第3章 わが国の行った外交努力
第1節 各国との関係の増進
1. アジア地域
(1) 概要
わが国と地理的にも近く,歴史的にも密接なかかわりを有するアジア地域は,わが国にとってとりわけ重要であり,同地域の平和と発展のために政治・経済的な役割を積極的に果たしていくことは,わが国外交の主要な柱の一つである。
80年のアジアにおいては,東南アジア諸国連合(Association of South East Asian Nations;ASEAN)の発展,日中友好の一層の進展など安定と繁栄に向かう動きが見られた反面,カンボディア問題やインドシナ難民問題は依然として未解決のまま存続し,更にアフガニスタンにおける新たな緊張の発生に伴いアフガン難民の隣接国への流入などの不安定要因が生じた。
このようなアジア情勢の中で,わが国は8~9月には伊東外務大臣が大臣就任早々にタイ,ビルマ,インド,パキスタン及び中国を歴訪し,また81年1月には鈴木総理大臣が総理就任後初の外国訪問としてASEAN5カ国を歴訪するなど,積極的な対アジア外交を展開し,アジア全域にわたる平和と繁栄の構築に格段の努力を行ってきた。
(2) 朝鮮半島
(イ) 朝鮮半島における平和と安定の維持は,わが国を含む東アジアの平和と安全にとって重要である。わが国としては,同地域の平和と緊張緩和のための国際環境造りに貢献すべく引続き努力しており,かかる努力の一環として中国,米国など朝鮮半島に大きな関心を有している諸国と意思疎通を図っている。80年から81年初めにかけて行った主な関係諸国との意見交換は,カーター米国大統領・大平総理大臣会談,華国鋒中国総理・大平総理大臣会談,ヘイグ米国務長官・伊東外務大臣会談などである。
朝鮮半島の将来は基本的には南北当事者間の話合いに委ねられるべきであるが,80年2月に始まった南北総理会談開催のための準備会談(於板門店)は8月以降中断されており,また,81年1月全斗煥大統領が呼びかけた南北最高責任者の相互訪問提案に対しても,北朝鮮は否定的反応を示している。わが国としては,全大統領の右提案は建設的な提案であると評価しており,実質的な南北対話が再開されることを期待しつつ,今後の成行きを注視している。
(ロ) わが国は韓国との友好を引続き重視しており,両国間に円滑な協力関係を維持発展させるよう努力している。日韓友好関係の必要性については,81年3月伊東外務大臣が全斗煥大統領の就任式に出席するため訪韓した際にも確認しあった。なお80年後半韓国において開かれた金大中氏の裁判については,韓国の国内問題という認識に立ちつつも,わが方の関心を韓国側に伝えた。かかる経緯にもかんがみ,81年1月同氏に対して減刑措置がとられたことについて,わが国は日韓友好関係の促進に資するものとして評価した。
(ハ) 北朝鮮との間では,貿易,経済,文化などの分野における交流を漸次積み重ねていく方針を維持している。
(3) 中国
(イ) 日中両国の間に良好にして安定的な関係を維持し発展させていくことは,日中両国にとり重要であるばかりでなく,アジア及び世界の平和にとって大きな意義を持つものである。わが国としては,かかる観点から,中国との関係の発展のために努力してきている。
(ロ) 79年12月の大平総理大臣の訪中に続き,80年5月には華国鋒総理がわが国を公式訪問し国際情勢及び二国間問題につき2度にわたり首脳会談を行った。
80年12月には北京で第1回日中閣僚会議が開かれ,わが国からは伊東外務大臣を始め6閣僚が,中国からは谷牧副総理ら政府各部門の責任者が出席し,日中関係,双方の経済・財政政策など広範な問題につき率直な討議を行った。こうして72年の国交正常化以来順調な進展を遂げてきた日中関係は,幅広い分野で着実に実務関係を発展させる時代を迎えている。
