資  料

 

1. 国会における内閣総理大臣及び外務大臣の演説

 

(1) 第78回国会における三木内閣総理大臣所信表明演説

(1976年9月24日)

 第78回国会が開かれるに当たり,当面する諸問題について所信を述べ,皆様方のご理解とご協力を得たいと存じます。

(災害)

 まず最初に,最近の災害につきまして申し述べたいと存じます。台風第17号は,全国各地に大きな被害をもたらし,死者・行方不明者167人,被災者約40万人を出し,建物・公共建造物・農作物に甚大な損失をもたらしました。これはまことに痛ましいことであり,それらの方々や関係者に対し,深く哀悼と同情の意を表します。

 政府は,直ちに非常災害対策本部を設置し,被害の著しかった中部,近畿中国,四国の3地域に,政務次官を長とする政府調査団を派遣し,被害状況を調査するとともに,144市区町村に災害救助法を適用して被災者の救護救助に努め,また災害の復旧に全力をあげております。

 また,激じん災害の指定,被災者に対する各種融資措置を速やかに実施すべく手続きを進めておりますが,さらに今後,このような災害再発を防止するため,新しい治山治水5か年計画を来年度より発足させるべく検討を進めております。

 また本年は,北日本においては,低温寡照の不順な天候に見まわれ,冷害が深刻な問題となっております。これに対し,政府は農業技術指導の徹底を図る等,今後とも被害を最少限に食い止めるべく努力してまいります。また被害の早期把握に努め,被災農家に対しましては,農業共済金の年内支払いに努めるほか,各種融資措置をはじめ,被災農家の経営の安定,被災地帯の雇用の確保等により,その救済に万全を期する考えであります。

 つぎに今臨時国会の最も重要な案件としてご審議いただきたいのは,ロッキード事件の解明と財政関連3法案であります。両者はいずれ劣らぬ重要性をもっていると考えますが,ますロッキード事件の解明の方から申し述べたいと存じます。

(ロッキード事件)

 いわゆるロッキード事件は,わが国の政治に大きな衝撃を与え,ついに自民党のかつての最高幹部の中から容疑者を出すにいたりました。私はこの事態を大きな悲しみをもって深刻に受けとめるとともに,政府および自民党の最高責任者としての責任を痛切に感ずるものであります。ここに国会議員各位をはじめ国民の皆様に深くお詑び申し上げたいと思います。

 ロッキード事件が起こったとき,私はその真相を明らかにしなければ,日本の民主主義は,大きく傷つけられると考えました。そこで私は,国会の決議を受けてフォード大統領に対して,真相解明の協力を要請した書簡の中で,

 「私は,日本の民主政治は,本件解明の試練に耐え得る力を有していることを確信している。われわれは,真実を究明する勇気と,そして,その結果に直面していく自信をもっている。」

と申し述べました。それ以来,私は日本の民主政治のため,この禍いを転じて福となすことができる,という確信をもって対処してまいりました。

 ロッキード事件の解明に当たって,私が厳重に守ってきた方針は,捜査当局に対し,私も法務大臣も政治介入は一切行わないということであります。今後もこの原則は貫いてまいります。

 検察当局によるロッキード事件の真相解明は,丸紅と全日空の2つのルートについては,ほぼ終結に達しつつありますが,なおいわゆる児玉ルートが残されており,現在検察当局はその解明に全力をあげております。この3ルートの法律的解明がすべて終わった時点において,私は検察当局から事件の全容について報告を受け,それに基づいて,国会に対して政府の報告を行う所存であります。

 ただし,児玉ルートの解明に相当の時間を要する場合には,適当な時期に中間報告をいたしたいと存じます。

 さらに,ロッキ一ド事件にかかわる政治的,道義的責任の問題につきましては,4月21日の「国会正常化に対する衆参両院議長裁定」第4項に従い,国会の国政調査権に基づくご調査に対し,刑事訴訟法の立法の趣旨にのっとり,資料の提供等最善の協力を惜しまない方針であります。

 ロッキード事件のような不祥事件がもし再び繰り返されるようなことがあれば,日本の民主主義が重大な危機に瀕することは明らかであります。この不幸な事件を転じて,今後の日本の政治と社会が健全に発展していくための出発点とするため,最善の努力をいたす決意であります。

(予算関連法案)

 ロッキード事件解明と並んで,今臨時国会の重要課題が財政関連法案にあることは申し上げるまでもありません。前国会で継続審査となりました特例公債法案および国鉄・電電公社関係の2法案が速やかに成立するよう国会の格段のご協力をお願いする次第です。現に執行中の本年度予算および政府関係機関予算は,これら3法案の成立を前提として組まれたものであります。

 予算と一体不可分の関係にある重要な財政関連法案が,いまなお成立していないことは,まことに残念な次第であります。

 高度成長から安定成長への転換期に当たり,国の財政も歳入不足を補うために,3兆7,500億円に及ぶ特例公債の発行を余儀なくされました。特例公債法案の成立はこの財源確保のために不可欠であります。もし,これを欠けば,予算の完全な執行は不可能であります。本年度予算は,景気の順調な回復と雇用の安定を図ることを最重点の目標としております。特例公債法案の成立がさらに遅れるような事態となれば,国の財政運営に支障が生じます。また,地方財政や事業経営に携わる者の心理にも悪影響を与え,折角立ち直りつつあるわが国経済に不安を与えることは必至であります。

 また国鉄および電電公社の経営は,現在極めて憂慮すべき状態にあります。

 国鉄と電電公社に関連する法案は,国鉄の再建と両公社の事業経営に必要な財源を確保するため,運賃・料金の改定を図るものであります。もとよりこの種の公共料金の引上げは,誰しも好むものではありません。しかしながら,国鉄運賃,電信電話料金は,これまで一般物価に比べて低く据え置かれてまいりました。これらの改定を行わずに,国鉄等の赤字に一般財政資金を注ぎこんでいけば,財政の赤字はますます膨れ上がり,ひいては財政のみならず国民経済に大きな悪い影響を与えます。したがってこれらの事業の経営の健全化のためには,利用者の方々にある程度の負担をお願いいたさなければなりません。

