第2節 世界経済の安定的発展への貢献と南北問題解決への努力
1. 世界経済の安定的発展への貢献
(1) 83年の世界経済の動き
(イ) 先進国経済
第2次石油危機以降,世界経済は長期にわたり停滞を続けていたが,83年に入ると,米国の力強い景気回復に主導され,またインフレの鎮静化,石油価格の低下等の好材料もあって,先進国経済は全般的に見てようやく回復への歩みをたどり始めた。この結果OECD全体では,前年の0.5%マイナス成長から83年は2.4%のプラス成長に転じた。
しかし,回復の程度は国ごとに明暗を分けた(下表参照)。また,雇用情勢も,米国については,82年12月に10.6%とピークを記録した失業率が83年12月には8.1%へと着実な低下を見せたものの,西欧諸国は各国とも依然として10%前後の失業率が改善されず,厳しい状況が続いた。
物価は,長期不況の影響による賃金コスト上昇率の鈍化,原油価格の低
(注)○1984年の()内は政府見通し,日本の政府見通しは年度。
○英・仏・伊は実質GDP。
(出所)各国政府発表統計,IMF World Economic Outlook 1984
下に加え,大部分の主要国が第1次石油危機以降の教訓を生かしインフレ抑圧を基本とする経済政策を堅持したことから,総じて落ち着いた動きを示した。
他方,各先進国の経常収支は,仏,伊が対米輸出増等により前年の大幅赤字からかなりの改善を見せたものの,米国の高金利を背景とするドル高等の要因もあり,米国が約400億ドルの赤字,我が国が約200億ドルの黒字といずれも史上最高を記録するなど,依然として不均衡が続いた。
(ロ) 開発途上国経済
83年の開発途上国経済は,韓国,台湾等の新興工業国・地域では高い経済成長率を記録したものの,全般的には,先進国の景気回復の効果は十分に波及せず,依然として厳しい状況が続いた。
すなわち,まず非産油国のうち中南米地域では,累積債務問題を抱え厳しい緊縮政策を余儀なくされたこともあってマイナスの成長となり,また,後発開発途上国を多く抱えるアフリカ地域では,ほぼゼロ成長という経済停滞に加え,広範囲にわたる干ばつが重なり,飢饉等の深刻な事態を招来した。
産油国は,需給緩和の影響を受け石油輸出が減少し,4年連続のマイナス成長となった。
なお,開発途上国の主要輸出品である一次産品の市況は,下落の続いた前年に比しやや回復したものの,実質価格では一部産品を除きほぼ横ばいにとどまった。
(2) 世界貿易の動向と保護主義
世界貿易は,世界経済の長期停滞の下で,82年には数量ベースで対前年比1.5%減(金額ベースで6%減)となり,ほぼ79年の水準にまで落ち込んでいたが,83年には米国の景気回復に伴う各国の対米輸出の伸びに主導される形で持ち直し,対前年比で数量で2%増(金額では2%減)となった。しかし,地域別・産業別には版行性が見られ,特に産油国の石油輸出は,石油需要の低迷と83年3月のOPECロンドン総会での基準原油価格の引下げ(バーレル34ドル→29ドル)もあり,金額ベースで前年に続き対前年比約20%減となった。
また,各国の厳しい雇用情勢等を背景として,保護主義的な動きは依然として根強いものがあった。
米国では輸入車に一定率の国産部品の使用を義務付けるローカル・コンテント法案の下院での可決,繊維輸入規制強化措置の発表,オートバイ及び特殊鋼に関する緊急輸入制限の実施等の動きが見られ,欧州においてもECによるデジタル・オーディオ・ディスク(DAD)関税の引上げなどが行われた。
長期不況の下で高まった保護主義の動きに対し,その防圧を謳った82年11月のガット閣僚会議の政治宣言を受けて,83年5月のOECD閣僚理事会及びウィリアムズバーグ・サミットにおいて保護主義巻き返しの合意が得られた。そのフォロー・アップとしてOECDでは,東京ラウンドで合意された関税の段階的引下げを加盟国が一斉に1年繰り上げて実施するなどの方針を決定したが,既存の保護措置の撤廃までには至らず,また,累積債務問題を抱える開発途上国の多くも輸入制限措置を講ずるなど,困難な状況が続いた。
