

(イ) 第22回閣僚理事会

(i)  83年の閣僚理事会は,5月9,10日の両日行われ,相互依存,東西経済関係,マクロ経済の各議題につき討議した。中心テーマは,一部諸国におけるインフレ鎮静化,石油価格の低下等による景気回復の兆しが顕在化するなど明るい材料が見られる中で,いかにこの回復の兆しを本格化させ,インフレなき持続的成長を達成するかであった。

(ii)  具体的成果としては,(あ)マクロ経済政策については,共通の政策として各国の政策を中期的枠組みでとらえるべきこと,(い)貿易については保護主義的措置の漸次撤廃,(う)南北関係については累積債務問題の解決,ODAの拡充等につき前向きの姿勢が確認されたほか,建設的な南北対話の慫悪につき合意が得られ,(え)東西経済関係については,意見の相違はあったものの加盟国間の厳しい対立は回避され,本件に関する検討の継続が合意されたこと等,主要国首脳会議及びUNCTADVIに向けての良好な雰囲気作りに貢献した。

なお本閣僚理の場でIEA閣僚理のエネルギー必要量及び安全保障研究に関する結論が各国から承認されたことも有意義なことであった。

(iii)  我が国との関係では,西独から我が国の市場開放措置等を全体的に評価する旨の発言があったほか,伊が我が国金融政策の柔軟化への期待を表明したが,特段の対日批判的発言が見られなかったことは,景気回復の見通しと並んで,我が国の一連の市場開放措置が評価されたことやマクロ経済政策分野での我が国の実情等に理解が深まったことを示すものと言えよう。

(ロ) 長期経済問題に関する閣僚会議

毎年定例となっている閣僚会議とは別に,世界経済が直面する諸困難を中長期的視点から自由に討議するとの趣旨の閣僚レベル会議が,初めての試みとして84年の2月13,14日の両日開催された。ここでは,財政赤字の増大等に見られる公共部門への圧力の増加にいかに対応するか,民間部門における柔軟性と効率性をいかに確保するか,さらに,各国の政策を国際的にどのように調整していくべきかの3テーマについて討議が行われ,先進国が共通に抱える諸問題を一致協力して解決していくべきとの認識が得られた。

(ハ) 経済政策

83年秋の経済政策委員会(EPC:Economic Policy Committee)では,まず先進国経済の現状について,インフレが引き続き鎮静化し,また国ごとの跛行性も縮小しつつある中で,年初から,米国の力強い生産活動の拡大を背景に当初の予想を上回る景気回復が図られていることについて意見の一致が見られたが,(あ)欧州を中心に失業が依然として増加し続けていること,(い)米国の高金利,ドル高などもあって経常収支のパターンに不均衡が生じていること,(う)こうした中で保護主義的圧力が根強いこと,等につき強い懸念が表明された。

このような状況下での政策スタンスの在り方としては,引き続きインフレ抑制が重要であるとともに,中長期的課題として,財政赤字の縮減と共に労働市場,公共部門等における種々の構造的硬直性を除去していくことの必要性につき合意が得られた。

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