第2節 軍縮問題

   

1. 米ソ間核軍縮交渉

(1)戦略兵器削減交渉(START)

本件交渉は,6月29日からジュネーヴにおいて開始された。

本件交渉において,米国はまず弾道ミサイル,特に地上発射弾道ミサイルを大幅に(米ソの地上発射弾道ミサイル及び潜水艦発射弾道ミサイルの総数を850基に,またこれらミサイルの弾頭数の総和を5,000個以下とし,うち地上発射弾道ミサイルの弾頭数を2,500個以下に)削減し,その後弾道ミサイルの投射重量を現在の米国の水準以下に制限するとの立場をとっている。

これに対し,ソ連は地上発射弾道ミサイル,潜水艦発射弾道ミサイル及び重爆撃機の総数を交渉開始後直ちに現状で凍結し,その後90年までに1,800基まで削減するとの立場をとっている。我が国は,本件交渉が米ソ間の戦略的安定をもたらし,核軍縮の実質的進展につながるものとしてその進展を強く期待しており,米ソ双方が交渉を精力的に実施することを要請している。

(2)中距離核戦力(INF)交渉

本件交渉は,81年11月30日からジュネーヴにおいて開始された。

本件交渉において米国は従来,ソ連が極東を含むソ連全土からSS-20を含む地上発射中距離核ミサイル(83年3月現在SS-20,351基,SS-4,SS-5計248基)を撤廃するならば,米国も83年末に開始が予定されているパーシングII及び地上発射巡航ミサイルの配備計画を撤回するとの立場(ゼロ・オプション)をとっていた。これに対し,ソ連は,米国がパーシングII及び巡航ミサイルを配備しない限り,ソ連欧州部における中距離核兵器の配備を凍結する。次いで合意達成後5年間で双方の中距離核兵器を300基以下とするとの立場をとり,さらに12月アンドロポフ書記長は,ソ連が英仏と同数(162基)のミサイルを保有し,その際SS-20数十基を削減する旨演説した。また,83年1月グロムイコ外相は,交渉の結果欧州で削減されたミサイルは,西欧の目標が射程内に入らないシベリアの線以遠に配備されようと発言した。

83年3月米国は,本件交渉の行詰まりを打開するため,ゼロ・オプションを究極目標として維持しつつ,ソ連が長射程INFミサイルの弾頭数をグローバル・ベースで均等の水準にまで削減することを条件に,米国のパーシングII及び地上発射巡航ミサイルの配備計画数を大幅に削減するとの暫定案を提示した。これに対し,4月グロムイコ=ソ連第一副首相兼外相は,同暫定案を受け入れられない旨述べるとともに,アジアの核ミサイルは欧州とは無関係であり,これらを保有することはソ連の権利である旨述べ,合意達成後,欧州で削減された中距離核ミサイルの一部をアジア部へ移転するとの考え方を再び表明した。

我が国は,米国がINF交渉の実質的進展を図るため,大局的見地から全世界的な観点に立った暫定案につき交渉する用意がある旨明らかにしたことを評価し,支持している。また,本件交渉は,アジアの安全保障も念頭に置いてソ連全土を対象として進められるべきであるとの観点から,我が国は,SS-20のアジアヘの移転は,既にこの地域に存在する核ミサイルに加え,我が国を含むアジアの安全保障を一層脅かすものであり論外であると考えている。また,このような我が国の立場は従来米ソ等関係国に表明してきている。

2.軍縮委員会及び国連における軍縮討議

(1)軍縮委員会(CD: Committee on Disarmament)

82年の軍縮委員会春会期は,第2回国連軍縮特別総会に提出する報告書を採択してその審議を終了したが,我が国は,4月の同委員会議長国として報告書の取りまとめに努力した。各議題の中で,(イ)化学兵器禁止,(ロ)放射性兵器禁止,(ハ)非核兵器国の安全保障,(ニ)包括的軍縮プログラムに関しては81年同様直ちに作業部会が設置され,実質的審議が行われたが,いずれの懸案についての審議も終了しなかった。他方,我が国が従来核軍縮分野における最優先課題として取り組んできた核実験の全面禁止に関し「検証と遵守」を検討する作業部会の設置が会期末に決定されたことは特筆すべきことである。