(3)累積債務問題
82年8月に発生したメキシコの債務危機以降、83年にかけてブラジル・アルゼンティン等多くの中南米諸国,さらに同年4月にはナイジェリア,10月にはフィリピンの債務返済困難が相次いで表面化し,83年末における開発途上国全体の累積債務総額は82年末の7,660億ドルから8,100億ドル(世銀統計,短期債務を含む)へと増大した。
こうした事態に対し,IMFを中心に債務国及び債権国政府,民間銀行,その他世銀等の国際金融機関による問題解決の努力が続けられ,また先進国の景気回復の進行と82年下半期以降の米国金利低下による利払い負担の軽減にも助けられ,危機的な事態は一応回避されたものの,この問題は国際的金融危機につながりかねないものであるだけに,世界経済に不安の影を落とし続けた。
なお,IMFが債務国への融資の際に付する国内信用の抑制,財政赤字削減等のコンディショナリティは,債務問題の解決のために最も必要とされる開発途上国の自助努力を促すものであるが,同時にこうした厳しい経済調整が債務国の政治的・社会的な不安定化要因となり得る点にも留意する必要がある。
(4)インフレなき持統的成長に向けての努力
このように数多くの困難を抱える世界経済の下で,主要先進国はインフレ抑圧を基本としつつ,失業の改善,生産性の向上等を通じて持続的成長を図ることを共通の戦略とし,景気の着実な回復に向けて努力を続けた。
83年5月上旬のOECD閣僚理事会の成果を踏まえ,同月末に米国のウィリアムズバーグで開催された第9回主要国首脳会議(サミット)では,(あ)マクロ経済政策の面で,構造的財政赤字の削減に努めつつ,低いインフレ率,金利の低下,生産的投資の増大,雇用機会(特に若年層)の増加をもたらすような適切な金融・財政政策を推進すること,(い)保護主義防圧の重要性を再確認し,景気の回復とともに保護主義的措置を撤廃すること及びガット,OECDでの作業を推進し,特にガットで新たな貿易自由化交渉ラウンドに向けて努力すること,(う)累積債務問題については,債務国側の努力,十分な民間及び公的融資,より開かれた市場並びに世界的経済回復に基づく戦略によること,などにつき合意した。
このほか,累積債務問題に関し中心的役割を果たしているIMFの資金基盤の充実のため,従来からの懸案であったIMF第8次増資及びGAB(一般借入取極)の改組・拡大が83年末に発効した。
(5) 我が国経済の動きとその役割
(イ) 我が国経済の動き
83年2月を底に我が国経済は回復に転じ,年央以降内需中心の経済成長を遂げ,83年の経済成長率は実質3.0%となった。また,輸出(前年比5.8%増)は2年ぶりに増加に転じ,鉱工業生産も前年比3.6%増と前年の伸び(同0.3%増)を上回った。しかし,雇用情勢は完全失業者数年平均156万人(前年比20万人増)等と厳しい状況のまま推移した。一方,物価は卸売物価(前年比-2.2%),消費者物価(同1.9%)ともに82年より一層落ち着いた動きを示した。
(ロ) 市場開放
我が国の経常収支は,第2次石油危機による原油価格の大幅高騰の影響から79年,80年と赤字に転じたが,日本経済は柔軟かつ強靱な適応力を示し,81年以降は再び黒字となり,しかも黒字幅は次第に拡大し,83年には200億ドルを超えるに至った。その背景には我が国経済の貯蓄率の高さ,輸出競争力の強さ等の構造的要因のほか,米国経済の急速な回復に伴う対米輸出の増大,ドル高による価格効果,原油価格の低下等の外的要因があるものの,厳しい雇用情勢に悩む欧米等の諸国は,我が国との大幅な貿易不均衡を問題とし,自動車,VTR等の輸出自粛を求めるとともに,我が国市場の一層の開放と輸入の拡大を強く要請してきた。