(ハ) 文化・学術などの分野での交流についても近年緊密化を深めるとともに相互理解の増進が図られており,80年5月には科学技術協力協定が締結され,81年3月には渡り鳥保護協定が署名された。また,人的交流についても国交正常化以降着実に増加を続けており,特に平和友好条約の締結以降においては,双方の閣僚レベル以上の往来も頻繁になっている。
(4) ASEAN諸国及びビルマ
ASEAN諸国における自主自立の気運の高揚と連帯意識の深まりは東南アジアにおける重要な安定化要因となっている。わが国はASEAN諸国との協調関係を増進し,経済社会開発のための自主的努力を積極的に支援して,その強じん性強化に貢献することを対外政策の重要な柱としている。また,わが国は,ビルマとの友好協力関係と相互理解を促進するよう努力している。
特に80年は,同年6月にヴィエトナム軍のタイ領越境攻撃が発生し,緊張したインドシナ情勢が続く中で,ASEAN諸国の政治面での結束強化が一段と進展した年であった。わが国は,ASEAN諸国の立場を支持しつつ対ASEAN協力・協調関係の増進のため以下のとおりの外交努力を行った。
(イ) まず大来外務大臣は,6月,ヴィニトナム軍のタイ領越境攻撃直後の緊張した事態の中,マレイシアのクアラルンプールで開催されたASEAN拡大外相会議に米国,カナダ,豪州及びニュー・ジーランドの各外相と共に臨み,日・ASEAN外相会議では,わが国として,ヴィェトナム軍のタイ領越境攻撃を遺憾とし,ヴィエトナム軍の即時撤退と,かかる事態の再発防止を求める旨明らかにするとともに,カンボディア領内において国際援助物資を安全かつ有効に分配するために「非武装平和地帯(Demilitarized Peace Zone;DPZ)」の設置を提案するなど,地域の平和と安定のため建設的な貢献を行った。
(ロ) また,鈴木内閣発足直後の8月には,伊東外務大臣がアジア諸国歴訪の一環としてタイ,ビルマを訪問し,各国政府首脳とカンボディア問題を始めとするアジア情勢や二国間関係の促進について話し合った。特にタイにおいては,難民キャンプや被災民の村を訪問するとともに,カンボディア問題及びインドシナ難民問題につきタイを始めとするASEAN諸国の立場を支持し,問題解決に積極的に協力するわが国の姿勢を明確にした「わが国の東南アジア政策」と題する声明を発表した。また,田中通産大臣は,9月及び11月の2度に分けてASEAN5カ国及びビルマを訪問し,わが国とこれら諸国との経済関係の促進に努めた。
(ハ) 更に特筆されるのは81年1月に鈴木総理大臣が総理就任後初の外国訪問としてASEAN5カ国を歴訪したことである。総理は,ASEAN各国首脳との個人的な信頼関係を築くとともに,揺ぎない日・ASEAN友好協力関係の確立に努めた。また,総理は,各国首脳との隔意のない意見交換を通じ,東南アジア情勢や日・ASEAN関係の在り方について共通の目標と認識を設定し,最後の訪問国であるタイのバンコクでは歴訪の成果を総括して,以下の4点を柱とした政策演説(いわゆるバンコク・スピーチ)を行い,ASEANとの関係を重視するわが国の基本的外交姿勢を内外に明らかにした。
(a) 日本は軍事大国にならず,アジアの平和と安定のため国力及び国際的地位にふさわしい貢献をする。
(b) ASEAN諸国と「ともに考え,ともに努力する」との精神に立って成熟した関係の構築を目指す。
(c) ASEAN諸国への経済協力は,農村・農業開発,エネルギー開発,人造り,中小企業の振興の4分野に重点を置く。
(d) カンボディア問題の平和的解決にASEAN諸国と一致協力して取り組み,インドシナ半島に平和が実現すれば,同地域の復興に協力する。
