第2章 国際経済関係
第1節 総説
1. 世界経済の動向
81年の世界経済は,79年の第2次石油危機の後遺症(低成長とそれに伴う失業,インフレ,国際収支の不均衡)に対処するため,多くの国で金融面を中心とする引締政策が継続ないし強化され,総じて停滞気味に推移した。
(1) 先進国経済
(イ) 景気及び雇用動向
欧米主要国の景気動向について見ると,米国の景気は80年夏以降回復に転じ,81年年初には一時的に拡大を示したものの,春先以降は輸出の減少,高金利の影響による住宅建設の落込み,個人消費の伸び悩み等から息切れし,再び景気後退局面に転じた。82年年初においても,個人消費,設備投資等最終需要が低迷を続ける中で,在庫調整が進められており,生産活動は低下している。また,雇用情勢も81年末から失業率が悪化し,74年~75年の不況期以来の高水準となっている。
欧州諸国では,西独,英国,イタリア等で設備投資の不振等から,81年後半に至っても景気は停滞しており,更に,82年年初においても総じて各国とも内需の回復がはかばかしくなく,生産は一進一退を続けている。
また,各国の景気低迷を反映して雇用情勢は悪化を続けているが,その背景として,各国の景気低迷に加え,60年代初めのベビー・ブーム世代の労働市場参入あるいは外国人労働者や女性の労働市場への参入増加等の構造的要因も指摘されている。
(ロ) 物価動向
81年の物価動向を見ると,石油需給の緩和,各国の引締政策の継続,景気停滞などの影響により,81年の物価上昇率は,ほとんどの国で80年を若干下回った。
米国では,石油価格統制の撤廃から,81年年初に物価の騰勢が強まったが,同年半ば以降,当局のインフレ抑制政策,農産物価格の軟化,エネルギー等輸入品価格の落着きなどから,物価は漸次騰勢を鈍化した。
消費者物価の上昇率は,最近では一けたの水準に落ち着いている。
欧州諸国では,英国で金融・財政両面からの厳しい引締政策が実施された結果,81年の物価上昇率は前年を大幅に下回ったのに対し,フランス,イタリアでは,為替相場の大幅低下に伴う輸入物価の高騰や大幅な賃金コストの上昇,更に公共料金の相次ぐ引上げ等を反映して引続き高水準の上昇率が続いている。
(ハ) 国際収支動向
国際収支の動向を見ると80年に大幅な黒字であったOPEC諸国の経常収支は,石油価格の落着き,先進諸国における石油需要の減退等を反映し,81年には黒字幅を縮小した。他方,先進諸国では,省エネルギー努力や景気停滞を背景とした石油輸入の減少から,81年には全体として赤字幅を縮小してきており,改善に向けての進展がうかがわれる。
(ニ) 政策動向
81年の各国の政策動向を見ると,経済が停滞する中で,インフレが抑制されない限りその他の経済諸問題は解決され得ないとの考えから,多くの国で80年に引き続きインフレ抑制に重点を置く厳しい引締政策が金融面を中心に実施された。この結果,世界的に高金利現象が発生し,これが各国の国内経済面にとどまらず,国際的にも大きな影響を及ぼした。また,財政面でも,米国,英国,西独等で社会保障費等歳出の削減による財政赤字の圧縮を目指した82年度政府予算案が策定されており,81年の経験を踏まえて財政・金融面でのバランスのとれた引締政策が期待されている。
(2) 開発途上国経済
開発途上国では,農業生産の好調,石油情勢の落着きといった明るい局面も見られたが,先進諸国において景気後退の影響により輸出が伸び悩んでいること,世界的な高金利の影響に伴って財政金融政策による景気刺激策がとりにくいことといった成長制約要因によって,外需,内需とも低迷しており,鉱工業生産も80年を下回り,経済は低成長を続けている。
物価は,81年後半の食料品価格の落着きなどから80年に比べ騰勢を弱めているが,原油価格引上げの後遺症の影響で多くの国で高水準のインフレが続いている。
国際収支面では,輸出の伸び悩みを主因に非産油開発途上国の貿易収支赤字幅は81年に一層拡大し,特に,一次産品輸出国の貿易収支は大幅な悪化となった。こうした貿易収支の悪化に加え,債務累増や金利上昇を反映して対外借入利払いも増大した。
このような中で,開発途上国では,不況業種に対する税制や金融面での優遇措置,為替レートの切下げによる輸出促進等の措置がとられた。
(3) ソ連,東欧の経済
ソ連・東欧諸国では,計画経済の硬直性等の内的要因に加え,西側先進諸国の景気停滞,石油価格の高騰による交易条件の悪化等の外的要因に影響され,70年後半から不振を続けている各国の経済を更に悪化させた。このような中で,ソ連・東欧諸国では国際収支の大幅赤字,対外債務の累積が大きな問題となっている。
(4) 世界経済の課題
82年も世界経済は引続き様々な困難が予想されるが,インフレの鎮静化や先進諸国における国際収支改善の兆しを進展させ,各国が経済政策面での協調を図りつつ,自由貿易体制を維持し,生産性の向上,政府部門の肥大化抑制,民間部門の活性化等中長期的な世界経済の再活性化のための努力を重ねることが望まれる。