他方,貿易を通じて今日の繁栄を築き,自由世界第2位の経済力を擁するに至った我が国としては,自由貿易体制を維持・強化し,貿易の拡大均衡による世界経済の発展に貢献していくことが必要である。
このような観点から,我が国は,諸外国の要望をも踏まえ,81年12月以来一連の市場開放を中心とする対外経済対策を決定,実施してきたが,83年においても一層の市場開放を図るため次の措置を講じた。
(i) 83年1月,(あ)たばこ,チョコレート,ビスケットに加え,農産品47品目及び工業品28品目の関税引下げ・撤廃,(い)6品目の輸入制限の緩和,(う)OTO諮問会議の設置等OTOの機能強化,基準・認証制度の改善等,(え)外国たばこ等の輸入の促進,(お)その他輸出対策,産業協力等から成る新たな対外経済措置を決定した。
特に,基準・認証制度の改善については,内閣官房長官を長とする連絡調整本部を設置し,3月に認証手続における内外無差別の取扱いを確保するとの観点から法改正を図ることを決定し,5月,関連16法律を一括改正する「外国事業者による型式承認等の取得の円滑化のための関係法律の一部を改正する法律」が国会で成立した。
(ii) 続いて10月「総合経済対策」として,公共投資等の推進,所得税・住民税減税等による内需拡大策と併せて,(あ)44品目の関税引下げ・撤廃,東京ラウンド合意に沿った関税の段階的引下げの繰上げ実施(鉱工業品につき1年),鉱工業品に関する特恵関税シーリング総枠の約5割拡大等の市場開放,(い)輸入金融の円滑化,政府等による輸入品調達の促進等による輸入促進,(う)政府保証外債の米国市場での発行等による資本流入の促進,(え)円による国際取引の促進及び金融・資本市場等の環境整備,(お)国際協力等の推進を内容とする措置を決定した。
(iii) さらに,84年4月には「対外経済対策」として,(あ)76品目の関税引下げ・撤廃(ワイン・紙製品を含む),東京ラウンド合意に基づく関税の段階的引下げの繰上げ実施(鉱工業品2年,農林水産品1年)等,(い)牛肉・かんきつ等に関する輸入制限の緩和(豚肉調製品,熱帯果汁等の輸入自由化を含む),(う)製造たばこの輸入自由化及び流通の改善,(え)基準・認証制度の改善,(お)製品輸入の促進,(か)通信衛星等及び電気通信事業など先端技術分野における市場開放等,(き)金融・資本市場の自由化及び円の国際化の促進,(く)投資交流の促進等の措置を決定した。
これら一連の措置は,保護主義圧力の強い中で,我が国が自主的に打ち出したものであり,自由貿易体制を維持・強化しようとする我が国の一貫した姿勢を示すものである。
(ハ) 新ラウンドの準備促進
83年11月のレーガン米国大統領訪日の際,中曽根総理大臣は,新ラウンド(多角的貿易交渉)開始の準備を促進する必要があるとの提唱を行い,同大統領はこれに賛同した。この提唱は,世界経済が景気回復の兆しを見せる一方,依然として先進諸国の保護主義圧力が根強いこの時期にこそ,新ラウンドという目標を立て,その準備に着手することが現下の保護主義を抑え,世界貿易を拡大し,ひいては世界経済の持続的成長に寄与するものであり,我が国としても,その経済力にふさわしい国際的責務を果たしていこうとの考えに基づくものであった。
この新ラウンドを成功させるためには,まずその意義について各国共通の認識を醸成していく必要があり,日米首脳会談での提唱以降,我が国は近隣の韓国,ASEAN諸国等をはじめ開発途上国,先進国を含む各国に対し我が国の考えを説明し,協力を求めるなど積極的な活動を行った。