(ニ) このほか,80年及び81年年初には,総理歴訪時の約束事項も含め,ASEAN工業プロジェクトヘの資金協力,ASEAN貿易投資観光促進センター設立協定の署名,ASEAN「人造り」プロジェクト及びASEAN地域研究振興計画実施への動きなど,日・ASEAN協力の具体的事業につき重要な進展を見た。
(5) インドシナ地域
インドシナにおいては,ヴィエトナムの武力介入によるカンボディアの戦闘が継続した。わが国は,インドシナのみならず東南アジア全域の平和と安定のためには,カンボディア問題の平和的解決を1日も早く実現すべきであるとの立場に立って,ASEAN諸国の立場を支持し,これら諸国と協調しつつ平和回復に努力するとの外交方針を堅持し,次のような努力を行った。
日・ASEAN外相会議においては,前述のとおり建設的な対応を行い,また,伊東外務大臣の訪タイに際してのASEANの要請を受けてヴィエトナム軍の武力介入を是認しないとの観点から民主カンボディアの国連代表権を支持するよう中南米,アフリカなどの諸国に対する働きかけを行った。
更に,秋の国連総会においては,わが国が従来から提唱していたカンボディア問題国際会議を開催するための指針を盛り込んだASEAN決議案の共同提案国となり,同決議は圧倒的多数の支持を得て採択された。
鈴木総理大臣のASEAN諸国歴訪を通じて,カンボディアの平和を回復するためには,この国連決議に基づいた国際会議による話合い解決を図るほかないとの考えを改めて明確にしたほか,同決議を実施に移すため国連事務総長が適切な措置をとるよう働きかけを行った。
(6) インドシナ難民問題
インドシナ難民に対する救済援助及び第三国定住は,79年のジュネーヴ会議後本格化し,80年を通じ積極的な対策が講じられた結果,事態はある程度改善されたものと認められる。
しかしながら,81年3月末現在ASEAN諸国を中心に約30万人の難民が滞留しており,難民の流出も続いていることを考慮すれば,インドシナ難民問題は依然として人道上及びアジア太平洋地域の平和と安全にかかわる重大な問題となっている。特に,タイには約25万人の難民が滞留しており負担が集中していることは見逃せない。
わが国としては,インドシナ難民問題に全力を挙げて取り組む方針で臨んでおり,80年度において1億ドル以上の救済援助を行ったほか,難民の受入れについてもできる限りの協力を行っている。
(7) 南西アジア
(イ) 8億余の人口を擁する南西アジア地域諸国は,経済的自立に向けて国内開発に真剣に取り組んでいる。わが国は,これら諸国の安定がアジア,ひいては世界の安定と密接に関連するとの見地から,これら諸国との間で経済技術協力を中心に友好協力関係の増進に努め,同地域の安定強化に寄与した。特に,ソ連のアフガニスタン軍事介入に伴い,170万人に上る難民の受入れなどにより諸困難に直面しているパキスタンに対しては,経済協力を倍増し,同国の安定強化に努力した。また,わが国は,対アジア外交の一層の広がりを図り,アフガニスタン問題など同地域が直面する諸問題につき同地域諸国と積極的に政治的協議を行った。
(ロ) 80年8月から9月にかけて伊東外務大臣は,就任後初の外国訪問においてインド,パキスタンを公式訪問し,同地域に対するわが国の建設的関心を示した。両国首脳との会談においては,両国との関係緊密化に努めるとともに同地域を巡る国際情勢につき政治的対話を推進した。
(ハ) 80年12月,愛知外務政務次官は,バングラデシュ,ネパール,スリ・ランカ,モルディヴの各国を公式訪問し,これら諸国との相互理解を促進し,友好関係の一層の緊密化に努めた。
(ニ) 81年3月,皇太子,同妃両殿下は,スリ・ランカを公式訪問され,同国官民の盛大な歓迎を受けられた。両殿下の御訪問は,両国の友好協力関係の基礎を更に強固にした。