 法案成立がさらに遅れる場合には,職員のベース・アップやボーナスの支払いが困難となり,労使関係に深刻な悪影響を及ぼすおそれがあります。

 また,工事費等の経費削減のために,中小企業の多い関連業界は現に大きな打撃を受けておりますが,さらにそれが深刻化することは必至であります。

 以上,今臨時国会の中心課題であるロッキード事件解明と財政関連3法案について申し述べましたが,この機会に,その他の当面の内外問題についても触れておきたいと思います。

(経済)

 まず最近の経済情勢と経済運営について述べたいと思います。景気は,国内需要の堅実な伸びと,世界経済の回復に伴う輸出の増加によって,着実に上昇してまいりました。生産,出荷,企業の操業度も総じて回復を示しており,雇用情勢も改善傾向にあります。しかしながら,個々の業種については,今なお回復の遅れているものもあり,景気の先行きについて手ばなしで楽観することはできない現状であります。

 このような情勢のもとで,今後とも景気の着実な上昇基調を維持していくことが重要であります。輸出中心ではなく,個人消費や企業投資など幅広い需要の拡大を図り,バランスのとれた本格的な成長を実現しなければなりません。

 個人消費は,生産と雇用の順調な回復に伴い,堅実に伸びていくものと期待されます。企業投資は,慎重さの中にも,次第にもり上がるきざしが見られます。個人消費についても企業投資についても,先行きに対する心理が大きな影響を及ぼしますので,財政関連3法案を1日も早く成立させていただくことが,この点からも極めて重要であります。

 政府としては,今後の財政・金融政策の運営に万全を期するとともに,中小企業の倒産や失業の増加を防ぐため,金融面その他あらゆる適切な支援措置をとってまいります。

 世論調査でも明らかなように,国民は依然として物価安定に極めて大きな関心を寄せています。

 最近卸売物価がやや早いテンポで上昇を続けておりますことは警戒を要しますが,やがては鎮静するものとみられ,いまのところそれが消費者物価の安定基調を乱すおそれはないと考えます。

 消費者物価については,政府は,最優先で安定政策を講じてまいりましたが,幸い,その上昇率を,50年度末で1桁台にするという公約を達成することができました。その後本年度に入っても比較的落ち着いた動きを示しております。しかし,輸入原料の値上がり,公共料金のやむをえざる改定,景気上昇に伴う商品の値上がり傾向など,警戒しなければならぬ要因も少なくありません。

 政府は,物価動向にたえず注意し,総需要の適切な管理を図るとともに,企業の安易な価格転嫁や便乗値上げの自粛要請,生鮮食料品など生活必需物資の生産・輸送対策など,あらゆる手段を尽くして,物価対策に遺漏なきを期するつもりであります。

(外交)

 つぎにわが国の外交について申し述べます。

 去る6月27,28の両日プエルト・リコにおいて開催された第2回先進国首脳会議には,大平大蔵大臣および宮澤前外務大臣を伴ってこれに参加しましたが,米,英,西独,仏,伊,加の首脳とともに,世界経済の抱える諸問題について忌憚のない意見を交換することができましたことは,極めて有益でありました。特に,関係諸国間の密接な協議と協調により,事態の悪化を事前に防止することの必要性について意見の一致をみたことや,インフレの再燃を回避しつつ,経済の持続的拡大を図る必要性について共通の認識を得たことは大きな成果でありました。

 その後,友邦米国の首都ワシントンに立ち寄り,建国200年を迎えた米国国民に対し,日本政府と国民を代表して,フォード大統領に対し祝意を述べる機会を得ました。その際,200海里の漁業保存水域の設定により生じた漁業問題や,日米航空協定の問題などについても大統領と話し合いました。これらの問題の解決は必ずしも容易ではありませんが,日米両国は深い絆で結ばれている間柄でもあり,話合いを重ねていくことによって,合理的な解決を得るよう全力を尺くす考えであります。

 中華人民共和国では,新中国の生みの親ともいうべき偉大な指導者であり,また,日中国交正常化に大きな指導力を発揮された毛沢東主席が死去されました。ここに重ねて深く哀悼の意を表するとともに,主席の遺志を継ぐ中国政府との間に,1日も早く日中平和友好条約が締結されることを強く期待するものであります。

 本年は日ソ国交回復20周年に当たりますが,わが国としては,北方4島の一括返還を実現して,平和条約を早期に締結するため,今後とも一層の努力を続けてまいる所存であります。

 なお,最近,ソ連軍用機ミグ25がわが国の領空に侵入し,函館空港に強行着陸するという事件が起こりました。政府はこれに対し,今後とも冷静,慎重に対処する方針であり,本件が日ソ間の基本的友好関係に影響を及ぼすことがあってはならないと考えております。

 朝鮮半島では,最近,板門店において国連軍側に死者を出す衝突事件が発生したのを契機に,南北間に一時的緊張が高まりました。朝鮮問題に対する政府の基本的態度は,朝鮮問題が武力ではなく,平和的な話合いにより解決され,統一を目指して南北間の関係改善が進むよう諸外国と協力することであります。そのため,南北双方が直接話し合う機会をもつことを希望し,また,双方が平和的統一を達成するまでの間,ともに国連に加盟することを期待するものであります。

 先般の海洋法会議においては,深海の海底資源開発問題や経済水域設定の問題が論議されましたが,こうした問題は,海洋に依存することの大きいわが国としては,重大な関心を寄せる問題であります。この問題に対しては,国際協調の精神のもとに,国益を踏まえ,最善の解決の方途を見出すべくできる限りの努力を払う決意であります。

