1. 海をめぐる国際的動きとわが国の対応
(1) 海をめぐる国際的動き
近年の科学技術の進歩を背景として,魚や海底石油,天然ガス等の海洋資源の利用が急速に進展し,また大型タンカーの出現などにみられるように海上輸送も近代化,大型化が進められてきた反面,漁業資源が枯渇する危険や海洋が極度に汚染される可能性が高まつてきた。このような海洋の高度の利用及び新しい海洋秩序を求める新興独立国の抬頭等を背景として,60年代後半から国連を中心に新しい海の国際法秩序作りの気運が高まり,73年末から第3次国連海洋法会議が開催されるに至つた(同会議の詳細は,下記2.第3次国連海洋法会議参照)。
海洋法会議においては,新しい時代の要請に即した新しい海洋法秩序作りが進められているが,他方,各国が期待したような急速な進展が海洋法会議でみられていないため,会議の結論が出る前に,その結論の一部を先取りする形で,沿岸国が管轄権を拡大する動きが76年以降顕著になつた。このような動きに対し,遠洋漁業や国際海運の利益保護の見地から,わが国等の諸国は,沿岸国による管轄権の拡大はあくまで海洋法会議を通ずる国際合意によるべきことを主張した。
しかしながら,特に,200海里漁業水域又は経済水域の設定は,76年から77年にかけて相次いで行われた。開発途上国では,メキシコ,インド,スリランカ等が200海里経済水域を設定し,先進国では米国,カナダ,EC諸国,ソ連等の諸国が200海里漁業水域を設定し,76年1月から77年3月までに総計約20カ国が200海里水域を設定した。また,この結果,近隣諸国間で200海里水域の境界画定のための交渉や,このような水域内における外国の漁船による漁業を継続するための交渉が200海里時代における重要な外交課題となつている。
このほか,海洋汚染防止を目的とする沿岸国の規制強化の動きもみられる。米国においては,76年12月以来のタンカーの事故の頻発を契機として議会内にタンカー規制の動きが強まり,また,77年3月,米国政府もタンカー規制のための諸政策を発表した。また,マラッカ海峡においても,77年2月,同海峡の安全航行及び汚染防止を目的とする諸措置が沿岸3カ国の共同声明により発表された。
(イ) 近年,わが国近海における外国漁船の操業により,わが国の沿岸漁業は,漁船,漁具の被害の頻発,操業の制約等重大な影響を被りつつあることに鑑み,政府は,領海の幅を12海里に拡大する問題について,第3次国連海洋法会議の動向をも勘案しつつ検討を重ねてきた。
今日,領海12海里を設定している国は60カ国近くにのぼり,国連海洋法会議においても,いわゆる国際海峡の通航制度等との関連で論議はあるが,領海の幅を12海里とすること自体について異論を唱える国はほとんど見られない情勢となつている。更に,最近,200海里漁業水域を設定する国が相次ぎ,国際社会は新しい海洋秩序に向つて,急速な歩みを見せている。
(ロ) このような内外の諸事情を背景として77年3月29日領海法案が国会に提出された。この領海法の制定により,わが国は領海12海里国の仲間入りをすることとなつたが,この場合,宗谷海峡,津軽海峡,対馬海峡東水道,西水道及び大隅海峡については,当分の間,領海を3海里のままとすることとしている。これは,国連海洋法会議において,国際航行に使用されるいわゆる国際海峡の通航制度については,一般の領海における無害通航制度に比し,より自由な通航を認める方向で審議が進められており,海運,貿易に特に大きく依存する海洋国家,先進工業国であるわが国としては,総合的国益からみて,この問題がこのような方向で国際的に解決されるのを待つことが望ましいこと等を考慮した結果である。
上記(1)に述べたように76年から77年にかけて200海里漁業水域又は経済水域を設定する国が相次いだが,わが国としても,このような200海里水域の設定が急速に一般化したことに鑑み,また,特に77年3月に開かれた日ソ漁業交渉の推移との関連もあつて,3月29日の閣議で200海里漁業水域を設定する方針を決定し,「漁業水域に関する暫定措置法」が5月2日,領海法と同時に成立,公布され,7月1日から実施された。
(1) 概 況
第3次国連海洋法会議は,新海洋法条約採択を目指して国連により召集され,その第1会期が73年12月にニューヨークにおいて開かれ,会議の組織及び手続問題を審議した。第2会期は,ヴェネズエラの首都カラカスで74年6月より8月まで10週間開催され,表決手続採択後,実質問題の審議に入り,本会議及び3つの委員会において各国の一般演説及び提案が行われた。更に75年3月から5月まで8週間第3会期がジュネーヴにおいて開かれ,その討議の結果を踏まえ,3つの委員会の各委員長が自己の責任において作成した単一草案が議長提案という形で配布された(ニューヨーク,カラカス,及びジュネーヴ会期の経緯は各々昭和49年版外交青書上巻181頁以下,昭和50年版上巻353頁以下,及び昭和51年版上巻289頁以下参照)。
