第6節 在外邦人に対する保護,援助

 

1. 一般邦人に対する援助

 

(1) 生活困窮者

 在外邦人の中には事業の失敗,働き手の死亡,又は疾病等のため生活に困窮しているものがあり(主として中南米に移住した邦人に多く見られる),日本政府は,これら生活困窮者に対し,生活扶助,医療扶助等の援助を行つている。

 また,困窮状態から立ち直る見込みがなく,帰国を希望するが,帰国費を負担し得ない者に対して,政府は帰国旅費の貸付を行つている(76年においては,13世帯31名に対し帰国費の貸付を行つた)。

 一方,韓国においては,戦前,又は戦後間もなく韓国人と結婚した日本婦人(元日本人を含む)が多数おり,その中には生活に困窮しているものも少なくなく,政府はこれらの人に対し,69年以来生活費,医療費の援助を行つており,また,夫との死別・離別等により,生活の維持が困難となり,帰国を希望するが,その費用を負担し得ない者に対し,帰国費の支給を行なつている(76年中に右の帰国費支給により26世帯65名が帰国した)。

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(2) 邦人の事故,疾病等

 邦人渡航者が増加するに伴い,外国での邦人の事故等も増加の一途をたどつており,76年中に在外公館で取り扱い,外務本省に報告のあつたものは,交通事故等35件(死亡32名,負傷25名),精神病を含む疾病106名(うち死亡したもの29名),自殺12名,殺害された者5名,山岳遭難17件(死亡22名,負傷3名)となつている。

 なかでも,外国における生活環境への不適応等種々の原因から,精神異常をきたす邦人の増加が近年めだつている(76年中取扱い数38名)。

 これら事故疾病等により,援護の必要が生じた場合,在外公館では本省を通じ留守宅に連絡し,必要に応じ治療費,帰国費等の送金,帰国に際しての付添人の派遣(精神病者の帰国の場合)等を依頼し,安全かつ速やかな帰国実現を図るよう努力している。また,本人が死亡している場合には,遺族の遺体あるいは遺骨の引取りにつき,必要な援助をあたえている。

 なお,76年中における特記すべき事項としては,7月28日,中国北京近郊,唐山市を中心とした河北地震(邦人3名が死亡,6名が重軽傷を負つた)の際,政府として北京在留邦人の一時本邦避難のため,日航機を手配する等の処置を取つたこと,及び12月25日,タイのバンコクにおけるエジプト航空機墜落事故(邦人9名死亡)をあげることができよう。

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(3) 一般邦人の犯罪

 国外における邦人の犯罪も近年増加の傾向にあり,76年中におけるその発生件数,逮捕者数は外務本省に報告のあつたものだけでも関税法違反25件32名(主として韓国),麻薬等の密輸及び不法所持22件31名(韓国,タイ,フィリピン,香港等),不法入国,不法滞在,不法就労等の入国管理法違反(主として北米,ヨーロッパ)20件21名,殺人2件2名,詐欺窃盗11件11名,並びに為替管理法違反3件3名となつている。

 これらの犯罪容疑で邦人が外国官憲により逮捕,勾留された場合には,在外公館は,本省に連絡するとともに,人道的見地から,外国人であるがゆえに不利益をこうむることなく,当該国の法律に基づく適正な取扱いを受けられるよう,必要に応じ援助を行つている。

 また,その他ホテル代,入院費用等不払い,契約不履行等のため迷惑を受けた当該国人から,在外公館に苦情を持ち込まれるケースもかなりの数にのぼつている。

 なお,海外における邦人による特異な事件として,偽造旅券を用いてシリアからジョルダンへ入国した日本赤軍メンバーの奥平純三,日高敏彦の2名がジョルダン当局に身柄拘束され,10月13日本邦へ強制送還されたジョルダン事件があげられる(日高はジョルダンで身柄拘束中に自殺し,遺体が送還された)。

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2. 船員の犯罪及び事故

 