また,今次会期から新たに宇宙における軍備競争の防止が議題に加えられた。

夏会期は,第2回国連軍縮特別総会が開催されたため,期間が短縮された。このような事情及び審議を有効に進めるとの観点から,軍縮における最優先課題である核実験の全面禁止問題,及び成果の期待し得る化学兵器禁止問題に集中的努力を払うことにつき各国の意見が一致した。その結果,これら二つの議題に関しては作業部会における審議が行われたものの,それ以外の議題に関しては本会議における一般的意見交換にとどまった。我が国は,第2回軍縮特総における我が国提案のフォローアップの一環として,原子力施設攻撃禁止に関する議定書案骨子を提出した。

(2)第2回国連軍縮特別総会

第2回軍縮特総は,6月7日からニュー・ヨークの国連本部において開催され,7月10日全会一致で結論文書を採択して閉会した。

同特総には,我が国の鈴木総理大臣,櫻内外務大臣,レーガン米大統領,サッチャー英首相,シュミット西独首相,シェイソン仏外相,グロムイコ=ソ連外相,黄華中国外相ら各国首脳が参加したほか,非政府団体及び平和軍縮研究機関の代表にも発言の機会が与えられ,我が国からも6名の代表が発言した。

同特総は,作業部会を設置して,(イ)第1回軍縮特総の決定及び勧告の履行状況の再検討,(ロ)包括的軍縮プログラムの検討及び採択,(ハ)軍縮のための国際世論を動員するための措置等につき審議を行った。その結果,前二者については合意は得られなかったが,最後の問題に関しては,世界軍縮キャンペーン,軍縮フェローシップ計画について合意文書が作成された。

同特総において鈴木総理大臣は,「軍縮を通じる平和の三原則」を中心とする演説を行った(資料編参照)。その中で主要な軍縮問題としては,(イ)戦略兵器削減交渉及び中距離核戦力交渉の促進,(ロ)核実験全面禁止条約の成立促進,(ハ)核不拡散条約への加盟促進,(ニ)平和的目的原子力施設の安全保障の確保,(ホ)化学兵器禁止条約の早期成立,(へ)通常兵器の保有及び国際移転の現状把握が取り上げられた。また,我が国は,(イ)国連軍縮フェローシップ計画参加者の広島・長崎訪問,(ロ)検証分野における国連の役割強化,(ハ)我が国の原爆に関する資料の国連への備え付け,(ニ)軍縮促進のための国連平和維持機能の強化・拡充に関しそれぞれ作業文書を提出した。

(3)第37回国連総会

今次総会においては,第2回軍縮特総の際に十分な審議が行われなかった各国提案が決議案の形で再提起されたこともあり,過去最高の58の軍縮関係決議が採択され,そのうち核軍縮関係決議が3分の1余りを占めた。

我が国は,核実験の全面禁止及び化学兵器禁止に関する原提案国の一つとして両決議の案文作成及び各国の支持取付けに積極的に貢献したほか,さらに兵器用核分裂性物質の生産停止,放射性兵器禁止,平和・軍縮運動に関する決議を含む合計7件の決議の共同提案国となった。

(4)国連軍縮委員会(UNDC: United Nations Disarmament Commission)国連軍縮委員会は5月17日より国連本部で開催され,(イ)軍事費凍結・削減問題(ロ)通常兵器軍縮研究,(ハ)第2回国連軍縮特別総会に対するUNDC報告の作成を中心に審議が行われた。

会期が第2回軍縮特総直前の2週間という短期間であったため必ずしも十分な審議が行われなかったが,第2回軍縮特総に対するUNDC報告の作成・採択が行われ,通常兵器軍縮に関する国連専門家グループ付託事項が合意された。

3.主要軍縮問題

(1)核実験の全面禁止(CTB: Comprehensive Test Ban)問題

(イ)CTBに関する米英ソ3国間交渉は,英国が80年7月の軍縮委員会に経過報告を提出した後中断され,その後再開されるに至っておらず,進展を見ていない。

(ロ)81年の第36回国連総会において,我が国は,豪州・カナダ等と共同して,米英ソの交渉当事国に対し,CTB3国間交渉を早期に再開し,交渉を妥結させるよう要請し,また,軍縮委員会に対し,82年会期当初にCTBの実質的交渉を開始するための作業部会を設置するよう要請する決議案を提出し,同決議案の採択に努力した。同決議案は総会本会議において圧倒的多数で採択された。