 海洋法会議に限らず,現在の各種の大きな国際会議では,必ず南の発展途上国と北の先進工業国との間の,いわゆる南北問題が浮彫りにされます。

 南北問題は,これからの世界の経済,政治の秩序づくりに最も重要な問題であります。政府は,南北問題が対決でなく,対話と協調の精神で解決されるよう,できる限りの努力をいたし,日本としても南の国々に対し,貿易の拡大を図る一方,経済技術協力,とりわけ政府援助の面を一層強化したいと考えております。

 最近,日本を訪問されたブラジルのガイゼル大統領とも,日本とブラジル両国の理解と友好を一層深めるとともに,両国が今後南北問題の解決に緊密に提携することを約束しましたゆえんもそこにあります。

(むすび)

 ロッキード事件は,わが国の民主主義にとっての大きな試練であります。世界にはいろいろの政治制度がありますが,わが国にとっては議会制民主政治が最も優れた政治制度であると,私は信じております。

 どのような政治制度も人間の不正や失敗を根絶することはできません。いずれの国でも時として,政治の腐敗が起こります。経済運営の失敗も起こります。民主政治のもとでは,その腐敗を摘発して政治を正すことができます。政策の失敗を批判して改革を図ることができます。

 民主政治がそのような自己改革の機能を発揮できるゆえんは,それが,開かれた社会における開かれた政治制度であり,真相を明らかにすることによって,国民の英知が発揮されるからであります。

 議会制民主主義のもとでは,政治は国民のものであります。自由な言論と報道を通じて国民が真相を知ることによって,国民が正しい判断を下し得ると私は信じます。国民の英知を信頼することなくしては,民主政治は成立いたしません。

 私がロッキード事件の真相解明に不退転の決意をもって当たっているのも,私の議会制民主政治への信念によるものであります。単に事件を暴露することだけが目的ではありません。真相の解明を通じて,日本の民主政治の自己改革能力が発揮され,政治腐敗の根源を断つ対策がたてられるところにこそ,真相解明の最大の意義があると信じます。

 議員の皆さんと国民の皆さんのご理解とご協力を願ってやみません。

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(2) 第80回国会における福田内閣総理大臣施政方針演説

(1977年1月31日)

 内外情勢の大いなる変化の裡に第80回国会が再開されるに当たり,新政府の施策に関する基本方針を申し述べ,国民の皆様の御理解を求め,特に,議員諸君の御協力を得たいと存じます。

 私は,このたび内閣総理大臣の大任を拝受いたしまして,国政の重責を思い,決意を新たにして,国家と国民に対する使命を果たし,日本国の進路に誤りなきよう全力を傾注してまいりたいと存じます。

(変化する時代)

 3年前,私は大蔵大臣として,この壇上から,わが国経済社会の舵取りを大きく,かつ,明確に転換すべきときにきていると申し上げました。

 そして次の年,昭和50年1月には,経済企画庁長官として,国も,企業も,家庭も,「高度成長の夢よ再び」という考え方から脱却し,経済社会についての考え方を根本から転換すべきときにきていると申し上げました。

 そのときは,いわゆる石油危機を契機として,わが国経済が異常なインフレの火の手に包まれ,日本社会の大混乱という緊急事態でありました。

 しかし,私がそう申し上げたのは,その緊急事態に対応するという,ただ単にそれだけの理由からではなかったのであります。

 「資源有限時代」を迎え,一体わが国の将来はこのままでいいのだろうかと,心から憂えたからであります。

 戦後30年余り,世界は平和と科学技術に支えられて,めざましい経済の成長と繁栄を成し遂げました。その結果,「作りましょう,使いましょう,捨てましょう」のいわゆる大量消費社会が出現したのであります。

 この間に,人類は貴重な資源を使い荒らし,遠くない将来に,一部の資源がこの地球上から無くなろうとしています。しかも,21世紀の初頭には,世界人口は現在の2倍に達すると予想され,更に更に膨大な資源が求められることは明らかであります。

 これは大変なことです。人類始まって以来の変化の時代の到来です。

 人類は,まさに「資源有限時代」の到来を意識せざるを得なくなったのであります。

 このような大いなる変化の時代には,国々の姿勢にも変化が出てまいります。石油危機はその象徴的な出来事と理解すべきです。200海里経済水域問題など海洋をめぐる複雑な動きも出てまいりました。

 資源小国のわが日本国は,資源を世界中から順調に入手できなければ,一刻も生きていけない立場にあります。

 もうこれからの日本社会には,従来のような高度成長は期待できないし,また,期待すべきでもないのです。しかし,成長はその高きを以て尊しといたしません。成長の質こそが大事であります。

 要は,われわれが時代の認識に徹してその対応ができるか否かであり,その対応を誤ることがなければ,より静かで,より落ち着いた社会を実現することができると信じます。今日この時点でのわれわれの選択は,日本民族の将来にかかわる重大な意味をもっております。

(「協調と連帯」の基本姿勢)

 ひるがえって人類の歴史をながめるとき,われわれは,物質文明の発達が無限の欲望をつくり出してきたという事実をみるのであります。しかし既に申し上げているように資源は有限であります。無限の欲望と有限の資源というこの相反する命題の解決こそ,現代のわれわれに問われている根源的な課題といわなければなりません。

 このことは,物の面だけのことにとどまりません。人間の生き方,更には現代文明の在り方が問われるようになるということであります。

 高度成長に慣れ親しみ,繁栄に酔って,「物さえあれば,金さえあれば,自分さえよければ」という風潮に支配される社会は,過去のものとしなければなりません。

 人間はひとりで生きていくわけにはまいりません。1人1人の人間が,その生まれながらの才能を伸ばしに伸ばす,その伸ばした才能を互いに分かち合い,補い合う,その仕組みとしての社会と国家,その社会と国家が良くなるその中で,1人1人の人間は完成されていくのだと思います。

