1. ガ ッ ト
(1) 東京ラウンド(多角的貿易交渉)
73年9月の東京宣言により開始が正式に決定された東京ラウンドは,米国通商法の成立後の75年初頭から交渉段階に入つたが,75年中には,深刻な国際経済情勢,農業の扱いをめぐる米・EC間の対立等もあり,はかばかしい進展を見なかつた。76年には,主要分野において,各国のイニシアル・ポジションが提示され,実質的交渉の素地が形作られてはきたが,世界的な景気の低迷,米・EC間の農業における対立等が依然続き,また,同年後半には,米の大統領選挙,EC委員会メンバーの交替等が予定されていたこともあり,本格的な交渉には至らなかつた。
わが国は,東京ラウンド交渉は保護主義を防遏し,世界貿易が安定的かつ調和的に拡大していける基盤を作るものとして重視し,交渉の積極的推進に努力してきたが,幸い各国の経済の先行きにはようやく明るさが見えており,また米国,ECの交渉新体制が発足したこともあり,77年には,交渉の実質的進展が図られるものと期待される。
交渉各グループの現状と主な問題点は次のとおりである。
〈関税〉
当面の中心課題は関税引下げの一般方式を決定することである。これまでに日米,EC等主要国から引下げ方式の提案が出されており,今後は方式の一本化を目指して努力が続けられることになる。米国は,1974年通商法の引下げ権限を十分に活用する観点から一律60%引下げを基本とする方式を提案し,ECはハーモニゼーション方式(高関税はより大幅に,低関税は相対的により小幅に引き下げる方式)を主張しており,わが国は一律引下げの要素にハーモニゼーション効果を加味した方式を提案している。
また,開発途上国は一般方式による関税引下げに加えて開発途上国に一層有利な追加的利益を確保するための特別措置を要求しており,これを実現する方法等をめぐつて活発な議論が予想される。
〈非関税措置〉
非関税措置の分野では,既存の数量制限,税関問題,スタンダード及び補助金・相殺関税の4サブ・グループに加え,76年7月には政府調達サブ・グループが設置された。数量制限については2国間協議の積み重ねを行つているが,税関・スタンダード・政府調達についてはおおむね既存のコード案等を基礎に討議が進められている。スタンダードについてはコード案が固まりつつあるが,政府調達については,討議が始まつたばかりの状況である。
〈セクター・アプローチ〉
セクター・アプロ-チは特定の分野につきすべての貿易障害の調和的軽減を図ろうとする補助的手段であり,カナダは銅等につきパイロット・スタディを主張し,米は鉄鋼・化学品等につき資料収集を主張し,LDCは皮革,繊維等をとりあげることを主張している。現在,事務局はすべてのセクターにつき利用可能なデータを収集しているが,将来の問題としては,カナダが銅セクターについて取極作成を提案しており,米が鉄鋼セクターについて具体的提案を行う予定ありとしている点が注目される。
〈セーフガード〉
貿易の自由化が進むにつれて安全弁としてのセーフガードの重要性が高まるが,これが濫用されれば自由化の成果を減殺することとなる。
現行ガット19条を補完するための多角的セーフガード・システムの諸要素について議論されているが,選別的適用を認めるか,代償提供,報復権限を不可欠の要素とするか,発動要件を精緻化するか等が重要な争点である。また,本分野でも開発途上国からの特別扱いの要求が強い。
〈農業グループ〉
市場アクセスの増大を目指す米国,豪州,カナダと共通農業政策の堅持を基本方針とするECとの間で交渉の進め方につき原則的対立があるが,この対立を一応棚上げしたまま,2国間,複数国間の通報協議が行われている。わが国は,多量の農産物を輸入に依存せざるをえない立場から,農産物の安定供給の確保を重要関心事項としている。
〈熱帯産品〉
熱帯産品は東京宣言において「特別かつ優先的セクター」と規定されている。わが国は76年3月1日に開発途上国からのリクエストに対してオファーを行つたが,多くの開発途上国から改善の要望が出されたので,同12月20日わが国は従来のオファーの改善を行うとともに追加オファーを行つた。実施は77年4月1日からの予定である。
〈フレームワーク〉
