第2節 通商問題

1. 概況

(1) ガット事務局の試算によれば,81年の世界貿易は2兆ドル近いものとなり,対前年比で約1%の減少(79年は対前年比20%の伸び)を記録した。年ベースでの貿易金額の減少は,58年以来初めてのことであるが,これは,80年においてはドル建て輸出単価が20%上昇したのに対し,81年は1%の上昇にとどまったことを反映するものである。他方,数量ベースでも貿易は停滞したが,これは,農産物,工業製品の貿易の伸び(それぞれ対前年比5%及び3%)が前年に引き続く石油等鉱物の貿易の大幅な減少(石油は14%減,その他の鉱物は5%減)により相殺されたことによる。

(2) 世界経済の停滞が長引く中で,各国における保護主義的動きにも根強いものが見られた。特に,二国間の関係において,国際的な貿易ルールに従うことなく,その枠外で貿易制限的措置のとられる傾向が見られ,各国の懸念するところとなった。また,貿易ルールに抵触するかどうかギリギリのところでとられる措置,いわゆる「灰色領域」における措置(一部補助金,輸入監視制度の導入等)の拡散に対する懸念も強まった。

このような種々の形の保護主義的動きに抗し,開放された自由貿易体制をいかに維持・強化するかが世界経済全体の重要な課題となり,その解決策が探求された。その一環として,6月,ガットの場において,82年秋に9年ぶりにガット閣僚会議を開催することが提案され,11月の総会において正式決定を見た。また,7月に開催されたオタワ・サミットにおいて,参加国は開放自由貿易体制へのコミットメントを再確認し,ガット閣僚会議の開催を支持するとともに,保護主義は,結局はインフレ・失業を悪化させるものであるとの認識の下に,これを排除していくとの決意を表明した。

 

2. ガット及びOECD

(1) ガット

(イ) 81年のガットの活動においては,一方で東京ラウンドの諸成果の誠実な実施を図っていくことに重点が置かれたが,同時に,保護主義的圧力の高まりにいかに対応していくかが真剣に検討された。

(ロ) ガット閣僚会議の決定と準備作業の推進

6月,18か国協議グループにおいてガット閣僚会議開催が提唱され,11月の第37回総会において「多角的貿易体制の機能を検討し,締約国団が貿易体制を改善しようとする共通の努力を強化する」ために,次回総会(11月)を閣僚レベルで招集することを全会一致で決定した。また,このために,(あ)多角的貿易交渉(MTN: Mu1tilateral Trade Negotiations)の成果の実施,(い)貿易体制に影響を及ぼしている諸問題,(う)途上国の世界貿易における一層重要な役割及び(え)貿易の発展のための将来の展望の各点に取り組んでいくこと,更に,「80年代のガット作業計画の検討に当たっては,締約国間の協力のための将来の優先度を決定する」ことが合意された。その後,ガット理事会の下に準備委員会が設置され,鋭意各国間で準備が進められた。

(ハ) 18か国協議グループ(CG18: Consultative Groupof18)

81年には,3回にわたり会合がもたれ,(あ)現下の経済情勢と貿易政策,(い)ガット閣僚会議(う)農産物貿易,(え)サービス貿易,(お)投資関連問題等が取り上げられた。特に,農産品貿易については,ガット規定及びMTN諸コードとの関係,農産品市場と最近の貿易措置等の問題につき討議し,農産品貿易に影響を与えている諸問題ガット関連規定等について更に検討していくこととされた。

(ニ) 貿易開発委員会(CTD: Committee on Trade and Development)

81年には,2回にわたり会合を開き,開発途上国が特に関心を有している貿易自由化問題につき討議を行った。この一環として,82年3月には,熱帯産品及び輸入数量制限をはじめとする非関税措置に関する非公式協議が先進国と開発途上国との間で持たれ,活発な意見交換が行われた。

(ホ) ダンピング防止委員会及び補助金相殺措置委員会

ダンピング協定及び補助金相殺措置協定署名国の国内法令審査,署名国によってとられた最近のダンピング防止措置あるいは補助金相殺措置の検討が中心に取り上げられ,これら協定の実施を確保するとの観点から活発な議論が行われた。