(ハ)この決議を受け,82年の軍縮委員会(春会期)においては,米国がCTBの「検証」と「遵守」に関する下部機構の設置に同意する旨発言したことにより,CTBの作業部会の設置を目指し,同作業部会の付託事項に関して検討が行われるに至った。春会期中に行われた集中的な検討の結果,同会期最終日の4月21日に軍縮委員会はCTBの「検証」と「遵守」を検討する作業部会設置に合意した。当時議長国であった我が国は,同作業部会設置にこぎつけるため各国の意見調整に努力した。

(ニ)夏会期において,CTB作業部会はその実質的作業を開始したが,作業計画に関する各国の意見調整がまとまらず,作業は進捗しなかった。

(ホ)第37回国連総会において,我が国は豪州・カナダ等と共同して,軍縮委員会のCTB作業部会の設置に留意し,軍縮委員会に対し核実験全面禁止の検討を継続し,国際地震探知網及び実効的な検証システムの設立等のために必要な措置を確定するよう要請する決議を提出し,その採択に努力した。同決議は総会本会議において賛成多数で採択された。

(ヘ)また,軍縮委員会の枠内で実施中の地震専門家グループによる国際的地震探知データ交換制度の技術的検討作業には,我が国専門家が引き続き積極的に貢献した。同専門家グループは現在第3次報告書の作成作業に取り掛かっている。

(2)核不拡散問題

我が国は,核不拡散体制強化のためには,核兵器不拡散条約(NPT: Treaty on Non-Proliferation of Nuclear Weapons)への普遍的加盟の達成が重要であるとの観点から,未加盟国の条約加盟促進を呼び掛けてきた。

82年中にNPT締約国となった新たな加盟国は次の4か国であり,12月現在,締約国数は119か国となった。

パプア・ニューギニア(1月加入),ナウル(6月承継),ヴィェトナム(6月加入),ウガンダ(10月加入)。

(3)原子力施設攻撃禁止

(イ)第2回軍縮特総において,我が国は平和目的の原子力施設の安全保障確保のため国際的努力が必要である旨述べ,原子力施設の攻撃禁止問題に強い関心を表明した。

(ロ)一方,ジュネーヴ軍縮委員会は79年に提出された放射性兵器禁止に関する米ソ共同条約案を基に放射性兵器禁止条約案作成交渉を行ってきたところ,80年にスウェーデンが原子力施設攻撃禁止条項を同条約案中に挿入すべしとの提案を行って以来・同交渉の進展は見られなかった。

(ハ)このような状況を背景として9月2日我が国は,放射性兵器禁止条約の枠組みの中で原子力施設攻撃禁止問題を解決するための一つの可能性を示す目的で,放射性兵器禁止条約の選択的議定書として原子力施設攻撃禁止議定書案の骨子を作成し,軍縮委員会に対し作業文書として取りまとめ提出した。同議定書案骨子の主要点は,「国際原子力機関(IAEA)の保障措置が適用されるすべての原子力施設を攻撃禁止対象とする」ことである。

本件我が国議定書案については83年の軍縮委員会で引き続き検討される予定である。

(注)放射性兵器:定義は交渉中なるも79年の米ソ共同提案によれば散布した放射性物質の放射線により損害等をもたらす未来兵器であり,核兵器とは異なる兵器とされている。

(4)化学兵器禁止問題

82年の軍縮委員会においても作業部会が設置され,81年の会期の結果明らかとなった化学兵器禁止条約に盛り込まれるべき要素に対するコメント及び代案の提出という形で審議が行われた。また,これら要素の中では81年同様化学物質の禁止の範囲及び検証問題に審議が集中した。

ソ連が第2回軍縮特総に,また米国が83年2月軍縮委員会にそれぞれ化学兵器禁止条約案に関する文書を提出したことが注目される。

(5)軍縮関係条約の締結

6月我が国は,「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発,生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」,「過度に傷害を与え又は無差別に効果を及ぼすことがあると認められる通常兵器の使用の禁止又は制限に関する条約」及び「環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約」を締結した。

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