本グループは76年11月の貿易交渉委員会で設置が決定された。世界貿易の枠組み,特に最恵国待遇(MFN)原則,国際収支及び経済開発理由のための措置,紛争処理手続,相互主義及び開発途上国の一般ルールへの参加問題並びに輸出規制問題の5つが討議項目の候補である。本グループにおいては開発途上国の要求をどのようにして取り込んでいくかが大きな問題である。
東京ラウンドと並行して,総会,理事会を中心としたガットの一般的活動も重要である。わが国に関係した事例としては,米国の特殊鋼輸入枠設定の問題がある。米国がITC(国際貿易委員会)の勧告を受けて,特殊鋼につき輸入制限措置を導入しようとしたのに対し,米国とガット19条協議を行つた結果,ガット上のわが方の権利を留保しつつ,米国と取極を作成した。なお,本問題についてはわが国のほか,EC,スウェーデン及びオーストリアが理事会において懸念及び不満を表明した。このほか,ブラジル,フィンランド,イタリア,ニュー・ジーランド,南アフリカ共和国などの輸入担保金制度の導入,EC及びギリシャの牛肉輸入制限など貿易制限的措置の導入については,作業部会を設置したり,あるいは関係国間協議を通じて問題を究明し,保護貿易主義の防遏に努めてきている。また,米国のDISC制度,フランス,ベルギー及びオランダの所得税制について,輸出補助金の疑いありとして専門家パネルによる検討が行われるなど自由貿易体制の維持に努めている。
開発途上国の貿易開発のためには,CTD(貿易開発委員会)が春秋2回会合を開き,ガット第4部の実施状況の検討などを行つている。
ガットのダンピング防止協定に基づいて設けられているアンチ・ダンピング委員会においては,各国のダンピング防止措置が協定に反して不当な貿易障害となつていないかを審査したりしている。わが国は,米国ITCのダンピングを含む不公正貿易取引に関する調査は,財務省権限とアンチ・ダンピング及び相殺関税の分野について重複するものであり,このような重複調査自体が国際貿易を阻害するものとして,重複を排除するよう要請した。また,わが国のベアリングについてダンピングの疑いありとのECの暫定的決定に対して,手続上の疑問ありとして,問題を提起した。
繊維委員会は76年に1回開催されたが,77年末に現行MFAが失効するので,11月の繊維委員会においては,運用状況のレビューとその延長問題を中心に討議が行われた。
MFAのレビューに関しては,一応の満足を示している米国等,輸入国の立場で不満を有しているEC・カナダ等,輸出国の立場で不満を有している開発途上国の3つのグループに分れたが,延長問題に関しては,米国,開発途上国,北欧,わが国等の圧倒的多数がおおむね単純延長論であるのに対し,EC,カナダが修正を伴う更新を主張している。
(1) 米 国
74年通商法が75年1月3日に成立して以来,エスケープ・クローズ(輸入救済条項)の発動要件が同法により緩和され,また,米国内の不況の進行もあつたため,76年においては多くの米国内産業において同法に基づくエスケープ・クローズ申請が行われた(76年1月から77年3月までの米国国際通商委員会(ITC)のエスケープ・クローズ調査件数はカラー・テレビほか9件)。
このほか,米国ダンピング防止法に基づくわが国の対米輸出商品に対するダンピング調査(財務省の同期間における調査件数は普通鋼厚板ほか7件),米国関税法第337条に基づく不公正貿易慣行に関するITCの調査(カラー・テレビほか2件)及び通商法第301条(外国の輸入制限及び輸出補助に対する対抗措置)に基づく米国通商交渉特別代表部(STR)の調査(鉄鋼ほか1件)などわが国の対米輸出商品に対し,数多くの調査が行われている。
これらの調査につき米国政府としては,自由貿易体制の維持の基本方針を守るラインで対処しているが,特に問題となつた特殊鋼及びカラー・テレビンこついて述べれば次のとおりである。
特殊鋼については,ITCはエスケープ・クローズ調査の結果,米国大統領に米国内関連産業に被害ありと認定し,米国大統領に国別輸入数量制限を勧告した。大統領は,上記措置をとる代りに,通商法に基づき主要輸出国との間に市場秩序維持協定交渉を行うこととしたため,日米両政府間で3回にわたり協議が行われ,76年6月11日に日米両政府間の特殊鋼の貿易に関する取極が締結された。この取極は,米国政府が76年6月14日から3年間にわたり日本からの特殊鋼輸入を一定水準に規制すること,米国政府は一定の条件のもとに他種目へのシフト及び次年度への繰越しを認める等運用上の弾力性を認めること,ガット上の相互の権利・義務は留保されることを主要点としている。
