第2章 国際経済関係

第1節 総論

1.世界経済の動向

(1)先進国経済

82年の先進国経済は,景気の停滞が長期化し,雇用情勢は一段と悪化した。他方,インフレの騰勢が鈍化し夏場以降は,米国を中心として金利が低下局面を迎えるなどの進展が見られた。

(イ)景気及び雇用動向

欧米主要国の景気動向を見ると,米国は,81年夏場以降の景気後退が82年に入っても継続し,確かな回復への兆しは見られなかった。輸出が減退傾向をたどったほか,高金利や遊休設備の増大から設備投資は大幅に減少した。また個人消費も盛り上がりに欠け下支えの要因にとどまった。

欧米諸国では,81年末から82年の初めにかけて,底入れの気配が見られたが,春以降,輸出が減退傾向を示し,夏以降には,停滞色が強まった。

こうした景気停滞の長期化を背景に,雇用情勢は急速に悪化した。欧米主要国の失業率は米国・ECで二桁台に上昇し,戦後最悪の水準に達した。またこれと並んで企業の倒産の増勢も強まり,それがまた消費等に悪影響を及ぼした。

(ロ)物価の動向

一部の諸国では物価の騰勢が持続したものの,総じて沈静化傾向が明確となった。特に米国では,81年秋以降急速に沈静化し,82年の消費者物価上昇率は6%台に落ち着いた。

かかる物価沈静化の背景としては,石油価格をはじめとする一次産品価格の軟化,賃上げ率の鈍化,景気の停滞に加え,各国のインフレ抑制に対する一貫した政策が効果を現したものと見られる。

(ハ)国際収支の動向

主要先進国の経常収支は,石油をはじめとする輸入の減少を主因に,81年に引き続き,全体として,ほぼ収支均衡を保った。しかしながら,仏,伊で赤字が継続,米国でも年半ば以降,ドル高による国際競争力の低下や海外需要の低迷を背景に,赤字基調に転じた。

(ニ)政策の動向

82年の各国の政策の動向を見ると,金融面では,年前半にかけ81年同様,インフレ抑制を第一義的目標とする引締政策が継続された。しかしながら,夏以降,インフレの沈静化が明確となる一方,米国において徐々に金融緩和が図られたことを背景に,欧州各国でも基本的に金融緩和を図る動きが生じた。

財政面では,財政赤字の拡大が経済の活力を低下させてきたとの考え方から,各国とも積極的に財政再建に取り組み,歳入の面では間接税の引上げ,歳出の面では,政府支出の削減・社会保障費の抑制等の政策が行われた。

83年の世界経済は米国を中心として景気回復の兆しが見え始めている。82年に引き続き高水準の失業率,高い実質金利等種々の困難な問題が予想されるが,82年中に成果を見た明るい面を進展させ,景気回復の兆しを確実なものとすることが,83年先進国経済の課題である。先進国が行う選択は,世界経済全体に大きく影響することに留意しつつ先進各国が経済政策面で協調を図り,自由貿易体制を維持し,生産性の向上,政府部門の肥大化抑制,民間活力の活性化を図るなどの中長期的な努力を重ねることが望まれる。

(2)開発途上国経済

開発途上国では,80年以降,いわゆる世界同時不況の影響を受けて著しい低迷が続いているが,82年においては81年に引き続き戦後最低水準の成長にとどまったのみならず,途上国を取り巻く国際経済環境は急速に悪化した。

かかる事情の背景・原因としては,世界経済の景気後退の結果,途上国の先進国向け輸出,特に一次産品輸出が不振を極めたことと,先進国間の貿易摩擦の先鋭化と平仄を合わせる形で,途上国の中にも種々の理由から輸入制限を発動する動きが広がったため,途上国の輸出販路の拡張が急速に困難,となったことが指摘できよう。さらに,82年後半以後,債務累積問題が深刻化したことが挙げられよう。特に石油危機以後,民間資金の大幅な取入れを行った一部中進工業国は,その後高金利等の影響もあって,債務状況が急速に悪化し,債務救済要請が相次いだ。他方,非産油途上国においても,慢性的な経済の低迷に端を発する形で,援助等の公的資金の返済に支障を来し,繰延べ要請が頻発している。

83年に入り,一次産品市況がやや上向いてきたのと逆に,石油価格の引下げが行われたが,引下げに伴う石油収入の減少は一部産油国にとり大きな痛手となり,改めて湾岸諸国に対し生産調整の必要性を高めている。また,国際金融市場の今後の動向にも微妙な変化を投げかけている。

このような状況に対処するためには,何よりも先進国をはじめとする世界経済の景気回復が重要であるが,同時に,開発途上国の高い潜在成長力を活用すべく経済協力の拡大等の積極的施策が講ぜられることが期待されている。

 

2.国際協調

(1)主要国首脳会議

第8回主要国首脳会議(ヴェルサイユ・サミット)は,6月4日~6日の3日間,フランスのパリ(ヴェルサイユ宮殿)で開催され,日本,フランス,米国,西独,英国,カナダ,イタリアの7か国首脳,EC委員会委員長及びEC議長国としてベルギーの首相が出席した。

同会議では,「科学技術と雇用」,「マクロ経済と通貨」,「貿易」,「南北問題」,「東西経済関係」等の諸問題について首脳間の合意を盛った「ヴェルサイユ・サミット宣言」が採択されたほか,「国際通貨面での約束に関する声明」と「レバノン問題に関する声明」と題する文書も発表された。