(ヘ) 多角的繊維取極(MFA: Multilateral Fiber Agreement)

繊維委員会は,81年末で4年間の延長期間が期限切れとなるMFAの再延長問題を審議した。輸出国,輸入国の双方から種々意見が出されたが,取極の修正は行わず,運用面で改善を図ることで合意を見た。その結果,MFAは,86年7月31日まで4年7か月間延長された。我が国は,12月25日に再延長されたMFAを受諾した。

(2) OECD

(イ) 80年6月のOECD閣僚理事会では,多角的かつ開放的な貿易体制を維持・強化するとのOECD加盟諸国の決意をうたった「貿易宣言」が採択されたが,81年前半には,その第1回定期レビューが貿易委員会において行われた。その中では,国際的な貿易のルールに服さない保護主義的措置の蔓延に警告が発せられるとともに,各国の構造調整努力の必要性が唱えられた。

また,6月の閣僚理事会では,MTN後の課題として,国際貿易の一層の自由化を進めていくための具体的方法を探るため,80年代の貿易問題のスタディを行うことが決定され,これを受けて81年秋からOECD事務局において準備作業が始められた。82年からは,これを踏まえ各委員会で検討が行われ,その成果を取りまとめた報告書が82年の閣僚理事会に提出される予定である。

(ロ) サービス分野の貿易(trade in services)について,OECDでは貿易委員会を中心に,79年から国際取引ないし活動上障害となっている問題点を調査,確認するため,4セクターにおけるパイロット・スタディを進めていたが,81年の閣僚理事会では,この作業の迅速な進展に関する希望が表明され,また,その結果に照らしてサービス分野の貿易上の障害を除去していくとの方針が決定された。上記スタディの一応の結果は,82年春以降取りまとめられる予定であり,これを踏まえてサービス貿易の障害を除去する方法につき検討が行われる見通しである。

(ハ)このほか,貿易委員会では,南北貿易について,一般特恵制度のレビューや改善,UNCTAD貿易開発理事会の準備等に関する議論が行われ,また,東西貿易については,東側諸国の経済・貿易動向等につき検討が行われた。また,委員会は,いわゆる「カウンター・トレード」に関する報告書を作成し,11月に公表した。

(ニ)輸出信用アレンジメント

ヴェニス・サミット,OECD閣僚理事会で80年12月までに決着をつけることを求められていた輸出信用アレンジメントの金利改訂交渉は,81年に入って活発に進められたが,6月のOECD閣僚理事会及び7月のオタワ・サミットにおいて,81年中の解決の必要性が強くうたわれた。10月の輸出信用アレンジメント参加国会合において,ECはアレンジメントの最低金利を2.5%(ただし,低所得国向け5年超の案件は2.25%)引き上げるが,この金利より市場金利の低い低金利国の公的輸出信用機関が適用する金利は,一率9.25%以上とするとの提案を行い,我が国を除く21か国は右に合意した。

我が国は,通貨別に最低金利を定め定期的に金利水準を調整する通貨別金利体系(Differentiated Rate System)の採用及びアレンジメントの最低金利を引き上げる場合には,低金利国通貨は市場金利を適用すべきことを主張し,低金利国が課徴金を払うがごときEC提案は受け入れ難いとの立場をとっていたが,最終的には6か月間の暫定措置として受諾することとし,この結果上記新金利体系は11月16日から発効した。

3. 我が国の対応

(1) 先進工業諸国の多くにおいては,インフレ及び失業の問題を抱える中で経済の停滞が続き,かかる状況を背景に保護主義的措置を求める国内の動きが種々の形で高まりを見せた。我が国としては,保護主義を防圧し,開放された自由貿易体制を維持することが,中・長期的に世界経済の活力を維持する上で不可欠の条件であるとの認識から,ガット,OECD,サミット等の場を通じてかかる方向で鋭意努力を行った。また,個別の問題に対しても,貿易立国としての我が国の立場及び経済大国としての我が国の国際的な責務を踏まえ,自由貿易体制を守るとの大局的観点に立って対処した。