 助け合い,補い合い,責任の分かち合い,すなわち「協調と連帯」こそは,これからの社会に求められる行動原理でなければならないと思います。

 国際社会でも同じです。今日世界はますます相互依存の度を強めています。一国の力だけで生存することは不可能になっています。互いに譲り合い,補い合い,それを通じて各々の国がその国益を実現することを基本としなければなりません。

 私は「資源有限時代」の認識にたち,「協調と連帯」の基本理念にたって,世界の中での「日本丸」の運営に当たり,その枠組みの中で,当面する問題の処理に当たってまいりたいと存じます。

(経済)

 今年は内外ともに経済の年であると考えます。

 昨年の経済は全体としてみるときは,ほぼ順調な歩みだったと思います。しかしながら上半期の景気急上昇の後,夏以降そのテンポは緩み,業種,地域による格差や企業倒産多発等の現象がみられます。

 このような状態が続きますと,雇用に不安を生じ,企業意欲を失わさせ,社会の活力を弱めることにもなりかねないことを考えるとき,景気回復への早期てこ入れを必要とするものと考えます。

 こうした考えの下で,政府は景気対策の一環として昭和51年度補正予算を提出することにいたしました。

 また,52年度予算においても,需要喚起の効果もあり,国民生活の充実向上と経済社会の基盤整備に役立つ公共事業等に重点をおくと同時に,雇用安定のための施策を充実することにいたしました。

 これにより52年度わが国経済には6.7パーセント前後の成長が期待されますが,この目標は先進工業国の中でも最も高い水準であり,国際社会におけるわが国経済への期待にも応えるものと考えます。

 予算の編成に先立って,私は各党をはじめ各界の人々の御意見を承りました。独占禁止法改正案や大企業と中小企業との事業活動調整のための法案については,それらの経緯をふまえ,各方面と協議を進め,速やかに結論を得たいと思います。

 更にまた,大幅減税を行うよう強く求められました。私も真剣に検討しました。しかし,資源の有限性とこれをめぐる国際環境を考えれば,これまでのような大幅な消費拡大よりもむしろ国民生活の質的向上へと考え方を切り替えるべきであり,この際は,中小所得者の負担軽減を中心とした減税を行うにとどめました。

 景気問題と並んで私が重視しているのは,物価問題であります。物価は安定化の基調でありますが,その傾向を一層確実なものにするため,各般の施策を講ずることにより,消費者物価の年度中上昇率が7パーセント台になるよう最善を尺くす所存であります。

 何よりも恐ろしいのはインフレであります。インフレは断じて起こしてはならないのであります。

 国民経済,国民生活から考えて最も大事なことは,資源エネルギーの確保と科学技術の振興の問題であります。これらの問題は,資源小国であるわが国にとって,国の存立と発展にかかわるものであり,まさしく,安全保障的な重要性をもつものであります。政府は,原子力を含むエネルギーの安定供給確保,省エネルギー対策等総合的な資源エネルギー対策のほか,宇宙,海洋開発をはじめとする各分野の科学技術の振興対策を強力に推進してまいります。

 特に国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。

(外交)

 世界は,今2つの大きな変動の波に洗われております。1つは,先進工業国が軒並み苦しんでいる深刻な景気停帯であり,もう1つは,開発途上諸国の経済自立への苦悩であります。

 この2つは分かち難く結びついております。いうまでもなく,今日の相互依存の世界では,南北間の調和的発展なくしては世界の政治的安定もなく,先進工業国の繁栄もあり得ません。他方,先進工業国の成長と安定なくしては,開発途上諸国が期待しているような民生の向上も発展も不可能であります。

 このような状況の下において,日本外交が当面取り組むべき緊急の課題として,私は,わが国,米国,西欧等の主要な先進工業国間の協力強化を挙げたいと思います。

 今日の世界において,先進国自身の景気回復も,南北関係の改善も,一国の努力の範囲を越えた問題となっていることは明らかであり,事態解決の責任と能力を分かち合う主要な先進工業国間の協力なしには,前進を図り難いからであります。私が主要先進国の首脳会議の開催を主張しているのは,まさにそういった時代の要請に応えんがためであります。

 開発途上諸国との経済協力の強化も新しい国際環境の中で,日本外交が真剣に取り組まなければならない主要な課題であります。

 このため,政府開発援助の水準を主要先進国並みへ引き上げるよう努力するとともに,一次産品問題の解決等にも積極的に取り組みたいと考えます。

 わが国の外交にとって,基本的な重要性をもつのは,戦後日本の繁栄と安全を支えてきた日米両国の友好協力関係であります。政治,経済,安全保障,いずれの面をとってみても,日米関係は,わが国にとって際立った重要性をもっております。

 幸い日米両国は,過去の様々な不協和音の試練を乗り越え,かつてないほど安定した,いわば成熟したパートナーの関係にあります。このような関係の下で,日米両国が不断の協議によって意志疎通を図ることは,極めて重要であると考えます。

 主要先進国の首脳会議に先立って,カーター米大統領と会談を行うことを私が重視しているのもそのためであります。今般カーター大統領に代わり,モンデール副大統領がわが国を訪問されておりますが,私自身,できるだけ早い時期に訪米し,変化する国際情勢に対処するお互いの新しい責任と相互信頼を確かめ合うつもりであります。

 日米安全保障条約を引き続き堅持するとの政府の基本方針には,いささかの変更もありません。同時にわが国自身も,防衛力の基盤整備に努めなければならないことは当然のことであります。