このヴェルサイユ・サミットではミッテラン=フランス大統領の提唱により,「科学技術と雇用」の問題が初めて議題として取り上げられた。
ヴェルサイユ・サミットは,世界経済が非常に厳しい状況の下で開催されたこともあり,会議では参加首脳間で活発な議論がなされたが,その結果,次のような具体的成果が得られた。(あ)世界経済再活性化のために,技術革新及びこの面での国際協力の重要性が認識され,そのための作業部会の設置が合意されたこと,(い)成長・雇用の持続的拡大のためにインフレ抑圧が不可欠であることが確認され,実質金利引下げ達成のために財政赤字の一層の抑制を達成することが合意されたこと,また,通貨安定のために,日米欧の通貨当局間の多角的協力が申し合わされたこと,(う)自由貿易体制を堅持するために82年秋に開催のガット閣僚会議を成功させることが重要であり,そのためにサミット参加国が積極的に取り組むべきことが確認されたこと,(え)東西経済関係について,西側諸国は対ソ・東欧諸国との金融関係には慎重な配慮をもって取り進めることが合意されたこと。

本会議においては,ミッテラン=フランス大統領から「科学技術と雇用」に関し,技術革新が世界経済,文化,社会に与える影響にかんがみ,国際協力の必要性を訴える報告があった。これに対し鈴木総理大臣は,フランスの考え方に積極的に賛意を表されるとともに,各議題についても我が国の基本的考え方をまとめて発言された(資料編参照)。その内容は経済政策,通商,南北,科学技術問題を含む幅広いものであり,各国首脳も強い関心をもってこれを傾聴した。

サミットは,第1次石油危機を契機とする困難な世界経済情勢に対処するため,フランスのジスカール・デスタン大統領が提唱し開催されたという経緯があり,基本的には経済問題を討議する場である。しかし,サミットは主要国首脳が一堂に会する場であり,従来会食の機会等に,政治問題についても意見交換が行われてきた。ヴェルサイユ・サミットでは,英国とアルゼンティンの武力衝突にまで発展したフォークランド問題,レバノンに対するイスラエルの武力行動問題等について意見交換が行われたが,その結果イスラエルのレバノンにおける武力行動の即時停止を訴える声明が発出された。

なお,次回サミットはアメリカで開催されることが合意された。

 

(2)経済協力開発機構(OECD)

(イ)第21回OECD閣僚理事会は5月中旬パリで開催され,OECD諸国が戦後最悪とも言える経済困難に陥っている状況を背景に,経済政策,貿易,非加盟国との経済関係という3議題を中心にして白熱した議論が展開された。

(i) マクロ経済政策に関しては,各国とも自国の事情に応じてインフレ抑制を基礎として失業の低下に努めること,生産的投資の増大,生産性向上,技術進歩等を通じて持続的成長を図ること等の「共通の戦略」が合意された。

なお,この閣僚理事会においては米国の高金利批判が前年にも増して強く表明されたこと,各国の経済政策の遂行に当たっては,他国に及ぼす影響に配慮すべきことが強調されたこと等が特徴的であった。また,困難な状況の中で経済再活性化の不可欠の条件として積極的調整政策を推進すべきことがコミュニケ別添のステートメントでうたわれた。

我が国については,円相場に対する強い関心や市場の一層の開放,内需主導型の成長への希望が表明された。

(ii) 貿易については第2節2.参照

(iii) 非加盟国との経済関係については,開発途上国との関係と東側諸国との関係があるが,途上国との関係では,種々の政策対話を推進していくことが支持されるとともに国連包括交渉(GN)の早期発足の必要性が強調された。東西経済関係については,東側への過剰貸付や信用供与に強い懸念を表明し,本件の検討を強化せんとする米国と,慎重な姿勢をとる中立国等との間で基本的対立が見られたが,コミュニケでは単に東西経済の相互関係が今後更に検討されるべきであるとの表現にとどまった。

(ロ)経済政策

秋の経済政策委員会(EPC: Economic Policy Committee)においては,まず,世界経済の現状につき,インフレが基調的に沈静化の方向にある一方で,当初の予想を上回る生産活動の停滞と失業の増加が生じていること,また,今後の景気回復の見通しが悲観的であるとともにそれに付随して保護主義的圧力が高まりつつあることに対する懸念が強く表明された。

こうした見通しを踏まえた政策スタンスの在り方としては,インフレ抑制と財政赤字削減という基本的な長期戦略は今後とも維持しつつも,景気後退の長期化が潜在成長力の低下をもたらし,それ自体,新たなインフレの原因となり得る点を考慮し,マージナルな範囲内で緩やかな刺激策を活用し,目下の景気停滞から抜け出す現実的なアプローチを必要とする点で合意が得られた。

(ハ)積極的調整政策(PAP: Positive Adjustment Policies)

先進国経済の体質改善のためには,各国がより効率的な生産へと前向きの調整を図ることが必要であるとの観点から78年に「PAP一般方針」が採択されて以来,PAP特別グループにおいて進められてきた本件スタディの最終報告書が閣僚理事会に提出され,閣僚理事会では,これを承認するとともにPAPの一層の推進をうたった「宣言」を採択した。

(ニ)その他(農業大臣会議)

12月に農業大臣会議が開催され,低経済成長,農産物の供給過剰,消費の低迷といった厳しい状況下にあって,農業政策及び農産物市場の今後の動向について,特に(i)農業調整政策,(ii)農産物貿易,(iii)世界食糧安全保障の3テーマを中心に大局的見地からの議論が行われた。

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