第5節 科学技術及び原子力問題
1.科学技術
資源,エネルギー,環境,食糧等,人類全体が直面する諸問題の解決を模索する上での鍵として,また,現下の世界経済情勢の下,世界経済の再活性化に貢献するものとして,科学技術に寄せられる期待は著しく高まっている。これに伴って,近年では科学技術分野における国際協力についてもその重要性が強調されるに至っており,特に82年には,ヴェルサイユ・サミットの宣言に国際協力の意義が謳われたことに端的に示されるとおり,新たな注目すべき展開が見られた。
我が国はこのような動向を十分認識し,科学技術分野での先進国の一つとして,二国間及び多国間の国際協力を積極的に推進してきている。
(1)ヴェルサイユ・サミットに基づく科学技術作業部会
6月に開催されたヴェルサイユ・サミットにおいては科学技術分野での国際協力が世界経済の再活性化と成長のために果たし得る役割が強調され,同サミットの宣言に基づいて,サミット参加国の専門家(日本・山野科学技術庁事務次官等;米国・キーワース大統領科学顧問;仏国・アタリ大統領顧問;等)から成る「技術,成長及び雇用に関する作業部会」が設置された。同作業部会は8月以降,83年1月まで計7回の会合を開き,科学技術の経済,雇用及び文化への影響の検討と国際協力プロジェクトの選定を行った。作業部会の報告書は83年3月に公表され,5月のウィリアムズバーグ・サミットにおいて各国首脳により承認されることとなっている。
協力プロジェクトは既存案件4件と新規案件18件の計22件から成るが,新規18案件のうち,我が国は「太陽光発電」,「光合成」及び「先端ロボット」の3件につき協力の中心であるリード国となるのをはじめ,2件を除く全プロジェクトに参加する旨を表明している。
(2)二国間の科学技術協力
(イ)日米協力
(a)エネルギー分野
本分野における日米協力は,日米エネルギー等研究開発協力協定を基軸にして,核融合,光合成,高エネルギー物理学,地熱エネルギー等の分野で着実に進展している。とりわけ,新たな前進として特記すべきは核融合分野における協力関係の強化であり,既に存する日米間の核融合エネルギー調整委員会設置取極及びダブレットIII計画協力取極に加え,83年1月には,炉心技術及び炉工学を含む包括的な核融合研究開発協力のための実施取極が日米間で締結され,同分野における両国協力関係が更に拡充強化された。
(b)非エネルギー分野
81年9月に日米科学技術研究開発協力協定に基づき東京で開催された第1回日米合同委員会において取り上げられた宇宙開発,核物理,生物工学,保健,環境,農業等の分野にわたる40以上の案件について着実に協力が進められている。
(ロ)日仏協力
4月のミッテラン大統領訪日の際,日仏両首脳間で両国間の協力を一層充実,強化させることで意見の一致が見られたことが両国間の協力推進の重要な契機となり,10月にパリで開催された日仏科学技術協力協定に基づく第6回混合委員会においては,協力の範囲がバイオテクノロジー,新材料,エレクトロニクス等,最先端の科学技術分野を含むものへと飛躍的に拡大した。
(ハ)日・西独協力
5月,日・西独科学技術協力協定に基づく両国合同委員会第7回会合が東京で開催され,日独双方は,合同委員会の下における新たな専門部会として保障措置技術パネルを設置することで意見の一致を見た。
(ニ)日豪協力
日豪科学技術研究開発協力協定に基づく初の合同委員会が7月キャンベラにおいて開催された。この合同委員会において日豪双方から提案された約60の協力案件のうち植物に含まれる成長調節物質の研究協力については,同協定の下での最初の実施取極が署名され,その他の提案についても,具体的な協力活動が徐々に軌道に乗りつつある。
(ホ)日・カナダ協力
両国間の協力はこれまで日加科学技術協議の枠組みの下で行われてきており,生物学,エネルギー,宇宙科学等多岐の分野にわたる約30協力案件が実施ないし計画中である。かかる情勢を背景に,6月オタワにおいて開催された第5回日加科学技術協議において,日加双方は,科学技術分野の両国間の協力の一層の進展のため,科学技術協力協定締結について検討していくことを合意した。
(へ)その他各国との協力
(a)上述の諸国以外の先進諸国のうち,英国との間では科学技術協力協定の締結につき話合いが行われているほか,イタリア,ベルギー,アイルランド等の諸国及びECからも科学技術分野における我が国との協力を強化したいとの意向が伝えられている。
(b)さらに,我が国は東欧諸国及び開発途上国との間にも科学技術協力協定を締結して協力を行っている。2月にユーゴースラヴィアとの科学技術協力協定が発効したため,我が国が82年末現在で科学技術協力のための協定ないし取極を結んでいる国は14か国に増加した。
(3)多数国間の科学技術協力
(イ)開発のための科学技術協力