 東南アジア諸国の平和と繁栄は,同じアジアの友邦であるわが国にとって最も大きい関心事であります。このような見地から,ASEANにみられるような自主的発展を目指す様々な努力に対し,人的交流,国づくりへの積極的寄与等を通じ,協力してまいる所存であります。

 日中共同声明を基礎として着実に発展している中国との善隣関係を揺るぎないものにすることは,アジアにおける平和な国際環境をつくる上からも,特に大きな意味をもっております。日中平和友好条約に関しましては,できるだけ早期に締結を図ろうとする熱意において両国は一致しており,政府は双方にとって満足のいく形でその実現を目指し,一層の努力を払ってまいります。

 日ソ両国の友好関係も,わが国の外交にとって極めて重要であります。日ソ両国の関係は,経済,貿易,文化,人的交流の面で順調な歩みをたどってまいりました。政府は,経済協力や文化交流などの分野で更に着実な前進を積み重ね,日ソ関係の強化発展に努めるとともに,北方領土の祖国復帰を実現して平和条約を締結するとのわが国の基本的立場を貫くために,一層の努力を傾ける所存であります。

 朝鮮半島の情勢は,わが国を含む東アジアの平和と安定に深いかかわりをもっております。さしあたり,同地域の均衡状態を支えている国際的な枠組みを崩すことなしに南北間の緊張が緩和され,ひいては平和的な統一への途につながることを期待するものであります。

 四面海に囲まれたわが国にとって,漁業資源や海底鉱物資源の開発利用の問題をめぐる最近の国際的動向は,極めて切実な関心事であります。

 国連海洋法会議は,なお最終的な結論を出しておりませんが,経済水域を200海里に広げる方向は,次第に動かないものとなりつつあります。政府はこの大勢を注視しながら,冷静に長期的国益をふまえ,国際協調の精神に沿って最善の解決を図る所存であります。

 懸案の領海12海里問題につきましては,新しい海洋秩序への国際社会全体の急速な歩みを考慮し,沿岸漁業者のかねてからの切実な要望に応えるため,所要の立法措置を講じます。

 今日の国際社会の際立った特徴の1つは,紛争解決の手段として軍事力を使うことが,超大国を含め,すべての国々にとって許されないこととなってきたことであります。紛争を未然に防止すること,万一,不幸にして紛争が生じたときにも,できるだけその拡大を阻止することが,今日の外交の重要な任務となっております。このような見地から不断に発生する「小さな誤解」や「小さな摩擦」を賢明に処理すること,すなわちコミュニケーション・ギャップの解消が,外交活動の中で果たす役割は極めて大きいと考えられます。

 今後とも一層多角的な国際交流を通じて相互理解を増進し,すすんで人類の連帯感を強化するための共通の努力を生み出すように努めてまいる考えであります。

(農林漁業)

 「資源有限時代」を迎えて,不安定な世界の食糧需給,漁業専管水域200海里時代の到来等の問題に直面し,食糧問題を見直す必要性を痛感しております。

 このような基本的認識の下に,農林漁業者が誇りと働きがいをもって農林漁業にいそしめるよう,その体質の強化を進め,食糧自給力の向上を図ることを長期にわたる国政の基本方針として,生産基盤及び生活環境の整備,需要に即応した生産の増大,生産の担い手と後継者の確保等,農林水産施策の拡充に努める所存であります。

(中小企業)

 中小企業は,農林漁業と並んでわが国経済の安定を支える柱であり,発展を図る活力の源であります。中小企業は,現在安定成長経済への移行の中で厳しい対応を迫られており,政府としては,各般の施策を通じてこの苦難を克服する中小企業の努力を助成することが必要であり,特に小規模企業に対し十分配慮してまいらなければならないと考えております。

(労使関係)

 労使の理解と協調は,経済社会安定のかなめであります。

 幸い,わが国の労使は,これまで一度ならず,経済危機に直面して,優れた適応力を発揮してまいりました。私はこのことを高く評価するものであります。今後とも労使が日本経済の現状をふまえ,「協調と連帯」の精神をもって徹底した話合いを行い,良識ある対処をされるよう強く期待いたします。

(地方公共団体)

 福祉政策や公共事業等を進めていくに際して,国と地方公共団体とは車の両輪の関係にあります。

 政府は地方公共団体の行財政が適切に運営されるように,明年度予算でその財源確保などの措置を採りました。

 地方公共団体におかれては,新しい転換の時代に対応して,自主的な責任でその行財政を合理化し,効率的な運営をされるよう期待します。

 なお,祖国復帰以来5年を迎える沖縄については,経済,社会の推移や民生安定の実態を見守りつつ,必要な諸施策を推進してまいります。

(福祉)

 真の福祉社会は,「福祉の心」に裏打ちされてこそ成り立ちます。従来のように経済成長に多くを望むことが困難となった今日,真に社会の援助を必要とする恵まれない人々への心暖かい配慮は,格段の重要性をもってまいります。私は,社会連帯の考え方の下に,福祉対策を着実に前進させていきたいと考えます。

 急速に進行する人口老齢化の趨勢に応じて老齢者に対する年金や医療を充実させ,心身障害者など社会的に恵まれない人々に対してもキメの細かい対策を講ずるとともに,家庭,地域社会,企業などとも力を合わせて,これらの人々の社会参加,社会復帰を促進し,その生きがいを高めるよう配慮してまいります。

(住宅)

 高度成長の過程で相対的に立ち遅れている住宅環境の改善は,国民生活の基盤として,強く推し進めなければなりません。

 住宅の量的拡大もさることながら,今後はその質的向上に目標をおき,住宅金融の充実,公的住宅の供給の確保などに努力し,また地価の安定,宅地供給の促進等対策に困難を伴うものについても,一層真剣に取り組んでいきたいと思います。

(環境保全)

