第1節 世界経済の回顧と展望
1. 世界経済の動向
(1) 概 説
1976年の世界経済の課題は,石油ショック以来の不況から回復しつつある世界経済を,いかに順調に安定的拡大へと移行させていくかであつた。70年代に入つて起つた世界経済の構造変化への各国の対応は未だ終わつておらず,このため,76年中景気回復が進み世界貿易も拡大をみたものの,先進国経済の二極化傾向は進展し,また世界的な国際収支の不均衡の下で,非産油開発途上国の債務累積問題が一層深刻化した。
(イ) 先進国:先進国経済は,76年全体として見れば,75年のマイナス成長から一転して大きく回復し,物価も75年より落ち着く等75年に比し大きく改善したものの,経済情勢の推移は特に年央以降順調ではなかつた。景気は,春にかけて上昇の様相を見せたが,その後は,各国で多少の差はあるものの,個人消費の増勢鈍化,在庫投資の伸び悩み等から回復テンポが大きく鈍化した。この傾向は77年初まで続いているが,米国と西独においては76年末頃から再び回復テンポが高まる様相を見せている。75年に記録的な高水準に達した失業も,70年代に入つて顕著となつた婦人及び若年労働力の大幅増加という構造的要因や上記の景気情勢を背景として,76年中目立つた改善を見せず,欧州の多くの国では増加を続けた。このような中で,先進国経済は物価・国際収支面を中心に経済情勢が比較的良好な米国・西独・日本・スイス等と,経済情勢が悪化した英・仏・伊等に二極化する傾向が進行した。このため,英・仏・伊等は,失業の増加傾向にもかかわらず夏頃から相次いで引締め策の採用を余儀なくされた一方,米国・西独・日本においては年末から77年初にかけて相次いで景気拡大策の採用が発表された。しかしながら,これらの拡大策もインフレ再燃懸念や財政赤字の制約の下に控え目なものとなつている。
(ロ) 産油国:産油国においては,先進国の景気回復に伴つて経常収支の黒字が拡大した一方,急激な国内開発による各種の混乱が見られた。2年連続して減少した石油生産は,先進国の景気回復による需要増を主因に76年には増加に転じ,これを背景に総輸出も75年の前年比-7.5%から一転して+19.6%となつた(IMF統計)。一方輸入は,後述するような国内経済・国際収支状況をも反映して増勢が鈍化した(IMF統計によれば75年+59.1%,76年1~9月は前年同期比+28.5%)。このように生産・輸出は回復したものの,国内には急激な開発計画の結果,港湾・陸上輸送面を中心とした社会資本不足や労働力不足が深刻化し,荷揚げや工事の遅延・生活物資輸入の不円滑化等に伴うインフレの助長等の問題が激化した。このため,一部にはプロジェクトの延期,中止等の開発計画見直しの動きが伝えられたほか,アラビア半島の諸国では労働力不足を補うためのインド・パキスタン・韓国等からの労働者を引き続き多数受け入れた。
他方,産油国間の輸入吸収力格差は拡大した。76年のOPEC全体の経常黒字のうち,サウディ・アラビア1国で全体の5割強,クウェート・アラブ首長国連邦・カタールを含めた4カ国では8割以上を占めたと思われ,これら人口が少なく輸入吸収力の小さい諸国のオイル・マネーの割合が高まつた反面,イラン・インドネシア等の輸入吸収力の大きい諸国は経常収支がほぼ均衡ないし一部赤字となり,75年に引き続きユーロ市場等から借入れを行う例もあつた。
(ハ) 非産油開発途上国:これら諸国の経済は,国によりかなり差はあつたが,76年には先進国向け輸出が回復したことに加え農業生産が順調だつたため,75年に比し総じて明るさを増したが,経常赤字は改善したとはいえ依然大幅なものであり,対外債務の累積問題は一層深刻化した。
各国の情勢には差異がみられるものの,全体としてみると,まず鉱工業生産については,先進国の景気回復に伴い軽工業品輸出国の輸出が75年後半から回復に転じ76年を通じて好調に推移したため生産が大きく伸びたほか,一次産品輸出国も国際市況の好転等から76年に入つて回復傾向を見せた。また農業生産も,総じて天候に恵まれたこと等から75年に引き続き順調に推移した。これらを背景に物価も,一部の南米諸国を除き,総じて落ち着いてきた。こうして輸出が大きく回復した反面,輸入は,順調な農業生産による食糧輸入の減少や引き続く輸入抑制策等の結果増勢が鈍化したため,非産油開発途上国全体の貿易赤字は75年の300億ドルから76年には210億ドルへと大きく改善したと見込まれる(OECD推計)。また対外借入れも順調だつたため,全体の外貨準備高も前年比で75年は4.3%減少したのに対し76年は29,2%増加し401億ドルとなつた(IMF統計)。