2. 国際協調
(1) 主要国首脳会議
(1) 第7回主要国首脳会議(オタワ・サミット)は,7月20日,21日の両日,カナダのオタワ及びモンテベロで開催され,日本,カナダ,フランス・西独・英国・イタリア・米国の7か国の首脳及びEC委員会委員長が出席した。
同会議では,(a)一般経済政策(通貨を含む),(b)開発途上国との関係,(c)貿易,(d)エネルギー,(e)東西経済関係等の諸問題の合意を盛った「オタワ・サミット宣言」が採択された。このほか,1日目午後にカナダのトルドー首相(議長)が「政治問題に関する議長総括」を発表し,これとともに「テロリズムに関する声明」も発表された。
このオタワ・サミットでは,7人の首脳のうち,鈴木総理大臣をはじめとして4人(EC委員長を入れると5人)までがサミット初参加であったが,入念な事前準備を経て参加首脳が率直な討議を行い,会議は多大の成功を収めることができた。
(2) サミットは,第1次石油危機を契機とする困難な世界経済情勢に対処するため,フランスのジスカール・デスタン大統領が提唱し開催されたという経緯があり,基本的には経済問題を討議する場である。しかし,サミットは主要国首脳が一堂に会する場でもあり,従来,政治問題についても意見交換が行われることがあった。特に,ヴェニス・サミットにおいては,アフガニスタン問題に関する声明が発表されたが・今回のオタワ・サミットでは中東問題,東西関係等の政治問題につき議長総括説明が発表された。
(3) オタワ・サミットは,西側先進工業国が世界経済及び国際政治の両面にわたって非常に困難な時期に開催されることになったが,本サミットにおいて西側先進工業国は,長期的な観点に立って共通の政策的な方向づけを打ち出すことができた。すなわち,西側先進工業国の指導者たちは,相互依存と連帯の精神の下に,東西問題,南北問題,西側内部の経済上の問題,自由貿易等について西側全体としての共通の認識を再確認し,国際社会の平和と繁栄のため,西側全体の経済を再活性化するという目標に向かって努力していくという決意を新たにした。
(4) 本会議においては,冒頭,鈴木総理大臣が各議題を通じての基本的考え方をまとめて発言し,特に,(あ)サミット諸国間の連帯と協調(「和」の精神)の強化,(い)西側経済の再活性化,(う)自由貿易体制の維持・強化等を強調しつつ演説し,これが言わば基調演説として会議を方向付ける結果となった。鈴木総理大臣の強調した上記の諸点は,サミット宣言を貫く基調ともなり,このことは我が国の行ったサミットヘの貢献として特筆すべきであろう。
(5) サミットにおける首脳間の討議を通じ,概略次のような宣言がまとめられ,発表された。
(a) 一般経済政策
民主主義工業国の経済の再活性化が今回の会合の主要議題であり,インフレ低下と失業減少を最優先課題として同時に対処すべきである。
(b) 開発途上国との関係
開発途上国の安定,独立及び真の非同盟を支持し,途上国の経済社会開発を引続き支持する。政府開発援助(ODA)等今後とも種々の協力を続けるとともに,開発途上国との建設的討議に期待する。
(c) 貿易
自由貿易体制を維持・強化し,保護主義的措置を排除する。多角的貿易交渉(MTN)諸協定の実施を図るとともに,ガット閣僚会議等に見られる新しいイニシアティブを歓迎する。
(d) エネルギー
ヴェニス・サミットで設定した80年代のエネルギー目標達成を図る。各種エネルギー源の開発・利用を加速し,省エネルギー,代替エネルギー利用を促進すると同時に,十分な備蓄の保有も確保する。
(e) 東西経済
東西経済関係につき,経済政策が引続き安全保障上の目的と適合すべく協議及び必要に応じ調整を行う。
結論として,「民主主義社会は直面する挑戦に十分対処し得る」し,「我々は協力と和の精神に基づいて前進する」と結んでいる。
(6) なお,今回のサミットは第7回目であり,これで開催地がサミット参加国を一巡したことになる。第8回サミットは,第1回サミットの開催国フランスで開催されることとなった。
(2) 経済協力開発機構(OECD: Organization for Economic Cooperation and Development)
第20回OECD閣僚理事会は,6月中旬パリで開催され,高インフレ及び高失業といった困難な諸問題を抱えるOECD諸国が,経済の再活性化のためどのように対応していくか,増大しつつある保護主義圧力を防圧し,いかに開放貿易体制を維持強化していくか,更には,開発途上国との関係をどのように進展させるかを中心に討議が行われた。同閣僚理事会の議論は,7月に開催されたオタワ・サミットに対しても様々な政策上の影響を与えたが,本閣僚理事会で合意された主要点は以下のように要約される(コミュニケについては資料編参照)。