 公害や自然破壊等の環境問題は,高度成長に伴って急速に深刻化してまいりました。健全な産業活動なくして社会の安定はあり得ませんが,錯綜した様々な利害を冷静に調整し合うことで,多様な欲求の合理的接点は必ず得られるものと信じます。この見地にたって,公害防止の充実強化を図り,開発等に当たっては環境汚染の未然防止に努めるとともに,豊かな国土を保全するため,水資源のかん養,治水,防災などの対策を進め,快適な人間環境を確保してまいりたいと考えます。

(婦人)

 わが国社会の進歩と発展のためには,あらゆる分野において,婦人が積極的に参加し,貢献することが必要であります。このため私は,国連の国際婦人年社界会議の決定にも留意して,国内行動計画を策定いたしました。

 私は,国民各層の方々とともに,婦人の地位と福祉の向上に一層努力してまいる考えであります。

(教育)

 およそ国を興し,国を担うものは人であります。民族の繁栄も衰退も,かかつて人にあります。

 資源小国のわが国が幾多の試練を乗り越えて,短期間のうちに今日の日本を築き得たのは,国民の教育水準と普及度の高さによるものであります。

 人間こそはわが国の財産であり,教育は国政の基本であります。私は,教育を重視し,その基調を,個人の創意,自主性及び社会連帯感を大切にし,世界の平和と繁栄に貢献し得る,知,徳,体の均衡のとれた豊かな日本人の育成におきたいと思います。

 このためには知識偏重の教育を改め,家庭,学校,社会のすべてを結ぶ総合的な教育の仕組みを創造していかなくてはなりません。

 特に戦後の学校教育は,入試中心,就職中心の功利主義的な行き過ぎた傾向が目立っています。教育にとって一番大切な,自由な個性,高い知性,豊かな情操,思いやりの心などを育てることを忘れがちであります。

 新しい時代の要請に応えて,学校教育をはつらつとした創造的な人間の育成の場とするよう,教育界に人材を集め,教育課程をゆとりあるものに変え,入試の改善を図るなど,教育改革のための着実な一歩を進めたいと考えます。

 また,芸術,文化,スポーツなどを振興し,次代を担う青少年をはじめ国民の1人1人が,自主的な選択によって,生きがいのある充実した生活を創造し得るような環境づくりに努めてまいる所存であります。

(結び)

 最後に,国の内外に迫る厳しい難局打開に当たって,私は皆様にお願いしたいことがあります。いやしくも,国政に参加するすべての政治家,中央・地方の公務員,公共の仕事に従事する人々は,この際,公私を峻別し,身辺を清潔にし,公けに奉仕する喜びと責任を再確認していただきたいということであります。私自身,これを自粛自戒の言葉といたす所存であります。

 政治の頽廃は,社会,民族の没落につながります。

 ロッキード事件の徹底的究明は必ず実行いたします。その結果は,国会に報告いたします。また,このような不祥事が再発しないよう,腐敗防止のために必要な措置を講じます。

 国民の皆様も,この激動期を乗り切るために,いたずらな物欲と,自己本位の欲望に流されがちの世相から訣別し,世代を超え,立場を超え,助け合う人間的連帯の中から,この日本の国土の上に,世界中の国々から信頼と敬意をかち得るように,真に安定した文明社会をつくり上げていこうではありませんか。

 「資源有限時代」の激しい嵐の中で,「日本丸」を安全に航海させ得るかどうかは,一にかかつて国民1人1人の自覚と努力にあります。

 日本民族が力を合わせ,手を取り合って進む限り,変動期の激流がいかに激しく,障害がいかに大きくとも,克服し得ないはずはありません。

 お互いに勇気をもって「日本丸」の航路を切り開き,21世紀につらなる希望に満ちた社会の実現に向って前進しようではありませんか。

 重ねて国民の皆様の深甚な御理解と真剣な御協力をお願いいたします。

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(3) 第80回国会における鳩山外務大臣の外交演説

(1977年1月31日)

 第80回国会の再開にあたり,最近の国際情勢を概観し,わが外交の基本方針について,所信を申し述べます。

 最近の世界の流れを振り返りますと,インドシナ,中東等幾つかの地域における戦火は終息し,引き続き対立を内包する諸地域においても,紛争の発生を防ごうとする努力が続いております。また,東西間においても,米ソ関係を中心に関係改善のための努力が,種々の曲折を経ながらも継続されており,南北間においても,数多くの場において対話が続けられております。このような情勢の下で,わが国を含む先進民主主義諸国間においては,広く国際的諸問題につき,建設的な協力関係を強化し,もって世界の平和と繁栄を図ろうとする努力が行われております。

 このような最近の動きと同時に,国際関係においては,今日なお種々の不安定要因が根強く存在していることも事実であります。東西関係には依然として各種の対立要因が存続しており,また,世界の多くの地域には様々な不安定要因が見られます。南北関係,海洋問題更には通商,資源,環境等の諸問題も,依然として容易ならざる様相を呈しております。

 現下の世界におきましては,政治あるいは経済にかかわるこれらの諸問題がすべて,相互に絡み合って人々の生活環境に直接影響を及ぼしております。

 私は,このような国際的諸問題を解決するためには,世界の国々が,自国の利益のみを追求することなく,幅広い視野に立って,国際協調の努力を進めていくことが,何よりも要求されていると考えるものであります。また,私は,このような努力が,全人類の間に育まれつつある連帯感とあいまって,問題解決の道を切り開いていくであろうと信ずるものであります。

 戦後わが国は,平和憲法の下で,自由な,そして開かれた社会を堅持しながら,平和国家としての道を歩んでまいりました。わが国は,体制を異にする諸国も含め広く世界の国々との交流を深めることをもって,自らの発展の基盤としております。これは,わが国が国際社会全体の平和と繁栄に尽くすことが,自らの国益を確保するゆえんにほかならないとの一貫した認識を有していたからであります。