また,カラー・テレビについては,米国において各種調査が行われているが,エスケープ・クローズ調査については,77年3月22日,ITCが大統領に産業被害ありと認定し,関税引上げを勧告した。福田総理訪米の際,カーター大統領との会談において先方の提起により本問題が話し合われ,この問題は日米両政府間で折衝し,相互に満足のいく形で解決することに意見の一致をみた。
なお,77年2月16日,日米繊維製品の貿易に関する取極の一部改正に関し両国政府間において書簡の交換を行つたが,この書簡の交換により76年10月1日以降は,人造繊維加工糸が現行取極の対象から除外されたほか,綿製品,毛製品及び人造繊維製品についても数量制限が適用されないこととなり,繊維製品貿易の自由化に向けて大きな改善が見られることになつた。
(イ) 概 説
日・EC間には,近年ECの対日貿易赤字拡大傾向,わが国の特定産品の対EC輸出急増(わが国の輸出急増による世界市場におけるECシェアの低下問題を含む),EC産品の対日輸出促進要求等の問題が懸案として存在していたが,76年後半以降ECにおいて域内の経済困難を背景に,これが急速に政治問題化し,特に同年10月にたまたま行われた経団連ミッションの訪欧を契機に日・EC関係上の大きな問題としてクローズ・アップされるに至つた。
同年11月には日・EC上級事務レベル定期協議が,ブラッセルで日本側吉野外務審議官,EC側カスパリ対外関係総局長代行(当時)との間で開催された。
同協議においては,日・EC間のバイラテラルな貿易経済問題のほか,MTN,CIEC等のマルティラテラルな諸問題につき意見の交換が行われたが,経団連ミッションの訪欧の直後でもありEC側は特に,日・ECバイの貿易問題につきわが方の協力を要請した。
更に同協議の機会に別途行われた吉野外務審議官との会談においてグンデラックEC委員は,委員会としてはEC域内に高まりつつある強い保護主義の圧力の中にあつて自由貿易体制維持に腐心しており,11月29,30両日に開催される欧州理事会における対日貿易問題審議を乗り切るためにも日本側の協力を得たいとして,(i)対英自動車輸出の自粛,(ii)日・EC造船協議の開催,(iii)EC農産加工品の緊急輸入枠の拡大等についてわが方の緊急かつ具体的措置を要請した。
上述の「グ」委員の要請に対し,日本側はEC各国が直面している政治的・社会的・経済的な問題に対して理解を示し,また,EC委員会及びEC各国自身が,これらの問題解決に努力していることに対し,どういう形で協力ができるかを鋭意検討することになつた。
その結果日本政府としての回答を吉野書簡という形で先方に伝えることになつたが,本件書簡作成に当つては,自由貿易原則の支持,ECとの対話の増進・強化,第三国の利益についての考慮に重点が置かれた。本件書簡の具体的な内容としては,EC側より要望のあつた対英自動車輸出問題,造船問題,農産加工品問題等に対してわが方より前向きの回答がなされたほか,日・EC間の貿易アンバランスの拡大均衡による解決,自由貿易原則の維持の必要性等の原則が述べられている。また,今後とも日・EC間の問題については相互の接触を緊密化することによりその解決を図るという方針が明確に打ち出された。
なお本件書簡発出までの日本政府の迅速な措置及びその内容は,EC側にも一応評価され,欧州理事会後に出された対日貿易関係ステートメントはこれをある程度反映したものとなつた。
吉野書簡発出後も,対話と協調の精神の下に日・EC間において諸般の個別分野において各種の協議が行われてきているが,主要なものは次のとおり。
76年12月,日・EC造船協議が開催され,EC側がOECD造船部会で提案していた日・AWES(西欧造船工業会)間の造船新規受注均等配分構想を中心に協議が行われたが,大きな進展は見られなかつた。その後,本年2月に入つて,わが国は,世界の造船業が深刻な不況に直面していること及び本問題解決にあたり国際協調がとりわけ重要であるとの観点から,OECD造船部会で輸出価格引上げなど3項目の対策を提示,EC側は右提案を問題解決へ向けての前進であると評価した。
