第2節 世界経済など多数国問問題
解決への努力
1. 世界経済の動きと課題
(1) 1980年の世界経済の動き
1979年初来の石油価格高騰によるインフレ効果,デフレ効果が経済各面に浸透したため,物価が高進する中で,80年の世界経済は,総じて景気後退色が強まるとともに,産油国・石油輸入国間の国際収支不均衡の拡大が見られた。また,雇用情勢の悪化傾向の下で,保護貿易主義的圧力が高まった。
このように80年は,世界経済が,第2次石油危機による悪影響を吸収し,調整する年であったと言えよう。
(イ) インフレ動向
80年の物価動向を見ると,先進国の消費者物価は,石油価格及び一次産品価格の上昇による輸入物価の高騰という外的要因を主因として,78年後半から騰勢を示し始め,80年4~6月には,12.5%(対前年同期比)とピークに達し,その後騰勢を幾分鈍化させたが,80年全体では,対前年比11.9%増となった(79年は対前年比9.1%増)。特に,米国で根強いインフレが続いたほか,英国,イタリアでは大幅な賃金上昇も加わって高い物価上昇を示した。
このため,先進国は,インフレ抑制を最優先課題として公定歩合の引上げなど金融面での引締め策を強化するとともに,財政面でも緊縮型予算の編成を図った。また,賃金・物価の悪循環を防止するためにも,生産性の向上に努めることが重要であるとの認識が高まった。
開発途上国の物価動向を見ると,非産油開発途上国の80年の消費者物価は,石油価格上昇の影響に加え,賃金の大幅上昇や公共料金の引上げなどもあり,37~38%(対前年比)にまで上昇率を高めている(80年7~9月には前年同期比37.6%,79年は対前年比29.3%増)。特に中南米地域での物価上昇が著しく,ブラジル,メキシコなどでは大幅な上昇を示した。更に近年,物価が安定していたアジア地域でも騰勢が目立ち始め,韓国,スリ・ランカなどでは物価上昇率が加速した。
こうした物価動向に対して,各国は,公定歩合の引上げや緊縮予算などのインフレ対策を行ったが,対策の発動が幾分遅れがちであった。
一方,産油国の消費者物価は,80年には,先進国の物価高騰に伴う輸入工業品価格の上昇などにより,かなり上昇率を高めたが(80年7~9月には前年同期比14.9%,79年は対前年比10.4%増),非産油開発途上国に比べれば,穏やかなものにとどまった。(消費者物価の数値は,IMF-IFSによる。)
(ロ) 景気動向
80年の景気動向を見ると,先進国の実質経済成長率は,79年に3.3%とかなり高い成長率を示したあと,80年には,インフレ高進による実質所得の減少や引締め策の強化などから,個人消費,住宅投資が落ち込んだため,1%程度の成長にとどまった(OECD資料)。国別に見ると,米国では,5年ぶりのマイナス成長を記録したものの,年後半以降弱含みながら回復の兆しを見せ始めたのに対し,日本及び西欧諸国では,春以降鈍化傾向を示した。特に,英国では,国内需要の引き続く不振に加え,引締め策が強力であったこともあり,他の欧米諸国に比べ不況は一段と深刻なものとなった。
このため,各国では,インフレの高進を抑え,かつ着実な経済成長を達成するためには,短期的な需要管理政策だけでは不十分であるとの認識が強まり,生産性向上のための投資の促進,構造改善政策の推進などの供給面に着目した政策の重要性が高まった。
開発途上国の景気動向を見ると,非産油開発途上国では,農業生産はアルゼンティンなどを除くとおおむね順調に推移した模様であるが,各国ともインフレ高進に対する引締め策の強化や内外需の鈍化を反映して,実質経済成長率は79年の4.6%(IMF-IFSによる)のあと,鈍化した模様である。このうち,韓国,台湾などの中進工業国では,先進国の景気後退による工業製品輸出の伸び悩みなどから,年央以降景気後退色が次第に強まった。
一方,産油国では,先進国の需要減退に伴う石油生産の減少,国内経済開発のスローダウンなどにより,実質経済成長率は,79年の2.9%をかなり下回った模様である。
(ハ) 国際収支動向
80年の経常収支動向を見ると,79年から石油価格の上昇により拡大していた産油国・石油輸入国間の不均衡は,80年には更に大幅なものとなった。OECDによると,産油国の黒字は,79年の680億ドルから80年には1,160億ドルヘと拡大する一方,先進国の赤字は,79年の350億ドルから80年には730億ドルヘと倍増し,非産油開発途上国の赤字も,79年の370億ドルから80年には500億ドルへ増大した模様である。
このため,経済パフォーマンスの悪い開発途上国においては,国際収支ファイナンスに困難を来す国が増加しており,オイル・マネーのリサイクリングが重要な問題となっている。