 私は,ここに改めてわが国が歩んでまいった道と先達の御努力に思いを致し,今後とも,先に申し上げましたような困難な国際的諸問題解決のため,わが国にふさわしい役割を忍耐強く,着実に果たしていくことを外交の指針としてまいる決意であります。

 このような基本的な立場に基づいて,次にわが外交の主要な分野について,所信を申し述べます。

 まず,国際経済関係について申し述べます。

 世界経済,特にその中で重要な責任と役割とを担う主要先進民主主義諸国の景気回復は,いまだ十分とは申せません。更に,インフレ,国際収支の赤字などの経済困難から依然として脱却できない国も少なくありません。このような状況の下では,主要先進民主主義諸国のすべてが,世界的視野に立ってその経済運営にあたることが重要であることは申すまでもありません。特に,国際収支に比較的余裕があり,かつ,経済規模も大きい諸国に対しては,インフレの再燃に配慮しつつそれぞれの国の実情に見合った形で,世界景気の浮揚に貢献していくことが強く期待されております。わが国としても,かかる国際的期待を考慮しつつ,世界経済の安定的発展のために寄与してまいる所存であります。

 通商面では,最近各国の国内的諸困難を背景に一部に保護貿易主義的動きが見られます。わが国としては,自由貿易の原則に沿って,相互の利益に配慮しつつ国際貿易の安定的拡大を推進するとの観点から,問題の解決を図る所存であります。特に,現在行われておりますガット東京ラウンドについては,これを成功に導くため今後とも積極的な努力を傾注してまいる決意であります。

 世界経済の安定的発展のために不可欠なエネルギー及びその他の資源の安定供給の問題についても,今なお多くの不安定な要素が存在しております。資源に乏しいわが国としては,国際協力を通じて,資源問題の調和ある解決が図られるよう一層の努力を行う所存であります。特に,世界のエネルギー情勢の安定化のため,主要消費国との協調及び産油国との対話を進めてまいる所存であります。

 南北問題の解決は,今や国際社会にとって極めて重要な課題となっております。南北間では,第4回国連貿易開発会議及び国際経済協力会議等を通じて,国際経済における相互依存関係に対する認識が深まっております。同時に,この問題が広範囲にわたる根の深いものであり,相互の立場の相違を調整することの難しさも次第に明らかとなりました。しかし,今後とも南北双方がなお一層協力して問題の解決のために忍耐強く努力を続けることが,世界全体の平和と発展にとって,極めて重要であります。

 わが国としては,国際社会の責任ある一員として他の諸国と協力しつつ,援助,貿易,一次産品等の分野における具体的措置を真剣に検討し,国際的合意が得られたものについては着実に実施に移してまいりたいと思います。特に,開発途上国が重視している一次産品問題の解決に積極的に努力してまいる所存であります。更に,政府としては,政府開発援助を量,質ともに主要先進民主主義諸国の水準並まで引き上げることを当面の課題とし,特に2国間無償協力の拡充を積極的に図る考えであります。

 次に,世界各国,各地域との関係について申し述べます。

 太平洋をはさんだ隣国としての日米両国の友好協力関係は,わが国外交の基軸をなすものであります。日米安保体制を含む米国との協力関係が,わが国の平和と安全を確保し,わが国経済の繁栄を実現する上で,大きな役割を果たしてきたことは明らかであります。政府としては,先般発足したカーター新政権との間に,単に日米両国間の問題のみならず,アジアの諸問題を含め日米双方が共通の関心を有する国際的諸問題についても密接な連携を保ち,世界的視野にたって,日米両国政府間に間断なき対話と揺るぎなき協調関係を維持してまいる所存であります。

 今日,わが国を含む先進民主主義諸国間には,緊密かつ多様な相互協力関係が存在しており,国際社会の平和及び発展に大きな貢献を行っております。

 政府としては,西欧諸国との関係を重視し,貿易上の問題を含め,これら諸国との相互理解を深め,協調の道を広げてまいる所存であります。

 カナダ,豪州及びニュー・ジーランドとの間には,アジア・太平洋地域の安定した発展のための相互の協力関係の重要性について,共通の認識が深まりつつあります。カナダとの間には,昨年日加文化協定及び経済協力大綱がそれぞれ署名され,両国関係の今後の一層の発展が期待されます。また,豪州との間では,昨年6月に友好協力基本条約が署名され,更に,本年1月第4回日豪閣僚委員会が開かれ,日豪関係を一層緊密化する必要性が改めて確認されました。

 アジア地域は,わが国が平和と繁栄を分かち合う最も重要な地域であります。

 わが国と伝統的に友好と協力の関係にあるASEAN諸国は,国としての強靭性と自主性の向上及び域内の連帯の強化に引き続き努めております。わが国としては,今後とも人的交流の拡大,国造りへの積極的寄与等を通じ,これらASEAN諸国及びビルマとの友好協力関係を一層強化したいと考えております。他方インドシナ諸国については,昨年7月にヴィエトナムの統一が達成され,またわが国は,昨年8月民主力ンボディアとの外交関係を回復いたしました。政府としては,今後ともインドシナ3国との間に着実に関係を発展させてまいりたいと考えております。

 中国との関係は,全般的に着実に進展しております。政府としては,今後とも日中共同声明を基礎として,両国間の善隣友好関係を一層確固たるものにするよう努力してまいる決意であります。日中平和友好条約交渉については,両国とも,その早期妥結の熱意において一致しております。政府としては,本条約が,両国国民に真に納得のいく姿で早期に締結されるよう,最善の努力を払ってまいる考えであります。