 遠洋漁業に出漁中の漁船及び外国航路の貨物船等の船員に係る殺人,傷害,その他の刑事事件は75年に比し減少し,17件30名であり,また死亡,疾病,行方不明,負傷等の事故は,40件46名と昨年とほぼ同数である。

 他方船舶の緊急入域,座礁,衝突事件は36件と増加している。

 上記の刑事事件のうち11件が殺人傷害事件であり,そのほとんどのケースが漁船員によるものであつた。

 事件発生を海域別にみれば,全体の60%強が太平洋地域(主として南太平洋,オーストラリア,ニュー・ジーランド近海),次いで北洋,大西洋,インド洋,その他の順となつている。

 これらの事案について,本省においては在外公館からの報告に基づき,海上保安庁,及び船主側と連絡をとり,保護援助に当つている。

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3. 在外邦人の所在調査

 

 財産の相続手続,安否の照会等のため,本邦在住親族等により,海外に在留する邦人の所在調査の依頼が多数寄せられる。

 これらに対しては,広い意味における在外邦人援護の見地から,可能な限り現地在外公館に調査せしめており,受け付けた依頼の約半数については数ヵ月の間にその所在が判明している。

 また,海外旅行中消息を絶つた者についての所在調査依頼に対しても,可能な限り関係公館に指示し,調査せしめている。

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4. 巡回医師団の派遣

 

 外務省は,72年以来,海外の邦人の健康維持の見地から,海外の各地に医師団を派遣している。76年度においては,中近東・アフリカに5チーム,南東及び南西アジアに各1チーム,中南米に2チーム,東欧に1チーム,合計10チームをそれぞれ派遣した。各医師団は,医師3名又は医師2名及び看護婦1名で構成され,76年度には,合せて医師26名及び看護婦4名が,海外の68ヵ国145ヵ所に派遣され,約8,200名の邦人の健康相談に当つた。

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5. 緊急事態発生の際における邦人保護

 

 海外在留邦人数が約41万人に達し,年間280万人を超える邦人旅行者が海外に渡航する現在,邦人保護の立場から最も懸念されることは,戦争,動乱,天災地変等にこれら邦人がまき込まれることである。76年中には,主なるものとしてレバノンの内戦と中国地震があり,本省と在外公館が緊密なる連絡をとりつつ,邦人保護に万全を期した。その状況の概要は次のとおりである。

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(1) レ バ ノ ン

 75年4月に始まつたレバノン内戦は,76年に入つてから再び激化した。テレックス通信の不通のみならず,遂に飛行場も閉鎖されるに至つた。1月19日,外務本省は報道関係者等の家族の引揚げを勧奨した。また,3月31日には在レバノン大使に対し,事態の好転は期し難いので,機を失することなく,在留邦人及び館員家族の引揚げを促進するよう訓令した。

 レバノン在留邦人は75年9月には939名であつたが,屡次の退避,引揚げ勧告により,76年1月には99名,6月には53名に減少した。このうちの30名が報道関係者であつたが,内戦激化ともにらみ合せ,6月14日,これら報道関係者の早期退避を本邦本社を通じ勧奨した。6月16日メロイ駐レバノン米大使が殺害される等事態が緊迫し,米英両国は自国民の集団護送による引揚げを開始した。わが方としても邦人の早期退避に努力した。

 7月に入り戦闘は激化し,停電,断水,通信不能の最悪の事態となり,事実上大使館業務を継続しえなくなつた。そこで当初から残留することを決めていた外国人と結婚している日本人女性3名を除き,他のすべての邦人を国外に退避せしめ,大使館業務の一時停止に伴う事務終了後,7月9日,大使及び館員はベイルートを引き揚げた。

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(2) 中 国 地 震

 7月28日午前3時42分,中国河北省唐山,天津,北京地区を襲つた地震は,マグニチュード7.5という強烈なもので,これらの地区に多大の損害を与えた。殊に唐山市は壊滅的打撃を蒙り,同地火力発電所建設に従事中の日立製作所訪中グループの邦人3名が死亡し,6名が負傷した。