(2) 81年前半においては,前年末から続いていた自動車問題が日米,日・EC,日加間の懸案として注目を浴びた。我が国は,5月,3年間を限度とする対米措置を発表して本件の解決を図るとともに,カナダ及び一部EC諸国(西独,ベルギー)に対し自動車輸出見通しを通報した。また,半導体については,日米間の話合いに基づき,半導体貿易を更に円滑化するため,相互に関税をMTN最終譲許税率まで引き下げることに合意した(4月1日から実施)。

(3)しかしながら,年後半にかけて,貿易不均衡を背景として,米・EC諸国から我が国市場の一層の開放を求める強い要請が出された。我が国は,これに対し,各レベルにおける意思疎通を図るための努力を行うとともに,個々の問題の解決に鋭意取り組み,日本市場の一層の開放のための具体的措置をとった。すなわち,

(イ) 米国との間においては,鈴木総理大臣(5月)及び伊東,櫻内両外務大臣の訪米(3月及び82年3月)等の際の首脳レベル等の話合いの場を通じて相互の理解を図るとともに,日米高級事務レベル協議(9月),貿易小委員会(9月,12月及び82年3月)等種々の場を通じて両国間の個々具体的な問題解決のための努力が払われた。

(ロ) また,ECとの間においても,鈴木総理大臣訪欧(6月)及び政府経済使節団訪欧(10月)をはじめとする双方要人の往来を通じ,更には,日・ECハイレベル協議(1月,5月及び82年1月)の場を通じて日・EC関係の円滑な発展に資するべく諸懸案の話合いによる解決のための努力を積み重ねた。

(ハ) また,我が国は,関係各国が保護主義に傾くことのないよう自由貿易体制を擁護するとの観点から,拡大均衡を図っていくことにより米・ECとの貿易問題に対処することとし,経済対策閣僚会議を数度にわたり開催し(11月,12月,82年1月及び3月),その対応につき積極的に検討を進めた。この結果,12月の本会議においては,(1)市場開放対策((あ)輸入検査手続等の改善,(い)輸入制限の緩和,(う)関税率の東京ラウンド合意2年分前倒しを中心とした引下げ等),(2)輸入促進対策,(3)輸出対策(「貿易の拡大均衡を基本とし,特定品目に係る集中豪雨的輸出の回避」)等について基本方針を取りまとめるとともに,82年1月末の同会議においては,輸入検査手続等67項目について具体的措置を速やかにとる旨決定した(その後,3月末までに6項目追加)。また,市場開放問題苦情処理推進本部(OTO: 0ffice of Trade Ombudsman)を新たに設け,輸入検査手続等に関する苦情を迅速に処理する体制を整えた。

関税率に関しては,82年4月1日から東京ラウンド合意に基づく関税率の引下げの一律2年分の前倒し実施(1,653品目が対象)が行われた結果,対象品目の平均関税率は,8%から6.75%(15.6%の引下げ率)となった。

(4) 我が国の81年の貿易額は,通関ベースで輸出33兆4,690億円(前年比13.9%増),輸入31兆4,641億円(同比1.7%減)と80年の大幅な入超から出超に転じ,2兆49億円と過去第3位の出超幅を記録した。また,これらの輸出入額をドルベースで見ると,輸出1,520億ドル(前年比17.1%増),輸入1,433億ドル(同比2.0%増),出超幅87億ドルであった。

輸出は,年間では数量ベースで前年比10.5%増と高水準の伸びを示したが,年末にかけて急速に鈍化し,12月には2年5か月ぶりに前年水準を下回った。このような輸出の鈍化は,82年年頭にも継続し,2月にはドルペースの輸出総額が前年同月比3.6%減と6年ぶりにマイナスを記録した。

他方,輸入は,数量ベースで前年比2.0%減と80年(同比5.9%減)に引き続きマイナスとなったが,第4四半期には小幅ながらプラス(前年同期比1.4%増)に転じた。

なお,81年の対米,対EC出超幅は,それぞれ133億ドル,103億ドルと史上最高を記録した。

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