76年には第4,第5会期がいずれもニューヨークにおいて開かれたが,後述のように交渉は結着を見ず,77年5月より再びニューヨークにおいて第6会期が開催されることとなつた。
(イ) 概 況
第4会期は,76年3月15日から5月7日までニューヨークにて開催され,国連の加盟国,非加盟国を含め149カ国が参加した。
本会期においては,第1,第2及び第3の各委員会の委員長を中心に,非公式,非公開の会合で,ジュネーヴ会期末に提出された単一交渉草案(以下「旧単一草案」という)に沿つて逐条審議が行われた。また,従来審議を行つていなかつた紛争解決問題については,初めて本会議で一般討論が行われた。
このような議論の結果を踏まえて作成された単一草案の改訂版は,会期最終日に議長から配布された。この単一草案改訂版は,その序文における議長の説明にもあるとおり,旧単一草案を一歩前進させたものであるが,基本的には旧単一草案と同様,非公式な性格を維持している。
単一草案改訂版は,第1部(深海海底開発),第2部(領海,国際海峡,経済水域,大陸棚,公海,群島等),第3部(汚染,科学調査等)及び第4部(紛争解決)より構成され,本文計301条及び附属書を合わせ計222頁より成つている。
(i) 旧単一草案は,著しく開発途上国寄りの内容であつたが,改訂版は先進国寄りに修正された。また旧単一草案で空白となつていた深海底裁判所規程案等が整備された。
(ii) 開発の方式・条件
旧単一草案は,誰が,いかなる条件で深海底資源を開発するかといういわゆる開発の方式・条件について,国際機関(オーソリティ)による直接開発を原則とし,私企業の開発は右機関の裁量に委ねられていたのに対し,改訂版は,国際機関による直接開発と並び,条約附属書に定められた一定の要件を満たす限り,私企業等の開発への参加を認めた。
(iii) 陸上産出国への経済的悪影響
旧単一草案は,深海底資源開発により影響を受ける陸上産出国(深海底のマンガン団塊に含まれるニッケル,コバルト,銅,マンガン等の生産国)に対する経済的悪影響を軽減するために,国際機関が深海底からの生産規制を行うために広範な裁量権を認めていたが,改訂版では,かかる裁量権を排除し,他方,(1)商品協定,(2)1980年頃から20年間の暫定期間におけるニッケルの需要の伸びをベースにした生産制限,(3)補償制度の3つの方策により悪影響を軽減することを規定した。
(i) 基本的には旧単一草案をほとんど踏襲しており,特に,領海,国際海峡,経済水域,大陸棚等の主要問題の基本点は変つておらず,修正箇所の大部分は単なるドラフティング上の変更である。
(ii) 領海,国際海峡
領海幅員を12海里までとすること,国際航行に使用されている海峡において一般領海に比べてより自由な通航制度を確立すること等の基本点は変更されず,若干のドラフティングの修正にとどまつている。
(iii) 経 済 水 域
200海里までの経済水域を設定し,沿岸国が生物・非生物資源の開発につき主権的権利を有すること等漁業条項をも含め,基本的変更はない。
(iv) 大 陸 棚
沿岸国の管轄権の及ぶ範囲は大陸棚の外縁までとし,外縁が200海里内で終る場合には200海里までの海底を大陸棚とする等の基本点についての変更はないが,200海里を越える大陸棚のレヴェニュー・シェアリング(注,沿岸国が収益の一部を国際社会に還元する制度)につきより具体的規定を設けた。
(v) 群 島
群島水域という概念を認めること,国際航行に使用されている航路においては国際海峡と同様の通航制度とすること等について基本的変更はない。ただし大陸国に属する群島を排除し,群島により構成される国家にのみ群島レジームを認めることを明確にした。
(i) 汚 染
全般的に沿岸国寄りに修正された。船舶起因汚染については,(1)経済水域内において排出による油濁損害を引き起こした船舶に対しては,沿岸国が停船,臨検,司法措置等取締り権を行使することが認められ,また違反船舶が入港した時点で行う取締りも旧単一草案より強化され,また(2)沿岸国の領海内での立法権限は排出については国際的に定められた基準より厳しい規則を制定しうることとしたが,領海外の経済水域については国際基準に従つて規則を制定しうることを認めた。
(ii) 科 学 調 査