 30日中国側は再度の大地震を予報し,警戒を厳重にするよう通告するとともに,外国人のアパートからの撤去命令を発出した。

 在中国大使館は,大使を本部長とする中国地震対策本部を設置し,大使館事務所及び公邸へ邦人約160名を収容して,厳戒態勢をとつた。

 8月1日,対策本部長は,(イ)再度の大地震による邦人の被害からの保護,(ロ)屋外生活の限界(殊に乳幼児をかかえた婦人の困窮),(ハ)中国政府の退避勧告等を考慮し,邦人婦女子の本邦引揚げが最善の策であるとの判断に達した。現地の調査では一般商業機が予約満席で利用の可能性がなく,特別機によるほか急速な本邦引揚げは不可能となつたとして,日航機のチャーターを要請してきた。

 外務本省においては,急拠救援機派遣の方針を決定し,関係各省,日航側とも緊密に連絡し,翌8月2日午前6時50分,日航特別機を北京に向け進発せしめ,同日午後5時10分邦人婦女子111名を無事羽田に到着せしめた。

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6. 海外子女教育

 

 海外に長期に在留する邦人の増加に伴い,それら邦人が同伴する子女のうちで義務教育年齢にある者の数は,76年5月現在約1万8,000名となつている。外務省はこれら邦人が不安なく海外の諸活動に専念しうるよう,同伴子女の教育に関し日本人学校及び補習授業校に対する援助等を中心に種々の施策を講じている。

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(1) 日本人学校

 日本人学校では,本邦の小学校,中学校の教育課程とほぼ同等の教育課程により教育が行われている。

 76年末現在で45校(ただし,ベイルートは一時休校中)が,アジア,中近東,アフリカなどの開発途上地域を中心に,更には,先進地域でも必要性の高い場所に設立されている。このうち76年度の新設は北京,ロンドン,ミラノ及びベレーンの4校である。

 在籍児童生徒数は,76年5月現在7,331名(うち小学部6,173名,中学部1,158名)で,前年に比し17.6%の増加を示している。常勤教員の数は496名(うち本邦派遣414名,現地採用82名)である(学校の所在地等の詳細は下巻付表「1976年度日本人学校児童生徒数,教員数等一覧表」参照)。

 外務省は,海外子女教育の充実強化の見地から,文部省の協力を得て日本人学校に対し国内の国公私立学校の教員等を派遣している。76年度には,新設校の教員を含め88人の増員を図り,総定員は437名となつた(ただし,ベイルート日本人学校の一時休校,最近の地方財政事情の逼迫に伴い派遣教員の大半を占める公立学校教員が十分に確保できなかつたことによる欠員等から,実際の派遣教員数は前記のとおり414名であつた)。

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(2) 補習授業校

 補習授業校は,現地の学校(現地の外国系の学校も含む)に通学する在外邦人子女に対し,国語を中心とし,あわせて算数,社会科等の教科について,週1~2回,2~3時間程度の授業を行うもので,76年5月現在65校(前年度は48校)が主として北米,欧州等の地域に設立されている。在籍児童生徒数は76年5月現在6,331名(うち小学校相当年齢5,485名,中学校相当年齢846名)で,前年に比して15.6%の増加を示している(補習授業校の所在地等の詳細は下巻付表「1976年度補習授業校児童生徒数・講師数等一覧表」参照)。補習授業校の講師には,現地の在留邦人のなかの適格者がなつており,76年5月現在488名となつている。

 外務省では,これらの講師に対し支給される謝金に対し,1名当り月額100米ドルを限度として補助を行つており,76年度には257名分の補助を行つた。このほか,ニューヨーク等の大規模補習授業校に11名の専任教員を派遣している。

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(3) そ の 他

 このほか,日本人学校,補習授業校に在籍していない邦人子女が76年5月現在4,611名いるが,これらの子女に対しては,民間の財団法人海外子女教育振興財団が,通信教育を行つている。なお,通信教育は補習授業校在籍者も対象としているため,77年3月現在では5,055名が受講している。

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