(ニ) 共産圏:76年の共産圏諸国の経済は,全体としては必ずしも順調な推移を見せたとはいえず,また西側諸国との貿易・債務問題が注目された。ソ連においては,鉱工業生産の伸びは計画を上回つた(+4.8%)ものの,農業生産が,穀物の記録的豊作にもかかわらず,畜産品の減産等により4%増にとどまつた。このため国民所得の伸びも,3年連続で計画を下回つた(76年+5.0%)。東欧諸国も,農業生産の不振を主因に,国民所得の伸びは総じて計画を下回つた。中国経済も,自然災害や政情混乱等のため,成長が大幅に鈍化したとみられる。こうした中で,共産圏諸国は,対西側輸入の抑制策を採り貿易収支の改善を図つたが,76年末の対西側債務残高は400億ドルに達したともいわれている(73年末は推計176億ドル)。
73年末の石油価格の4倍引上げ以来,世界の国際収支構造は,産油国が年々300~400億ドルの経常黒字を累積し,その分の赤字を先進国・非産油開発途上国が負担する状況になつている。また先進国内部でも,均衡ないし黒字基調の諸国と赤字が続いている諸国に分化している(OECD ECONOMIC OUTLOOK20によれば,OECD諸国のうち,日本・米国・西独・スイス等8カ国は76年までの3年間に200億ドルの累積黒字を出す一方,英国等のその他16カ国の累積赤字は同期間に820億ドルに達している)。76年には先進国の景気回復を挺子に,産油国の黒字が75億ドル増の420億ドルになる一方,先進国の赤字は160億ドル増の225億ドル,非産油開発途上国の赤字は75億ドル減少して240億ドルとなつた。先進国内でも,仏・伊等を中心に赤字国の赤字幅は相当拡大した。このような先進赤字国の状況に加え,76年後半には先進国全体の景気回復速度が大きく鈍化したため,年末頃から,日本・米国・西独等の経済情勢の比較的良い国が経済拡大策を採り先進国全体の赤字をも分担するよう求める動きが表面化してきた。一方非産油開発途上国の赤字ファイナンスについては,76年前半の予想より先進国景気の回復が鈍化したことに伴う国際民間資金の余裕もあつて,民間資金を中心に借入れは総じて順調であつた。しかし,このため債務累積は一層進み,OECDのDAC議長報告によれば76年末には1,290億ドル(払込ベース。うち,対民間722億ドル)になつたと見られる。こうした中で,対民間債務の返済圧力が次第に高まる傾向にあると見られる。76年には,CIECでの債務一括処理の要求等,先進国に対する非産油開発途上国の債務累積問題解決への要求は一段と強まつた。
1 |
主要国首脳会議は,76年6月27日及び28日の両日,プエルト・リコのサン・ファン郊外ドラドビーチにおいて,日,米,英,仏,西独,伊,加の元首または首相が参集して開催され,共同宣言を発表して終了した。会議には首脳のほか,各国の外務大臣及び大蔵大臣が出席した。 会議は議題として,経済の回復及び持続的拡大,通貨,貿易,エネルギー,南北問題,東西関係を取り上げ,これらの議題につき腹蔵なき意見交換を行うとともに,今後の主要先進工業国間の協力の重要性を確認した。 本件会議では,世界経済の運営についてともに大きな責任を有する主要国の首脳がランブイエ会議に引き続き再び胸襟を開いて世界経済の直面する諸問題について腹蔵なき意見交換を行い,共通の問題意識と相互信頼のもとにこれらの問題に取り組む政治的決意を示し,このために国際協力を行うことの重要性を確認しあつたことが大きな成果であつた。 |
2 |
共同宣言の主要骨子は次のとおりである。 |
(1) 経済の回復及び拡大
(イ) 経済は順調に回復しつつあり,経済の先行きに対する懸念は自信の回復によりとつてかわられた。
(口) 経済回復から持続的拡大への転換を効果的に管理することが当面の目標。このため生産的投資の増大,社会各層間の協調,各国事情に沿つて財政の均衡回復と節度ある財政金融措置,及び場合によつては所得政策を含む適当な補完的措置が必要。
(2) 通 貨 問 題
(イ) ジャマイカ暫定委員会で合意されたIMF協定改正の早期批准。
(ロ) より安定的かつ永続的な国際収支構造の確立のため努力。
(ハ) 若干の先進工業国において潜在的に深刻な国際収支問題が生じるおそれがあり,問題の一層の検討に関し協力。
(3) 貿 易
(イ) OECD貿易プレッジを再確認。
(ロ) 意図的為替相場政策の回避の必要性を認識。
(ハ) ガットの新国際ラウンドの77年内終了目標の再確認。
(ニ) 東西経済・貿易関係が健全な金融上及び互恵的通商上の基礎にたつて増進されることの希望を表明。
(ホ) 輸出信用ガイドラインの採用を歓迎。
(4) 投 資
国際投資の流れを促進するより自由な環境の醸成が重要。OECD閣僚理事会において「国際投資及び多国籍企業に関する宣言」が採択されたことを歓迎。
(5) エネルギー
(イ) エネルギー源の開発・節約・合理的利用が重要。
(ロ) 開発途上国におけるエネルギー開発支援に努力。
(6) 南 北 関 係
(イ) 南北問題の解決には南北間の相互尊重に基づく持続的,協調的協力が不可欠。