経済水域,大陸棚でのすべての科学調査は,原則的に,沿岸国の同意を必要とする旨規定するとともに,(1)資源に関するもの,(2)爆薬使用等を伴うもの,(3)人工島,施設の設置を伴うもの及び(4)沿岸国が管轄権を有する経済水域,大陸棚内での経済活動を不当に妨げるもの以外の調査については沿岸国は同意を拒否しえないとの妥協案を規定した。
旧単一草案に比し紛争の平和的解決義務が明確化され,解決手続も整備された。しかしながら,紛争解決手続への付託事項がある程度制限された。
(イ) 概 況
第5会期は76年8月2日より9月17日までニューヨークで開催され,総計150カ国が参加した。
本会期においては,春会期末に提示された3つの単一草案改訂版につき,第1,第2,第3の各委員会の非公式会合で特に各国の利害対立の激しい解決困難な諸問題を中心に取り上げたほか,紛争解決手続に関する草案については本会議の非公式,非公開の会合で逐条審議を行つた。しかしながら,先進国と開発途上国をはじめ沿岸国と海洋先進国,内陸国・地理的不利国と沿岸国との間においても最終的な利害の調整が得られず,期待されていた第1委,第2委,第3委及び紛争解決のテキストの統一化(コンソリデーション)のごとき目に見える形での成果を上げるに至らなかつた。ただ紛争解決については逐条審議の結果に基づき,議長によつて作成された改訂版が配布された。
(a) 第1委員会(深海海底開発)
誰が,いかなる条件で開発するかとのいわゆる「開発の方式・条件」をめぐり,先進国と開発途上国との意見の対立が続き,他の問題の審議には入らなかつた。この間キッシンジャー米国務長官は2度にわたりニューヨークを訪問し,この問題をめぐる審議の行きづまりを打開するため,米国は国際機関の下に置かれる国際エンタープライズが早期に開発に着手することを可能にするための資金援助及び技術移転について協力する用意がある等の提案を行つた。この提案について,第1委では本格的審議はされなかつたが,第1委員長は右提案につき,極めて有益であり,真剣な検討に値するとの評価を最終日の本会議に報告した。
(i) (あ)経済水域の法的性格,(い)経済水域における第3国の資源開発参加問題,(う)内陸国の海へのアクセスの問題,(え)大陸棚の外縁の決定,200海里を越える大陸棚資源開発の収入分配(レヴェニュー・シェアリング)の問題を優先議題として審議し,小グループにおける審議等を通じ,上記(あ),(う),(え)等に妥協の兆しと方向が見えてきた問題がある反面,上記(い)等根本的に主張が対立したまま妥協が得られなかつた問題があつた。
(ii) なお,会期末に至り,大陸棚・経済水域の複数国間の境界画定問題や国際海峡通航問題等のその他の問題についても,若干の議論が行われた。
(i) (あ)領海,経済水域等での科学調査についての沿岸国の同意制度,(い)船舶起因汚染の規制及び取締りの2つを優先議題として審議し,会期末に,(う)深海海底機構による技術移転問題につき若干の審議を行つた。
(ii) 科学調査については,領海については合意をみたが,経済水域及び大陸棚における沿岸国の同意制度については結論が出なかつた。船舶起因汚染については,旗国の義務等,一部案文がまとまつた条項もみられるが,領海における沿岸国の立法権の範囲や経済水域における沿岸国の取締権の態様等いまだ結論をみない問題も残されている。
(i) 本会議の非公式会合にて単一草案(第4部)につき逐条審議を行つた結果,各国の主な主張が出揃い,紛争の強制的解決手続を設けることについて大多数の支持があつた。
(ii) その結果を反映して,アメラシンゲ議長より単一草案の改訂版が76年11月23日付で配布された。本改訂版は春会期後作成された単一草案に比し多くの技術的問題点が改善されたほか,強制的紛争解決手続から除外される紛争の範囲等について交渉すべき問題点が明確になつたものの,新しい紛争解決機構として規定された海洋法裁判所と深海海底裁判所との関係等いくつかの基本問題に関する規定が未調整のまま残された。
3. 2国間及び多数国間の漁業問題(注)
(1) 規制強化の動き
遠洋漁業に依存するところが大きいわが国は,多くの多数国間条約に加盟するとともに,多くの2国間協定を締結し,資源保存,関係国間との漁業調整などに積極的に協力している。しかしながら,資源状態の悪化に伴い,資源保存措置は逐次強化され,更には,200海里漁業水域の設定を前提とした沿岸国の一方的措置や,自国優先の主張により遠洋漁業国にとつてはますます厳しい規制が課せられてきている。
北西大西洋漁業国際委員会(ICNAF)は,北西大西洋の漁業資源の管理を目的としており,魚種別漁獲量の国別割当制など数多くの規制措置を採用している。この国別割当に際し,沿岸国たる米国,カナダは200海里漁業水域を設定することを背景とし,海洋法会議における単一草案に見られるように,漁獲可能量から沿岸国の漁獲量を先取りし,残りを遠洋漁業国間で配分する方法を主張し,おおむね同方式に則り割当が行われた。