77年1月,日・EC間の話合いが行われた結果,わが国としてはEC側の要望に鑑み,53年度排ガス規制(NOX規制)につき外国車については,本規制適用につき3年間のリード・タイムを認めることとなつた。
76年11月の日・ECハイレベル協議以降,EC側は乳製品・食肉調整品・菓子類・アルコール飲料等の農産加工品の対日輸出拡大を要望していたが,77年2月ブラッセルにおいて日・EC農産加工品協議が開催された。本協議においては,上記EC側関心品目につき,日本側より当該品目の国内需要状況,輸入制度等についてEC側に対し十分な説明を行つた。
いわゆるOECD貿易制限自粛宣言(「貿易プレッジ」と称される)は,74年5月の第13回OECD閣僚理事会において,加盟各国が73年秋以来共通して直面した石油価格高騰に伴う国際収支・インフレ等の諸困難に一致して対処することを目的とし,貿易及び他の経常収支上の一方的制限等の措置の導入を1年間自粛する旨の加盟国の政治的意思を表明したものである。
75年5月の第14回閣僚理事会において,わが国をはじめ各国とも本宣言が過去1年間貿易制限等の一方的措置導入の蔓延を回避するのに重要な役割を果したとしてこれを高く評価し,その結果更に1年間継続されることとなつた。
76年6月の第15回閣僚理事会では,本件更改問題について討議が行われたところ,わが国をはじめとする多数の加盟国は,本宣言が過去2年間に果した役割を高く評両するとともに,先進国経済は,景気回復の兆しは一部にあるものの,失業,インフレ,国際収支等の困難な問題に依然直面しており,かかる情勢の中で保護貿易主義的な動きも無視しえず,よつて,本宣言を再度1年間更新すべきであるとの主張を行つた。これに対し,一部の国より,自国の国際収支の窮状を訴え,輸入制限的措置の自粛を継続することは困難であるとの発言があり,また今回の更新を最後とすべしとの意見も出された。かかる討議の結果,最終的には本宣言の1年間の再更新が合意されるとともに,77年の取扱いについては,本宣言の期限満了(77年6月)に先立ち十分事前に経済情勢及び更改問題に関する適当な提案を検討することが閣僚理事会コミュニケに加えられた。
なお,上記OECD閣僚理事会の直後に開催されたプエルト・リコの主要国首脳会議のコミュニケにおいても本宣言の重要性が確認された。
上記76年閣僚理事会コミュニケの合意に基づき,同年11月の貿易委員会において本件更改問題に関する第1回の意見交換が行われ,その後77年に入り関係委員会で引き続き討議が行われている。
従前から先進主要国の間で,公的支持を受ける輸出信用条件の過当競争が世界貿易の健全な発展を阻害することになりかねないとの認識があつた。
このような認識を基礎として,74年以降公的支持を受ける輸出信用条件に関する包括的な取極を作成すべく,日,米及びEC諸国の間で話合いが行われていたが,75年11月のランブイエ主要国首脳会議において本問題の重要性が確認されるに至り,本件に関する合理的なガイドラインを早急に作成しようという気運が高まつた。
さらに,76年6月のプエルト・リコ主要国首脳会議において,参加諸国による輸出信用に関する調整のとれたガイドラインの採用を歓迎し,これらのガイドラインが可及的速やかに,かつ,できるだけ多数の国により採用されることを希望する旨が宣言され,わが国は76年7月1日より1年程度を暫定期間として輸出信用条件に関する右ガイドラインを実施し,米国,カナダ,英国,西独,フランス及びイタリアにおいてもほぼ同時期に同様のガイドラインが実施された。このガイドラインは,信用供与の対象国を基本的には1人当りの国民所得をもとに3グループに区分して,公的支持を受ける輸出信用の最低金利水準,最長融資期間等の条件を定めており,比較的所得が低いとみられる諸国に対する信用条件は,所得の高い国に比べてより緩やかなものとなるように配慮してある。
なお,ECの内部では,EC共通通商政策との関連において本件の取扱いぶりについて検討が続けられていたが,77年3月のEC蔵相理事会の決定によりすべてのEC構成国がこのガイドラインを実施することとなつた。