(ロ) このため工業民主諸国間の一層の相互支援的な協調が不可欠。
(ハ) 国際経済協力は開発途上国の自助努力を補完するもの。
(ニ) CIEC,UNCTAD IVを歓迎。IMFの新措置は輸出所得安定と赤字是正に貢献。
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1975年12月(16~19日)に行われた国際経済協力会議閣僚会議がエネルギー,一次産品,開発及び金融の4委員会を設置したことにより,1976年1年間にわたりエネルギー問題及び南北間の広範な経済問題に関し,先進国と産油国を含む開発途上国との間で国際的対話が行われることとなつた。南北問題に関する討議は従来より国連等のフォラムで行われていたが,エネルギー問題をもふくめた包括的な討議が,南北それぞれを代表する限られた数の国々の間で行われる運びとなつたことは,これらの問題を解決する新たな試みとして大きな注目を集めた。殊にエネルギー分野で産消国双方の参加する国際的フォラムが成立したことは画期的なことであつた。ただし,エネルギー対話の実現を重視する先進国と,この機会をとらえて南北問題で大きな前進をえようとする開発途上国の間では関心は異なり,対話が進むにつれ両者の間の大きな見解の相違が明らかとなつていつた。このため年内に各委員会の最終結論をとりまとめるに至らず,12月に予定された締めくくりの閣僚会議は1977年に延期された。 |
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4委員会は,共同議長会合(1月16日)で76年前半の会期,オブザーバー等の手続事項を決めた後,2月11日より作業を開始した。第1回会期(2月11日~2月20日)では,いずれの委員会でも作業計画の作成を完了し,エネルギー委員会を除き,実質審議を開始した。第2回会期(3月18日~3月26日),第3回会期(4月21日~4月28日),第4回会期(6月8日~6月15日)では,各委員会とも順調に討議を進め,各国よりその見解や関心を明らかにしていつた。エネルギー委員会は,3月会期より世界エネルギー情勢の分析に着手し,順次エネルギー価格問題,エネルギー供給問題をとりあげた。また,一次産品委員会は一次産品市場及び貿易拡大に関する諸問題とその解決策の検討を行い,開発委員会は貿易問題,食糧・農業,工業化,技術移転,債務問題をふくむ実物資源移転等の問題を討議した。金融委員会は世界経済金融情勢の分析を行い国際収支,対開発途上国投資,産油国金融資産,開発途上国間協力等の討議を行つた。 |
(3) |
6月までの4委員会の討議を終えたところで,開発途上国より高級官吏レベルの全体会議を開くよう要請があり,6月17,18日共同議長会合で準備ののち,7月(8~10日)高級官吏会議が開かれた。高級官吏会議は,情勢分析を中心とするCIEC前半期の討議は終了したとの認識の下に,76年後半の4委員会の活動は行動志向のもの(action-Oriented)となることを合意するとともに後半の会期を決め,これを内容とするコミュニケを採択した。これに引き続き4委員会の第5回会期(7月12日~7月17日)が行われ76年後半の作業計画が作成されたが,会期中に完了しなかつた。このため7,8両月カナダ,ヴェネズエラ両共同議長の間で折衝が行われ,作業計画は第6回会期において最終的に確定した。 |
(4) |
4委員会の第6回会期(9月14日~9月20日),第7回会期(10月20日~10月27日)では各委員会の最終結論に盛り込むべき提案が先進国及び開発途上国より提出された。エネルギー委員会では,エネルギー供給・価格の世界経済における役割,エネルギー輸出所得の購買力,エネルギー分野の国際協力,エネルギー対話の継続等が大きな懸案となり,一次産品委員会ではUNCTAD「一次産品総合計画」に対する支援,一次産品輸出所得の購買力,補償融資等が大きな争点となつた。開発委員会では貿易問題(一般特恵制度の強化,多角的貿易交渉の促進),食糧・農業援助,インフラ・ストラクチャー等が中心議題となり,金融委員会では資本市場アクセス・直接投資,産油国金融資産,開発途上国間協力が取り上げられたが,両委員会にまたがる議題として開発途上国の債務累積問題,政府開発援助が大きな懸案となつた。 4委員会の第8回会期(11月16日~11月23日)では,委員会ごとにいくつかのコンタクト・グループが設けられ,閣僚会議に付託すべき最終結論の作成作業を行つたが,作業は難航し,いずれの議題についても結論のとりまとめを完了するまでに至らなかつた。こうした状況のなかでカナダ,ヴェネズエラ両共同議長の提案に基づいて,全参加国の合意により12月に予定されていた締めくくりの閣僚会議が1977年に延期された。 |