かかる沿岸国優先の動きは,北太平洋の漁業管理を目的とする北太平洋漁業国際委員会(INPFC),東部太平洋のまぐろ類の管理を目的とする全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)及び南アフリカ沖合の漁業資源を対象とした南東大西洋漁業国際委員会(ICSEAF)においても見られる。また,日米などの2国間協定交渉の場においても,沿岸国はわが国に対し厳しい規制措置を要求している。
その他,各国の漁業水域の設定に直接の影響は受けていない地域漁業機関においても,規制措置が強化される傾向があることに変わりはない。
なお,75年のわが国漁業総生産量は前年の1,081万トンを下回る1,055万トンにとどまつた。
200海里漁業水域の設定が相続く中で,現行の条約による現在の管理機構の中には,その改正を余儀なくされているものもある。
ICNAFは,76年12月に開かれた特別会議において,北西大西洋漁業国際条約の対象水域を200海里水域外に限るという内容の条約改正を採択した。しかしながら,米国は76年末この条約を脱退し,ICNAFの存在意義は大きく損われることとなり,現在現行条約に代わる新条約の作成交渉が行われている。
INPFCにおいても,米国が77年2月に条約の終了通告を行い,IATTCにおいても,メキシコが管理機構の改正の必要性を主張している。
米国を中心とする反捕鯨運動は,相変わらず活発な動きを見せている。こうした中にあつて,国際捕鯨委員会(IWC)は,76年の年次会議においても75年に引き続き捕鯨枠の大幅削減を決定し,日ソなどの捕鯨国は更に厳しい立場に立たされることとなつた。また,IWCにおいては,捕鯨取締条約の改正が検討されており,現行条約より保護的色彩の強いものにすべしとの意見が強い。
わが国としては,海産哨乳動物は魚介類と同様,人類が適切に利用すべき水産資源であるとの基本的立場に立つているが,今後とも,かかる動きに対し慎重に対処していく必要がある。
全般的には極めて良好に推移した76年の日米関係の中で,漁業問題は数少ない個別問題の1つであつたが,双方による日米友好関係に対する配慮と率直な話合いの結果,後述の暫定取極と長期協定に合意し,この問題はひとまず円満に解決された。日米漁業交渉は,沿岸国の200海里漁業水域に関連して,わが国が行つた最初の交渉であつた。76年4月3日米国において同国沖合200海里の漁業保存水域を設定することを主たる内容とする「1976年漁業保存管理法」(いわゆる200海里法)が成立したこと等を背景に日米両国政府は76年6月に予備協議を行つた後,同年8月,11月及び12月と3回にわたつて交渉を行つた。政府は,米国が海洋法会議の結果を待たずして一方的に国内法によつて200海里水域を設定することには反対の立場を明らかにしたが,政府としては交渉を行うに当り,わが国の基本的立場は立場として,米国の漁業保存水域が設定される77年3月1日以降,米国沖合におけるわが国漁船の操業ができるだけ実績を確保した形で継続されるような実際的解決を図るとの立場に立つて話合いを行つた。交渉は双方にとつて極めて難しいものであつたが,両国の憲法上の手続等を考慮して,77年(後述の長期協定が発効するまでで,いかなる場合にも77年末をこえない)について適用されるものとしては,わが方が行政取極で処理できる暫定取極をつくり,その後についてはわが国においては内容からして国会の承認が必要となる長期協定をつくることで双方が合意した。
暫定取極は77年2月10日に署名された(3月4日に発効)。長期協定はその後3月18日に署名された。この協定は,米国の200海里漁業保存水域を認めたもので,今後両国の国内手続を経て発効し82年末まで効力を有することになつている。
わが国は従来米国沖合ではわが国の総漁獲量の約15%を漁獲してきたが,77年のわが国の漁獲量は76年の実績推定値の89%の約119万トンと決定された。
カナダは,米国に先立つて77年1月1日に200海里の漁業保存水域を
設定した。
政府は,76年の10月及び12月にカナダ沖合水域におけるわが国漁船の操業についてカナダ政府と交渉し,77年については2国間協定を締結せず実際的解決を図ることで合意に達した。その結果,わが国漁船は,77年においてカナダ沖合で引き続き漁獲に従事することが可能となつた。
日ソ漁業交渉については第1章「各国の情勢及びわが国とこれら諸国との関係」第6節「ソ連・東欧地域」を参照されたい。 |