各国の反応は,その置かれた経済状況,現行の貿易制度に関する利害等に応じて異なってはいるが,新ラウンドの意義自体にはおおむね好意的反応が寄せられ,新ラウンドの気運が徐々に醸成されつつあるものと言えよう。他方,新ラウンドで取り上げるべきテーマ,取進めのタイミング等については今後,更に各国間の調整が必要とされている。
我が国としては,各国の事情をも十分に考慮しつつ,新ラウンドの早期準備開始を図るべく一層の努力を積み重ねていく必要がある。
2. 南北問題解決への努力
(1) 83年,米国を中心として一部の先進諸国は景気回復過程に乗ったが,開発途上国は,依然として長期世界不況の影響から脱することができず,国内緊縮政策や開発計画の遅延を余儀なくされた。開発途上国にとって一次産品価格の持ち直し等の明るい要因も見られたが,累積債務問題の悪化等に見られる経済的窮状には依然として根深いものがある。
(2) 開発途上国の経済社会開発への自助努力支援通じ,その政治・経済・社会的強靱性の強化を図ることは,世界経済全体の再活性化及び世界の平和と安定の確保のために不可欠である。特に,我が国の場合,対外経済依存度が高いのみならず,他の先進国に比し,開発途上国への貿易,資源等の依存度が高いこと,我が国の平和と繁栄には,世界の平和と安定が不可欠であること等を考えれば,南北問題解決に向けての貢献は,単に人道的見地からのみ、ならず,自らの問題としてとらえ,これに積極的に取り組む必要がある。
(3) 我が国は,こうした南北問題解決のための貢献との視点も踏まえ,以下の具体的対応策をとってきている。
(イ) 景気の回復(我が国は内需の維持・拡大に努力)
(ロ) 積極的調整策の推進と市場の開放(我が国は数次にわたって市場開放に努力)
(ハ) 経済協力の推進(我が国はODA中期目標の下で拡充に努力)
(ニ) 債務返済難には,債務国の自助努力を基本としつつ,債権国及び国際機関の適切な対応がとられるべく協力
(4) さらに国際的な場として83年には,ウィリアムズバーグ・サミット,第6回UNCTAD総会,第38回国連総会等の場で,あるいは南北問題の重要性についての先進国間の認識の醸成に努め,あるいは開発途上国との間の合意の成立に貢献した。また,84年4月には,国連アジア・太平洋経済社会委員会(ESCAP)第40回総会を東京に招致し,国連の地域協力活動を通ずる南北問題解決への方途を探求し,成果を収めた。
(イ) ウィリアムズバーグ・サミット
我が国は,ASEANと韓国など東アジア諸国を中心とした南の諸国の声を踏まえ,特に第6回UNCTAD総会に積極的に取り組むよう問題提起を行い,債務問題では追加融資と市場開放努力を継続すべしとの立場をとった。
その結果,サミット最終宣言では,我が国の主張が多く反映された形で,二国間及び多国間の援助資金の流れに特に配慮すべきこと,南北対話の重要性を認識し,第6回UNCTAD総会へ積極的に対応していくべきこと等が合意された。
(ロ) 第6回UNCTAD総会
6月6日から約1か月にわたり開催された第6回UNCTAD総会に我が国からは,安倍外務大臣が首席代表として出席した。我が国は南北問題への積極的姿勢を全世界に印象付け,特に開発途上国代表の多くから「日本のイメージは格段と改善された」との評を受けた。
(ハ) 第38回国連総会
国連総会の場における南北問題最大の懸案は,国連包括交渉(GN)の発足の問題である。
石油価格の高騰による非産油開発途上国の窮状の深刻化を契機として,79年末の第34回国連総会でエネルギー,一次産品,貿易,開発,通貨・金融の5分野における包括交渉を行うことが決議されたが,その後,交渉の手続,議題等を巡り,いまだ南北間の合意成立に至っていない。
我が国は,GNの政治的重要性を認め,できるだけ早期に南北双方の合意しうるGNの開始準備が整うことを期待するとの見地から,GNの公式・非公式協議に積極的に参画した。