開発途上国の科学技術能力強化のための国際協力の在り方を検討する「開発のための科学技術政府間委員会(ICSTD: Intergovernmental Committee on Science and Technology for Development)」の第4回会期は5月末から6月初めにかけて国連で開催され,開発途上国の科学技術能力強化のために融資を行う「国連科学技術融資システム」の設立問題が主として論じられた。融資システムについては,第37回国連総会においてその資金面,機構面の枠組みに関し南北間でほぼ合意が成立したが,具体的な資金拠出等に関する「資金計画(financing plan)」の決定は83年へ先送りとなった。
(ロ)その他の多数国間協力
OECDの科学技術政策委員会においては,従来科学技術の国際競争力への影響,東西間の技術移転等の問題が討議されてきたが,82年には閣僚理事会の決定に基づき,新たに先端技術の貿易問題及び技術の国際流通の問題が取り上げられるに至っている。また,5月の同委員会においては,我が国の提唱により,83年11月に国際研究開発協力に関するシンポジウムを東京で開催することが決定された。
このほか,国連教育科学文化機関(UNESCO)等の国連専門機関,国連システム内のその他の機関及びアジア科学連合(ASCA: Association for Science Cooperation in Asia)等の国際機関においても,科学技術の研究開発とその利用,科学技術の発展に伴う諸問題などについての意見や情報の交換,政策面での検討などの協力が行われている。
(4)宇宙の開発と利用
(イ)宇宙空間の平和利用は,今日,人類に不可欠のものとなっており,米ソをはじめとする各国は宇宙開発を積極的に推進しているが,我が国も通信,放送,気象観測などの分野において実用衛星の打上げを行うなど活発な活動を行っている。
(ロ)8月にウィーンにおいて,第2回国連宇宙会議が開催され(第1回は68年に開催),宇宙科学技術の発展の評価とその恩恵をすべての国が享受し得るようにするための可能性についての討議が行われた。
(ハ)第37回国連総会では,次の四つの宇宙関係の決議が採択された((a)~(c)については全会一致)。
(a)宇宙空間の平和利用に関する国際協力
(b)第2回国連宇宙会議
(c)損害賠償条約の再検討の問題
(d)国による直接テレヴィジョン放送衛星の利用を律する原則(DBS原則)に関する国際条約の準備
(d)のDBS原則については,情報の自由を主張する西側諸国と各国の主権尊重という観点からDBSについて強い規制を求める開発途上国及び東側諸国とが対立し,ここ数年間審議が膠着状態にあったものであるが,今次総会では,コンセンサス採択という従来の慣行に反して開発途上国寄りの決議案が表決により採択された(日本を含む西側主要諸国は反対)。
(ニ)83年の国連宇宙空間平和利用委員会科学技術小委員会(2月)及び法律小委員会(3月~4月)においては,人工衛星による地球の遠隔探査(リモート・センシング)・原子力衛星の安全性の問題などについて審議が行われた。特に,83年初めにソ連の原子炉衛星コスモス1402号が大気圏に再突入した事件を反映して,原子力衛星問題は各国の活発な議論を呼び,法律小委員会では,原子力衛星の大気圏再突入前に,関係各国及び国連事務総長に対し,必要な情報を通報することについて合意が得られた。
(5)南極地域の調査と保全
(イ)南極条約協議国は,これまで南極地域の環境保全,科学調査のための国際協力を主要問題として会合を行ってきたが,最近では鉱物・生物資源問題にも各国の強い関心が示されている。また,海洋法会議の終了に伴って,南極問題に対する開発途上国の関心が高まりつつあることも注目すべき新たな動向である。
(ロ)鉱物資源の探査・開発の問題は南極条約協議国間での最重要検討課題の一つとなりつつあり,6月及び83年1月,ニュー・ジーランドのウェリントンにおいて,特別協議国会議が開かれて討議された。本件を巡っては,南極環境の保護を確保しつついかに探査開発の在り方を定めるか,協議国間の南極領土権に関する立場をいかに調整するかなどの困難な問題がある。
(ハ)南極地域の動植物の保存に関して協議国会議によって採択された一連の勧告のうち,我が国が未承認であった第3回協議国会議(64年)以降の計31の関連勧告については,これらを実施するための国内法の制定準備が進められてきた結果,5月に第96回国会において「南極地域の動物相及び植物相の保存に関する法律」(昭和57年法律第58号)が成立,11月1日から施行され,同日付をもって我が国は前述の31の勧告を承認した。これらの勧告の基礎となる第3回協議国会議については,協議国の中で我が国のみが未承認であったものであり(ただし,当時,協議国でなかった西独を除く),一連の勧告の承認は,南極問題に関する我が国の国際的立場を改善するものとして,その意義は大きい。