先進国の経常収支を国別に見ると,米国では石油輸入が景気後退などから減少したのに加え,輸出が電算機や農産物などを中心に好伸したことから,4年ぶりの黒字となった。また,英国でも,内需の低迷による輸入の減少,石油収支の改善もあって,前年の黒字を更に拡大した。一方,日本及び西独では,石油価格高騰による影響などから,前年の赤字幅を上回る大幅な赤字を計上した。また,フランス,イタリアでは前年の黒字から赤字へ転じた。
(2) 世界経済の課題と対応
今後の世界経済の安定的拡大を図るためには,解決すべき多くの問題がある。第1は,エネルギー対策を積極的に推進し,経済成長と石油消費との間に存在しているリンクを断ち切ることである。第2は,インフレを抑制し,着実な経済成長を図るためには,適切な需要管理政策が必要であるが,同時に生産性の向上,構造改善など供給面に着目した政策を推進することである。更に,第3は保護貿易主義を防止し,自由貿易体制を堅持して世界貿易の健全な発展を図ることである。
(イ) エネルギー対策の推進
今後の石油情勢は,産油国の資源温存政策や実質価格維持政策などもあり,引続き不確実なものとなる可能性が強い。石油問題は,もはや一過性のものではなく,慢性的・構造的な問題となっている。このため石油の消費節約,代替エネルギーの開発促進を図り,石油依存型経済構造からの脱却を図る必要がある。
このような問題意識から80年6月のヴェニス・サミット宣言においても80年代に「石油消費と経済成長のリンクを断ち切る」との決意が表明され,そのため代替エネルギーの利用拡大などを中心とする基本戦略が打ち出された。
わが国は,政府と民間が一致協力して脱石油に向けての政策努力を強化しており,その結果特に80年度においては,所期の経済成長を達成しつつ石油依存度の低減が図られるなどの成果を収めつつある。
わが国としては,今度ともかかる努力を一層強化し,自由世界第2のエネルギー大消費国としての責務を果たしつつエネルギー問題の克服に向けての国際協調に積極的に参画していく必要がある。
(ロ) 供給管理政策の推進
主要国を中心に高インフレと高失業の併存というスタグフレーション的傾向が強まっているが,この背景としては,(i)新規設備投資が停滞したことから生産性が伸び悩んだこと,(ii)物価スライド条項などを含む賃金協定の一般化などの影響から賃金メカニズムの硬直化が強まっていること,(iii)政府部門の肥大化などにより経済全体の効率低下を招いていること,(iv)省エネルギー,代替エネルギー開発が遅れていることなどが挙げられる。
このため,主要国の間では,短期的な需要管理政策では不十分であるとの認識が高まっており,中長期的観点からの供給管理政策の重要性が増している。80年6月のヴェニス・サミット宣言においても,「われわれは,また,生産性を向上させるために投資及び技術革新を奨励し,新たな雇用機会をつくり出すために,衰退部門から成長部門への資源の移動を助長し,更に各国内及び各国間の資源の最も効率的な利用を促進することをコミットしている。このためには,資源を政府支出から民間部門へ,また消費から投資へ振り向けること,及び特定の産業あるいは部門を調整の厳しさから保護するような行動を回避,あるいは注意深く制限することが必要である。この種の措置は短期的には経済的かつ政治的に困難であるかもしれないが,インフレなき持続的成長,及びわれわれの主要目標である雇用の増大に不可欠である。」とうたわれた。
わが国としても,かねてよりOECDその他の各種の国際的フォーラムにおいて機会あるごとにインフレなき持続的経済成長を達成するためには生産性の向上,技術革新を含む構造調整など中長期の供給管理政策が重要である点を強調している。
(ハ) 保護貿易主義の回避
欧米先進工業国において近年,保護貿易主義の高まりが改めて顕著となってきている。これには,主としてインフレ下で経済成長が停滞し失業が増大している状況を背景として挙げられる。更に,重要な産業分野などにおいて競争力の低下が見られることに対する防御的動きとして,外国からの競争を制限すべしとの声が国内に強まってきていることも注目される。
しかしながら保護貿易的な措置は,世界貿易の健全な発展を阻害するだけでなく,非効率な国内産業を温存することにより,長期的に見てその国の経済発展をも妨げるものであり,更にその国の消費者にとっては,安価,良質な商品の選択の余地を奪われることになる。このように保護貿易は何ら問題の本質的解決につながらないことは明白であるが,他方,かかる保護政策を求める声が政治的に強まってきていることも事実である。
したがってわが国としては,GATT,OECD,あるいはサミットの場などあらゆる機会をとらえ,保護主義を排し,自由開放貿易体制を維持,推進するため大いに努力してきた。わが国が東京ラウンド(いわゆるMTN,多国間貿易交渉)諸協定・取極のすべてを受諾し,その誠実な実施に努めているのも良好な貿易環境を維持発展させるための努力の一環である。