 朝鮮半島の平和と安定は,わが国のみならず,東アジアの安定と発展に深いかかわり合いを有しておりますが,不幸にも,南北間には依然として対立と緊張が見られます。

 わが国としては,南北間の均衡とそのための国際的枠組の存在が,朝鮮半島の平和の維持に貢献してきたことを十分認識するとともに,同半島の緊張の緩和のための国際環境づくりに関係諸国とともに積極的に協力してまいる所存であります。また,南北間の緊張の緩和の進展が同半島に永続的な平和と安定をもたらし,ひいては民族の念願である統一へ向かう道であるとの見地より,南北双方の当事者が,相互不信を克服し,1972年の共同声明の精神に基づき,実質的な対話を再開することを強く希望するものであります。

 韓国との関係については,両国間の相互理解を更に深め,友好協力関係を一層幅広いものとするため,今後とも努力を払ってまいります。特に,政府としては,貴重な独自のエネルギー源を確保する観点から,既に3年前に署名された日韓大陸棚協定の締結のための国会の承認が,是非とも今国会で得られますよう強く希望いたします。

 北朝鮮との関係については,貿易,人物,文化等の分野における交流を漸次積み重ね,もって相互関係をめぐる雰囲気の改善に資することといたしたいと考える次第であります。

 また,インド亜大陸における平和と安定に対しては,わが国としても深い関心を有している次第であり,同地域の諸国との友好協力関係を一層強化し,この地域の安定と発展に寄与したいと考えます。

 隣国たるソ連との友好関係を発展させることは,わが外交の一貫した方針であります。1956年に国交が回復されて以来,両国関係は,経済,貿易,文化等の面で順調に進展してまいりました。しかしながら,両国間には,領土問題が未解決のため,いまだ平和条約は締結されておりません。政府としては,わが国固有の領土である北方4島の一括返還を実現して平和条約を締結するため,今後ともソ連との間に粘り強い交渉を続けてまいる所存であります。

 一方,経済協力と貿易の発展に努め,漁業問題についての話合いを積極的に進めてまいる所存であります。

 わが国と東欧諸国との間においては,経済的及び人的交流において近年ますます関係が深まっております。わが国としては,今後ともこれら諸国との友好関係の強化に努める所存であります。

 中東におきましては,昨年10月以降,関係諸国の努力によりレバノン紛争が収拾に向かい,一応の平静が取り戻されるという歓迎すべき出来事がありました。このことは,中東和平交渉に対しても,新たな契機となることが期待されるのであります。わが国は,従来より,中東紛争の全面的解決のためには,国連安全保障理事会決議242が早急かつ全面的に実施されるとともに,パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利が承認されなければならないと考えております。このため,わが国としては,国連における努力にできる限り協力を行うとともに,関係諸国がジュネーヴ和平会議の再開等を通ずる話合いを促進することにより,公正かつ永続的な中東和平の実現に一歩でも近づくことを強く希望するものであります。

 また,政府としては,今後とも,中東諸国との多面的な交流と協力の一層の拡大を通じて,友好関係の増進に努めつつ,中東地域の発展に寄与する所存であります。

 アフリカ諸国との間では,今後とも友好親善と互恵の精神に基づく協力関係を一層強化してまいります。

 南部アフリカ問題については,わが国は,人種差別反対及び民族自決支援の立場から,この問題につき,平和的かつ速やかな解決が達成されることを切望するものであります。特に,南ローデシア問題については,ジュネーヴ会議が成功し,少数者の権利にも留意した多数支配の原則が速やかに実現することを希望しております。

 わが国と中南米諸国とは,伝統的な友好の絆で結ばれております。特に,近年,中南米諸国は,経済社会開発を意欲的に進めており,これに伴い,わが国との各種の協力関係に対する期待もますます高まりつつあります。このような状況を背景として,わが国と中南米諸国との関係は,通商,経済協力,人的交流等の面で一層強まってまいりました。わが国としては,中南米諸国の重要性にかんがみ,今後とも,これら諸国との間で幅広い分野にわたって交流と協力をさらに推進することに努めてまいる所存であります。

 わが国は,国際連合に加盟して以来これまで,その活動に積極的な貢献をしてまいりましたが,今後とも他の加盟諸国と協力して,その活動に建設的に参加してまいる所存であります。

 わが国は,昨年6月,核兵器の不拡散に関する条約の締約国となり,核兵器を製造,取得しないとのわが国の立場を鮮明にいたしました。

 政府としては,今後とも非核兵器国家としての立場から,核軍備の削減,核兵器の拡散防止及び包括的核実験禁止等具体的かつ実効的な核軍縮の実現に努力する一方,原子力の平和利用を推進し,この分野における国際協力に貢献してまいる所存であります。

 わが国は,海洋国家として限られた海洋の漁業資源や海底の鉱物資源を確保するため,また,わが国の生命線ともいうべき海運,貿易が将来にわたり円滑に行われるよう,新たな海洋秩序の形成に深い関心をもつものであります。政府は,このような海洋に関する国益全般の展望に立って,国連海洋法会議の早期妥結のため今後とも一層の努力を傾ける所存であります。特に国民生活に直接の関係をもつわが国漁業の問題については,沿岸漁業者の切実な要望に応えるため,今般領海12海里問題に関し,所要の立法措置を採る方針が決定されましたが,なお今後とも200海里時代における遠洋,沿岸の漁業利益をともに守るため,国際協調の基礎の上に最善を尽くす所存であります。

 各国間の相互依存関係が深まりつつある今日,広く国際的な相互理解を増進することは,ますます重要になってまいりました。言語,習慣,文化的伝統等それぞれの社会の基盤について,相互の理解を深めることこそ,真の平和を築き上げるうえで最も重要な手段の1つであります。このような観点から,政府としては,今後とも,海外広報活動を強化するとともに,国際交流基金等を通ずる各般の文化交流事業を一層積極的に推進してまいる所存であります。

 以上,わが国の外交につき所信の一端を申し上げました。

 国民各位の御理解と御支援を切にお願いいたします。

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