(i) 経済政策運営に関しては,インフレ抑制と失業対策の優先順位について,失業を過大視することによるインフレ再燃を強く懸念する米国,英国,西独等とインフレ抑制を重視しすぎる結果生じる失業増大及び保護主義の高まりを懸念するフランス及び欧州中小国との間の調整が難航したが,インフレ抑制,失業減少とも重要な政策課題であるとしつつ,中長期的に失業問題を解決するためには,インフレ対策が重要であるとの点で合意が見られた。米国の高金利問題について,会議では米国と欧州諸国の間で応酬が行われたが,コミュニケでは,一国の行動が他国に及ぼす影響を考慮することの重要性に合意する一方,米国の金利調整については評価が分かれたとされた。
(ii) 貿易政策については,貿易をマクロ経済の中に位置づけて見るとの視点が会議の基調となり,貿易制限措置は結局事態を悪化させるのみであることが確認された。また,今後とも貿易の状態を改善し,自由化を進めるための手段を探究していくため,今後10年間の貿易問題事項についてOECDで1年間の検討を始めることとなった。
(iii) 開発途上国との関係については,民間の活動を重視する米国と政府開発援助(ODA)を重視する他の諸国の間で意見が分かれたが,最終的には,OECDが従来とってきたODA重視の考え方を維持した。
(イ) 経済政策
6月の経済政策委員会(EPC: Economic Policy Committee)では,第2次石油危機のデフレ効果による景気の後退にもかかわらず,第1次石油危機時の反省から前年の閣僚理事会コミュニケのライン(Non-Accommodating Policy)を受け,インフレ抑制最優先の基本姿勢堅持が必要であるとの共通認識に至った。しかし,同時に深刻な失業問題に直面している欧州諸国(西独を除く)からは,インフレ抑制努力が失業問題の一層の深刻化に結びつくことに対して強い懸念が表明され,これらの国の苦悩は,米国の高金利に対する批判という形で表われた。これらの点についての立場の相違が各国の経済パフォーマンスの跛行性を反映して,閣僚理事会において前述のような議論及び結論を導いたのである。
その後,11月のEPCにおいても閣僚理事会と全く同一の枠組で議論が引き継がれ,インフレ克服と失業解消のいずれもが政策の優先課題であることが再確認されたほか,米国の高金利についても,その悪影響について懸念が表明された。なお,この間,各国の財政赤字が巨額に上る状況下では,財政引締めと金融緩和のポリシー・ミックスが妥当であるとする事務局の考え方を巡り,2回にわたるEPCの場において活発な議論が行われたが,この点については,意見の一致には至らなかった。
(ロ) 積極的調整政策(PAP: Positive Adjustment Policies)
先進国経済の体質改善のためには,各国がより効率的な生産へと前向きの調整を図ることが必要であるとの観点から,OECDにおいて78年から行われている積極的調整政策に関する検討は,81年においても特別グループを中心に続けられ,国別レビューではスウェーデン,豪州,西独,英国が対象となり,また,政策面では農業所得支持政策,有望産業育成策及びその国際面への影響,労働社会政策等が取り上げられた。PAP特別グループは,82年6月で活動を終えるため,同グループの最終報告書作りが82年から始められた。
(ハ) 貿易
(第2節2.「ガット及びOECD」参照)
(ニ) 南北問題
南北経済問題グループでは,第一に南北対話,特に国連包括交渉(GN)についての討議が行われた。とりわけ,カンクン・サミットを経て,第36回国連総会においてGN問題が審議されるや,本グループにおいても活発な意見交換が行われた。また,81年には南北対話の中期的目標,相互依存,食糧安全保障問題等が討議された。
(ホ)主要セクター問題
(a) 造船部会は,不況対策,助成削減のための中期計画及び船舶の輸出信用了解の改訂問題を中心に検討を行った。
欧州諸国は,81年前半の我が国の受注増に厳しい批判を行い,何らかの措置を講ずるよう我が国に要求した。我が国は,自由貿易の原則を強調するとともに,これまで講じてきた不況対策を説明し,我が国が国際的責任を十分に果たしてきたことにつき欧州側の理解を求めた。しかし,欧州側が我が国の生産動向,造船政策にセンシティブな態度をとっていること,今後の市場の動向には不鮮明な点もあることから,今後とも一層の慎重な対応が求められている。
(b) 鉄鋼委員会
81年の世界鉄鋼貿易の動揺を反映して,特に81年後半の鉄鋼委員会では米国及び欧州間の激しいやりとりが行われた。しかし,82年1月に,遂に米鉄鋼メーカーは一連の大型提訴に踏み切り,これに伴いトリガー・プライス(TPM: Trigger Price Mechanism)は再び停止された。本委員会では,その他加盟国の構造調整努力の促進,鉄鋼貿易措置の分析等が行われた。
(ヘ) その他(科学技術大臣会議)
3月に科学技術大臣会議が開かれ,技術革新政策と経済政策との統合の必要性,技術革新の推進及び技術革新の基盤の整備等をうたった宣言が採択された。